第五話 遂に逢えたね!!
ノクトフェルム連邦
ダンジョン【神霊樹の祠】
「あ、有り得ぬ……! なんだそのデタラメな魔法はっ!!??」
おいおい、失礼しちゃうな。
ヒトが真面目に魔法戦の調整してるってのに、後ろから野次を飛ばさないでくれる?
現在俺たちは、ようやく入ることが叶った、ダンジョン【神霊樹の祠】の36階層に居る。
連れて来たメンバーは、家族からはアザミとシュラ。
あとは同じ冒険者パーティーの仲間である、ミラ、ミーシャ、ベレッタ、オルテも、実戦での成長具合を観るために連れて来た。
他のメンバーは、森の外に待機している魔導戦艦“ムサシ”にイチとグラス、そしてククルを帰して守護を頼み、エルフのシルウァ氏族の里にアネモネとマナエ、精霊たちを残した。
フリオールには船に戻っていいって言ったんだけど、国の代表だからと固辞されて、彼女も護衛のマクレーンのおっさん達と共に里に残っている。
そして、何故かついて来たのが……
「見たことも聞いたこともない術式……そして威力……。其方の魔法は、妾が観てきた誰のものとも違う。いったいどういう理屈なのだ……?」
エルフ族の巫女長という立場に在るらしい、シルウァ氏族の長にしてノクトフェルム連邦の全ての氏族の纏め役である、アレイシャ・ホルン・シルウァさんだ。
そして護衛としてエルフ族の戦士達や、彼女の弟子であるという巫女達もぞろぞろとついて来た。
アレイシャさんと巫女が三人、護衛が六人の計十人で、俺たちのダンジョン攻略に同行すると言われた時は正直面食らった。
何故同行したいのか理由を訊いてみると、アレイシャさんは。
「訳は二つだ。一つ、妾は悪魔種である其方を、まだ心底から信用しておらぬ。何時ぞやのあの男のように、またも我等を謀らぬとも限らんしな。其方の言う通りに、この中に魔族達が居るというのなら、それをこの目で確かめるのは、そして最終的に其方を信ずるか否かを定めるは、指導者としての責務である」
あの男ってのは、魔族の王女であるセリーヌの祖父、ソルジャン・ディロイ・オラトリアのことだよな。
彼がこのダンジョンを訪れた時に、一体エルフ達に何をしたのか……。相当恨まれていることは判るのだが、訊ねても教えてくれなかったんだよね。
で、同じ悪魔種である俺にも疑いと恨みを抱いていると。
「二つめは、我等【神樹の森】のエルフ達が、永きに渡って護り封じてきたこの迷宮の、最奥に至るためだ。我等の遠い祖先が、その身命を賭して魔物の脅威を押し込めたこの【神霊樹の祠】の最奥に至り、完全に封じるのが、我等一族の悲願なのだ。
「一時的に其方にその役目を譲ることとなったが、せめてその場に立ち合わねば、この迷宮で散った多く祖霊に申し訳が立たぬ故。これは、迷宮を封じるを役目とする妾共巫女の、何よりも重き使命なのだ」
そう、強い瞳で真っ直ぐに俺を見据えてきたアレイシャさんを、危険だからと突き放すことは俺には出来なかった。
彼女は、エルフの氏族の長であり、氏族たちを纏める者であり、そして使命を負った巫女でもある。そんな彼女の覚悟を、俺はどうしても否定できなかったんだ。
「俺の魔法は、神様から貰った固有スキルで俺自身が創ったものだからね。多少はみんなとは違ってくるでしょ」
そう返事を返しながら、足を踏み鳴らす。すると俺の眼前にバスケットボールほどの大きさの水の球が出現する。俺は水球の中心に向けて水を生成し続け、水球が膨れないよう圧縮を繰り返す。
そうこうしている内に、俺目掛けて何十頭ものウルフ種の魔物達が押し寄せて来る。俺は極限まで圧力を高めた水球に、裁縫針ほどの太さの噴出口を付けてやった。
「【水圧切断】」
撫で切る。
押し寄せるウルフ達は、超高圧縮された水流によって、水平に、斜めに、微塵に。
敵性の魔力反応に噴出口を向けるよう調整された水球が踊り回り、深海よりも重たい圧力で噴き出した一筋の水流が、襲い来た全てのウルフ達を切断した。
「ありゃ、奥に居た人狼まで巻き込んじゃったか。ごめんミラ、丁度よさそう奴を残してやれなかった」
そのウルフ達を統率し、奥で指揮を執っていたワーウルフに、ミラ達パーティーメンバーの相手をしてもらおうと思ってたのだが……失敗だな。
全部の敵性反応が消えるまで、水球の乱舞が停まらなかったよ。
「いいわよ別に。その代わり、次の相手は私達がもらうからね。みんな、行けるわね?」
「当然です! お兄さんやアザミさんやシュラさんばっかりに、見せ場はあげませんよー!」
「次は何が出てくんだろうなー? 強ぇ奴がいいぜ!」
「が、頑張りますっ!」
現状ミラ達しか名乗っていない、冒険者パーティー【揺籃の守り人】。
その創設者である俺とアザミ、シュラを除けば最古参のメンバー達が、実戦の腕を俺に見せようと息を巻く。
前衛に、拳闘士の熊獣人ベレッタ。
中衛・遊撃に、長短の双剣使いの虎獣人ミーシャと、弓と精霊術の使い手ミラ。
後衛に支援職である僧侶のオルテ。
攻撃的だがなかなかバランスの良い構成の四人は、いつも一緒に依頼を熟してきた。
訓練はちょいちょい見てはいたけど、この四人の実戦を見学するのは、実は初めてなのだ。
果たしてどんな戦い方を見せてくれるかな?
ちなみに彼女達だが、冒険者ランクだけなら既に俺達を抜いている。
現在はBランク上位なんだってさ。俺の街、“幸福の揺籃”初の高位冒険者達の誕生に、ギルド支部のコリーちゃんやフィーアもとても喜んでたね。
努力が報われるって、素晴らしいよね!
「止まって。前方に小部屋。中に一匹ね。種類は獣の……剣牙虎ね。弓で牽制するからベレッタが止めて。オルテは【守護】と【加護】をお願い。トドメはミーシャに任せるわよ」
誰よりも早く、ミラが先の構造も、敵の詳細も察知した。
敵の情報を元に素早く作戦を立て、仲間に伝える。仲間たちが返事を返すとそのまま前進し、歩きながら僧侶のオルテが詠唱し、メンバーの耐久力と攻撃力を上昇させる。
程なくして、ミラが察知した小部屋に辿り着く。
部屋の中央には、ミラが索敵した通りにサーブルティガーが一匹、蹲っていた。
うん、まんまサーベルタイガーだね。地球ではとっくの昔に絶滅した、牙が剣のように鋭く伸びている大型の猫科の猛獣だ。
「先制、行くわよ!」
「おう!」
「よろしく!」
ミラの合図と共に、ベレッタとミーシャが部屋に踊り込む。
侵入者に気付き頭を上げ振り向いたサーブルティガーの、左眼と首元、そして横腹に、同時にミラが放った矢が命中した。
「ゴギャアアアアアアッ!!??」
いや、すげぇな。
三本同時に射れるのも凄いが、その全てが同時に命中。しかも左眼に当てるのは、未来位置を正確に予測できないと絶対に無理な芸当だ。それを部屋に駆け込みながら、止まると同時に放って当てやがった。
流石はエルフ、弓の申し子ってわけか。
「おっらあああっ!!」
続けて、痛みに藻掻くサーブルティガーに一気に突進し、手甲を嵌めた拳で顎を打ち抜くベレッタ。
いや、顎じゃなく牙を折りにいったのか。サーブルティガーの自慢の長い牙が、無惨にも砕け散る。
更に脚甲を纏った回し蹴りで前脚の片方を蹴り抜いて、バランスを崩させて転倒させる。しかも転倒し地面に着いた顎を更に蹴り上げ、その喉元を容赦なく露にさせた。
露になった喉元に、間髪入れずにミラが放った追加の矢が四本、突き刺さった。
「トドメ、ですーっ!」
虎の獣人特有のバネで高く飛び上がったミーシャが踊り懸かり、体重を掛け一気に首根に長短の双剣を深く突き立て、即座に捻り、抉る。
「ゴ……ゴボアァァ……ァッ!」
おお、お見事!
唯の一度も、何もさせてもらえること無く完璧に捻じ伏せられたサーブルティガーが、断末魔を上げて靄に変わった。
いやホント、随分腕を上げたもんだわ。思わず拍手しちゃうよ。パチパチパチ〜!
「どうだよマナカさん!? オレらもちったぁやるようになっただろっ!?」
拳大の魔石を拾い上げたベレッタが、空いた手をブンブン振ってご満悦な様子だ。
「ああ、大したもんだ。ミラの弓も凄かったし、ミーシャのトドメも良かったぞ! それにあれだけ短時間で攻め切れたのはオルテの【加護】のおかげだな。うん、バッチリな連携だったよ!」
俺の言葉に集まってくるメンバー達。
シュラやアザミも、それぞれ個別に評価を伝えている。
「な、なんなのだ今の戦法は……!? あの巨大なサーブルティガーが、僅かな時間で一方的に……!」
俺よりも後ろで戦況を眺めていたアレイシャさんが、戦きながら騒いでいる。
俺は溜め息を吐きながら、アレイシャさんに向き直る。
「今のが一流の冒険者の戦い方だよ。外部の人の戦い方なんて、初めて観たんだろ? 遠間から弓や精霊術で狩るだけが戦いじゃないってことだよ。勉強になるだろ?」
ここに来るまでに見せてきたのは、俺やアザミやシュラの所謂突出した“個”の力だった。
しかしミラ達の、洗練され組み立てられた“集”の力は、外部の者を拒み続けてきたここのエルフ達には衝撃だったに違いない。
彼等エルフ族は、生まれながらに精霊術に適性を持ち、歩くより前に弓に触れると聞いている。
その卓越した技術故に、他の戦法を取ろうという発想が無いのだ。
こうしてその目で、見定めない限りは。
「同じエルフだけど、ミラは短剣もそこそこ使えるぞ? 様々な武器や術を習熟し、それぞれの役割を存分に果たせば、あんなにも鮮やかに勝利することができる。もし今の戦いに感じるところがあったのなら、偶には外の風も、内に取り入れた方が良いんじゃないかな」
俺からは、このくらいしか言えないよ。彼等の排他性もまた、一つの文化だからだ。
あの戦いを観て何かを感じたとしても、今までの在り方を変えるも変えないも、それは彼等エルフ達の問題だ。
あくまで部外者の俺が、強引に変える事ではないだろう。
「外の風を……か」
アレイシャさんが拳を握り込んで、呟きを漏らす。その目は、真剣そのものだった。
願わくば、エルフ達に善き風を……ってな。
47階層。
魔物の質も数も、格段に上がってきたな。
40階層を超えた辺りから、エルフ達は元より、ミラ達パーティーメンバーでも苦戦することが増えてきていた。
と、いうことでだ。
こっからはスピード重視で行きたいと思います!
「アザミ、シュラ。ここからは駆け抜けるぞ。取り零しは俺が引き受けるから、どんどん行こう。みんなも、出来るだけ離れずについて来てね。迷ったら大変だからね!」
多少の傷は負ったが、ミラ達はまだまだ体力的には問題ない。
エルフ達もほとんど戦ってないし、体力面というよりは精神的な疲れが観て取れるだけだ。ついて来るだけなら、問題無しと判断するからな。
そこからはもう、アザミとシュラの独壇場だ。
飛び掛かるジャイアントフログを鉄扇(魔黒金製だけど)で斬り捌き、群れるキラーアント達を雷で灼き払うアザミ。
分厚い装甲を持つアーマードベアの頭を蹴り砕き、長大な体躯を引き摺り這い寄るニードルバイパーを魔力を纏った拳で叩き伏せるシュラ。
有象無象が近寄る傍から斬られ、灼かれ、砕かれ、吹き飛ばされていく。
「まあまあ、といった強さじゃな」
「まだまだアザミ達には脅威ではありませんね」
うん、俺の出番が回ってきません! いやまあ、討ち漏らしが無いのは良いことなんだけどね!?
「相変わらず、デタラメな強さねぇ」
「まだまだ道程は遠い、ですかねー」
「あぁーっ! オレも戦いてぇよおっ!!」
「ダーメーでーすーっ! ベレッタさんまだ治療終わってませんからーっ!」
後ろもすっかり緊張が抜けてるねぇ。
動きながらの魔法行使の訓練に丁度良いので、オルテにはついて来ながら治癒魔法での仲間の治療をさせている。
ずっと小走りの状態で、それでも集中を乱さない辺りは、オルテの人柄かな?
エルフ御一行さんは……あ、やべっ――――
「きゃあああっ!!??」
「――――おっとぉっ! 大丈夫だった?」
緊急事態につき、突然の魔法攻撃は許してね。
脇道を回り込んだ拳大の蟲の魔物、スピアビートルがエルフ達を狙っていたので、咄嗟に火球を放って驚かせてしまった。
「ごめんごめん! 脇道から急に出て来ることもあるから、油断しないようにね! 巫女さんは怪我は無い?」
「だ、大丈夫です……! あ、ありがとう、ございます……」
うん、怪我が無いなら良かったよ。
「さあ、もうひと頑張りだよ。遅れないようにね!」
取り零しの処理というより、アザミやシュラの気配を避けて回り込む魔物達に気を付けながら、俺たちはどんどん階層を潜って行く。
そして。
53階層。
広大な広間に鎮座する、一頭の獣。
銀色の長めの体毛が艶やかに輝き、その体躯はまるで小山のように大きく、力に満ち満ちている。威厳が溢れる凛々しい顔付きに、知性を宿した一対の翡翠色をした眼。
俺の【神眼】スキルが、鑑定結果を伝えてきた。
「コイツが、【神狼】か……!」
このダンジョンのマスターは、神々しさすら感じさせる一頭の美しい狼だった。