第七話 俺と、家族と、エルフ達と。
ノクトフェルム連邦
シルウァ氏族の里
「なんと……そのようなことが……!」
各氏族の長達に、アレイシャさんが見聞きしてきたことを報告している。
エルフ達は迷宮がもう氾濫の危険が無くなった事を知り、一族の悲願が達成された喜びに湧いていた。
ダンジョン【神霊樹の祠】のマスターとしての支配権は譲って貰ったが、俺は神狼のリアノーンをそのまま代理マスターとして、権限を使えるようにしてきた。
彼女にとってかつての主であるヤクシャさんの故郷を護ることは、何にも代え難いものであったようだし、新たに設置した転移装置や、“龍穴”から魔素を吸い出し魔力に変換する術具や、循環させる術具を護ってもらいたかったしね。
寂しかったらいつでも俺のダンジョンに遊びに来て良いと伝えて、そのままお別れしてきたんだ。
魔族達は無事に過ごしていた。
リアノーンにマスター権限を譲渡して貰ってから会いに行き、毎度お馴染みのダンジョンコア通信で彼等の王女であるセリーヌに説得を頼み、転移装置で俺のダンジョンに移ってもらった。
これにてセリーヌとの約束は完遂され、このドラゴニス大陸に散り散りとなった魔族達は、彼等が慕う王家の下に再び集うこととなった。
いや良かった良かった。
大陸大結界も無事に完成して、これで少なくとも邪神マグラ・フォイゾ自身によるこの大陸への、直接のちょっかいは防ぐことができるだろう。
いやぁ〜、頑張って頭を下げて回った甲斐があったってもんだな。
「――――ナカ。マナカっ!」
「うぇえ?!」
ビックリしたぁ!?
いつの間にか俺の正面に立っていたフリオールが、俺を睨んで頬を膨らめている。
いやごめんて。考え事してて聴いてなかったよ。
「お、おうフリオール。スマン聴いてなかったわ。どした?」
「『聴いてなかったわ』ではないわ! アザミ殿達に聞いたぞ!? いたいけな少女の、その……は、裸を凝視して着せ替えをして愉しんできたというのはどーいうことなのだっ!!??」
ちちょっ!!??
何、その悪意しか無い大法螺は!?
「おいお前ら!? いったいどんな伝え方をしやがったんだッ!?」
俺はアザミたちを振り返って睨み付けるが、みんなして一斉に顔を逸らして、そそくさと謁見している広間から逃げて行きやがった……!?
「婚約者である我が居ながらよくもまた……ッ!! そこへ直れマナカ! 今日こそはその浮ついた性根を叩き直してくれるッ!!」
「ちょ、待っ!? 誤解だ誤報だ! 事実無根な言い掛かりだ!! ちょっと聴いて、話せば解るっ!! ちょ、家庭内暴力反対いいいッッ!!??」
いやなんだよこれ!? 頑張って戦ってきたのに、その締めが嫁さん(未来の)からの説教とかおかしいだろーがっ!?
アネモネ! マナエ!! たぁすけてぇえええッッ!!??
「待てマナカ! 逃げるんじゃないッ!!」
「だから誤解なんだってばあああああッッ!!!」
マクレーンのおっさんも笑ってないでこのお転婆王女止めてくれよおおおおおおッッ!!??
♢
賑やかな宴の夜。
周りを見回せば、見渡す限りエルフ、エルフ、エルフエルフエルフ…………。
ノクトフェルム連邦中のエルフが集まってるんじゃないか、ってくらいの賑わいで、あちらこちらから歓声や笑い声が響き、上がる。
いったいなんの祝いをしているかというと……
「まさか、このような日を妾の在任中に迎えるとはな。永年の迷宮の呪縛より解き放たれ、皆も心から喜んでいるぞ」
はい。
迷宮……ダンジョンの沈静化を祝うお祭りなわけだ。それと囚われていたエルフ達の帰還を祝う宴でもあるな。
ダンジョン踏破の報告会の後で、エルフ達の代表者であるアレイシャさんから船に残っているみんなも呼んで、祭りに参加しないかと誘われたんだ。
祭り冒頭のアレイシャさんの挨拶で、大勢のエルフ達の注目を浴びた中でお礼を言われた時は、本当に驚いたし、照れ臭かったよ。
今回保護されて帰国したエルフ達もその多くがこの宴に参加しているし、なかなか盛大な拍手と歓声で、俺たちを祝福してくれたんだよね。
「どうだマナカよ、楽しんでいるか? 其方達の料理に比べれば味気無いやもしれぬが、斯様に贅を凝らすことは滅多に無いのだぞ?」
巫女としての一番重大な使命から解放されたからか、アレイシャさんの顔にもようやく柔らかい笑顔が浮かんでいる。
会ってからこちら、硬い表情ばっかり見てたからね。やっぱ美人は笑ってるのが一番良いよね。
「充分美味しいし、楽しめてるよ。エルフ達の宴に参加させてもらうなんて、もしかして俺たちが歴史上初めてなんじゃないか?」
差し出された酒杯に自分の物を合わせて、芳醇な香りと絶妙な口当たりの果実酒を軽く呷る。
ずっと排他的に過ごしてきた種族だもんな。
まさか異種族の俺たちを宴に混ぜてくれるなんて、思いもしなかったんだけど。
「いや……実は一度だけ、過去に異種族を招いた宴があった。まあ、招いたと言うか、乱入して来たと言うか……だがな」
折角の宴の席だというのに、唐突に表情を曇らせるアレイシャさん。それどころか、眉間に皺まで寄り始める。
「ア、アレイシャさん……?」
「あの男だけは……ッ!!」
おい、またかよソルジャンさん……! ホントにアンタ、一体何したんだよ……!?
「あー、アレイシャさん。良ければその男……ソルジャンに何をされたのか教えてくれないか……? 同じ魔族ってだけで怖い顔をされるのは、正直心にクルものがあるんだけど……」
いやマジでよ。この森に来てから、魔族ってだけでいったい何度殺気や悪意を向けられたことか……!
「ああ……いや、済まぬ。其方とは関係の無い話だというのにな……。まあ良いか。酒の席の戯れ言だと思って、聴いてくれるか?」
うんうん、大いに語ると良いよ。吐いて楽になることもあるからね。
俺は無言で頷いてから、アレイシャさんのカップに果実酒を注ぐ。
「あの男……ソルジャンは、突然このシルウァ氏族の里に降り立った。どうやら砦も他の氏族の里も介さずに、飛行魔法で直接乗り込んで来たらしくてな。掟やら何やら、妾達の慣習全てを無視して現れおったのだ」
おいおい……! “放蕩好きの魔王”って揶揄されてたのは知ってるけど、他国の、しかも異種族の里に空から直接乗り込むって……! セリーヌの爺ちゃんハチャメチャ過ぎだろ……!?
「彼奴は堂々と悪びれもせずに、『古き良き迷宮の探索が趣味でのう。勝手に入るのは偲びないから、一応立ち寄ったぞい』などと抜かしおった……!」
え、待って。今のもしかしてソルジャンの真似? え、かわいい。もう一回やって?
あ、ハイごめんなさい。続けてどうぞ。
「当然妾達は激怒した。彼奴を囲んで弓で狙い、術を構築し……それを彼奴は、鼻で笑いおった。そして、風魔法のただの一撃で、里の戦士や巫女達の大半を吹き飛ばしおった。その一撃に耐え意識を保って居られたのは、当代一の精霊術士と称され、次期巫女長と目されておった妾だけであった」
いやいやいやいや!? 何やってんのよ、ソルジャンさんッ!!??
勝手に他人様の家に上がり込んだ挙句魔法ぶちかますとか、いったい何処の無法者だよっ!?
…………なんかブーメランだな。俺も他所のダンジョンを散々支配してきたっけ。
よし、コレについては言及は止しておこう。
「一人立ち上がった妾を見て、彼奴めは己の名を名乗ってから何と言ったと思う!? 『なかなか見込みのある娘ではないか。また立ち寄る事が有れば、愛妾にしてやろうぞ』だと!! 一体何様のつもりかッ!!」
はい、“魔王”様なんです……! なんか、同族がホントに申し訳ない……!!
「彼奴めはそのまま【神霊樹の祠】へと向かい、姿を暗ましおった。妾達は祠の入口で待ち構えていたが、とうとう彼奴が出て来ることはなかったのだ……!」
ふむふむ。それは……恨んでも憎んでも仕方ないよな。
ただでさえエルフ達はプライドが高いらしいし、そんな登場や立ち去り方されたら多分俺でもキレるわ。
「それから既に数百年と経っているが……未だにあの時の屈辱は忘れられぬ。魔族である其方が訪れてからより鮮明に思い起こされてしまい、腸が煮えくり返る思いだ……ッ!」
うぅ……魔族に生まれてごめんなさい……!
いや俺は悪くないけどさ!? 種族勝手に決めたのだって幼女神だしな!?
けど、流石にソレはなぁ……!
「いや、まあなんというか……色々ヒドイ、な……?」
「ああ、酷いな。そして、憎い。だがしかしあの男は……ソルジャンはもう、死んでしまっているのであろう……?」
「……孫に当たる王女のセリーヌからは、そう聞いているよ」
正確には、セリーヌが生まれるよりもずっと以前に亡くなっているらしい。父親の魔王の面影を感じられる肖像画と、愚痴混じりに語られる思い出話だけが、彼女が持つ祖父の記憶なんだとか。
「いつか再び訪れた時には目に物見せてやろうと、益々修行に励みはした。その甲斐あって無事に巫女長に選ばれ幾百年……。祠から戻らぬ以上死んだものとも思ってはいたのだが……、何処までも身勝手な男であったのだな……」
アレイシャさんって、もしかしてさ……
ソルジャンのこと……、割と気になってたんじゃ……?
いや、やめておこう。
過ぎた事だし、故人はもう戻らない。もしかしたら身近に輪廻転生してるかもしれないけれど、それは最早他人だしな。
「あー、俺も酒の戯れ言って奴を溢したくなってきたな。無責任な独り言だから、聞き流して良いからな?」
「ほう、其方も戯れ言を吐きたくなったか。良いぞ。酒の席であるし、誰も聴いてはおらんしな!」
なんか、良いなこういうの。
一皮剥けば、長命のエルフだって唯のヒト。笑いもすれば、怒りもする。一人一人違うけど、同じヒトなんだよな。
「とあるエルフが過去に囚われていてな。ソイツは昔出会った異種族の男のことが、頭から離れないらしい」
「ほう! そんな奇特なエルフが居るのか! それで……?」
独り言の戯れ言だって言ってんのに。まあ良いけどさ。
「その異種族の男は、実は他国の王様でさ。なんでも放蕩好きで、部下に仕事を押し付けてはあちこちをフラフラしていたらしい。だけど……」
俺はセリーヌの語った思い出話や、ソルジャンの息子……魔王クシュリナスの遺言を思い出しながら、ソルジャンがどうしてそんな行動をとっていたのか、憶測も多分に含まれているけど、それを話して聞かせた。
確かに身勝手だったかもしれない。いや、部外者からすれば間違いなく身勝手なんだけど。
だけどその行動が結果的に滅び行く国から、多くの同胞達を、護るべき民達を救った……。
ソルジャンの本当の狙いは最早判らないけれど、この大陸の複数のダンジョンを支配下に置いて、その支配権を次代の王に引き継いで、その結果民が救われたのなら。
王としては、立派な男だったんじゃないかな……?
行動の責任は付いて回るけど、護るべき民のためにこそと思えば、多少は酌量の余地も、あるんじゃないかな?
「ふふっ。其方は、見も知らぬその魔王とやらを擁護するのか?」
「擁護とまではいかないけどな。だけどまあ、結果的に彼は民を救った。そんな彼はもういない。これ以上死体に鞭打つってのは、如何なもんかな……ってな」
亡くなった人はもう戻らない。
過去に受けた仕打ちがどうであれ、それを報いる相手はもう居ないのだ。
「だけど、やり返そうと躍起になって手に入れた力や立場は残ってるんだ。なら状況が変わった現在、いつまでも遠い過去に囚われてないでさ。その得た力や立場で、何か新しい事を始めてみた方が、余程建設的だし楽しいと、俺は思うかな」
そうあくまでも“戯れ言”を締め括って、俺はカップに残った果実酒を一息で呷る。
その空いたカップに、アレイシャさんがお代わりを注いでくれた。
ああ、どもども。いや、これ幾らでも飲めちゃうな。
悪酔いしないといいけど…………うん、ここから気を付けよう。
「そうだな。いつまでも過去に囚われていても詮無きこと。其方の独り言のそのエルフも、前を見て歩いて行ければ良いな。そう妾も、祈っておこうか」
「だね。俺も他人に偉そうに言えるような大層な奴じゃないけどさ、それでも胸を張って生きていきたいって、常々思ってるよ」
「胸を張って生きる……か。やはり其方は変わっているな。フリオール王女殿下も、そんな其方の在り方に心を奪われたのかもしれぬな」
……おい、ここで恋バナに話を振るのは卑怯じゃないか?
やべぇ、俺逃げるタイミング失ってる……!?
「まあ良いではないか。さあ、馴れ初めからとくと詳しく聴かせてもらおうか! さあ吐けマナカよ!」
ちょっ!? アレイシャさん、もしかしなくても酔ってらっしゃらない!!??
「こらマナカっ!? 貴様という奴は舌の根も乾かぬ内から、今度はエルフの巫女長までをも手篭めにするつもりかっ!?」
あ゛あ゛あ゛っ!!?? もっと話をややこしくするお転婆姫までこっち来やがった!? お前も酔ってんだろちくしょおおおおッ!!?
げっ!? 他の我が家のメンツ共まで寄って来たやがったぞ!?
「ちょ、落ち着け酔っ払いどもっ!! “酒は飲んでも呑まれるな”って昔の偉い人かどうかは知らないけど誰かがそんなこと言ってたからあああっ!!」
宴会は俺が女性達に追い掛けられて更に盛り上がる。
多くの拍手や歓声、そして笑い声が、【神樹の森】の夜空に上がり夜の空気に溶けていく。
だけど。
そんな楽しい時間は、通信を告げるダンジョンコアによって唐突に、終わりを迎えたんだ――――