第十五話 七勇者達の思惑。
ホロウナム大陸
アーセレムス大帝国・帝剣城ユーナザレア
冷泉桐梧に割り当てられた部屋。
一流ホテルのスイートルームもかくやといった豪華な室内には、七人の勇者達が勢揃いしていた。
「ねぇ桐梧くぅん♪ 久しぶりのお休みだしぃ、アタシとお出掛けしよーよぉ♪ モチロン、2人っきりで♡ キャハッ♪」
「お黙りなさいな、立科さん。桐梧さまはあたくしとお出掛けするのです。ねえ、桐梧さま? あたくし、良い酒場を見付けましたのよ? 宿も併設されておりますし、お酒を嗜んだ後はそちらでゆっくりと……」
「っはぁー!? 23のオバサンこそ黙っててほしいんですけどぉ!? ねぇ桐梧くぅん? そんな行き遅れのなんちゃってお嬢様なんかよりぃ、アタシみたいな若い十代の女のコの方がイイよねぇ!?」
「オバッ……!? 貴女なんて、若いのは外見だけで、どうせ遊び放題でだらしの無いカラダをしているのでしょう!? あたくしは捧げるべき殿方に捧げる時のために純潔を護っておりますし、肉体も費用と労力を掛けて完璧に若いままで保っていますわ!!」
「だぁれが遊んでるってぇ!? っつかオバサンその歳で処女なの!? 超ウケるんですけどっ!! それで良く経験豊富なアタシのことバカにできるよねぇ!? 桐梧くんくらいイケてる男のヒトが、今更処女の行き遅れなんかにキョーミあるワケないじゃんっ!?」
七人の勇者の内女性は二人だけであるが、その二人は多数の男性の居る部屋に躊躇なく押し入り、一人の男――冷泉桐梧を巡って火花を散らしていた。
現在声を発しているのはその二人、【水麗】の勇者こと立科アゲハと、【風華】の勇者こと一条菖蒲であった。
端から他の男性陣は眼中に無い様子である。
「相変わらずモテモテですね、桐梧は。聞けば皇女殿下付きの近衛兵からもお声が掛かったとか?」
その醜い言い争いから距離を置き、離れたソファに腰を下ろした男性陣。
その内の一人である【迅雷】の勇者こと倉敷悠真が、機嫌の悪そうな【光貴】の勇者こと冷泉桐梧に、面白そうに声を掛ける。
「茶化すなよ、悠真。日本と違って貴族制のこの世界は面倒臭いんだ。下手に手を出せば確実に外堀を埋められるからな。特に近衛なんて身分の高い貴族達ばっかりじゃねぇか」
そう言って、グラスに注いだ蒸留酒を呷る桐梧。
「そ、そうは言っても、け、結構ハメを外してるよね、と、桐梧さん」
「うむ。我が把握しているだけでも、城の侍女が十二人、騎士団の女性騎士が八人、それから帝都の酒場の娘達が六人ほど貴公に熱を上げているようだな。周辺都市で一夜の夢を見させられた娘も入れれば、いったいどれほどになることやら」
ツッコむように吃りながらも発言したのは、小学生程にしか見えない外見の少年、【大山】の勇者である服部夕陽と、その喋り方も話す内容も色々と気持ち悪いと勇者仲間にすら思われている、【闇静】の勇者である城ヶ崎智彦である。
「大きなお世話だ夕陽。相変わらず聴き取り辛い喋りしてるし。つか智彦、お前マジで気持ち悪りぃよ。なんで他人の性事情をそこまで詳しく把握してやがんだよ? あとその頭のイタい喋り方もいい加減やめろ」
更に不機嫌そうに声を上げる桐梧。
しかしその口元は、歪んだ笑みを浮かべていた。
さもあらん、彼等にとってそれは日常的な会話なのだ。
桐梧を巡って女性二人が言い争い、それを悠真が茶化し、切り返す桐梧に夕陽と智彦がツッコむ。
そこまでが、いわゆるテンプレなのだ。
全員が遠征をしていたこともあり、実はこのやり取りも久し振りだったので、どこかこのお決まりのパターンを消化するのも楽しそうだ。
「しょ、しょうがないじゃないか。ぼ、ぼくはこういう病気なんだから」
「そうであるな! 我も所謂思春期の病いというものだ……って、やかましいわっ!」
服部夕陽は、実は少年ではなかった。
それを知らされた時の勇者一同の反応は劇的で、しかし圧倒的少数の日本人ということで不思議な連帯感のようなものが働き、そういったマイノリティへの差別は無かった。
服部夕陽は、20歳なのだ。
心疾患の影響で、身体の成長は阻害され少年のような外見を持ち、その影響とも言える呂律不全によって、常に吃ってしまう。
そんな特異な個性を持つ夕陽をして、この大帝国に集められた日本人達は個性的であったのだ。
今しがた自虐的なノリツッコミを披露した、城ヶ崎智彦然り。
彼は18歳の誕生日を間近に控えた高校生だったが、重篤な引きこもりで、どうしようもなく心の病(厨二病)を患っていた。
常に異世界を夢見て、「異世界に行ったら本気を見せてやる」と、何処ぞの転生者の二番煎じのようなセリフがお決まりの少年だ。そんな彼が実際に異世界に召喚されてしまったものだから、正に水を得た魚である。
陰湿で無口であった本来の彼の姿は微塵も見られず、芝居掛かった大仰な台詞回しを好むようになり、この剣と魔法の世界である【アストラーゼ】にのめり込んでいった。
未だに言い争いを繰り広げている女性二名もそうだ。
立科アゲハは16歳の高校生だが、親の影響もあって夜遊びが絶えず、また素行も悪く幾度もの補導暦を持っている。
母子家庭で母親は水商売の関係上、そういった性の概念に無頓着となり、SNSを利用したパパ活――援助交際等も日常茶飯事であった。
一条菖蒲は、一条グループと呼ばれる一大企業グループの会長令嬢で、若年ながらも親のコネで複数のフランチャイズチェーンを統括し、左団扇の生活を送っていた。
会社の事は親が付けた部下に丸投げであったが、時折突飛な企画を思い付いては傘下店舗に無茶振りをするといった、破天荒な令嬢であった。
知的で冷静な印象のある倉敷悠真にしても、24歳という若さにして会社の部長にまで出世をしているが、その会社の職務は、いわゆる“地上げ屋”であった。
言い掛かりは当たり前、時には恐喝紛いの因縁を吹っ掛けては、理想的な土地を安く買い叩き、それを高く売却して懐を温めていたのだ。
冷泉桐梧などは、個性で言ったらピカイチであろう。
都心の繁華街一のホストクラブのナンバーワンで、その甘いルックスと巧みな話術、女性を立てる所作によって、彼に心と身体を許した女性は数知れず。
ホストとしての稼ぎよりも貢がれる額の方が圧倒的に多く、都心のランドマークのタワーマンションの超高層の家すらも、客からの貢物であった。
毎日違う女性との同伴出勤は当たり前で、プラチナかブラックの魔法のカードを持っていなければ相手にもしないという、そんな男である。
「少しお気楽が過ぎるのではないか?」
そんな中、平常運転であった仲間達へと、ポツリと苦言を呈する男が一人。
召喚されて【豪炎】の二つ名を与えられた勇者、陣内紀文である。
28歳という勇者達では最年長ながら、その寡黙さで常に一歩退いた立ち位置を確保し続ける、スキンヘッドの偉丈夫だ。
元プロレスラーであった彼が、正に筋肉の鎧といった、山のような体躯を震わせてポツリポツリと喋るその様は、一種異様な雰囲気を伝えてくる。
「何がだよ、陣内さん?」
その見た目の威圧感のせいか、桐梧をもってしても最低限の敬意を払うその男は、聞き返してきた桐梧に対して、静かな視線を投げ掛ける。
「俺達は、どう考えても体のいい兵器扱いだ。桐梧のおかげで【洗脳】と【魅了】からは脱したが、このままいけば、神が恐れる相手との決戦の捨て駒だろう」
彼等にとっては目を背けていた事実を、真正面から突き付ける紀文。
事実、彼等はつい昨日までは、大帝国の単なる駒のひとつとして扱われていたのだ。
召喚されたその時より、皇室筆頭魔導士により【洗脳】スキルを掛けられ、皇女には【魅了】され、さらに大帝の【扇動】スキルで良いように操られ、数多の異種族達を屠ってきたのだ。
それが取り払われた切っ掛けは、彼等の実質的なリーダーである冷泉桐梧が、魔王国オラトリアを攻め滅ぼして“魔王”を打ち倒した事。
それによって彼は人間としての枠組みを超え、ステータスも軒並み上昇したことにより、それらの支配スキルの干渉を断ち切ったのだ。
そしてこの城に再集結した折に、彼は仲間の勇者達の支配をも、解いてみせたのだった。
「ちょっと陣内さん、この城の中で迂闊な発言は止した方が良いんじゃないですか?」
そんな紀文に突っ掛かるのは、銀縁眼鏡の位置を直す悠真だ。
桐梧と最も歳が近く、尚且つ参謀のような役どころを自負している彼からすれば、こうして桐梧に意見する紀文のことが、どうしても気に食わないようだ。
「うむ、そこは安心するが良い。この部屋に集った直後から、我が闇の幻影魔法【泡沫の幻】を行使して、会話も仕草も全て欺瞞しているのでな。気にせずに、存分に語らうが良いぞ!」
そんな悠真に胸を張って――相変わらず長い前髪で目を見せることはないが――宣言する智彦。
余計なお節介とかなり良い仕事をしたことと、それら複雑な思いで智彦を睨む悠真。
眼鏡越しに鋭い視線を感じ取った智彦は、「ひいっ!?」と呻いてから、自身の半分程の背丈の夕陽の背中に素早く隠れた。
「ホント、そういうとこは良く気が付くよな智彦は。それで口調と髪型さえマトモなら尚良いんだけどな」
苦笑しながら両者の間に立つ桐梧。
モデルのようなスラリとした長身を伸ばして、座る紀文を見下ろして、不敵な笑みを浮かべる。
「そうだな。陣内さんの言う通り、オレ達は大帝にとっては使い捨ての駒だろうよ。だがオレ達は既に奴らの鎖からは逃れている。だってのに、何がそこまで不安なんだよ、元プロレスラーさんよぉ?」
近距離の格闘戦になってしまえば、紀文相手では流石の桐梧でも厳しいものがある。故に最低限の敬意は払うが、それは表面上だけの話だ。
基本的に、桐梧は他者を例外無く見下している。
全ての他人は、自身を引き立てるアクセサリーのようなものだと思って、そう過ごしてきた。
その心根は日本とは違い生死の掛かった戦いの絶えない、このアストラーゼに転移しても変わってはいない。
今もまた、体格だけの小心者と心中で侮蔑しながら、紀文のことを見下していた。
「相手の力量が未知数過ぎる。知り得ているのは、ダンジョンマスターであるということと、“転生者”だということだけだろう? 敵の手の内も、戦力も判っていないというのに、俺達は最前線だぞ。もう少し慎重になるべきだろう」
「ふんっ、下らないですよ」
慎重論を以て諭す紀文を、悠真が鼻で笑う。
「たとえ未知の力を有していたとしても、私達勇者は七人も居るんですよ? しかも大帝国が誇る魔導兵器や、百五十万の大軍勢が有るんです。たった一人の男に、負ける筈が無いでしょう。
「それに“転生者”ですって? それこそ私達七人は、此処よりも遥かに文明の進んだ日本から来たんですよ? 桐梧のようなカリスマならともかく、私達が遅れを取るわけないでしょうが」
桐梧とは違い、こちらは全面的に馬鹿にしたような態度で語る悠真。
その言葉を受けて、紀文は桐梧を見上げる。
その目は、「お前も同意見か?」と如実に語っていた。
「まあまあ悠真、そう荒れんなって。まあ、陣内さんの言うことも尤もだろうな。確かに、この最強国家である大帝国の守護神が、自ら敵と認定したほどの男だ。慎重になるべきだろう。
「でもよ、陣内さん。さっきも言ったが、オレ達にはもう鎖は無いんだぜ? 万に一つも負けることは無いだろうし、負けるつもりももちろん無ぇが、いざとなったら、さっさと離脱しちまえば良いんだよ。
「今のヤリたい放題な生活は勿論惜しいが、それも大帝国あっての物種だからな。オレら七人ならどうとでも生きていけるし、何なら向こうの大陸の国の一つでも、乗っ取っちまえば良いだろう」
「その時はモチロン、アタシが王妃さまだよねぇ、桐梧くんっ♪」
「何を仰いますの!? 貴女など妾で充分ですわ! 桐梧さまの正妻は、このあたくしですわよ!」
いつの間にか言い争いを止めた女性組が、話に割り込んでくる。しかしすぐさま二人は、それぞれ桐梧の片腕に胸を押し付けて睨み合いを始めてしまう。
そんな二人から腕を抜き、それぞれの腰を自然な手慣れた動作で回し抱くと、桐梧はその端正な顔に、心とは裏腹な爽やかな笑顔を貼り付けて見せる。
たったそれだけで、二人の女性は頬を染め、押し黙ってしまった。
(誰がお前らみたいな煩い女共を正妻にするかよ。まあ、向こう側に良い女が居なけりゃ、大帝の娘のナザレアでもモノにしてやるか。アイツほどの極上の女なんて、そう居ないからな。ククッ……! 楽しみになってきやがったぜ……!)
そう心中でほくそ笑み、上辺だけの仲間達に愛想良く接し、その心を鼓舞していく。
「何はともあれだ。今日から七日間はせっかく休みになったんだ。俺達同郷の仲間同士、結束を深めるために、何処か酒場にでも繰り出そうか! この贅沢な暮らしが続くことを祈ってな!」
それぞれの勇者に掛けられた【洗脳】や【魅了】の効果は、深層意識に働き掛けるものだ。
故に、個人の人格まで変貌することは無い。
桐梧は支配を受けていた当初から、仲間である勇者達をも見下し、口当たりの良い台詞で信用を勝ち得てきた。
こうして皆を誘って飲みに繰り出すのも、一度や二度ではない。
ごく自然に、疑いの目を掛けられないように振る舞い、己にとって最良の結果を導き出す。
その悪意あるカリスマは、大戦さを前にしても笑顔を貼り付けて語り掛ける。
冷泉桐梧は、ホストを演じ続ける。
周囲を踊らせ、己が利益とするために。
今章はこれにて閉幕です。
次話からは間章となります。