第十一話 決意新たに、事故をする!?
王都ユーフェミア
ブレスガイア城
「マナカよ、またお主に救けられてしまったな。礼を言わせてもらうぞ。これでお主への借りはもう、いくつになってしまったことやら」
「よせよ、王様。貸し借りは今までの分で充分だって。俺たちはもう、義理だけど親子なんだからな。それに礼は、ずっとアンタにくっついて護衛してくれていたオニキスに言ってやってくれよ。彼女が居たから、俺が間に合ったんだからね」
急ぎ扉を修復した王様の私室で、ソファに座り王様と語らう。
時刻は既に夜半だ。ウィリアムとガウェインを裁いた謁見の儀からもうだいぶ時間も経って、城内は落ち着きを取り戻しつつあった。
王様も昨日の今日で、瀕死の状態から回復してすぐに裁判を行ったため、今日は大事を取って執務はしないようにと侍医に言い含められている。
で、暇になったからと、俺とこうして軽く晩酌をしているってわけ。
「オニキス……あの、黒いミノタウロスだな。まさかお主が秘密裏に護衛を派遣していたとはな。驚いたぞ」
「まあ今だからもうバラすけど、俺と行動してない時は、マクレーンのおっさんやフリオールにも護衛をコッソリ付けてたんだよ? みんな大事な人だし、敵にしてみれば利用価値が高いからね。
「ただ……ウィリアムの事は済まなかった。俺がそこまで気を回せていたら、こんな事にはならなかったかもしれないのによ……」
どうして思い至らなかったんだろうな。あんなにも身近に、俺や王様を恨んでいる人間が居たってのに。
戦力増加に大陸大結界、それに魔族の保護やらと、上手くいき過ぎていて調子に乗ってたよな、俺は。
そのせいで、王様や王妃様、フリオールら王家のみんなに、辛い思いをさせてしまった。
過去に戻って自分をぶん殴ってやりたいわ、ホント。
「詮無きことよ。本来であれば、最初の反乱の際に裁けなかった余が原因なのだ。お主の後押しがあったにせよ、極刑が妥当であったにも関わらずあ奴の命を長らえたのは、この余なのだからな。
「余こそ思慮が足りなかった。お主には本当に、王国のことで面倒ばかり掛けてしまった。まったく……こんな愚かな王の、いったいどこが【名君】か……!」
「……アンタは、間違いなく【名君】だよ。少なくとも、俺や俺の家族たちは、アンタのことを尊敬している。まあ、一杯やれよ。今だけは王様の冠は降ろしてさ、好きなように弱音を吐けよ。俺でよければ、いくらでも付き合うからさ」
王様のロックグラスに持ち歩いていたウィスキーを注いでやってから、自分の分も注いで王様のグラスにそっと合わせる。
「……済まぬな。しばし、この情けない男に付き合ってくれ……」
そう言ってグラスを呷った王様は、静かに目頭を押さえ、身体を震わせるのだった。
◇
裁判の翌日。
元近衛騎士団団長ガウェインと彼に内通していた者達は、厳しい聴取により情報を搾り取られた後、民衆に知られることなく、速やかに死刑に処された。
襲撃のあった夜に、告知も無く国境を越えた帝国の先遣部隊を俺たちが壊滅させた件については、王国から正式に抗議の使者が送られることになり、帝国との折衝待ちだ。
俺が出張って問答無用で全滅させたが、事は王国側での出来事だけに、帝国も言い逃れも抗議も出来ないだろうというのが、王様や宰相さんの見立てだった。
近衛騎士団はガウェインの独断で動かされており、反乱に積極的だった者を除いた大多数は、お咎め無しとなった。新しい団長には、繰り上がりで副団長のグスタフさんが着任するらしい。
グスタフさんは平民からの叩き上げの騎士で、近衛騎士を辞職してウチに来てくれたレティシアの直属の上司だったらしい。
彼女からの信頼も厚いし、まあ信用しても大丈夫だろう。
今回何故ガウェインがあのような行動に出たかについてだけど、実は彼もまた唆されたに過ぎなかったのだ。
「まさか近衛の団長が、フリオールにホの字だったとはねぇ……。突然降って湧いた俺みたいなぽっと出に横からカッ攫われりゃ、そりゃ面白くもないわな」
まあだからどうしたって話なんだけれども。
ガウェインの計画では、ウィリアムに王様を殺させると同時に近衛騎士団を操って城を占拠して、示し合わせて攻め上がる帝国軍に王国を支配させる。
ウィリアムからは、王位(傀儡の、だけど)に就いた暁にはフリオールを嫁として貰い受け、自身は橋渡しの功績として、帝国内に爵位を貰いフリオールを連れて亡命するつもりだったらしい。
いや、ザル過ぎだろその計画。
で、その発案者といえば、大戦反対派の下級貴族の子爵の男と、帝国から入婿としてやって来た伯爵家の気弱な男。
帝国内の親戚筋に強要された、と本人は供述したらしいが、友人でもあった子爵に愚痴と共に後押しされ、実家の支援で呪具や毒、魔剣を手に入れて、ガウェインに流したらしい。
無論、その子爵家と伯爵家は家名を没収してお取り潰しの上、子爵家は当主が、伯爵家は入婿の血筋が粛清され、入婿は捕らえられて帝国への抗議の材料となった。その他の家族は身分を平民に落とされた上、帝国から真逆の、西の辺境に流罪となった。
平和ボケした元日本人の俺からすればなかなか苛烈な処断だとは思うが、王国が諸国に呼び掛け連合を組もうという大きな流れを乱したその行為は、非常に重く受け止められたというわけだ。
連座で一族郎党、というのも考えられたらしいが、これ以上家臣団からの反発を助長しないために最低限に抑えられた、って感じかな。
「あんまり、マナカさんが気に病むことはないと思うよー? マナカさんを選んだのはあくまで王女ちゃんだしー、力ずくで女性を従わせようとする奴なんかに、人を幸せにしてやれる訳がないしねー。王サマ達も家族を失ったのは気の毒だったけどー、あそこまで歪んじゃってたら、もう無理だよー」
「それは……神として人間を観ての結論なのか?」
「それと女としてと、どっちもかなー。元王子サマがたとえ一回目の謀反を成功させてたとしてもー、あんな歪んだ男が王になった国なんかは、だいたい滅んできたよねー。女からしたってー、あんな身勝手で自尊心ばっかり先立った男について行ったって、いいように欲望の捌け口にされる未来しか見えないよねー」
今日下された処罰を見届けるために、俺たちは城に留まっていた。俺に割り当てられた一室で、そう語る幼女神の言葉に耳を傾け、今までの出来事を思う。
何がいけなかったんだろうな。
ただ後悔しないように生きたかった俺と、国を何とか守りたかった王様やフリオール達。
そこに色々な人の思惑が縺れ、絡まり、こんなにも複雑で、辛くて、残酷な現実が待ち受ける。
「本当の正解なんて、無いんだよな。みんながみんな、自分が思う正解に向かって歩いてるんだから。その時の状況、感情、打算が絡んで、いくらでも結果は変わっていくんだもんな。
「だったら、俺は俺が思う正解を、みんなと笑い合って過ごせる生き方を、求め続けなくちゃいけないんだよな。
「せめて俺の手の届く範疇で、こんな俺でも友と、仲間と、家族と思ってくれている人達と一緒に生きていけるように、足掻き続けなくちゃいけないんだよな。何より俺が、それを望んでいるんだから……」
独りで居たくない。
独りじゃ生きていけない。
俺が望んで関わったんだから、その結果も受け止めるべきだろう。たとえそれが、痛みを伴っていたとしても。
「マナカさんは変わらないねー。優しいところも、ヘタレなところも。だけどそんなマナカさんだからこそ、みんな慕って、ついて来てくれてるんだと、私は思うなー」
ありがとな、ククル。
俺の前世から知っているお前にそう言ってもらえると、ホントに救われるよ。
そうだよ。俺には護りたいモノも、勝ち取りたいモノも、まだまだ沢山在る。
そのために今まで散々駆け回って、時には痛い思いもして、怖い思いもしてきたんだ。
それが嫌なら、ずっと大人しく引き篭っていれば良かったんだ。惑わしの森のダンジョンで、目立たないよう、見付からないように、慎ましくアネモネと暮らして居れば良かったんだ。
だけどそうしなかったのは、俺がそれに納得できなかったから。何も踏み出さず、何も成さないなんて、そんなの前世と変わらないから。
目の前の幼女に俺の本質を認めてもらえて、嬉しくて。それで前世の俺の一生に後悔を覚えたから現在、俺はこうしている。
沢山の人の笑顔に、好意に、善意に、胸を張って応えられるそんな俺で居たくて。
沢山在る理不尽に、悪意に、悲劇に、胸を張って立ち向かえるそんな俺で居たくて。
誰に求められた訳でもない、俺自身が望んだ生き方を貫くためにも、失敗だろうが、挫折だろうが、悪意だろうが敵だろうが邪神だろうが、何だって乗り越えていきたい。
そう、素直に思える。ホントに、この幼女には敵わないな。
「ねーマナカさーん。いい加減さー、幼女って言うのやめないー?」
「ははっ、すまんすまん。あの時も、今も、俺を勇気付けてくれてありがとな、ククル」
さあ、落ち込むのはお終いにして、そろそろ腰を上げよう。連合軍にわも参加国は増えてきてるし、そろそろノクトフェルムから【ムサシ】も帰って来るだろう。
メイド達にも、俺の配下達にも、やってもらいたいことは山ほどある。
王様だって昨夜の酒で弱音は吐ききって切り替えてるんだし、義理の息子である俺も気張らないとな。
あ、そういや婚約式典ってどうすんだ? 事前の予定では、ノクトフェルムから帰還したら行うって言ってたけど……。
まあいいや。呼ばれたらすぐ来れば、なんとかなるでしょ。フリオールには悪いけど、一足先に一度帰ってるからな〜。
「マナカさーん、今度は私が抱っこがいいなー。」
いや、良く考えたらククルさん転移できるじゃんね!? 帰りも俺がアマコと一緒に運ぶの!?
「まあまあ良いじゃないのー。役得ってことで、アマコちゃんのオッパイを存分に堪能すればさー」
やめてください!? 一応こんなでも結婚を控えてる身なんですけど!?
いやまあ、幼女をおんぶするのとはワケが違うことになるのは確実だけどさぁ。
「うっさいのよー! 文句が有るんなら私をこう創った創造神様に言いなさいよー!!」
え、嫌ですけど。
だって総ての神様や世界の産みの親なんでしょ? そんなのに文句言えるわけないじゃん。恐ろし過ぎるわ。
「私だって他の女神達みたいにバインバインになりたかったのよぉーッッ!!」
あたっ!? おいククル、やめろ!?
お前のその義体――【神義体】って言ったっけ?――って地味にステータス高いから、普通に痛いんだよ!?
こんの……っ!
必殺! “頭押さえ付け”!!
「むきーっ!! 放しなさいよー! パンチが届かないでしょーっ!?」
「誰が放すかっ!? そのままずっと腕をグルグル振り回してるがいいわっ!! っていうかアマコは何処行ったんだよ!? アイツが戻って来てくれないと帰れないじゃん!?」
「なんか王女ちゃんが相談が有るって連れてっちゃったよー……っと、隙ありぃーッッ!!」
しまっ……!?
気を抜いた瞬間に身体を引いてバランスを崩されただと!?
奴はそのまま俺の腕を掻い潜って、ボクシングのピーカブースタイルを取って低い姿勢(元々だけど)でインファイトを仕掛けてくるっ!?
くっ……! させるかっ!
俺は即座に片足を引いて膝を折り、防御とカウンターに特化した空手の双身の構えに移行……って思ったより突進が速い!?
「ち、ちょーっ?! 待っ――――!?」
「どあああああっ!!??」
ちょうど重心を下げたところにモロにククルが突っ込んで来て、そのまま二人で派手に転がる。
転がりながらくんずほぐれつし、ようやく止まって身体を起こそうとすると……何やらプニュンとした柔らかい感触が……?
「マナカ、アマコ殿を借りて済まなかったな。ちょうど良い機会だったから街のことを相談していた…………の、だ……?」
「あらまあ。マナカ様ったら……」
なんとも狙ったかのようなタイミングで部屋に入って来る約二名。
その二名……俺の婚約者であるフリオールと、配下のアマコの視線の先には、どう見ても俺が押し倒したようにしか見えない、幼女に覆いかぶさっている俺と、目を回しているククルの姿。
あろうことか、俺の右手はククルの薄い、というかほぼ無い胸部装甲に…………
「えぇーと……とりあえず話し合おうか」
蛇に睨まれた蛙ってのはこんな気分なんだろうなーとかどうでもいいことを考えつつ、俺は精一杯の笑顔を浮かべてフリオールにそう提案してみた。
うん、事故なんだよ! いやマジで!
まあそんな提案は当然の如く却下されたよね。
そんでボコボコにされたよね。
いや、ちょ……待っ!?
いったい何発ボコるのよ!? ってククルいつの間に!? なんでお前まで参加してボコってんだよっ!!??
ていうか無言の笑顔で殴るのやめて!?
怖いし痛いし、そして怖いんだよおおおおおおっ!!??