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神殺しの聖者  作者: 江戸まさひろ
第2章 儚い世界
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第23話 粛正の兆し 

 ソフィアの葬儀は国葬として、4日間にもわたって執り行われていた。

 しかし私は葬儀に参列しなかった。

 彼女をむざむざと死なせてしまった私が、どの(つら)を下げて参列できるだろうか。


 それに私にはやらなければならないことがあった。

 ソフィアを死に至らしめた全ての者達に、その命をもって罪を償わせることだ。

 

「いいかげんに白状したらどうだ? 

 貴様は確かにあの時、『あの人達』と言った。

 誰が聖女の暗殺を貴様に持ちかけた?」

 

 暗く寒い地下の独房の中で、私の声が重く響いた。

 だが、問いかけた者からの返答は無い。

 

「……オイ。

 聖女殺害の大罪を犯した者に、黙秘する権利なんてものは認められてはいないのだぞ?」

 

「さあ……詳しいことなんてよく知らないよ。

 確かに聖女を殺せば大金をくれるって、持ちかけてきた奴はいたけど、別に信用していた訳でもないさ。

 娘さえ私の言うことを聞いていたら、殺す必要なんてなかったもの」

 

 と、女はせせら笑った。

 自分の娘を殺しておいて悪びれもしない女の態度に、私は怒りで冷静さを失いそうになる。

 

 正直、今すぐこの女を斬り殺したいところだが、そうする訳にもいかない。

 ソフィアを死に追いやった者達を炙り出す為にも、聞き出さなければならないことは沢山ある。

 

 少なくともこの女は、真実を語ってはいない。

 この女が本当に聖女暗殺を画策した者達のことを信用していないのならば、もう少しこの尋問に協力的になってもいいはずだ。


 そうすれば、この女は暗殺を画策した者に罪を押しつけて、自らの保身をはかることができる。

 それをしないのは、この女が背後にいる者を庇っているからに他ならない。

 

 だが、いつまでも悠長に尋問をしてはいられない。

 私は背後に控えていた部下に呼びかける。

 

「アルゴーン、医者を呼んでこい」

 

「は……? 医者ですか? 

 まさか拷問を……?」

 

 そんなアルゴーンの言葉を聞いて、女の顔が強ばる。

 拷問に医者が同伴することはさほど珍しくはない。

 過度に拷問を加えて、聞き出すべき情報を引き出す前に死なれては、元も子もないからだ。


 だから医者に治療をさせて、最低限の生命を守る。

 いや維持する。

 

「まあそんな所だが……」

 

 だが、私はそんなことの為に医者を呼ぶのではない。

 

「まず手始めに、この女の舌と手の指を全て切り落とそうと思ってな。

 それで死なれては困る」

 

「ひっ!?」

 

 私の言葉を受けて、女から短い悲鳴が上がる。

 アルゴーンも慌てたように異を唱える。

 

「し、しかしそれでは、喋ることはおろか、筆談することさえできません!」

 

「……それでも聖女殺害の黒幕は吐いてもらうよ? 

 吐かないのであれば、拷問を容赦なく加え続ける。

 なに、ちゃんと吐きさえしてくれれば拷問は加えないさ」

 

「ちょっとぉ、それじゃあ、吐きたくとも吐けないでしょ!? 

 あんた、ただ拷問をしたいだけなんじゃないのっ!?」

 

 女は喚くように私に突っ掛かってきたが、私は冷たく笑って応える。

 

「……だとしたら?」

 

「ふざけるんじゃないわよっ!! 

 そんなことが許されると思って……ガッ!?」

 

 私は女の訴えが終わらぬ内に、彼女の喉元を鷲掴みにしてそのまま勢いよく背後の壁に叩き付けた。

 女は一瞬息が詰まって咳き込んでいたが、そんなことは私の知ったことではない。

 

 私は女の顔を覗き込むように、自らの顔を近づけ――、

 

「許す? 許されないさ! 

 貴様は聖女を殺害した時点で極刑は決まっている。

 もうどう償ったって許されないんだよっ!! 

 そんな貴様を多少余分に苦しませたところで、それは些細なことだ……。

 私が貴様を生きながら地獄に落としてやるから、自らの犯した罪がどれほどの大罪だったのかよく思い知るがいい!」

 

 私は証拠物件であるナイフを――ソフィアを殺したあのナイフの刃先を、女の右目にゆっくり近づける。


「ああ、目が無くても、自白には差し支えないな」

 

「ひうっ!?」

 

 そして私にアルゴーンに呼びかける。

 

「アルゴーン、医者はまだか? 

 もう待てそうに無いのだが……」

 

 そう呼びかけられたアルゴーンは、蒼白になった顔をハッとさせて、独房の出口に向かう。

 それを見た女は、

 

「ま、待ってっ!! 

 知っていることは全部喋るから、やめてちょうだいっ!!」

 

「…………ふん、喋れる内に吐いた方が利口だということは分かったようだな」

 

 私は掴んでいた女の首を放す。

 すると女はへなへなと脱力して床に座り込んだ。

 

「貴様は、一応聖女の生みの親だ。

 大人しく我々の指示に従っている内は、それなりの扱いはしてやる。

 

 だが、また黙秘や虚偽の発言があるようなら……私は本気でやるぞ? 

 世の中には死んだ方がマシなことがあるのだと、その身体に思い知らせてやる!」

 

 その言葉に女はビクリと肩を振るわせ、そしてやや間をおいて小さく頷いた。

 ただ、顔はこちらに向けず、床の方をじっと見つめている。

 こちらからはその表情は分からないが、おそらくは怯えきったものとなっているのだろう。

 

「アルゴーン、私は他にもやらなければならないことがある。

 後は任せるぞ。

 もうそれほど尋問には手こずらないだろう」

 

「あ……はい」

 

 と、私はこの場を、部下に任せることにした。

 今回の聖女暗殺事件にあたり、指揮官として他にやらなければならないことは山ほどある。


 だが、正直ソフィアを殺したこの女の顔を、これ以上見ていたくなかったからこの場を後にする。

 見続ければどうしても苦しめたくなる。

 殺したくなる。


 それほどまでに許せない存在だが、ただソフィアを産んでくれた──この一点だけは感謝している。

 だから、できるだけ何もしない。

 

「では、処刑が執行される日まで心安らかに……。

 もっとも、それはあなたの心がけ次第ですがね」 

 

 項垂(うなだ)れて答えない女の姿を背にして、私は足早に独房の出口へと向かう。

 

 これから忙しくなるだろう。

 いつまでもこんな所で、グズグズしてはいられない。

 私からソフィアを奪った全ての者を、地獄へと突き落とさなければならないのだから。

 それまで私は、絶対に止まらないだろう。

 


 ……たぶんこの時の私は、憎悪に狂っていた。

 しかし、それを甘んじて受け入れた。

 それほどまでにソフィアを失ったことが許せなかった。


 私の世界の大半がソフィアで占められていた。

 私は彼女ばかりを見て、彼女の為だけに行動していた。

 そしてそんな彼女を失うことは、私にとって世界そのものを失うにも等しかった。


 これが狂わずにいられるだろうか? 

 いや、いられない……。



 

「この度の働き、見事であった。

 そなたの功績により、聖女ソフィアの暗殺に関わった者のことごとくに、神罰を与えることができた。

 我はそなたの功績を大いに讃えよう」

 

 荘厳な聖堂の中を、かすれてはいるが(おごそ)かな声が響き渡る。

 その声の主の前で、私は床に平伏している。

 

 私は今、このワルダヴァオトゥ神教国の最高指導者、デミアルゴス大教皇猊下との謁見(えっけん)の最中であった。

 この世界を統べる王たるワルダヴァオトゥ神の代理として、玉座に御座(おわ)す猊下は、天蓋から差し込む陽光に照らされて、まさに神の威光を体現する者の威風を漂わせていた。

 

 事実、私は大教皇猊下の御前(みまえ)に平伏しているだけで、凄まじい圧迫感を覚えていた。

 それは本来ならば、性別すら判別できぬほど年老いた老人からは、感じ得ぬ圧迫感だ。

 

 いや……あるいはその圧迫感は、猊下の御高齢が故なのかもしれない。

 猊下が既に数世紀以上も教皇の位に就いている……という噂を何度か聞いたことはあるが、それもあながち()れ言ではないのだと、今なら思える。


 猊下は最早、我ら人間如きと並ぶような存在ではないのだろう。

 神の代弁者たる天の御使(みつか)いなのだ。

 私は気力を振り絞って、畏れ多くも猊下へ異を唱える。

 

「その御言葉は恐悦至極なれど、私は当然のことをしたまで。

 それに私は、聖女を守れなかった責を負って、極刑を受けなければならぬ身だと存じております」

 

「うむ……」


 私の答えに何処か満足しているかのような、猊下の声が返ってくる。

 

「しかし、今は死すべき時では無かろう? 

 イヴリエース一等武官よ」

 

「ハッ、我々から聖女ソフィアを奪った者どもを等しく断罪せねば、私は死んでも死に切れませんっ!!」

 

「その通りだ……。

 報告は聞いておる。

 聖女暗殺に関わった者のことごとくが、あの汚らわしき邪神『ハイ』を奉ずる者達だったそうだな……。

 最早この地上に邪神ハイと、それを奉ずる者の存在を看過することはできぬ。


 奴等には我等から何を奪ったのか、それを思い知らさなければならぬ。

 聖女ソフィアは……我が後継者となるべき器を持つ者であった……。

 我等ワルダヴァオトゥの民の、心を支える柱となるべき存在であった。


 つまり奴等は我等から心の拠り所を奪ったのだ。

 それは決して許されるべき所業ではない」

 

「猊下の仰せの通りです!」

 

 私は猊下のお言葉に高揚を感じながら応じた。

 すると猊下は玉座から立ち上がり、私の目の前まで歩み寄ってきた。

 私は思わず平伏していた顔を上げる。


「げ、猊下?」

 

「先のそなたの働きを認め……、何よりもソフィアの身内であるそなたにこそ、この任は相応しい。

 兵を指揮する全権を与える。

 これを用いていかなる手段をもってしても、ハイを奉ずる異教徒共をこの地上から完全に殲滅せよ。

 これは神命である!」


「――謹んで拝命致します!」

 

 私は再び深々と平伏する。

 そんな私の後頭部に、猊下は右手をかざす気配があった。

 

「うむ……期待しておる。

 イヴリエース一等武官よ。

 ……いや、兵の全権を任せるのだ。

 そなたには新たな位を授けよう。


 異端審問庁総監の位と聖者の称号を与える。

 イヴリエース、我が忠実なる使徒よ。

 思う存分にその能力を奮うがよい」

 

「ハッ!」

 

 次の瞬間、かざされた猊下の右手が光を放ち、何か巨大な力が私の中に流れ込んでくる。

 それが何なのかは分からない。


 だが、この力があれば何者にも負けない──と、直感的に感じる。

 遠からず私の復讐は成就するだろう。



 

 それから私は、教国々内や近隣諸国の場所を問わず、異教徒を見つけ次第裁いた。

 男も女も、子供も大人も、傷つき病んだ者も健やかな者も、異教徒であるからには、いかなる者も例外なく、そして等しく極刑に処した。

 

 中には冤罪であった者もいたかもしれない。

 また、裁きを行う過程で、町や村が焼き払われたことも1度や2度ではない。

 だが、その時の私にとってそれは、些細な小事に過ぎなかった。


 この世から異教徒と邪神ハイという大悪(だいあく)を消滅させる為ならば、私はどんなことでも躊躇無く冷徹に実行した。

 いつしか私は異教徒から、「悪魔」とも「死に神」とも呼ばれるようになっていく。

 しかしそれは、むしろ私にとって望むところであり、誇ってさえいたのだ。



 だが、自身の行いがどれほど取り返しがつかないことだったのか、やがて私は思い知ることになる。

 その時が訪れるまでの数年間で、私が奪った命は、直接・間接を問わなければ数十万もの数にのぼっていた……。

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