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閑話 恋する乙女連合緊急対策会議



ダンジョン都市“幸福の揺籃(ウィール・クレイドル)

アグネルージュ商会・会議室




「遂にこの時が来ましたね……!」



 場を緊迫感が満たす中で、円卓を囲んだ女性の一人が、両肘を突き手を組んで口元を隠しながら、感慨深げに声を漏らす。

 その顔には、企みが成功したかのような笑みが浮かんでいた。



「ええ、いよいよですね」


『雌伏の時は終わりですわね……!』


「えっと、あの……何故私が呼ばれたのでしょうか……?」



 その女性に対して、集められた女性達が三者三様に声を返す。若干一名は事態について行けずに困惑した感じであるが。


 ダンジョン都市として発展著しいここ幸福の揺籃(ウィール・クレイドル)で、各商会の頂点に君臨する“アグネルージュ商会”。

 その重要な会議が行われる一室に、四人――正確には三人と遠距離通信で一人だが――の女性が集っていた。


 円卓に用意された座席は九席。

 その内四つの席に着く女性達は、それぞれが()との出会いや思い出を、思い返す。





 アグネルージュ商会の代表の一人、女商人のルージュ。


 一家で行商中に悪名高い大盗賊団“黒縄蛇”に襲われ、亭主を殺害された後に捕らえられていた女性だ。その際に義理の娘であるエヴァと使用人のカリナも共に囚われていたが、あわや乱暴をされる寸前に()に救い出された。


 行商生活で拠点を持たず身寄りも無かった彼女達を、()は自らが創造したこの都市に招き、住まいと店舗、更には事業までをも託してくれた。


 現在では彼女はダンジョン都市発祥の大商会の女主人として、ダンジョンの特産品や迷宮産出品、更には日用品等も多く揃えた大商いの中心人物にまでなっている。





 もう一人のアグネルージュ商会の代表、アグネス。


 彼女はドットハイマー子爵家の次女で、両親の不在の折に、人攫いにより(かどわ)かしに遭った。

 その人攫い組織の拠点に囚われていたのだが、孤児を救うためにそこを襲撃した()によって共に救出された。


 しばらくの間()に保護され静養した後に、貴族令嬢ということもあって秘密裏に生家と繋ぎを取ってくれた()の手で、無事の帰還を果たした。


 その際に貴族としての体裁を気にする父親のリード子爵との間に諍いも有ったが、()の人脈と言葉によって和解でき、家の(しがらみ)に囚われる事が無くなった。


 ()の伝手で知己を得て友人となった、ユーフェミア王国の第1王女フリオールの協力により、この街に根を下ろした過去に家と取引きのあった女商人ルージュと連絡を取り、事業提携を果たしてアグネルージュ商会を発足。

 ルージュが都市の本社で商品開発や価格の制定などを取り仕切り、アグネスは外界――王国各領に販路を築いて橋渡しをするという、共同経営の形だ。


 実際迷宮由来の特産品は飛ぶように売れており、アグネルージュ商会は着実に王国各地に地盤を築き上げ、その規模を増してきている。


 社交界では【微笑姫】などという異名を持ったアグネスだったが、それすらをも利用して、今ではひと角の商人として生家からも独立した権益を勝ち得ていた。


 無論生家であるドットハイマー子爵家との関係も良好で、王国貴族の中では国王派の中でも親迷宮派の筆頭扱いを受けている。

 近々伯爵位への陞爵も視野に入れられているが、それはまた別の話だ。





「期間にすれば一年ほどの短い時間でしたけど、もどかしさのあまり余計に長く感じましたね」


『ええ。ですがその忍耐もようやく報われますわ。わたくし達の旗印である殿下が、遂にご婚約なされたのですもの。マナカ様の鉄壁の一部は、既に崩れたと看做して良いと思われますわ』



 その二人によって旗印として担ぎ上げられたフリオール第1王女。

 彼女が迷宮の主であるマナカと婚約を発表した事により、ここアグネルージュ商会に、意志を同じくする同士達が集められた。


 迷宮の主であるマナカを篭絡――とは言っても彼を慕う女性達を全て円満に結び付けるだけだが――するために発足した女性達の組織。通称“恋する乙女連合”。

 ここは、その会議の場であったのだ。


 アグネスは基本的に外界での活動が中心であるため、マナカから贈られたダミーコアの通信越しでの参加となっているが、映像の中の彼女からは、軍の差配をする軍師のような貫禄が感じられる。

 幾多の商業活動を経て、随分と逞しく成長したようだ。



「で、でしゅが問題も。マナカさんの妻の座を狙う女性は、わたし達以外にも大勢居ましゅよね? 特にマナカさんが家族と呼ぶ、リクゴウ家の配下の方々はき、強敵かと……」



 冒険者ギルドの受付嬢の衣装を纏った女性が、不敵に笑う二人に若干噛みながらも声を掛ける。

 噛み噛み受付嬢こと、フィーアである。





 冒険者ギルド・クレイドル支部の受付担当課課長のフィーア。


 彼女はアグネスとルージュが組織を発足すると共に声を掛けて、恋する乙女連合に参画した古参メンバーの一人だ。

 マナカとは彼が孤児の救済をするために冒険者活動を始めた当初からの付き合いである。


 当時も現在(いま)も上司であり支部長の、元Sランク冒険者コリーちゃんこと【破壊神】コルソンと共に、マナカの行動に協力してきた実績を持つ。

 主には、マナカの思い付きにすぐに仕事を放り出して釣られる、コルソンの仕事の尻拭いだったが。


 そしてマナカが都市を創造しギルド支部を誘致すると計画していたため、支部長のコルソンと一緒にダンジョン都市に移住してきたのだ。


 キャラクターの濃いコルソンのせいで影が薄いことを気にしているのだが、連合に参加したことでアグネルージュ商会の商品――ソープ類や独自開発された化粧品など――を優待してもらえており、それをモニタリング的に使用しているため、ギルド支部や街の女性達からは一種のファッションリーダー的な尊敬を集めている……という事実は、当人だけが気付いていない。





『そうですわね。確かにリクゴウ家の女性陣は絶世の美女揃いですし、マナカ様から勝ち得ている信頼も、わたくし達とは桁が違いますわ』


「ふふっ。当然それへの対抗策も講じていますよ。そろそろいらっしゃる筈ですけど……」



 フィーアの懸念にアグネスが同意を示すが、ルージュは自信ありげに笑みを深くする。


 ちょうど彼女がそう言った時、会議室の扉がノックされた。物件の主であるルージュが入室を促すと、そこには一人の女騎士に連れられた、四人の女性達の姿が在った。



「遅くなりました! 皆さん中々に奥手でして、マナカ殿への好意を素直に認めてくれないものでしたから!」


「ちょっと!? こうなった以上異論は無いけど、大声で言いふらさないでちょうだい!」


「うぅ……! は、恥ずかしいですぅーっ」


「ミラもミーシャも案外照れ屋なのな。オレはもう開き直ったぞ!」


「ベレッタさんは堂々とし過ぎですっ。な、何もあんなギルドのただ中で、他の冒険者の方達の前で勧誘しなくても……!」



 連れて来られた女性達は、いずれも迷宮の主であるマナカが発足した冒険者パーティーのメンバー達。

 エルフのミラ、虎の獣人族のミーシャ、熊の獣人族のベレッタ、そして人間族のオルテだ。


 それらを引き連れて現れたのは、この都市の治安警備隊の隊長である、女騎士レティシアだった。



「【揺籃の守り人】の代表メンバーの皆さん……!? まさかルージュさん、対抗策というのは……!?」


「ええ。マナカさんの信頼度という点では、リクゴウ家の女性達には敵いません。戦闘能力も規格外の方々ですしね。ですがあの方達は、恐らくは単騎での勝利を望むでしょう。


「なのでわたくし達は、数で攻めるのです。あちらはいずれも一騎当千の女傑ばかり。ならばわたくし達は二人がかりでも三人がかりでも、それこそ全員で団結してでも、マナカさんの心を攻め落とすのです!」



 そう、自信たっぷりに宣言するルージュであった。





 ミラ達【揺籃の守り人】メンバーは、いずれもマナカによって盗賊や人攫いから救われた女性達である。


 ミラ、ミーシャ、ベレッタの三人は、ルージュ一家と共に盗賊に襲われて、仲間を失った経緯がある。

 オルテはアグネスと同じ人攫い組織に囚われていた。


 同じ境遇を味わった者同士でパーティーを組み、そのままマナカに弟子入りするような形で【揺籃の守り人】へと加入したのだ。

 マナカの指導の下でメキメキと実力を上げ、今ではAランク冒険者に昇格するまであと一歩というところまで、名と腕を売ってきている。


 彼女らの師匠でありパーティーの創設者でもあるマナカは、意図的にCランクで昇格を止めており、冒険者としての活動も、今ではほぼ行っていない。

 ギルドの規定が定めるところの、依頼無受理期間が一定に達すると資格剥奪となる罰則(ペナルティ)が適応されるまであと僅かなのだが、それもまた別の話だ。


 活躍を続けていて実質的な【揺籃の守り人】の代表メンバーにして、クレイドル支部から誕生となった初の高位冒険者の彼女らは、前々から恋する乙女連合に目を付けられていたのだった。


 そして満を持して、彼女達の姉弟子に当たる騎士レティシアが、こうしてこの連合の会議の場へと招聘したのである。





「だからって、勧誘の仕方ってモノがあるでしょうが」


「そうですよー! ギルド支部のみんなの前でお兄さんへの想いを暴露されて、すっごく恥ずかしかったんですよー!?」


「お、このお茶美味えな! こっちのお菓子も美味い!」


「ベレッタさん! ……いえ、もうお菓子を食べて大人しくしていてください……」



 口々に文句を伝えるミラとミーシャ。

 ベレッタの奔放さへのツッコミ役が板についてきたオルテは、疲れたように溜め息を漏らしている。



「ごめんなさいね、四人とも。ですが貴女達四人には、マナカさんと同じパーティーという強みがあります。実力も申し分ないですし、商会としても貴女達の仕事ぶりには信頼を寄せています。想いは皆同じなのですから、恋に関しても、手を取り合って協力していきませんか?」



 チラリと商人としての顔も覗かせつつ、そう改めて四人を説得するルージュ。



「私としても貴女達が力になってくれれば心強いです! 私と貴女達が協力すれば、師匠であるマナカ殿にも一太刀浴びせられるかもしれません!」


「私たちって、恋の行方を話し合ってるのよね!? マナカの首を狙っているワケじゃないのよね!?」



 鬼気迫るルージュら連合メンバーの気迫に、思わず冷静なミラもツッコミを入れる。

 確かに傍から聴いていると、マナカを襲撃しようとしているようにしか聴こえない。そこはかとなく不安を抱くミラであった。



「あのう……それで、私はいったい何故ここに連れられて来たのでしょうか……?」



 盛り上がる連合の面々に、ポツリと一人の女性が質問を投げ掛けた。


 ユタ教会の修道女(シスター)にして、マナカが創立した孤児院の寮母(マザー)である、マリーアンナだ。



「皆さんのお話しぶりから、マナカさんを慕う女性達の集まりだということは理解できましたが……私、必要でしょうか……?」


「「「『何を言う(仰る)のですか!!』」」」



 困ったようにそう話すマリーアンナであったが、即座に古参メンバー達からの強烈なツッコミが入った。

 その勢いにマリーアンナを始めとして、今日初めてこの場に来た冒険者四人組もドン引きである。



『マリーアンナ様。貴女様はご自分の価値というものに、お気付きになっていらっしゃらないのですか?』


「わ、私の価値……ですか?」



 ダミーコア通信の映像越しに、アグネスが嘆くようにそう諭す。対するマリーアンナは困惑しきりである。



「そうですよ、マリーアンナさん。あなたには、他の誰にも負けない素晴らしい武器があるんですから」


「私の見立てでは、シュラ殿はもちろん、あのアザミ殿ですらもマリーアンナ殿には敵わないでしょう!」


「わたくし達の誰も持ち得ていないその武器こそが、マナカさんの強固な堤を崩す蟻のひと噛みとなるに違いないわ!」



 フィーア、レティシア、そしてルージュまでもが、マリーアンナに熱く語り掛ける。



「シュラさんや、アザミさんにも負けない武器……? そんなものを、この私が……?」



 その剣幕にマリーアンナはたじろぎながらも、固唾を飲んで訊き返す。



『ええ。その美貌はもちろんですが、その強力な武器とは……』



 アグネスが神妙な顔をして、声を発する。

 蚊帳の外である冒険者四人組までも、思わず身を乗り出して聴き入っていた。



『最たるものはその、豊か過ぎる胸ですッッ!!!』


「…………はい?」



 聞き間違いだったのだろうか、と。目を点にしたマリーアンナがなんとか発したのは、そんな気の抜けた返答だった。





 孤児院で子供達と寝食を共にしているマリーアンナ。

 彼女は元は、ユーフェミア王国の王都教会の所属であった。


 そこで日々の勤めをこなしていた彼女はある日、ユーフェミア王国の元王太子、ウィリアム・ユーフェミアの女遊びの標的にされてしまった。


 ウィリアムのみならず、取り巻きの貴族や騎士達にも代わる代わる乱暴をされ、胸には決して消えない深い傷痕も残ってしまった。そして同時に、その心はもっと深く傷付いていた。


 日々を悩みながら悔恨と共に過ごしていた彼女だったが、ある日彼によってウィリアムが廃嫡に追い込まれた事を知った。

 そしてその彼が迷宮に都市を創ることを知り、偶然王都教会に留まっていた教会本部の司教――ギリアム老が神託を受け移住を決めたのに同行し、この都市に移り住んだのだ。


 実際に彼と会えるとは夢にも思っていなかったのだが、彼は彼女ら教会関係者達を自ら案内し、ギリアム司教の図らいもあったが直接話を聴いてもらい、その心は大いに慰められた。それどころか、新たに創立する孤児院の管理まで任されたのだ。


 それに彼はマリーアンナだけでなく、多くの同様の被害に遭った女性達一人一人からも話を聴く機会を設け、その一つ一つの思い全てを受け止めたのだ。


 その時から、マリーアンナは彼――マナカへの想いを募らせていた。

 その想いは日に日に大きくなり、彼が保護した孤児達と遊んでいる時も、いつもその目が彼を追い掛けてしまうほどであった。

 彼が孤児院に遊びに来てくれるのを、もしかしたら子供達よりも彼女の方が待ち侘びているかもしれないほどに。





「実際にマリーアンナ殿のその豊かな胸は、マナカ殿の周囲の女性達の誰よりも大きく、正に凶器……いえ、兵器と言っても過言ではありません!」


「ええ。わたくしも人並み以上にはあるつもりでしたが、実際に貴女のその豊かな膨らみを前にしてしまいますと、膝を屈する他ありませんね……!」


「ですのでわたし達は、マリーアンナさんに味方になってもらいたいんです。その凶悪なオッパイは、マナカさんを落とすための切り札と成り得ますっ! ギルド職員であるわたしが保証します!!」



 古参メンバー達の熱き弁舌に、なんとも言えない沈黙が会議室に流れる。



「実際に同じ屋根の下で暮らす私も保証しましょう! マナカ殿は決してご自身から手を出したりはしませんが、女性のオッパイが大好きなのは間違いありません! 露出の多いシュラ殿の胸元によく視線が泳いでいるのは何度も確認しています!!」



 家長の与り知らぬ所で、家長の性癖が暴露されていた。

 しかし、そんな性癖を持っていても彼女達には関係無く、寧ろそれをキッカケに切り崩そうというのだから、恋する女性達というのは逞しいものである。


 そして口々にその特定部位を褒め称えられたマリーアンナは、顔を真っ赤に染めて手で覆い隠し、円卓に突っ伏してしまっていた。


 こうして恋する乙女連合の面々はフリオール殿下に続けとばかりに大変に盛り上がり、その日の夜遅くまで、その戦略会議は続けられたのであった。





 ◇





「えっくしッ!!」


「どしたのお兄ちゃん? 風邪でも引いたの?」


「えー、ちょっとマナカさーん。マスク着けてよー」


「マスター。温かいお雑炊でも召し上がられますか?」


「いや、風邪なんか引いてないから大丈夫だよ。ステータスは異常ないしね。ってか神様が風邪なんか貰うわけないだろククル。何処ぞのマスク警察みたいなこと言ってるんじゃないよ……!」



 己の与り知らぬ所で性癖が暴露されているとは、まして順調に外堀が埋められていっているとは夢にも思っていない、いつも通り呑気なマナカであった。





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