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第九話 見えざる涙。



ユーフェミア王国王都ユーフェミア

ブレスガイア城



 王様の襲撃の翌日。

 登城できる全ての臣下達が緊急に集められた謁見の間は、重苦しい沈鬱とした空気に包まれていた。

 昨夜の王の暗殺未遂事件を知る者も知らぬ者も、皆一様に、固唾を飲んでその光景を見詰めている。


 俺たちの目の前に広がる光景。

 そこには、玉座に座り怒りと悲しみに暮れている王様の姿と、そこから見下ろす床に拡がる赤い体液と、二つに分かたれた、頭と身体。


 実の父親であるフューレンス王に裁かれた、元ユーフェミア王国王太子の成れの果てだった。





 ◆





 城の地下牢にて。


 全身を拘束具で雁字搦めにされ、その上自害防止用に猿轡まで噛まされたソイツ――元ユーフェミア王国王太子、ウィリアム・ユーフェミアの前に立つ。


 自由に動かせるのはその顔と眼球だけで身体は椅子に固定されているが、ウィリアムは俺が牢に入って来た瞬間、身体を震わせて憎悪の込もった目で睨んでくる。


 コイツとはまあ、因縁浅からぬ間柄ではある。

 転生して未だ間もない頃、王国と盟約を結ぼうとした俺はなんやかんや有ってコイツに捕らえられ、過酷な拷問を受けたのだ。


 その後も物のように扱われ、粗悪な幌馬車に荷物よろしく積み込まれ、俺のダンジョンに攻め入ろうと進軍していたところを俺の家族たちに阻まれ、俺は救い出されコイツは謀反の罪で捕まった。


 極刑が妥当なところを俺が無理を通して生き延びさせ、それからは俺が与えた罰(報復とも言う)と共に、残る生涯を国に隷属して貢献させられていたはずだった。

 もちろん厳重な監視体制の下で、幽閉されてだ。


 それが幽閉先から脱け出し、猛毒と呪いの付加された魔剣を携えて、王の私室にて、実の父親であるフューレンス王を襲った。

 すんでのところで一命を取り留めた王様は、治癒に体力を消耗し未だ眠ったままだ。


 王城内は城を囲んだ魔力感知結界によって、魔法を行使すると即座に感知され、駆け付けることができるように警備されている。

 にも関わらず、コイツを監視していた衛兵達は皆殺され、そしてコイツは王様の部屋まで誰にも見付かることなく先回りして潜んで居た。


 常に王様の影に潜む、暗部の護衛達の目すら掻い潜ってだ。明らかに物理的に手練の協力者が、城内に潜んでいる。

 それも俺がミノタウロスのオニキスに持たせたような、気配を遮断できるような術具を手配できるような、そんな大物が。


 それをこれから暴く。

 恐らくは、コイツは良いように操られただけだろうけどな。

 俺や王様への恨みや憎しみに、その心の隙に付け込まれたんだろう。



「よう。久し振りだな、イケメン」



 俺は沸騰する頭を必死に理性で押さえ付けながら、そうソイツ――ウィリアムに声を掛けた。


 俺の見立てではコイツが今回起こした暴挙は、俺の最大の協力者である王国の混乱と陽動が目的だ。

 若さと求心力を取り戻し、列国に号令を掛けられるほどに纏まり持ち直した王様と王国を、邪魔に思ったヤツが居る。


 真っ先に思い浮かぶのが、俺が敵対することとなった“邪神”マグラ・フォイゾだ。だがヤツを阻む目的で大陸を覆った結界は問題なく稼働している。破られたような形跡も無い。

 あるいは結界の効果が通用しなかったことも考えたが、一度実験で俺への殺意を散々に煽った翼竜(ワイバーン)を、結界の外に放して俺を狙わせてみたが、問題なく弾けていた。


 神様相手は勝手が違うのかもしれないが、それよりも俺はもっと現実的な方面から探ることにした。


 王様が仮に死んだとして、得をする奴。王様の存在が邪魔な奴。

 そして穿ち過ぎかもしれないが、王様が倒れることで友である俺が不利益を被り、それによって得をする奴……


 国王への集権を嫌う貴族か。

 来たる大戦に反対する者か。

 俺に良いように振り回されることを厭う者か。


 ウィリアムから協力者を白状させることができれば、恐らくは芋づる式に繋がっていく筈だ。

 だけどそんなことは相手だって解っているだろうから、俺は二人の助っ人を呼んで来たのだ。


 俺をこの世界に転生させた元・転生神のククルシュカーと、【読心術】スキルを持つアマコ。

 他者の心を覗くことができる二人に、ウィリアムの思考を読んでもらおうと考えたワケだ。


 その前に、俺は【神眼】スキルでウィリアムの状態を視る。

 すると懸念していた通りに、口封じのための【呪詛】が、ウィリアムを蝕んでいた。



『ククル。やっぱ【呪詛】が在ったぞ。どういう類いの呪いか判るか?』



 俺に遅れて牢に入って来たククルに念話で訊ね、ウィリアムを視てもらう。



『ふんふんー? 特定の言葉を発すると、喉を裂き心臓を破裂させる呪いだねー。コレって禁呪の類いなんじゃないかなー? 少なくともー、()()()()()()()、呪いの媒介となる呪物すら用意出来ないと思うよー』



 厄介な話だ。案の定、口を割ったら死ぬ類いの呪いだし。

 やっぱ読心できる二人を連れて来て正解だったな。


 珍しく己の思慮が功を奏したことに自分で感心しながら、俺は再び声を掛ける。

 既にアマコも俺の斜め後ろで控えて、ウィリアムに術を行使し始めている。



「お前さ、何やってんの……? せっかく王様の温情で生かされてたってのに、全部台無しにしやがってさ」



 俺の言葉に眼を血走らせて、猿轡を噛んだ口から呻き声を漏らすウィリアム。



『「忌々しい魔族風情が! 貴様さえ居なければ、俺は労せずして玉座に至れたのだっ! あのクソ親父が邪魔さえしなければ……!!」だってー』


『同じく』



 王妃様や宰相さん、そしてフリオールには、読心で供述を取る事を許可してもらっている。

 俺がウィリアムの精神を揺さぶり、ククルとアマコが二人で心を読み、齟齬が無いか確認した上で紙に書き留める。そしてアマコには、悪いが書記もしてもらっている。



『「総て完璧だったのだ! 妹であるフリオールの手柄を収奪し! 磐石の富と名声を得て王に成れたというのに!!」』


『同じく』



 呆れてものも言えないとはこのことだな。

 お前が王太子としてやってきた事を考えろよ。

 お前に弄ばれ、虐げられ、心と身体に傷を負った女性がいったい、何人居たと思う? 苦言を呈しても治らないお前の身勝手さに、どれだけ王様と王妃様が心と頭を痛めてきたと思う?



「王様は無事に生きてるぞ。お前を捕らえた俺の配下のおかげで、五体満足に回復した」



 俺はとにかく、コイツを動揺させることに終始しなければならない。

 呻き声ですら呪いが発動するかもしれないのだから、コイツには心の中でだけ本音を曝け出してもらわないといけないからね。



『「バカなっ!? あの短剣には解毒法すらない猛毒である“帝国砂漠蜥蜴”の毒が塗ってあったのだぞ!? しかも全身の毛穴総てに針を刺されるような痛みを発する呪いまで付与されていると聴いたのに……っ!?」うわー、救いようがないなー』


『同じく』



 冷静にと努める頭が、また沸騰しかける。

 コイツは……! そんなモンを実の父親に、自分の命を救ってくれた人に向けたのか……!


 だけど今ので、コイツにその短剣を渡した奴が居ることは確定した。

 もっと感情を揺さぶれば吐くか……? 正直目が血走ってて見開いてて、顔自体は整ってるだけに観てて怖いんだけど……



「残念だったな。お前は迷宮の主を馬鹿にし過ぎなんだ。俺の手の届く範囲で、俺にとって大事な人をむざむざ死なせると思うのかよ。舐めんな」



 さあ、吐きやがれ……!!



『「あの役立たずめ……! 何が解毒法も解呪法も存在しない、だ!? コイツが居ない今が好機だと言ったのにっ! 俺が襲ったら兵を起こすと言ったくせに増援も寄越さずに……!! 巫山戯るなよあの――――が!!!」……へぇー』


『同じく、です』



 …………そう、か。

 いい度胸だあのヤロウ……! 今夜中に丸裸にしてやる……!

 その企みも、全部ぶち壊してやるからなッ!!





 ◆





 そして王様によって集められた家臣達の目の前で、せめてその命だけは救いたいと願っていた父親の目の前で、ウィリアムは首を落とされた。


 民衆への公開処刑にしなかったのは、これ以上民に無用の混乱を与えないため。しかも一度極刑モノの罪を侵した男の再犯だ。国への信頼をこれ以上損ねるのは、大変よろしくない。


 さりとて人知れず葬らずに、家臣達の目の前で、しかも公の場で処刑したのは、王の責任と意地だ。

 一度目は、建前はどうであれ親としての我を通したけれど、最早二度目は無いと、そう示した。


 家臣にも、犯人にも。


 王族の責務を全うしない者を、二度目だったとはいえ容赦無く断罪し、厳格な姿勢を貫いて見せた。


 心では、涙を流しながら。



『王サマ、悲しいよねー。折角評判を落としてまで救ったのに、何も変わってなかったんだもんねー』



 ククルが念話で呟いてくる。

 ホントだよな……。親の心子知らずとは、よく言ったもんだ。


 そう心の中で返しながらふと見下ろすと、俺は自分の手を、血が出るほど握り締めていた事に気が付いた。


 いかんな。ここからが本番だっていうのに。

 俺はコッソリと靴の裏で、垂らしてしまった血を隠す。



「見苦しいものを見せたな。では、次である」



 廃嫡され国の名を冠することも許されない罪人の遺体が、真っ白な布に包まれて片付けられた。


 鮮やかなレッドカーペットに、どす黒い染みだけが残るそこを睨み付けながら、王様が言葉を紡ぐ。



「実行犯は裁かれた。次はその協力者にして、帝国の間者を裁く時である。()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。疾く皆の前に進み出よ」



 さあ、いよいよだ。

 あんなに家族思いで優しかった王様に、よりにもよって一度救けた家族の命を奪わせたんだ。


 この借り、何万倍にもして返してやるからな……!





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