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神殺しの聖者  作者: 江戸まさひろ
第1章 聖女と異端者
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第4話 神の有無と自己の形成

 お姉さんの様子を訝しんだ私は、思い切って聞いてみる。


「あの……何か?」

 

「いや……君が私を助けたのは、神が云々よりも、君の魂が高潔だからなんじゃないかなぁ」


「え……ちょっと待って下さい。

 そんな神様を(ないがし)ろにするような言葉は、聞き捨てなりませんよ?」


 あたしはちょっと怒ったような表情を作る。

 一応ワルダヴァオトゥ神教の修道女なので、神様を卑しめるような言葉は見過ごす訳にはいかないのだ。


 だけど、元々子供っぽい容姿のあたしでは全く迫力が無かったのか、お姉さんは動じてくれなかった。

 うう……威厳が欲しい……。

 

「いや、君を()めているんだよ?」

 

「神様を侮辱するような褒め言葉ならいりません」


「信心深いなぁ……」

 

 お姉さんの顔には、感情の動きが殆ど見られなかったけれど、その言葉には呆れたような響きが含まれていた。

 あたしはそんな彼女の態度にムッとする。

 しかし──、

 

「おかわり頼めるかな?」

 

「あ、はい」

 

 あう……お姉さんにお皿を差し出されて、思わず反射的に答えてしまった。

 1度引き受けたものを反故にするのもアレなので、あたしは仕方が無しに、お皿へとスープを注ぐことにする。

 

「……やっぱり君は神なんか関係なく、人を助けるタイプの人間だよ」


 あたしにはその時のお姉さんの声が、少しだけ楽しげに弾んでいるように聞こえた。

 だけど表情には殆ど変化は現れず、どことなく茫然とした雰囲気のままだった。

 

「……まだ言いますか。おかわりをあげませんよ?」

 

 あたしは差し出しかけたお皿を引き戻す。

 するとお姉さんは慌てたようにお皿に手を伸ばし、

 

「それは困る」

 

 そう言いつつも、やっぱり彼女の顔には感情の動きが見られなかった。


 ふむ……確か強い精神的ショックやストレスで、表情を作ることができなくなるという症例があると本で読んだ記憶がある。

 もしかしたら、お姉さんもそうなのかもしれない。

 

 そう思うと、急にお姉さんに対する反発心が薄らいでしまった。

 この人も色々辛いことがあって、それで神様への信仰心を無くしてしまったのだろうか……。

 だとすれば、反発よりもむしろ同情心がわいてくる。


 あたしも両親を亡くしたばかりの頃は、なんでこんな酷い仕打ちを受けなければならないのか……と、神様を恨んだりしたこともあったっけ……。 

 それに次のお姉さんの言葉に、何か否定しきれない説得力のようなものも感じてしまったのも事実だ。

 

「……でも、もし君が神の教えを全く知らならかったとしたら、倒れている私を見捨ててしまうような、冷血な人間になっていたのかな?」

 

「そ、それは……」

 

 あたしは返答に窮するしかなかった。

 ハッキリ言って、その言葉には反論する余地が無い、正論に思えてしまったからだ。

 

 実際、もしもこれまでの人生で神様の教えに触れる機会が無かったとしたら、あたしは一体どのような人間になっていたのだろう……? 

 少なくとも、倒れている人間を見捨ててしまうような、冷酷な人格になっていたとは思いたくなかった。


 そう、神様の教えに触れることができなかった者が、全て悪に染まり愚かなままなのかというと、それはやっぱり違うような気がするのだ。

 人間には決して汚すことのできない、高潔さがあるとあたしは信じたい。

 

 だけど、それではお姉さんの神様を軽んじるような発言を認めてしまうことになってしまうし……。

 あう~……。

 以降1分ほど、思考の迷路にはまり込むあたし。

 

「うう……降参です。

 言い返す言葉が見つからないとは、あたしもまだまだ未熟なようですね……」

 

 あたしはちょっと悔しく思いながらも、お姉さんにスープのお皿を手渡した。

 お姉さんはスープの皿を受け取り、言葉を続ける。

 

「どうも……でも言い返せないことは恥じるべきではないよ。

 それは少なからず、ワルダヴァオトゥの教義に納得いっていないということだからね。

 神の教えだからといって、それをただ鵜呑みにしていては、その物事を真に理解することはできないと私は思う。


 だから納得のいかないことは疑って、自分が納得できる答えが出るまで考えてみるべきだ。

 その積み重ねこそが、君達が求める真理へと近づくことになるんじゃないかな?」

 

「はあ……」


 お姉さんの言うことは、あたしにも分かるような気がした。

 

 確かに教義に疑いを持つことは、神様そのものに疑いを持つことに繋がり、それは敬虔なワルダヴァオトゥ神教徒にとってあるまじきことだだろう。

 

 だけど無条件にその教えを盲信することが正しいのかというと、それも違うような気がするのだ。

 

 たとえ神様の教えが正しくても、それを受け取る側の人間が間違って理解してしまえば、それがいくら神様の説く真理と信じて従っても、結果として神様の意思に反してしまうということになりかねないのではないか──。

 

 そもそも、あたしなら神様の言葉を直接聞いたとしても、その言葉の意味を正しく理解できる自信が無かった。

 それはもう全く!


 実際、教会で度々開かれる神父様の難しい説法会の内容でさえ、未だについていけないのだ。

 そんなあたしが神様の言葉を理解なんて、とてもとても……。

 

 いや、あるいは神様の言葉を正しく理解できる人間なんて、この世には存在しないのかもしれない。

 人間には計り知れない至高の境地に居るからこそ、神様は神様なのだろう。

 

 そう考えると、ワルダヴァオトゥ神教の教義は果たして本当に正しいのか……と、だんだん不安になってくる。

 間違いだらけの人生を歩んできたあたしが言うのもなんだけれど、絶対に間違いを犯さない人間なんていないと思うし、やっぱり多少はその真偽を疑ってみた方がいいのかもしれない……。

 

「……つまり、神様に仕える聖職者にとって本当に必要なのは、ただ(かたく)なに神様の言葉を信じて無心に祈り続けることではなく、神様の本当に意図する所を正確に読み取る為に考え続け、何が正しくて何が間違っているのかを見極める力を養う……あなたが言いたいのはそういうことなのですね?」

 

「いい答えだ」

 

 あたしの答えを受けて、お姉さんは満足そう……なのかな?

 相変わらず表情が変わらないのでよく分からないけれど、何となくそんな感じで(うなず)いた。

 

「信仰とは思考を放棄して盲信や盲従することじゃないよ。

 確かに全部他人の言うことを聞いていれば悩む必要も無くて楽だけど、何も考えない者が他人の気持ちを理解できるのかな? 

 そんな人間が他者を救うなんてことなんてできやしないよ。

 むしろ平気で踏みにじる。


 しかも、自分で決断したことじゃないから、他人に責任を転嫁して歯止めがきかなくなりがちだしね。

 だから盲信と盲従はいつも悲劇を生む。

 信仰を持つ者に必要なのは、そうならない為に考え続けることであって……あ、えと……」


 お姉さんは、あたしが熱心に話へ聞き入っていることに気づいて、「つい調子に乗って喋り過ぎた」とでも言うかのように、急に口を噤んでしまった。

 

「……なんだかあなたのお話は、神父様の説法のように聞こえますね。

 もしかしてワルダヴァオトゥの教会に籍を置いていたことがあったのではないですか?」

 

「やっぱり喋りすぎたかな……。

 もう昔の話だよ……」

 

 そう答えるお姉さんの口調には、どことなく苦い響きがあった。

 それが気になったあたしは、思い切って質問を続けてみる。

 

「やっぱり。でも今は違うのですか?

  一体どうしてあなたは、ワルダヴァオトゥの教えを手放したのですか?」

 

「……そんなことを聞いてどうするんだ?」

 

「その理由が分かれば、あなたの信仰を再び取り戻す為のお手伝いができるかもしれません。

 あるいは、今後信仰心が揺らいでいる人達を説得する時の、参考になるかもしれないですから……。

 差し支えがなければ是非お聞きしたいです」

 

「……私は今更ワルダヴァオトゥに戻るつもりはないけどね。

 ……いいよ、君は恩人だから、聞きたいなら教えてあげる。

 それにこう見えてもお喋り自体は、割と嫌いじゃないんだ」

 

 お姉さんはちょっと嫌々な様子だけれど、あたしの要請に応じてくれた。

 表情が無いし、身長も下手な男の人よりも高いので少し恐い印象があるけれど、結構気さくな人らしい。


 だけど――、

 

「まあ……私が教会から抜けたのには色々あるけど……。

 やっぱり神への不信感が拭えなかったからかな……」

 

「……ふ、不信感……ですか?」

 

「そう、不信感。

 神は信じるに値しないと思った訳だ」

 

 うわ、いきなり爆弾発言だ。

 やっぱり危険人物なのかも……。

しばらく宗教とかの哲学的な話が続きます。

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