第九話 神が死んだ日。
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〜 ダンジョン都市【幸福の揺籃】 政庁舎 会議室 〜
ユタ教会の主神である豊穣神ユタと、俺をこの世界に転生させた、転生神ククルシュカーの御神体が、損壊した。
ユタ神に至っては、信者達個人が持つ祭具――護符や神像、絵画等――までもが、悉く壊れてしまった。
俺はその騒ぎの直後、全てのツテを頼りに、外界各地での状況を探らせた。
続々と集まる情報のそのどれもが、同じようにユタ教会の神殿での御神体や、信者達の祭具の損壊を伝えてきた。
そしてあの騒ぎの時。
この世界では信仰されておらず、俺が俺の街で勝手に祀り上げていた転生を司る女神ククルシュカーが、俺達の目の前に、降臨した。
『ククル!!』
俺の真上に光を纏って浮かんでいたその幼女神を、俺は慌てて抱き留め、聖堂の一角にある貴賓室へと移して、ベッドに横たわらせた。
彼女は、生きているのかどうかも判らない状態だった。
目を閉じて、穏やかな表情で眠っていた。
しかし鼓動は聴こえず、息もしていなかった。
だというのに身体は温かく、柔らかく。
どの僧侶が診ても、神官が診ても、司教ほどの人が診ても、生きているのかどうかすら、判らなかった。
全ての人が退室し、俺とククルだけが、室内に取り残されて。
俺は彼女の手を取り、再び泣いた。
彼女に、何があったのか。
どうしてこうなったのか。
俺はどうすればいいのか。
俺を認めてくれて、新たな生に導いてくれた彼女の。
その柔らかい手を握り、額に擦り付けて、泣き続ける。
不意に頭の中に、イメージが送り込まれてきた。
そこに在ったのは、底知れぬ絶望と、狂気、憎悪、愉悦、憤怒、侮蔑、傲慢、殺意、そして恐怖。
悪意の奔流に呑み込まれて。
俺は、ククルと豊穣神ユタの辿った結末を視た。
「皆様。お集まり下さり、誠にありがとうございます。」
司会進行役として、アネモネが声を発する。
此処は、俺の街の政庁舎内に設けられた、会議室のひとつだ。
アネモネが集まってくれた皆を見回してから、言葉を続ける。
「本日お集まりいただいたのは、昨日の騒動――豊穣神ユタ様の御神体の損壊事件に関して、我が主より重大なお話を、お伝えするためです。」
再び集まった面々を見回して、言葉が届いていることを、確認する。
この場には、ユーフェミア王国代表として王様とフリオール、そしてマクレーン辺境伯が。
冒険者ギルドからはコリーちゃんとドルチェ、教会からギリアム司教が。
そして魔族を代表して、セリーヌ。
それに加えて我が家の面々が、この遮音の術具を使用された会議室に、神妙な面持ちで集っていた。
俺の周囲に居る有力者達が、揃い踏みだな。
マクレーンのおっさんには、国の一大事になりかねないということで、王様自らが声を掛けていた。
ギルド関係者として、コリーちゃんは兎も角、ドルチェを呼んだことに対して多少の不満は出はしたが、そこは押し通させてもらった。
彼女はギルド本部長と親しい間柄だし、何より彼女自身が持つ情報収集力は、強力な武器になるからだ。
それに彼女は俺と、2度目ではあったが協力すると約束をしてくれたからね。
「それでは、マナカより説明してもらいます。マスター、お願いします。」
アネモネに促されるがままに、みんなの前に立つ。
俺の話が信じてもらえるか。
どれだけ受け止めてもらえるか。
ここからの俺に、全てが懸かっている。
「みんな。急な呼び出しに集まってくれて、感謝するよ。早速だけど、本題に入らせてもらう。これから話す内容は、この世界【アストラーゼ】自体の存亡に関わることだ。
まだ詳しいところは、彼女が起きないとどうにも詰められないけど、今起こっている事は判った。どうか聞いてほしい。」
彼女――転生神ククルシュカーは、未だに目覚めていない。
だから具体的なことの確認や、対応策なんかは練りようがないけど、それでもこの事実は伝えないといけない。
これは、この世界で生きる全ての命に関わることなんだ。
「先ず、ユタ教会の主神である【豊穣神ユタ】に関してだけど、彼の神は実は、この世界その物の主神だったんだ。云わば、この世界の管理者だ。そしてその神は、殺され……いや、存在を、消された。」
会議室にどよめきが起こる。
最も強く動揺を見せたのは、消された神を主神と仰ぐユタ教会の司教、ギリアム老だった。
「マ、マナカ殿、それは、まことの事なのじゃろうか……?」
当然の疑問だ。
主神たる神が存在しなくなったとしたら、教会その物の存在意義すら、無くなりかねないのだから。
「残念ながらね。先に降臨し今も眠り続けている、俺をこの世界に導いてくれた転生神ククルシュカーから、その光景を視せられた。但し、希望的観測にはなるけど、豊穣神ユタは、その存在総てを消された訳ではない、と俺は思っている。」
閃きのようなものだけれど、可能性は、ゼロではない筈だ。
「……そう考える根拠は?」
今度は王様から疑問を投げ掛けられる。
王様……というか王家が信仰しているのは、確か戦の神と知識の神だったかな。
どちらもユタ教会では受け入れられている神であるために、この問題は彼にとっても他人事ではないのだろう。
「まずひとつ。みんなが、ユタ神の事を忘れていないことだ。」
どういうことだと、みんなの視線が俺に突き刺さる。
「存在が消えるというのは、ソイツが居たという事実が消えるということだ。ソイツと過ごした楽しかった思い出も、喧嘩した後悔も、何もかもが無かった事になるんだ。
例えば、奥さんという存在が消えたとしよう。
何故か自分の指に結婚指輪が嵌っていて、不思議に思ってしまうんじゃないか?だって、自分は結婚なんてしていない筈だから。
でも、みんなはちゃんと、ユタ神を信仰していた記憶が有るだろう?壊れてても、御神体を観ればユタ神だと判るだろう?名前だって、しっかりと憶えているだろう?
それは、ユタ神がちゃんと存在しているという、何よりの証じゃないのか?」
乱暴な話かもだけど、存在する・しないの定義は、認知されるか、されないかだと思う。
極端な例だけど、道に花が咲いていたとしよう。
その花を認知できれば、踏まないように避けることもできるし、花を愛でることもできる。
しかし認知できなければ。
踏み躙られても気付かれないし、そもそも其処に在ることを分かってもらえない。
認知されていなければ、無いのと同じで。
逆に、人々がちゃんと憶えている、信仰している事実が有る以上、豊穣神ユタは、存在していると言えるだろう。
「次にふたつ目。俺のステータスだ。俺が持っていた加護が、変化しているんだ。以前は【管理神の祝福】だったものが、【ユタの加護】に変わり、今尚、加護を受け続けているからだ。」
俺が以前持っていた加護は3つ。
【転生神の加護】【管理神の祝福】【異界の管理神の祝福】の3つだった。
それが現在は、【ククルシュカーの加護】【ユタの加護】【異界の管理神の祝福】に、置き換えられているのだ。
加護を詳しく鑑定すると、俺の考えは益々確信に至る。
【ユタの加護】:アストラーゼの管理神である、【豊穣神ユタ】によって与えられる加護。与えられた者はその生産能力が向上し、身の周りに繁栄を齎す。
これを今も俺が持ち続けていることこそ、たとえどんな姿になっていたとしても、ユタ神が存在し続けているということの証明だろ?
「なんと!豊穣神様の加護を頂いていたとは……!」
ギリアム司教が目を丸くして俺を観てくる。
「いや、ギリアム司教。あんたも、【豊穣神の祝福】を持ってるだろ?今観たけど、それもしっかり残ってるよ。
つまりだ。ユタ神は殺されたかもしれないけど、今も尚何処かで、ちゃんと存在し続けているってことだ。そして、俺達をちゃんと護ってくれている。
だからギリアム司教。どうか祈りを、止めないでほしい。神様という存在は、多くの人にとっての拠り所なんだ。
あの時に顕れたククルを実際に観た、あんたや教会の人達なら、人々の不安に駆られる心を救い出すことができる筈だ。」
俺の言葉に、ギリアム司教は目に涙を浮かべて、俯いて祈りの言葉を口にした。
そして次に顔を上げた時には、かつて大司教にまで昇り詰めたという偉大な聖職者が、其処に居た。
「この老骨への天命として、その役目、必ずや果たしてみせますじゃ。」
うん。
あんたなら、絶対にできるよ。
よろしくお願いします。
「ユタ神については、ギリアム司教に任せるよ。教会本部が動かせられれば尚良いけど、無理はしないでくれ。何か問題が有れば、協力する。」
「民の安寧のためである。我がユーフェミア王国も、協力は惜しまぬぞ。」
「神様の死については、あんまり広めない方がいいかしらねん。何か尤もらしい脚本を、用意しなきゃねん。」
有り難い。
みんなも協力してくれるようだ。
「それじゃあ、次だ。ユタ神の御神体と共に壊れた、転生神の御神体について。まさかの本人が降臨してくるとは思わなかったけど、そうせざるを得なかった、その原因についてだ。」
みんなの意識が切り替わったのを、見回して確認する。
「此処に居るセリーヌ王女の祖国……北に在る大陸の、魔王国オラトリアが滅ぼされた事とも関係が有ると、俺は睨んでいる。」
「なっ!?」
だから彼女も此処に呼んだんだ。
驚愕に、思わず席を立ったセリーヌを見据えて、俺は言葉を続ける。
「転生神ククルシュカーに伝えられた光景だけど、アレは、どうしようもないくらいに、悪意に満ち満ちていた。
これもククルが起きないと詳しくは判らないけど、ユタ神を殺し、ククルを追い詰めたアレもまた、神だった。
それも、転生神であるククルや、管理者であるユタ神よりも遥かに格の高い奴だ。
そしてアレは、どうしようもなく無邪気で、享楽的で、邪悪だった。」
今思い出してもゾッとする。
ただのイメージだというのに、まるで自分に向けられているかのような、悪意の塊。
アレに追い詰められて、ククルはどうしようもなくなって、この世界に現界したんだ。
「それではまるで、【邪神】ではないか……」
そう。
今フリオールが呟いたように、アレは、邪神と云うに相応しい存在だろう。
「正しくその通りだね。そして、俺が視た光景に、最初から最後まで一貫して在り続けたモノ。
それは、狂気と愉悦だ。
奴は狂い、愉しんでいた。これでもかと悪意を込めて、遊んでいたんだ。
そんな奴が、この世界の管理者を襲い、悪意を持って殺した。それは、ユタ神が邪魔だったということじゃないか?
奴は……邪神は、この世界を、遊び場にしようとしているんじゃないか?」
俺はイメージを見せられた後に、ククルを全力で鑑定した。
上位化し更にレベルも上がった【神眼】スキルに、更にイメージを固めて全力で魔力を注いで、頭が割れるかと思う程の激痛に耐え、そして観た。
今のククルは生身の肉体を持っているが、それは正確には肉体ではなくて、【神義体】という、神が創った肉体だった。
その身体の、人で言うなら心臓の位置に、微かだがユタ神の力を見付けた。
その力の詳細までは視通せなかったけど、ククルの中に、ユタ神の力が宿っているということは。
託されたんじゃないだろうか?
ユタ神の力を、想いを。
だからこの世界に、俺の前に顕れたんじゃないか?
俺はそんな仮説を、みんなに話して聞かせた。
「遊び場……遊技場の世界……」
魔族の姫であるセリーヌが、言葉を漏らす。
そんな彼女の様子にただならぬものを感じ、俺はセリーヌに、発言を促した。
「私が転生する時に、神を名乗る者がそう言いました。『ボクの遊技場の世界へ招待する、面白い事になる』と。あと、『本来の担当者ではない』とも。」
益々確信を得てしまう話だ。
セリーヌを転生させた自称神は、本来の転生神ではなく、この世界アストラーゼを、遊技場と表現した。
ソイツがユタ神を殺した仮称邪神と同一の存在であるならば、そこで俺の仮説は確立してしまう。
つまりは、この世界を遊戯盤とし、そこで生きる総ての生命を駒とした、悪質極まりないゲームだ。
「信憑性が増してしまったのう。そして最悪を想定すると、セリーヌ王女殿下の国が滅亡した裏には、その邪神とやらが暗躍していたこととなる。マナカよ、仮にそうだとして、お主はどうするつもりなんじゃ?」
今迄一歩引いて静観していた、マクレーン辺境伯が口を開く。
セリーヌの転生云々については、アネモネから、この会議の出席者には事前に知らされていたため、特に追求する気は無いみたいだ。
その頭の中では既に、国をどう守るかと考えが巡っているのだろう。
「兎に角、情報が欲しい。残る魔族達を迅速に保護して、北の大陸について出来る限り調べを進めたい。そして、それと並行して、このドラゴニス大陸の情報もだ。」
「この大陸の?それは、どうしてなのかしら?」
情報戦という得意分野が話題に上がったためか、ドルチェも話に加わってくる。
「用心のためが2割、俺の中では8割を準備に充てたいと思っている。在るだろ?北の大帝国と同じく、人間至上主義を掲げる国と、覇権を謳う国が、ふたつも。」
俺の言葉に、ハッとなり表情を変えるドルチェに、頷きを返す。
人間至上主義を掲げる宗教国家、【神皇国ドロメオ】。
大陸の覇権を狙う大国、【ドラゴニス帝国】。
北の【アーセレムス大帝国】を、綺麗にふたつに割ったように、極端な大国がふたつ、しかも東と西に分かれて存在している。
あくまでも仮定だけど、もしその2カ国が大帝国と同じ事をしたら。
悲劇と惨劇の、大陸中を巻き込んだ大戦国時代に突入だ。
「分かったわ。ギルドだけでなく私の直轄部隊も動かして、その2カ国だけじゃなく他の国も調べてみるわね。アナタの情報屋さんも借りるわよ?」
「勿論だ。存分に働かせてくれ。頼むな。」
ドルチェに普段の人を喰った様子は見られず、真剣そのものの表情で、頷きを返してくれる。
「ワシらも暗部を動かして、情報収集に努めよう。陛下、それで宜しいですな?」
「うむ。余は直ちに王都へと戻り、手筈を整える。マクレーン辺境伯には、同行を命ずる。」
「王様達は俺が送ろう。その方が圧倒的に早い。家族はどうする?」
王国も協力してくれるようだ。
そして気になるのは、王様と共にダンジョンを訪れている、彼の家族達のこと。
「王妃とセイロン以外は此処に保護しておいてもらいたい。マナカよ、頼めるか?」
なるほど。
実務経験の有る2人以外は、保険のために残すと。
「任せてくれ。不自由の無いように取り計らうよ。」
決まりだな。
世界に比べればちっぽけで、か弱い集団だけど。
此処に居るみんなが、今俺が持ち得る、最大の力だ。
方針は3つ。
ユタ神の死による影響で、人々に混乱が起こることを防ぐ。
魔族達を全て、可及的速やかに保護して、北大陸の情報を集め、進出に備える。
大陸内の情報を隈無く精査し、火種が燻っていないか動向に警戒する。
今取れる方策は、この程度だ。
あとは彼女が……ククルが鍵を握っている。
だから。
早く目覚めてくれ、ククル。
マナカ連合(仮)結成です。
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