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神殺しの聖者  作者: 江戸まさひろ
第1章 聖女と異端者
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第6話 争うのも救うのも

 異教徒が、我らがワルダヴァオトゥ神教と同じような教義を持っている? 

 それはあたしにとって、衝撃以外の何物でもなかった。


 異教の中には、我ら信徒が悪行とする行為を好むという、極めて邪悪な集団も存在すると聞いていたし、そもそも我らが教義では、唯一神ワルダヴァオトゥ以外の神様の存在を認めていない。 

 つまり異教の神は、全て神の名を騙る悪魔ということになる訳だ。

 そして異教徒は全て悪魔の下僕で、存在そのものが邪悪なのだとあたしは教えられてきた。

 

「勿論、君達の言う邪教そのまんまの集団も無い訳じゃないけど、大抵はみんな善なる救いを求め、悪を憎んでいるんだ。

 これは君達の在り方と、何処がどう違うのだろか……。

 果たして異教とはなんなのだろうね。

 信仰している神の名が違うだけで、何故そんなに存在を否定されなければならないのだろう?」

 

「それは……神様が己以外の神を認めず、悪だと断じているからですか……?」

 

「ああ。まあ、それはワルダヴァオトゥだけに限ったことではないけれどね。

 多くの一神教の神は、己以外の神を認めず悪だと断じている。

 だから必然的に異教の神に仕える信徒も悪だとみなされてしまう。

 その所為で、同じ想いを持っているはずの人々が憎しみ合い、殺し合い、時には神の正義の名のもとに戦争なんて馬鹿げた虐殺を起こすことすらあるんだ。

 何故神々はこの悲劇を予想できなかったのだろう?

 あるいはこの悲劇が起こることを知っていて、私達を煽り立てたのだろうか……」

 

「…………」

 

 確かにお姉さんの言葉には一理あるような気がした。

 もし神々がお互いの存在を認め合っていたとしたら、今現在世界の何処かで行われている争いは少なからず減らすことができたかもしれない。


 そもそも神様は、何故自身が唯一の神であることにこだわらなければならないのだろうか?

 それは果たして、異教を弾圧して多くの犠牲を払ってまでして固執しなければならないことなのか。

 いや──、

 

「……でも、実際に争いを始めてしまったのは人間ではないですか。

 ならば全ての行為の責任は人にあるはずです。

 仮に切っ掛けが神様だったとしても、神様に責任の全てを求めるのは何か違うのではないでしょうか?」


 これがあたしの精一杯の反論だった。

 それほど間違ったことは言っていないつもりだったけれど、これがお姉さんに対して思わぬ効果を上げる。

 

「…………そうだな」

 

 まさかの同意が返ってきた!?

 

 しかもお姉さんの顔には、初めて表情らしい表情が浮かんでいた。

 それは僅かな変化だけど、何かを悔やんでいるようでもあり、彼女はうつむいてそのまま押し黙ってしまった。

 

 どうやらあたしは、お姉さんの痛い所を突いてしまったようだ。

 

「あ……あの?」

 

「あ……ああ、私が犯した罪は誰の物でもない、私自身に責任があるのだろう……」

 

 私が犯した罪……?

 

 お姉さんの変化に戸惑いつつも、あたしはその理由が無性に気になった。

 お姉さんは一体どのような罪を犯してしまったのだろうか? 

 それは彼女が教会を辞める切っ掛けになったという『事件』に関係あるのだろうか? 

 好奇心に過ぎないのかもしれけれど、あたしはそれを知りたいと思った。

 

 だけど、お姉さんのおそらくは苦悩している様子を見ていると聞くにも聞けず、あたしはただ静かに彼女のことを見守ることしかできなかった。

 

「だけどね……」


 やがてお姉さんはどうにか復調したのか、言葉を続ける。

 でも、顔をふせたままで、まだ完全には立ち直っていないように見えた。

 

「……悲劇を起こしてしまったのが人間ならば、そこに苦しんでいる者を救うのもまた人間だ。


 人々は神に救いを求めるけれど、そんなのは気休め程度の意味しか無いよ。

 少なくとも私は、神が人を救ったなんて話は一度も聞いたことがない。

 ただし、神の教えに沿って人を救ったという人間ならば、沢山見てきたけれどね。


 だから何もしてくれない神なんかをアテにするよりも、人間がお互いに助け合っていけば、それでも大いなる救済は成立する……」

 

「…………」

 

 あたしはいつの間にか頷いていた。

 

 幼い頃に両親を事故で失い、どん底の生活を余儀なくされていたあたしに救いの手を差し伸べてくれたのは、神様ではなく只の人間だった。

 

 確かに、その人はワルダヴァオトゥ神教会に属する神父様で、当然神様の教えがその行動に影響を与えていたことは間違いない。

 けれどあたしを拾い、育てることを選択したのは神父様自身の意思だとあたしは思う。


 結局、そこに神様の意志が介在していても、いなくても、人が自らが動かなければ救いは生まれないのかもしれない。

 

「そんな風に世の殆どの事柄が神とは関係のない所で起こり、そして決着していっているのならば、神が存在する意義は一体何処にあるのだろう? 


 少なくとも宗教間の争いの種になることを鑑みれば、神という概念が最初から無かった方が、世界はもっと平安だったのではないか……と、私は思う。


 だから私はワルダヴァオトゥ神教に戻るつもりも、それ以外の神に仕えるつもりも、もう無いんだ」

 

 そしてお姉さんは沈黙する。

 あたしは暫く彼女の次の言葉を待っていたけれど、どうやら話はそこで終わりのようだった。


「あ、ああ。どうもありがとうございました」

 

 それからあたしは、ちょっと迷ったけれど、思い切って口を開く。

 

「あの…………あたしの立場としては、あなたのお話は真っ向から否定しなければなりません」

 

「そう」

 

 あたしの言葉にお姉さんは短くぶっきらぼうに答えた。 

 また表情が無くなってしまったので、怒っているのかどうかはよく分からないけれど、少なくとも少し不機嫌な声音になっているような気が……。

 

あたしは慌てて言葉を続けた。

 

「……ですが、あなたの考えが間違っているなんてあたしには言えません。

 むしろ、ある面では正しいことだと共感もできます。


 確かにあなたが言う通り、あたしが誰かの助けになろうとしているのは、それが神様の教えだからというだけではなく、なによりも自分がそうしたいからだと思います。


 あたしもかつてある人にこの身を救われた身です。 

 その恩の尊さを誰よりも理解しているつもりだから、それを他の人にもして上げるのが当たり前のことだと思えるのかもしれません」

 

「……そう」

 

 あたしの言葉にお姉さんはまた短く答えた。

 だけど、同じ言葉なのに今度は声の響きが心なしか温かいような気がする。

 

 お姉さんは表情が無いだけに、このような小さな変化を見つけられることがなんとなく面白くて、あたしはもっともっとこの人とお話ができればいいなぁ……と思い始めていた。


 すると、彼女の方から、

 

「今日は君と出会えて良かったよ。

 あのお堅い教団の中で、君ほど頭の柔らかい人がいるとは思わなかった。

 少なくとも私は、ワルダヴァオトゥの信徒で君のような人を他に1人しか知らない」

 

「あたしのような……ですか?」

 

「ああ、もう亡くなってしまったけれど、私の親友だった人だ。

 でも久し振りに会えたようで嬉しかったよ。

 ……だからまたここへ遊びに来てもいいかな?」

 

「それは構いませんよ」

 

 あたしは親友に似ていると言われて、ちょっぴり嬉しくなった。

 それはつまるところ、あたしとこの人も友達同士になれるかもしれないということで……。


 まあ、友達にしてはちょっと年が離れているし、表情も無いし、得体の知れない所も多いしで、上手く付き合っていけるのかはかなり不安を感じるけれど……。

 

 ん? なんでそんな人と友達になれることが、こんなに嬉しく感じられるのだろうか? なんだか不思議な気分だ。

 

「……でも神父様がいる時には、あなたの考え方を口にしないでくださいね。

 たぶん神父様はそれをお許しになりません」

 

「……厳しい人なのか?」

 

「ええ……一応あたしの育ての親なのですが……」

 

 その時、これまでお姉さんの頭の上で静かにしていた黒猫が頭をもたげ、あたしの背後に視線を向ける。


 お姉さんもそれを追うように視線を動かした。

 

「ああ……なるほど。

 確かに彼は厳しいな。

 彼に育てられた君がこう育つとは……不思議なこともあるものだ。


 しかし、ここは彼の担当する教会だったのか。

 ……因縁だな」

 

「へ……?」

 

 何故かお姉さんは、あたしが神父様のことを語る前に、その詳細を理解したようだった。

 それが不思議で、あたしは一瞬きょとんしたけれど、背後から聞こえてきた扉が閉まる音で、心臓が跳ね上がった。

 

「あまりエリセ君を誘惑してもらっては困るな……」

 

 と、今度は礼拝堂の入り口の方から、低い男性の声が聞こえてくる。


 あわわ……、も、もしかしなくても……!?

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