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神殺しの聖者  作者: 江戸まさひろ
第3章 神に並ぶ道
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第30話 急 転

 そもそも神父様達が入念に罠を張って待ちかまえているだろう場所へ、イヴリエースさん1人で乗り込んでいって、本当に勝ち目があるのだろうか。

 たとえ彼女に、神様を倒すほどの実力があったとしてもだ。

 

 そんなあたしの不安を読み取ったのか、イヴリエースさんはあたしの頭を撫でながら、

 

「安心しろ。

 今度こそ君を守る」

 

 と、力強く言った。

 これまでに守りたい人を守ることができなかった人の言葉なだけに、そこに込められた想いの強さが伝わって来る。

 だからあたしはこの人を信じたいと思う。

 いや、信じなければならない。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 そんなあたしの答えに、イヴリエースさんの目が少しだけ嬉しそう細められた。

 だけど、その時──。

 触れ合っていたイヴリエースさんの身体から、軽い衝撃が伝わってきた。

 

 同時に、イヴリエースさんの小さく呻くような声があがる。

 

「くっ……!」

 

「……?」

 

 あたしはその時、何が起こったのか理解できなかった。

 何故ならば、イヴリエースさんの胸から何かが生えており、そんな光景を見たのは生まれて初めてで……。


 いや、つい数時間前にも似たような光景を見たことがあるけれど、そんな光景を一生の内で2回も見る機会があるとは、さすがに思ってはいなかった。

 

「……? ……っ!?」

 

 あたしは息を呑みこんだ。

 イヴリエースさんの胸から生えているそれは、紅く血に染まっていて、明らかに背中の側から突き通されたことが分かる。

 数時間前にイヴリエースさんが、剣で神父様の背を突き通した時のそれに似ていた。


 ただ、それは何らかの刃物にしては、奇妙な形状をしていた。

 まるで大きな鳥の羽のような……。

 

 その正体はともかく、それがイヴリエースさんに対して致命的なダメージを与えたことだけは一目で分かった。

 しかもそれが、徐々に上の方へと傷口を斬り拡げているのだ。

 ミリミリと肉と骨が裂ける音がして、その度にイヴリエースさんは、為す術無く身体を痙攣させる。

 

 その激痛がどれほどのものなのか、それは想像することもできなかったけれど、絶望的なまでにイヴリエースさんの身体を破壊していることだけは確実だった。

 それを眼前で見せつけられたあたしの怯えが伝わったのか、胸に抱いていたイヴがビクリと身体を震わせる。

 

 イヴリエースさんの胸を貫いていた何かは、ついに右の肩に抜け、その瞬間に凄い速さで後方へと消えていった。

 一拍遅れて、物凄い量の血が傷口から吹き上がる。

 

「ヒッ……!!」


 前のめりに倒れ込むイヴリエースさんの負った傷は、手当てをしてもどうにかなるような物には見えなかった。

 だからという訳ではないけれど、あたしは身動きも取れず、ただこの絶望的な状況を見ていることしかできない。

 

「『神殺しの悪魔』と我々に恐れられたほどの者が油断とはな……。

 旧友との再会で気抜けしたという訳か……」

 

「!」

 

 背後から声が聞こえてきて、あたしは思わず身を竦ませた。

 さっきまで誰もいなかったはずの場所から、人の声が聞こえてきたたのだ。

 それが信じられなかった。


 一体どうやってこんな高い屋根の上へ、私達に気取られずに登ってきたのだろうか? 

 あたしはそんな疑問を頭に浮かべたところで、今しがたイヴリエースさんの胸を貫いた鳥の羽のような物体に思い至る。

 ……まさか飛んで来た?


 馬鹿な妄想だと頭で否定しつつ、あたしは声のした方へと振り返る。

 そしてそこには、あたしの馬鹿な妄想が現実の物として実体化していた。

 

 振り向いた先には、2人の人物が立っていた。

 1人はアルゴーン神父様。


 もう1人は神父様よりちょっと若い、40代半ばで少し軽薄そうに見えるけれど、温厚そうな顔つきの男性だった。

 知らない人のはずなのに、以前どこかで会ったことがあるような……無いような……。

 上級聖職者の法衣を纏っているので、ワルダヴァオトゥ教会の何処かで会ったことがあるのかもしれない。

 

 でも今は彼が誰かだなんて、どうでもいいことだ。

 あたしにとっては、2人の背後にあるものの方が問題だった。

 2人の背には、白く大きな一対の翼が生えているのだ。

 

 何故、人間に翼が生えているのですか?

 一瞬、そんな疑問が頭に浮かんだけれど、その疑問は根本的に間違っているのだとすぐに気がついた。

 だって翼の生えている者は、既に人間ではないのだから。


 神父様達は人間ではないからこそ、背に翼が生えているのだ。

 そしてそんな存在をあたしは――いや、あたし達人類の殆どがよく知っている。

 

天使(アンゲロス)……!」

 

 そう、それはまさに神の使徒とされる天使の姿に他ならなかった。

 だけどその2人が纏う雰囲気は、あたしがこれまで思い描いていた天使とは全く違う。

 神々しさは無い。


 むしろ禍々(まがまが)しくさえある。

 実際、彼らはあたしにとって、死に神に等しい存在だ。

 

「アルゴーンに……神父様まで……。

 まさか残った天使が揃って出てくるとは思わなかったな……」

 

「イ、イヴリエースさんっ、起きちゃ駄目ですっ!!」

 

 気がつくと、いつの間にかイヴリエースさんが立ち上がっていた。

 だけど今の彼女の傷では立ち上がる、ただそれだけのことでも自殺行為だ。

 傷口から信じられない量の血が滴り落ちる。

 

「でも、寝ていて助かるような状況でもないだろう……」

 

 と、イヴリエースさんは剣を抜いた。

 彼女は戦うつもりのようだけれど、誰がどう見たって無茶だ。

 その上神父様達は、相手が神様を倒しているだけに、全く手加減するつもりはないらしい。

 

「ガッ!!」

 

 イヴリエースさんが「神父様」と呼んだ人の翼──その羽の1枚1枚が、鎖のように連なって伸びた。

 それはまるで触手のように(うごめ)き、イヴリエースさんの身体を貫く。


 全身を何十カ所も貫かれたイヴリエースさんは、その時点で即死したかのように見えた。

 けれど、何故かまだ生きている。

 

「……久しぶりですね、神父様。

 ワルダヴァオトゥ神教の最高権力者が自ら出てくるとは、何事ですかな……?」

 

「えっ!?」

 

 あたしはイヴリエースさんの言葉に耳を疑った。

 ワルダヴァオトゥ神教の最高権力者ということは、まさか……まさか……!?

 

「ドミニク大教皇猊下!?」

 

「そうだよ、聖女様。

 手荒い出迎えで済まないね。

 だがすぐに終わるから、君はそこで大人しくしていておくれ」

 

 あたしにそう囁いてから大教皇は、ゆっくりとイヴリエースさんのもとへと歩み寄る。

 

「こうして直接話すのは300年ぶりくらいかな? 

 しかし君はあまり変わっていないな、イヴ」


 「……そういう神父様は、随分とお変わりのようで……。

 あなたは自分が何をしようとしているのか、分かっているのですか?」

 

「分かっているとも。

 偉大なる我らが主の復活だ!!」

 

 そんな大教皇の言葉を受けて、イヴリエースさんの眼光が強くなった。

 これが今にも死にそうな人間の視線なのだろうか?

 

「その為に自分が育てた娘の……ソフィの生まれ変わりを犠牲にしようと言うのですか? 

 かつて私と同じようにソフィの死を悲しみ、そして狂いまでした人が……!」

 

 え……? 

 この人がソフィア様を育てた……? 

 つまりそれは、ソフィア様が育った孤児院を運営していた神父様だった人で……。

 しかも同時に、イヴリエースさんの育ての親でもあるということだよね……?

 

「ちょっと待てください!! 

 なんであなたはそんな酷いことができるのですかっ!? 

 イヴリエースさんだって、あなたが育てた娘なんでしょうっ!?」

 

 あたしの言葉を受け手大教皇は、静かにこちらの方へ視線を向けた。

 その顔には薄い笑みが張り付いている。

 それは仮面のように作り物めいていて、イヴリエースさんよりも無表情で、冷たく見えた。

 

「ああ……そうだね。

 だが、出来損ないだ。


 ソフィアは主の意思に沿った素晴らしい働きをした、自慢の娘だった。

 イヴもソフィア以上の働きをしてくれると期待していたが……あろうことか主を裏切った……。

 あれには正直失望……いや、絶望したよ」

 

「な……何が出来損ないですか!? 

 確かにイヴリエースさんは間違いを犯してしまったかもしれないけれど、それに気づいて必死で償おうとしているのに……!! 

 何故それを分かってあげられないのですかっ!? 


 あなたこそ自分の間違いも気づかないで、娘を出来損ない呼ばわりして殺そうとするなんて……!!

 そんなあなたの方こそ、出来損ないの『親』ではないですかっ!!」

 

 どうしてだろう。

 あたしはついカッとなって叫んでしまった。

 それは自分自身の言葉なのに、まるでそうではないかのような不思議な感覚がある。

 

「……!!」

 

 あたしの言葉を受けて、大教皇の顔がわずかに怒りで歪められた。

 それに反して、イヴリエースさんは微かに嗤う。

 

「……今のあなたを見たら、ソフィは間違いなくああ言うでしょうね。

 確かにあなたは親失格ですよ。

 かつてのあなたは違ったけれど、ワルダヴァオトゥから与えられた大きすぎる能力に魅せられたのでしょう?

 

 だけどその能力は何の為に得た? 

 最初は私と同じように、ソフィを奪った奴等に復讐する為では無かったのか!? 

 そのことをよく思い返してみろっ!! 

 能力に溺れて娘への想いを忘れたあなたは、親以前に人間として失格だ!!」

 

 イヴリエースさんがそう叫んだ瞬間、彼女の背中から2つの何かが突き出した。

 それは色こそ黒かったけれど、神父様や大教皇が持つ翼と同様の物だった。

 それが、触手のように蠢いて大教皇に襲いかかる。

 

 だけどその攻撃のことごとくを、大教皇は自らの翼で身体を包み込んで弾き返す。

 あたしはその光景に度肝を抜かれた。

 

「な……イヴリエースさんにも、翼があるなんて……!」

 

 よくよく考えてみれば、イヴリエースさんはもう300年以上生きているのだから、既に人間ではないことは疑いようもないし、だから翼があったってそれほど不思議ではないのだけれど、やっぱり今さっきまで普通に会話していた人の背中から翼が生える瞬間を目撃すると、驚きを禁じ得なかった。

 そんな私へ、


「彼女は我々の中で、1番最初に天使になりましたからね」


 と、いつの間にかあたしの横に歩み寄ってきていた神父様が言った。

 

「つまり、ワルダヴァオトゥ神の信頼が最も厚かったということで……。

 あの裏切りさえなければ、我々を指揮する立場にいたでしょう。

 

 それだけに裏切りの後は、散々手を焼かされましたが……。

 おかげで彼女の造反後に生み出された天使は、当初は7人もいたのにもう2人だけですよ」

 

 神父様は苦々しげに呟いた。

 だけど、

 

「だが、ようやく彼女を仕留めることができる」

 

 神父様はニィっと、口元を歪めて笑った。

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