閑話 現役女子大生、異世界へ往く。
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
これにて閑話はお終いです。
明日はキャラクター紹介を挟んで、明後日より新章です。
どうぞ、今後ともお付き合いくださいませ。
m(*_ _)m
これは、私がこの【アストラーゼ】に転生する前の記憶。
異なる世界、地球という惑星の、日本という国で生きていた頃の、【御堂なつめ】だった頃の記憶だ。
ああ、夢か。
ハッキリとした自意識。
フワフワとした体感。
そして何より、第三者の視点で、あの頃の自分を見下ろしているから。
だから、きっとこれは夢。
私の身体は、きっとマナカさんに与えられた部屋で、柔らかいベッドに横たわっているのだろう。
私こと御堂なつめは、日本の神奈川県の有名な観光地に在る、某女子大学の教育学部に通っていた、大学生だ。
学生生活も2年目を迎えた19歳の夏。
避暑と講義のレポートを書くために、お気に入りの喫茶店に立ち寄っていた日の事だった。
その喫茶店は、かなり寡黙で渋いおじさんと、気風の良いおばさん達夫婦が経営している個人店舗だった。
コーヒー好きが高じて独自の焙煎からブレンドまで熟すおじさんこと、マスター。
スイーツに目がなく、だったら自分で好きなモン作れば良い、とケーキ作りに情熱を燃やすおばさん。
突然降り出した雨を避けるために偶々入ったその喫茶店で、温かく香り高い、深みのあるコーヒーを飲み、クドくもアッサリでも無い絶妙なバランスの、最高に美味しいレアチーズケーキを食べてから、私のお気に入りになった、秘密の場所だ。
他の女子達が流行りのスイーツやら、新規オープンの店に長蛇の列を成している間に、私はその喫茶店に通い、常連客になっていた。
片側一車線の歩道の無い道路と、自転車が1台通るのが精々の細い脇道の交わる角に建ち、店に入って右奥の、下校する近くの小学生達の姿を眺められる、硝子窓のすぐ傍のテーブル席が、お気に入りだった。
偶にその席が取られている時は、カウンター席に座る。
するとマスターはいつものカップより大きな物にコーヒーを淹れて、黙って差し出してくれて、おばさんは「ごめんねぇ。」と言いながら、頼んだケーキにオマケでチョコやクッキーなど、お菓子を付けてくれる。
小学校の先生を目指して勉強していた私だったけど、こういうお店で、マスターやおばさんと親子みたいに働くのも良いなぁ、と思っていたのは、2人には内緒だ。
2人は、私の先生になるっていう夢を、応援してくれていたから。
だから私は、オマケで増量してくれたコーヒーにも、オマケだけど、冷えたシャンパングラスにオシャレに立てられたポ〇キーにも、いつも感謝して、勉強してた。
そしてあの日も。
いつものお気に入りの窓際の席で、コーヒー片手にレポートの資料を、流し読みしていた。
窓の外から、小学校達の無邪気な笑い声が、店内のジャズのBGMに乗って耳を打つ。
私は窓の外に視線を動かして、いつか未来で、私が受け持つことになるかもしれない児童達の下校の様子を、眺めていた。
不意に。
甲高い、耳を劈くような電子音が、鳴り響いた。
店内ではなく、外から。
これは、小学校に配布されている、防犯ブザーの音!?
荷物もそのままに、慌ててマスターやおばさんと一緒に店を出て、通りを見回し音の発生源を探した。
そこには。
1人の女子児童が、道の真ん中に停まった車に、大人の男性に抱えられて、暴れながら、泣き叫びながらも連れ込まれている姿が見えた。
あっという間の出来事で、そのワンボックスカーのスライドドアは閉められ、エンジンが唸りを上げてこちらに走って来る。
そして。
逃げ遅れたのか、転んだのか。
車の進路上に、1人の児童が、取り残されて居た。
無我夢中だった。
気付くと私の身体は、高校の体力測定でも出した事の無い速さで動き、その蹲る児童の元へと駆け寄っていた。
目の前には、黒いワンボックスカーが迫る。
私は、その子を必死に抱え上げて、私に続いて駆け寄って来ていた、寡黙で渋いマスターに、投げるようにして突き飛ばした。
そして、私の目の前は、真っ暗になった。
憶えているのは、大きな音と、衝撃と、熱さと、寒さ。
俯瞰でその夢の光景を観ていた私にも、この後どうなったのかは、分からない。
分かるのは、アレで、御堂なつめは死んだということ。
私が突き飛ばした子供は無事だったのか。
車に連れ込まれた女の子はどうなったのか。
分からない。
その答えは、意外な形で齎された。
〘御堂なつめちゃん、かぁ。現役JDで将来の夢は小学校教師。教育学部に通う19歳。死因は中型のバンに轢かれての頚椎圧迫骨折と脳挫傷。要因は……?アラ尊いわぁ。児童誘拐犯の乗るバンの進路上の児童を庇い身代わりに……ねぇ。〙
暗い……黒い空間に、私は居た。
そこでは上下左右も無く、私が立っているのか、座っているのか、はたまた浮かんでいるのか、まったく曖昧で、判然としなかった。
そもそも私の身体は本当にソコに在ったのか、それすらも、未だに判らない。
『ココは……?私は、車の前に飛び出して……』
〘そうだよぉ。それはそれは見事な轢死体だったねぇ。〙
声を、認識する。
それと同時に、前後の区別がつき、目の前に、空間より更に黒く、暗い、男とも女とも判別できない、そもそも人なのかどうなのかも判らないモノが、佇んでいた。
顔は識別できないというのに、何故かそのモノが、口の端を吊り上げて、笑みを浮かべているのだけは判った。
『私が……死んだ……?』
〘そうだねぇ。医者でなくてもひと目で判るくらい、それはそれは見事な即死っぷりだったよぉ。〙
そうか。
私、死んだんだ。
不思議と、気持ちは落ち着いていた。
衝撃の事実に取り乱すことも無ければ、断たれた未来を思い後悔に咽び泣くことも無く。
『あの子達は……私が突き飛ばした子と男に車に乗せられた子は、どうなったか、分かりますか?』
訊いてどうするというのか。
死んでしまったのなら、もう既に出来る事は、何も無いのに。
〘そりゃあ、気になるよねぇ。まずなつめちゃんが突き飛ばした子供は、無事に喫茶店のマスターに保護されて、怪我も肘を擦り剥いた程度だよぉ。
次に誘拐されてた女の子はぁ、誘拐犯の逮捕によって、無事に保護されていてぇ、今頃は親御さんに抱かれて泣いているんじゃないかなぁ?君のお手柄だよぉ?〙
は?
何故そこで、私の手柄が発生するのか。
意味が解らなかった。
〘君が助けた子供が攫われた子の友達で、即座に名前や住所などの情報が、所轄各署や関係各所に共有されたのさぁ。
更に君を轢いたせいで車は大きく破損して、車を替える必要が有った。その交換中に、目撃者が出て通報。
非常線に引っ掛かり、見事お縄となった……ってことさぁ。決め手はやっぱり、君の身を捨てた文字通り必死の行動だったんだよぉ。いやぁ尊いねぇ。〙
そうか……
私の行動は、死は、無駄じゃなかったんだ。
それが知れただけでも、満足かな。
〘ホントにぃ?〙
なに!?
心を……読まれた?
〘そりゃあ神様だからねぇ。人間の心を読むくらいどうってことないさぁ。それでぇ?ホントにぃ、君はそれだけで満足しちゃうのかなぁ?〙
何が言いたいのか、分からない。
子供を2人も救えた。
見ず知らずの子達だけど、私は死んでしまったけど、それでも目の前で危機に陥っていた幼い子供達を、救けることができたじゃない。
〘でもぉ、君の望みはぁ?先生に成るって夢はぁ?あの喫茶店で、あの夫婦と仲良く過ごすっていう、ささやかな楽しみはぁ?後悔のひとつも無いなんてことぉ、有り得ないでしょお?〙
……でも、だって。
私は、死んでしまったのだから……
〘転生、させてあげるよぉ?尊い君へのぉ、これはご褒美だよぉ。ちょうどボクが遊んでる世界が在るからさぁ、そこでもう一度、生きてみないぃ?〙
転生……?
それって、ネット小説とかでよく見る、アレのこと?
確か、【転生したら粘体生物だった件り】だとかのファンタジー物にありがちな……
〘そうそうそれそれぇ。いやぁ、流石日本人の若者は、理解が早いなぁ。それでさぁ、剣と魔法のファンタジーな世界で、生きてみないぃ?〙
また、生きられるの……?
日本で教師を目指すことはできないけど、それでもまた、夢を追いかけることができるの?
〘尊いねぇ。前向きだねぇ。良いともさぁ。あーでもぉ、残念だけど、ボクは本来の担当者じゃないから、チートは上げられないよぉ。だからぁ、転生先を優遇してあげるねぇ。強く素敵な親の下でぇ、強ぉい子供に転生させてあげるよぉ。きっとぉ、面白い事になるよぉ?〙
叶うなら。
もう一度生きられるなら、生きたい。
〘決まりだねぇ。それじゃあ、ボクの遊技場の世界、【アストラーゼ】にご招待だぁ。精々頑張って生きて、踊ってねぇ?〙
深く考えた訳じゃない。
ただ生きたいと望んで、転生を受け入れた私。
再び意識が途切れ、視界は真っ暗になった。
『産まれたか!良くやったぞ!!』
『魔王様、おめでとうございます。とても可愛らしい、王女様でございます!』
次に意識が戻ったのは、お父様……魔王クシュリナス・ディロイ・オラトリアが治める国の、王城。
お母様から命を頂き、この世界に産まれた瞬間でした。
お母様は産後の肥立ちが悪く、不幸にもこの数日後に亡くなられたそうです。
お父様は後妻を娶ることも無く、私に乳母と専属の教育係を付けて、後継者として育てました。
私には何故か、前世の記憶が残されたままでした。
だからか、1歳になる前には言葉を覚え、話して周囲を驚かせてしまいましたね。
その後も順調に成長し、ハイハイ、掴まり立ち、掴まり歩きと、そして独り歩きと、常の子供では有り得ない速度で、次々と成功させていきました。
だって……早く、オムツを外したかったから……
無事トイレに行くことが出来るようになった頃には、既に歯もある程度生え揃い、母乳を止めて柔らかい薄味の食事を食べていました。
それが、ちょうど1歳くらいだったと思います。
私の成長の速さを見止めたお父様は、選抜しておいた教育係に、早速私への教育を、始めさせました。
最初は絵本を教材に簡単な読み書きから始まり、次第に内容は難しくなっていきました。
何しろ、中身は現役の大学生ですからね。
言葉と文字さえ覚えてしまえば、児童教育などは非常に簡単でした。
その頃の楽しみといえば、お父様に寝る前にしていただいた様々なお話と、魔法の授業でした。
初めて【灯火】魔法を成功させた時の感動は、忘れられません。
お父様は、魔王国の興りについてや、平民から成り上がった英雄の伝説、心優しい魔女のお話など、毎日々々、慣れない様子でつっかえながらも、優しく語って下さいました。
3歳の頃には、礼節や芸術の授業が始まり、5歳の頃には、所謂帝王学という、支配者層が学ぶべき事柄の講義が追加されました。
ちょうどその頃、5歳児にしては非凡過ぎる成績を叩き出していた私に、お父様が戯れに、決算の報告書を見せて下さったのです。
私は即座に、収支の不釣り合いな部分や、使途不明金等の不正が疑われる部分を指摘してみせ、お父様を驚かせました。
後にお父様から聞かされたのですが、私が指摘した部分の金銭の流れを精査したところ、出るわ出るわの不正のオンパレードでした。
少なくない貴族達が、家格の降格や領地没収、お家の取り潰しや、悪質な者では処刑の後お家の断絶まで行い、裁かれたそうです。
そして6歳の誕生日に、お父様から姿を変える魔導具――此方の大陸では術具と言うそうです――を、贈られました。
私は亡きお母様の肖像画を参考に、自身が成長した姿を思い描き、姿を変えました。
その頃から、お父様のお仕事を、一部お手伝いし始めたのです。
そして、運命のあの日。
勇者率いる帝国軍によって国境が破られ、戦線は崩壊し、我が国の首都圏にまで、その爪牙が迫って来ていた、あの日。
私は、近衛兵団から選抜された、特に若い兵士4名と共に、南大陸に在る支配下のダンジョンへと、転移させられました。
眩しさを覚えて、眼を薄らと開ける。
朝になりましたね。
酷く長い夢を見ていました。
ベッドから身体を起こし、未だ重たい瞼を軽く擦る。
ベッドの傍らに配置されたチェストの上から、お父様の形見の品でもある、姿変えの魔導具……術具の首飾りと、マナカさんに頂いた言語翻訳の術具である腕輪を取り上げ、身に付ける。
ちょうどその時、部屋の扉をノックする音が響いた。
「セリーヌ様、起きておいででしょうか?」
扉の向こうから、確認の声が届く。
「はい。どうぞ、お入りになってください。」
ネックレスに魔力を注いで、子供の姿から大人の女性の姿に変わる。
それと同時に扉が開かれ、マナカさんが創ったというこの館に勤めるメイドさんが、部屋に入って来る。
「おはようございます。30分後には、朝食となります。お召換えを、お手伝いさせていただきます。」
「ありがとうございます。本日は、何か予定は有りますか?」
私は現在、マナカさんのダンジョン――一般には迷宮と総称されている――内部に創られた、来客用の迎賓館にお世話になっています。
曲り形にも一国の王女である私から、改善点を指摘してほしいという名目で。
近衛の4人も、この館の護衛用の部屋に宿泊しています。
「本日は朝食の後に、ユーフェミア王国の第1王女殿下である、フリオール・エスピリス・ユーフェミア様との面会が、予定されております。マナカ様と共に、本国との交渉の際の留意点や、魔族の皆様の処遇につきまして、擦り合わせを行いたい、とのことです。」
予定を伝え終わると、大きなクローゼットから、あまり派手過ぎない、しかし造りの良いドレスを取り出すメイドさん。
……凄まじい習熟度ですね。
私の国の宮仕えの使用人でも、これほどの人はそう居ません。
侍従長クラスで、ようやく並べるといったところです。
なんでも、メイド総長と呼ばれるマナカさんの側近の、アネモネさんという女性の指導の賜物なんだとか。
何者ですか、そのメイド総長は。
彼女に身を委ねると、あっという間に着替えは終わってしまいました。
彼女だけが特別でないのです。
彼女含め、この館で私達のお世話をしてくださっている全てのメイドさんが、皆このレベルなんです。
更には、最近になって戦闘訓練まで行われているそうです。
マナカさんは、メイドをどうしたいのでしょう……?
肌の手入れをされ、髪を整えてもらい、身支度が整いました。
朝食までまだ10分ほど時間があったので、メイドさんに話を聞いてみました。
盗賊に囚われていた話や、マナカさんとの出会い、その後の心を癒していた期間のこと。
同じ境遇の女性達と支え合い、マナカさんの支えや、アネモネさんの指導により、ここまで快癒したこと。
皆と話し合い、マナカさんを支えて生きる決意をしたこと。
心の底から、マナカさんが敬愛されていることが解りました。
そして私は、こう思ったのです。
彼を信じて良かった、と。
元日本人の私から見れば、多くの女性達を囲っているマナカさんは、不誠実な人物に映るかもしれません。
しかし、私も伊達にこの世界で8年間生きてきた訳ではありません。
力有る人物には、多くの人が集うのです。
優秀な血筋を後に残すのは、この命の価値の低い過酷な世界では、ある種の義務なのです。
お父様は、その情愛の深さ故に後添えを拒みましたが、一般的な有力者が、血を残すために複数の女性を娶ることは、何もおかしいことではないのです。
仮にも王族なのですから、その辺りは既に理解しています。
それにマナカさんの場合は、それらとは決定的に違う点があります。
それは、彼の周りに集った女性達が皆、打算無く心から、彼を慕っているということ。
そして彼は、その想いをしっかり受け止めています。
目的が有って今は何方にも応えてはいないそうですが、それもまた好感が持てます。
まあ、待たされている女性達の胸の内は、複雑でしょうけどね。
そんな事を考えている私であっても、彼に惹かれていることは否定できません。
落ち延びた私達を、前後不覚の状態から救い出してくれた。
国やお父様の身の顛末を、苦しみながらも誤魔化さずに、しっかりと私に伝えてくれた。
彼の友好国とは敵対関係にある私達魔族を、丁重に、丁寧に保護してくれた。
何も分からない私を導いて、お父様の最後の言葉を、聞かせてくれた。
悲嘆に暮れる私を、そっと、優しく包み込んでくれた……
お父様。
お父様が望まれた通りに、私は生きていきます。
力を付け、同胞達を救い、血を絶やさずに、導いていきます。
信じ合える友を見付け、愛しい彼と寄り添って、生き抜きます。
マナカさんの、あの決意を秘めた優しい笑顔を曇らせないよう、今度は私が、彼の力となります。
どうか、お母様と共に見守っていてください。
そして、絵画の中でしかお会い出来なかった、お母様。
貴女が命を賭して産み落としてくださった、この命を。
どうか、お父様と共に見届け、誇ってください。
私は。
御堂なつめは。
セリーヌ・リエルメン・オラトリアは。
貴方達の、娘は。
全ての希望を、望みを、願いを、叶えてみせます。
「お待たせ致しました。本日の朝食は、白米、豆腐と油揚げの味噌汁、焼き鮭、ホウレン草のお浸し、大根と人参、里芋の煮付け、蕪の甘酢漬けでございます。」
和食です!!
夢にまで見て、諦めていた和の朝食です!!!
日本人の魂が震えます!!!!
茶碗や皿、小鉢は焼き物、汁椀は漆塗りに金箔が施され、箸も朱漆で美しく、棗の実を付けた木の絵が塗られた湯飲みには、日本の心である緑茶が注がれています。
朝から中々の量ですが、私は8歳の育ち盛りです!
これを遠慮しては日本人の名が廃ります!!
それでは!
「いただきます!!!」
さて、今回の閑話ラッシュは如何でしたでしょうか?
皆様のお気に入りのキャラクターは、活躍できましたか?
キャラ紹介を挟んで新章と書きましたが、現在の構想では、物語的には中盤の折り返しといったところです。
まだまだ真日さんは頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします。
評価、感想、ブクマを、いつでもお待ちしております。
どうぞお気軽に、お寄せください。
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