第十二話 フリオールとの婚約式典。
王都ユーフェミア
ブレスガイア城
魔導戦艦【ムサシ】が帰って来た。
我が家のメイド達【揺籃の姉妹達】のみんなと、エルフ達の護衛について行った騎士、兵士達。
それから護衛隊指揮官のマクレーンのおっさんも、フリオールと共に赴いた使節団の人達も一緒だ。
そして驚いたのが、ノクトフェルム連邦からの使者が一緒にやって来たこと。
今回の元奴隷エルフ達の保護、解放、そして返還に対しての謝意を示すためと、国交を結ぶための表敬訪問だそうだ。
閉鎖的なエルフ達との国交開始という一大ニュースは、瞬く間に各国の大使達の間にも広まっていた。
連合軍の発起国として各国の大使が集まる中でのその報せは、王国の発言力を更に上げる助けになった。
今後益々、連合軍結成の動きは加速していくだろう。
そしてドラゴニス帝国だが、今回の国王暗殺未遂事件に関する問題により、連合軍への参加は見送られた。
民衆への発表はされないまでも、各国の外交官達が逗留する中での大事件なのだ。
実行犯と共謀者、そして首謀者への処分と共に、各国の後ろ盾を得て帝国への抗議を行い、賠償請求と、向こう五年間の戦争行為禁止という国際的な条文を交わしたそうだ。
まあこの大事な時期に各国の足並みを乱すような事を仕出かしたんだから、信用を失うのも当然だわな。
いつ背中を襲われるか分からないのだから、だったら最初から連合軍には参加しないでくださいと、諸国から突き付けられたわけだ。
そして連合軍の遠征で各国が手薄になっている間に侵略等されないように、先の条文を交わしたんだな。
もしそんなことをしたりすれば、今度こそドラゴニス帝国の信用は地に落ちるだろうね。
「では、マナカ様。私達はご命令通りに」
「うん。帰って来たばかりなのにごめんね。無茶はしないようにね」
「ありがとうございます」
彼女達戦闘メイド隊に今回お願いするのは、今まさにホットな、ドラゴニス帝国の調査だ。
一旦ダンジョンに帰投してもらって、格納庫の隅にコッソリ造ってあるステルスタイプの魔導船に乗り換えて向かってもらう。
ダンジョン転移はあくまでもダンジョン同士の移動だからね。都市間の移動なら魔導船の方が使い勝手が良いんだよな。
で、帝国に入ったら主要都市を巡ってもらって、神皇国ドロメオの時のように北大陸との繋がりが無いか探ってもらう。
今回の王様の襲撃にしても、表面的に見れば二国間の小競り合いなんだろうけど、タイミングがどうもきな臭いからね。
連合軍の参加国が集まって来ている最中に王様を狙うなんて、帝国も得をするかもしれないけど、一番得をするのは俺達の敵だろう。
杞憂で済めばそれでいいけど、万が一またダンジョンで繋がってたりすれば、せっかく用意した魔導戦艦も、大陸を覆う大結界も全部無駄になっちゃうからね。
まあ全部が全部無駄とは言わないけどさ。
「さて、次は……と」
城に借り受けた部屋のバルコニーから、空へと飛び立つ。
グングン高度を上げていき、城を覆っている魔力感知結界は魔力を隠蔽してから通過して、まだ上がる。
制御が楽な結界で足場を創ってそこに立って、呼吸を整えて魔力を練る。
これをやるのも久しぶりだな。
「【魔物創造】発動」
一応王様にはフリオールを通して、ちょっと作業するよ、とは言ってあるよ。
俺のイメージと魔力が結び付き、変質して凝縮。
徐々に形を成していき、俺の周囲に、新たな配下達が産まれる。
「主よ、ご命令を」
それらを代表して俺の前に進み出て、その背中の翼を優雅に動かして滞空するのは、一人の【天狗】だ。
まあこの世界では翼人族っていう亜人も居るらしいから、具体的なイメージはそれらに引っ張られて、ただの人に翼を生やしたような見た目だ。
人間で言えば20歳そこそこくらいの、茶髪をミディアムショートくらいにした爽やかイケメンが、頭に天狗の面を斜めに被せて俺を見る。
服装はイメージ通りに、修験者が着ているような鈴懸や結袈裟などの、山伏装束だ。
「お前たちには、北の大陸に偵察に向かってほしい。大陸の覇者であるアーセレムス大帝国と、それに未だ抗っているはずの獣人の国とドワーフの国。それから、他に逃げ延びている亜人達が居るかどうか。
「食料品や色々な術具がこの魔法鞄に大量に入ってるから、好きに使っていいよ。それから、何か動きがあったりした時に即座に連絡が取れるように、ダミーコアも渡しておく」
そう言って、【無限収納】から予備のダミーコアを取り出す。
「そうだな。ちょうどいいから、お前には今回産み出した天狗たちのまとめ役になってもらおう。黒い翼も綺麗だし……“クロウ”って名前なんかどうだ?」
黒い翼でクロ、そして烏天狗から連想したカラス(crow)で、クロウだ。我ながら安直かもしれないな。
「主よ、ありがとうございます。これより己はクロウを名乗り、必ずやお役に立ってみせます」
そう応えて、恭しくダミーコアと魔法鞄を受け取るクロウ。
そのままダミーコアに魔力を登録してもらい、準備が整った。
「それじゃあ、あまり無理はしないようにな。何か有ればすぐに連絡してくれ。部下の天狗たちの面倒も頼むぞ」
「お任せ下さい、主よ。このクロウ、必ず有益な情報を集めて参ります」
そう答えたクロウは、部下となる残り三十人の天狗たちを引き連れて、北へと飛び去って行った。
天狗たちは一人一人に結構魔力を込めて産んだから、それなりに強い。だいたい35〜50レベルくらいかな。
人数だって多いし、もし敵と遭遇しても撃退は可能だと思う。特に天狗たちの筆頭になったクロウは55レベルで産まれたし、そうそう手こずることもないだろう。
そうして見えなくなるまでクロウたちを見送っていると、エルフ達の国から帰って来ていた四精霊が、楽しげにまとわりついてきた。
「なんだ、お前たちはダンジョンに帰らないのか? みんなもうすぐ行っちゃうぞ?」
先程部屋からメイド達を送り出してから、ボチボチ王都の外に降ろしたムサシに着く頃だ。
置いてけぼりを心配してそう言ったのだが、どうも彼らの伝えてくる思念は、否定のようだ。
「お前たちも北に行きたいのか。もしかして、天狗たちを護ってくれるのか?」
俺の言葉に、今度は楽しそうに、肯定の思念が返ってくる。
「そっか。ありがとな、お前たち。あんまり無理はせずに、危なくなったら俺を呼べよ? クロウたちのこと、よろしく頼むな」
もう一度嬉しそうに、楽しそうに俺に擦り寄ってから、四柱の精霊たちは、空を泳ぐように北に向かって、消えていった。
精霊たちが付いててくれるなら、クロウたちも安心だな。仲良くやってくれよ。
取り敢えず一先ずのやる事を終えた俺は、もう一度北の空を眺めてから、城へと戻ったのだった。
◇
いつかの王国との友好条約を結んだ城前の広場に、大勢の人が詰め掛けている。
祝いの日に特別に入城を許可された民達や、会場の警備を担当する騎士や兵士達。更には新聞社などの記者達や、国内の貴族達。
そして貴賓席には、今回連合結成の声掛けに集ってくれた各国の大使達(もちろんドラゴニス帝国はハブだ)や、色んな教会の関係者達。ユタ教会の人も居る……というか、ギリアム司教と、その元弟子で今は上司の枢機卿までもが参席してくれた。
ギルドのお偉いさん達も顔を並べている。
冒険者ギルドのゲルド本部長は忙しいらしく、本部の知らないお役人さんが代理だ。
そんな衆人環視の下、俺にとっては前世も含めて初めての、婚約式典が幕を開けた。
管楽器の高らかな音が広場に響き渡り盛大な歓声が上がると、王様と王妃様が、広場に面したバルコニーに進み出る。
「我がユーフェミア王国の民達よ。そして各国の大使達や、各機関よりの使者達よ!」
若さ溢れる王様が声を上げると、その言葉を聞き逃すまいと、広場の群衆は静まり返った。
「式典に先立って、民達にはまずひとつ伝えておこう! 見ての通り、余とその妻……フューレンス・ラインハルト・ユーフェミアと、グレイス・モルドレッド・ユーフェミアは、我が友マナカ・リクゴウより贈与された霊薬を服用し、このように若返った!! これにより、我が国は益々活気に満ち、力溢れる強き国と成るだろう!!」
そういえば、国民に対して若返ったことを、正式には伝えてなかったっけね。
会場に詰め掛けた民達からは、溢れんばかりの歓声と拍手が、惜しみなく国王夫妻に送られる。
これって、各国の大使達にも良いアピールになってるよね。俺と王国との強い繋がりを前面に押し出して、干渉を抑える狙いも有るんだろうなぁ。
ほんと、良くもまあ考えるよなぁ。
国王って、面倒臭いよね、ホントに。
「我が国民達よりの温かき祝福、嬉しく思う。では前置きはこのくらいにして、早速、式典を開会する! この良き日に、我が娘にしてユーフェミア王国第1王女フリオール・エスピリス・ユーフェミアと、我が友にして王国の盟友、迷宮の主マナカ・リクゴウの婚約を、ここに正式に発表する!!」
どよめきにも似た歓声が上がる。
そりゃそうだわな。
国にとっては部外者の、それも異種族のダンジョンマスターと婚約させるってんだから、戸惑うよな。
「我が友マナカ・リクゴウについては、お主達も良く知っておろう? 我が国の北に位置する【惑わしの森】。大陸有数の魔境であるそこを支配し、余を、我が国を、我が民達を、幾度となく救ってくれた男である。
「マナカの迷宮にも、多くの我が民達が幸せに暮らしておる。我が娘フリオールもその都市に暮らし、日々統治に励み、民達の笑顔のためにと尽力していたのは、余が直接この目で確かめてきた。
「この婚約は、我が国に多大なる恩恵を齎したマナカへの感謝と、我が娘の願いによって実現したものである。また先の余の声明で発表した通り、来たる大戦さに向けて、先頭に立つマナカと我が王国の繋がりを確固たるものにするためでもある。
「これは、我が願いである。マナカであれば、良き夫として王女を幸福にできると確信し、また王女も、良き妻としてマナカを支え、迷宮も王国も、双方益々に栄えることを願ったものである。
「我がユーフェミア王国の民達よ! どうかお主達にも、我が娘と我が友双方を、祝福してほしい。正式な婚儀は戦さの後となろうが、今日この日より二人は、そして我が王国と彼の迷宮は、家族となるのだ!!」
万雷の拍手と歓声に、広場が埋め尽くされる。
王国と迷宮が家族に、ねぇ。
いいこと言うじゃん、王様。
実際には色々と規制も掛けるし、俺は今まで通り自由にやってればいいとお墨付きは貰ってるけどね。
まあそんなことは、民達も他国の大使達も知る由もないことだ。俺らの関係が上手いこといっているよって、そんなアピールだろう。
事実王家のみんなや一部の貴族達とは仲良くさせてもらってるし、全部がハッタリって訳でもないね。
「では早速だが、正式にはまだ先の事だが、晴れて夫婦となる二人を迎えよう。」
いよいよ出番だな。
俺とフリオールは、バルコニーからは死角となる舞台袖に、今日のために仕立てられた新品のタキシードとドレスを纏って待機している。
部屋の中には王家のみんな(ユリウスら保護していた子供たちも連れて来た)や、俺の家族や仲間たちが、俺たちの晴れの姿を笑顔で見守ってくれている。
緊張もしているけど、それよりも喜びの方が強いかな? 横を見ればフリオールも同じ気持ちのようで、ふと顔を合わせてきて、柔らかな笑顔を浮かべてくれる。
その笑顔に、更に緊張が解される。
「では紹介しよう。我が友にして迷宮の主マナカ・リクゴウと、我が長女、フリオール・エスピリス・ユーフェミアである!!」
王様の宣言と同時に、盛大な音楽と、歓声と、拍手が鳴り響く。
ラッパや太鼓の音に鼓舞され、歓声や拍手に背中を押され、国王夫妻が笑顔で待つバルコニーへと、フリオールをエスコートしながらゆっくりと歩み出る。
視界が開けると同時に、より一層の大歓声に迎えられた。
フリオールは実の両親である王様や王妃様とそれぞれ抱擁を交わし、俺も照れながらもフリオールに倣って、手を広げ俺を迎えてくれる二人と抱擁を交わした。
どうでもいいけど、二人ともめっさ若い見た目だから可笑しな気分だな。
ここだけの話だけど、王妃様が若返ったら案の定フリオールより若くなっちゃって、みんなで大笑いしたよ。不貞腐れたフリオールも可愛かったな。
そんな余計なことを考えていたら、いつの間にかフリオールのスピーチが終わっていた。
次はお前の番だぞと、フリオールが笑顔で手を引いて、促してくる。
俺は促されるがままにバルコニーの真ん中に立って、広場に集まってくれた大勢の人達を見渡す。
「ユーフェミア王国の国民の皆さん、各国大使の皆さん、各教会や、ギルドの皆さん。温かな拍手や声援をどうもありがとう。知っている人も多いだろうけど、改めて自己紹介をさせてもらうよ。
「俺の名はマナカ・リクゴウ。アークデーモンロードで、惑わしの森で迷宮の主なんてものをやっている。この国とは最初は色々と有ったけど、それらを乗り越えて今こうしていられること、そして俺を受け入れてくれた国王様や国民の皆さんには、感謝してもし足りない。本当に、ありがとう。
「こんな席で戦争の話はしたくないけど、それが済んだら、正式に結婚式を上げたいと思っているんだ。だから、この大陸も、この国も、俺の迷宮も、そしてもちろん家族となる王様やフリオールも、絶対に護ってみせる。そして、幸せにしてみせるよ。
「この婚約を機に益々俺たちの絆は深まり、掛け替えのないものになっていくと思う。そして彼女が大切に思っているこの国の民の皆さんも、既に俺にとっても掛け替えのないものになっているんだ。
「だから、どうか安心してほしい。そして、俺を信じてほしい。皆さんの大切なフリオール王女は、必ず、この世の誰よりも、俺が幸せにするよ。この場を借りて、皆さんに誓います。
「これからは家族として、そして同じこの大地に、世界に生きる者として、共に歩み、共に励まし合い、共に笑い合って生きていくよ。
「皆さんと同じこの広い空の下で、皆さんと共に、幸せに暮らしていくよ。神様にも、皆さんにも誓う。本当に、今日はありがとう!!」
鳴り止まない拍手や歓声。
空に響く楽器の音。
王様や王妃様の、柔らかな笑顔。
家族や仲間たちの、温かな言葉。
そして、俺の妻となったフリオールの、涙の滲んだ綺麗な微笑み。
それら全てを、心から愛おしく感じる。
まだこれから大戦さが待っているけれど……正直、負ける気がしねぇな。
何だってできる。何だってやってやる。
何をしたって、どんな事があったって、必ず勝って、守り通して、生き延びてやる。
そう俺は、改めて胸に刻み込んだんだ。