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神殺しの聖者  作者: 江戸まさひろ
第2章 儚い世界
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第20話 たくさんの世界

「お久し振りです、聖女様。

 お元気そうで何より」

 

「やだ、聖女様はやめてよぉ、イヴ」

 

 ソフィアが照れたように顔を赤らめた。

 どうも聖女と呼ばれることには、未だに慣れていないらしい。


 それはそうだ。

 言っている私ですら違和感がある。

 まあだからこそ、ちょっとした嫌がらせとしては十分効果がある訳だが。


 私は自然と唇の端がつり上がるのを感じた。

 

「いや、立場上、一応は礼を尽くさないとね」

 

「そう思うのなら、背後から襲撃しないで欲しいわ……保安庁一等武官殿」

 

 ソフィアは唇をとがらせてそう言った。

 その呼び方は私にとっても少々重い。

 ささやかな反撃という訳か。

 

「ハハ……悪い悪い。

 だからその呼び方はやめてくれ、ソフィ」

 

「ハイ。

 でも昇進おめでとう、イヴ。

 最年少で、しかも女性で一等武官に任じられたのは、前代未聞だというじゃない」

 

「……おかげで仕事が増えすぎて、ソフィの所に遊びに来る暇もないけどね……」

 

「確かに会うのは1ヶ月ぶりくらいかな。

 なんだかお互いに大層な肩書きがついちゃったよねぇ……」

 

「……本当だな」

 

 私達の顔に寂寥(せきりょう)とも感慨ともつかない、複雑な色が同時に浮かんだ。

 思えば私達が故郷の村を出てから、そろそろ10年は経過している。 

 

 ソフィアを追ってエルの街に来た私は、街の治安を護る為に教会が設立した警備隊へと入隊した。

 一介の孤児である私では、いかに同じ孤児院の出身てあるとはいえ、聖女という高い身分になってしまったソフィアの側にいることはできなかったのだ。

 

 それではどうすればソフィアの役に立てるのか……それを考えた結果、とりあえず街の治安を護ることが、間接的に彼女の安全に繋がるのではないか、という結論に至った。

 位の高い聖職者は異教徒による暗殺の標的にされることも少なくないというから、街の治安を護り、異教徒を排除する警備隊の仕事は、必ずソフィアの助けになると思ったのだ。

 

 もっとも、特別に抜きんでた職人技術や高度な学力を身に付けていた訳でもない私に、他にどれだけ選択肢があったのかは疑問だったけれど。

 体力には自信があったから、必然的にそうなってしまっただけとも言える。

 

 だが、警備隊の仕事は私にとって天職であった。

 当初は女と言うことで同僚に軽く見られたこともあったが、腕っ節の強さで私に勝る者は同期にはいなかった。

 山奥の村で大自然とともに育った私と、都会育ちの者とでは運動能力や体力の差が歴然としていたのだ。


 いや、同じ境遇で育ったソフィアが、人並み以下の身体能力しか持ち合わせていないことを考えると、持って生まれた資質の差というのも大きいのかもしれないが。

 

 ともかく、私は与えられた任務を着実にこなして行き、その功績が認められて異例の速さで昇進を果たした。

 聖女の家族同然という身の上も影響したのかもしれないが、たとえそうだったとしても、私にとって損は無いのでありがたい。

  

 そして現在、警備隊の上部組織である保安庁へと抜擢され、今ではエルの街だけではなく国全体の保安を護る為の部署1つを任されるほどとなった。

 

 これはソフィアと対等とは言わないまでも、かなり高い地位であり、おかげで友人としてソフィアへ自由に会いに来ることを許されるぐらいの権限は得られた。


 とは言え、高い地位にはそれに見合うだけの責任と働きが求められる為、なかなか休暇は得られなかった。

 今日は忙しい仕事の合間をぬって、久方ぶりにソフィアに会いに来た訳だ。

 

「私としては聖女直属の護衛官に志願したい所だが、最近は異教徒によるテロが頻発していて、今私が抜ける訳にはいかないからなぁ……。

 しかもだ……」

 

「なに?」

 

 私の渋面となった顔を見て、ソフィアはまだなにかあるのかと、少し(ひる)んだ様子だった。

 

「聖女様への面会希望者がいるから、談話室に来てくれ……と、伝言を頼まれてきた。

 久しぶりに会えても邪魔が入る。

 お互い本当に忙しい身分だな……」

 

 それを聞いてソフィアは気抜けしたように肩を落としたが、すぐに気を取り直して中庭の出口へと向かう。

 

「ごめんなさい、イヴ。

 すぐ行かなきゃ」

 

 私はソフィアの後を追いながら、

 

「……どうせ、またソフィの癒やしの奇跡にすがろうとする巡礼者だろう。

 少しくらい待たせておけばいい」

 

 少し拗ねたように言う。

 するとソフィアは歩きながらキッパリと答える。

 

「駄目よ。

 急を要する症状の人かもしれないし」

 

 ソフィアが苦しんでいる者を放置できない性格なのは、よく知っている。

 だけどそれは、自分自身を犠牲にしてまですることなのだろうか。

 

「だが、ソフィだって奇跡にすがる人間全てにいちいち対応していたら、身体がもたないだろう。

 あれはかなり疲れるんじゃないのか? 

 症状が軽い相手なら無視した方がいいぞ」

 

「ん~……」

 

 私の言葉を受け、ソフィアは少し困ったような顔をして私の方を見た。

 

「でもね、イヴ。

 あたしには、症状が重いか軽いかなんて分からないのよ」

 

「ん? そんなのは、見れば大体分かるだろう?」

 

「違うよ、それは分かったつもりになっているだけ。

 その人がどれだけ苦しんでるかなんて、他の誰も分からないのよ。

 あたしはね、人間はそれぞれ違う世界に生きていると思うの」

 

「違う世界?」

 

「うん、違う世界。

 例えばイヴは、あたしよりかなり背が高いし目がいいから、あたしよりもずっと遠くを見渡せると思うの。

 でも、あたしにはそれがどんなものかを実感することは、絶対にできない。

 それこそイヴ自身になってみない限りはね。


 逆にイヴもあたしがどのように世界を見ているかは、分からないはずよ。

 ひょっとしたら色や形ですら違って見えているかもしれないけれど、それを確認する手段は無いでしょ? 


 これってあたしとイヴが、お互いに違う世界を生きているようなものだと思わない? 

 人それぞれが違う世界を持っているのよ」

 

「そういうことに……なるのかな?」

 

 私は軽く小首を傾げた。

 普段はとぼけているいるように見えるソフィアだが、その陰ではかなり深く物事を考えている時もあって、それについていくのはなかなか大変だったりする。

 

「……でも、違う世界に生きているとは言っても、私とソフィは色々なことを共感することもできるぞ」

 

「でも、それはある程度の時間を付き合って、お互いのことをよく理解した上で……でしょ?」

 

「……そうだな」

 

 私は頷く。

 子供の頃の私は、ソフィアのことを何も理解せず苦しめていた。

 しかもその苦しみは、受けて当然のものだとさえ考えていたのだ。

 だが、それは間違いだった。

 

「だから他人の痛みを勝手に軽いと判断して、無視する訳にはいかないってことか……」

 

「うん。

 誰もがそれぞれの世界に生きているのなら、

 たとえたった1人だとしてもその人に何かあれば、それは世界が1つ消えるのと同じことだと思うの。

 

 その人が見ていた世界の形、その人の想い……それが全部消えてしまう。

 だから、たった1人のことでも軽く扱えないと思うわ」

 

「……そうだな。

 だが、ソフィもその世界の1つだ。

 無理はするな。

 もしも私の世界からソフィが消えるようなことになったら……辛い」


 そんな私の言葉に、ソフィは歩みを止める。

 

「……心配してくれてありがとう。

 うん、きつくなったらちゃんと休むから大丈夫だよ。

 倒れちゃったら、それこそ人助けどころじゃないものね」

 

 そう言ってソフィアは笑う。

 私に心配してもらえるのが嬉しいらしい。

 

 そうこうしているうちに、面会人がいるという談話室の前に辿り着いた。

 私はついでだから、ソフィアの護衛役として同伴することになった。



 ……もし時を巻き戻すことができるのならば、私はここで無理矢理ソフィアの手を引いて、引き返すべきだった。

 そんな後悔の念は、たぶん私の中から一生消えることは無いだろう。

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