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神殺しの聖者  作者: 江戸まさひろ
第1章 聖女と異端者
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第1話 祭りの喧噪と聖女候補

 …………失敗だった。

 

 あたし、ことエリセ・シスがちょっとした買い出しのつもりで街に出て、既に2時間以上の時間が経過しようとしていた。

 普段なら30分程度で済む、近所の商店をまわる為だけに……だ。

 

 その理由はあまりにも多い人通りだった。

 まるで激流のような人波をかき分けて進むことは、小柄で非力なあたしには極めて困難な作業であり、道ばたの物陰で何度立ち往生したことだろう。

 

 勿論、もうすぐ街を──いや、国の総力を挙げて行われる盛大な祭りの日が近づいている今、街が混雑していることをあたしは理解しているつもりだった。

 

 だけれど、この祭りが行われるのは10年に1度。

 あたしがまだ5才だった頃に行われた前回の祭りの記憶など殆どあるはずも無く、まさかこれほどまでに混雑を極める物だとは思いもよらなかったのだ。

 

 しかし自分の判断ミスを、今更嘆いても遅い訳で……。

 

 ともかくこのワルダヴァオトゥ教国の首都にして、国教たるワルダヴァオトゥ神教の聖地でもあるエルの街は、祭りの見物人や巡礼者でいつもの数倍の人口に膨れあがっているようだ。

 この混雑では圧死する人がいてもおかしくないのではなかろうか……って、小柄で細いあたしが一番危ないような気がしないでもないけれど……。

 

 それでも親切に道を譲ってくれる人が結構多いので、なんとか大事には至っていなかった。

 これはあたしが、修道女であることが大きいのかもしれない。

 

 ここエルは聖地ということもあって、当然周囲に溢れかえっている人々の9割以上がワルダヴァオトゥ神教徒だと断言しても間違いないかな?

 それどころかエルに限らず、他の国や都市だって似たような状況の場所は少なくないだろう。

 

 なにせワルダヴァオトゥ神教は、全世界に十数億──実に全人類の3分の1近い数の信徒を抱える世界最大の宗教なのだから。

 おそらくよほどの未開の土地でもない限り、唯一神ワルダヴァオトゥの正しき教えを崇拝する者は何処にでもいるはずだ。

 

 ワルダヴァオトゥの教えが、何故そこまで幅広く世界中の人々に受け入れられたのかというと、やはりその教義の内容が分かりやすいというのが、大きいのではないかとあたしは考えている。


 簡単に言ってしまえば、「みんな仲よくして助け合い、そして犯罪に手を染めてはいけません」という感じ。

 ちょっと要約しすぎな気もするけれど、これは世間一般で通用する極めて常識的なことだよね。

 だから宗教というよりも、道徳的なものとして世界中に受け入れられていったのではないだろうか。

 

 もっとも、神様の教えだからその教義をより深く理解しようとすれば数年……いや、おそらく一生かけても理解できるものではない。

 だからこそ出家して俗世間との縁を絶ち、真理を得る為に厳しい修行を一生涯続ける人もいるのだし。

 

 いずれにしても、このように浅くも深くも付き合える所が、万人受けした要因の1つなのだとあたしは思う。

 

 そんなワルダヴァオトゥ神教の信徒で埋め尽くされている今のこの街では、修道服姿のあたしの姿はかなり人目を引くようで、聖職者を敬って道を譲ってくれる人が割と多い。


 いや、心なしか道を譲ってくれる人のことごとくが、あたしに憐憫の眼差しを注いでいたような気がしないでもない……。

 やっぱりあたしみたいな子供が、人混みの中でもみくちゃにされている姿が可哀相だと思われたのだろうか。

 

 不本意だけれど、周囲の大人達はみんなあたしのことを子供扱いするのですよ。

 15才というあたしの実年齢を知らない人は、大抵12才くらいにしか見てくれない。


 確かにあたしの身長は140センチメートルそこそこだし、体型だって、その……凹凸(おうとつ)が異様に少ないというか……つまりは見事な幼児体型だったりするのだけれど。

 あ……何だか泣けてきた。

 

 だけど、これでももうすぐ16才。

 自分で言うのもなんだけれど、朝日を浴びた小麦畑のように映える金髪と、宝石のような青い瞳がちょっと自慢だったりする。

 顔立ちだって身長や体型ほど幼くないつもりだよ? 

 

 そして何よりも、今やあたしは聖女の候補なのだ! 

 ある意味、この祭りの主役だと言える。

 

 誇らしいぞ、あたし!


  聖女と言えば、聖なる日とされる祭りの最終日に神様へと祈りを捧げ、これからの10年間を信徒がどのように過ごすべきか──そんな託宣を受けるという、祭りの主役とも言える大役だ。

 

 つまりワルダヴァオトゥ神教徒の女性としては、最も重要かつ名誉な役目で、(のち)の教団内での地位と名声も約束されるという。

 そう、聖女になるイコール人生の勝利者と言っても過言ではない訳なのですよ。

 

 実際、聖女になった人の中には、聖ソフィア様のように歴史に名を残した人もいる。

 聖ソフィア様は奇蹟の能力(ちから)を用いて沢山の人々を救った聖人で、彼女は苦しむ人々にひたすら尽くして神様の愛を体現なさったのだとか。


 しかし、それを快く思わなかった異教徒の凶刃によって、志半ばで倒れたらしい。

 

 そんな彼女の悲劇的な最期は、多くのワルダヴァオトゥ信徒に強烈なインパクトを与えたようで、ソフィア様が亡くなってから300年以上が経った現在でも彼女の人気は高く、伝説的聖女として語り継がれている。


 ちょっと罰当たりな話だけれど、ソフィア様は最早ワルダヴァオトゥ神と並ぶ御神体と言っても過言ではないのかもしれない。

 

 そんなソフィア様と同じ聖女の候補として選ばれただけでも、身に余る光栄だ。

 ……とは言っても、あくまで候補。

 何故あたしのような何の取り柄もない者が、そんな大役の候補に挙がったのか、自分でも大いに疑問を感じる所ではあるのだけれど……。

 

 もしかすると、日々のお勤めを怠けずに、一生懸命にこなしてきたことに対するご褒美として、あたしを育ててくれた神父様が形だけ推挙してくれたのではないか、という気もする。

 だとすれば、遠からずあたしは「聖女の資格無し」との審査結果を受けることになるだろう。


 そ・れ・で・も!

 聖女の候補になれただけでも誇らしいことなのだ。

 この誇りを糧とすれば、あたしはこれからも頑張っていけるだろう。

 

 しかし、まずはこの買い出しを達成することだ先決だ。小さなことからこつこつと、それを根気強くやり遂げてきたからこそ、あたしは聖女の候補にまでなれたのだと思う。だからこの買い出しだって、2時間以上かかろうともへこたれてなんかいられないのですよ。


 

 暫くしてあたしは、なんとか人通りの多い表通りを抜けることができた。


 あたしが住む教会は、下町の一画にひっそりとたたずんでいる。

 地元の者はともかく、巡礼者が訪れることは滅多に無い為、人混みとは無縁の路地だ。

 ここまでくれば、歩くことにはそう苦労しないだろう。

 

「よかった。これならもう10分もかからずに帰れそう」

 

 そう明るく声を張り上げつつも、あたしの足取りは重いものだった。

 やはり2時間にも及んだ買い出しの疲労がピークに達しつつあるようだ。


 しかし、教会まであと100m足らず。

 これを踏破すればゆっくりと休むこともできるので、休みたい一心であたしは歩調を早める。

 まだそれくらいの余力はある──はず。

 

「そこの角を曲がれば教会まで20メートル!」

 

 しかし、ゴール目前の地点に至って、あたしは想定外の障害物に遭遇した。

 

「うきゃあっ!?」


「フギャッ!?」

 

 曲がり角を曲がった瞬間、あたしは何かに躓いて豪快に転倒する。

 その拍子に手にしていた買い物カゴを前方に放り投げてしまい、買ってきたばかりの食材を派手にぶちまけてしまった。

 

「あああっ!?  いけない、いけない」


 あたしは慌てて食料を拾い集めた。

 中には地面に叩きつけられてバラバラに砕けてしまった野菜などもあったけれど、まだ充分に食べられる。


 たとえ細かい欠片でも無駄にする訳にはいかない。

 無駄にしてしまっては、一生懸命野菜を育ててくれた農家の皆さんに申し訳が立たないではないか。

 

 ……というか、食べ物を粗末に扱えるほど、うちの教会は裕福ではないだけの話なのだけれどね……。

 たまに神父様から「修行」と称して断食させられるのは、単に食費が尽きただけなのだとあたしはにらんでいる。

 

 それはともかく、ここで可能な限り食料を回収しておかないと飢えるのは自分自身である。

 あたしは必死で食料をかき集め、どうにか一通りばらまいた物を回収し終えた。

 

 けれど重大な見落としがあったことにあたしは気がついた。

 そういえば倒れた時に、何かクッションの代わりとなる物があったような……?

 そうでなければ、今頃は怪我で食料の回収どころの騒ぎではなかったのではないだろうか。


 それに悲鳴らしきものも聞いたような気が……?

 ああ……なんだか凄く嫌な予感がする……。

 

「……そういえばあたし、何に躓いたんだっけ……?」

 

 我ながら何故そのような重大事項の確認を後回しにするのか……と、あたしは自己嫌悪に陥りながら、今更のように、そして怖々と背後を振り返った。

そこには──、


「はあああああぁっ!?」

 

 あたしの素っ頓狂な悲鳴が狭い路地に響き渡った。

 なにせそこには、20代半ばの男性……いや、長身の所為で一瞬そう見えたけれど、どうやら女性らしい──が倒れていたのだから。


 更にうつ伏せに倒れている彼女の背には、艶やかな漆黒の毛並みの黒猫ものびていた。

 ちょっと耳が長くて、尻尾の先だけ白いのがポイントだ。

 

 どうやらあたしは、倒れた際にこの1人と1匹を押し潰してしまったらしい。


 …………ヤバイ。

 ………………本当にヤバイ。

まだ不慣れなので、投稿時間は決まっていません。

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