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神殺しの聖者  作者: 江戸まさひろ
第1章 聖女と異端者
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第12話 屋根の上で

この辺から少しゆるい(?)展開。

 燃え落ちつつある教会を出たあたし達は、エルの街の郊外へと向かい、身を隠せそうな場所を探した。


 けれど、祭りを目当てに集まった多くの巡礼者があちらこちらに入り込んでいて、適当な場所が見当たらなかった。

 普段は人の寄りつかないような廃屋でさえもが、宿屋代わりにされているようで使えない。

 

 早くイヴリエースさんを休ませてあげたいのに、一体どうすればいいのだろう。

 彼女の顔色はかなり悪くなっている。

 どうやら体調が万全ではないのに、魔法という大きな力を使ってしまったのがまずかったらしく、このままではまた倒れてしまうかもしれない。

 

 でも、その適当な場所が見つからないのだから仕方が無い。

 下手な所に隠れて神父様に見つかったら、もう取り返しがつかないことになってしまう。

 それだけはなんとしても避けたかった。


「……駄目ですね。

 隠れられそうな所がありませんよ? 

 この際、街の外に出た方がいいのではないですか?」

 

 あたしのそんな言葉に、イヴリエースさんは静かに首を左右に振った。

 

「アルゴーンが言っていただろう? 

 この街には結界が張ってあるって。

 私や……たぶん君もだろうけど、特定の人物が出入りしようとすると、空間の迷路に放り込まれるように術が施してある。


 私も今回は、迷路をくぐり抜けるだけで、半月はかかったかな?

 この街に入るだけでもそれだ。

 たぶん出る時にはアルゴーンの言う通り、唯一の出口からではないと生きて出られないだろう。


 たとえ他に出口があったとしても、今の私の体力では、あの空間の迷路を抜けることは無理だ。

 あれは回を重ねるごとに、陰湿な造りになっているからなぁ……」

 

「そうですか……。

 なんだかよく分かりませんけど、その結界の所為でうちの教会の前に倒れていたのですね」

 

「不覚ながらね……。

 君より先にアルゴーンに見つかっていたら、私は終わりだったよ。

 ……感謝する」

 

「いえ……そんな」

 

 イヴリエースさんに礼を言われたあたしは、曖昧な笑みを浮かべた。

 なんだか年上の人に面と向かって礼を言われると、ちょっと気恥ずかしい。


 でも、内心では疑問に思うことが沢山あって、笑っていられる余裕はあまりないのだけれど……。

 

 たとえば、イヴリエースさんは何故そのような危険を冒してまでして、このエルに侵入してきたのだろう? 

 一応その目的は聖女──つまりあたしのことらしいけれど、具体的にあたしをどうしたいのかが分からない。

 

 少なくとも今のところは危害を加えるつもりは無いようだけれど、やっぱりその目的がハッキリしないのは、あたしにとって大きな不安材料だった。

 

 いずれにしても今はまだ、イヴリエースさんにそれらの疑問を問いただしていられるようなゆとりは無い。

 

 まずは──、

 

「とにかく、身を隠して落ち着ける場所を見つけることが先決ですね。

 え~と……あ、あの屋根の上に登れればいいのですが……」

 

「屋根か……」

 

 あたしはすぐ側の建物を指さした。

 その高さは4~5メートルほどだけれど、見上げてみても平坦な屋根の上は死角になっていて見えない。


 頭上へと頻繁に注意を向けている人間は滅多にいないだろうから、一度屋根の上に登ってしまえば、地上からは発見され難いことは間違いないと思う。

 もっとも、より高い建物から見下ろされてしまえば、簡単に発見されてしまうかもしれないけれど……。

 

 それでも今現在の巡礼者で溢れかえっているこの街では、その辺の路地裏に潜むよりもはるかに人の目を避けられるだろう。

 

「でも、あんな所に登る為には、ハシゴが必要ですよねぇ」

 

 それ以前に屋根に登るという行為自体が酷く目立ってしまうので、あたしはこの案を取り下げようとしたのだけれど、

 

「いや、なんとかなるな……」

 

「え? わきゃ!?」

 

 イヴリエースさんが無造作に、あたしの腰を小脇に抱えた。


 そして跳躍1つで、手近な建物の屋根に飛び移る。

 いや、それだけにとどまらず、更に跳躍すること数回──。

 

「はやーっ!? にゃーっ!? ひぃぃーっ!?」

 

 あたしの素っ頓狂な悲鳴が数度にわたって上がり、その度にあたしの身体は地上から遠退いていった。

 そして気がついた時には、どこぞの建物の天辺だ。

 

「え……嘘?」

 

 あたしは恐る恐る屋根の端から見下ろしてみると、先ほど「ハシゴ必要」と言っていた建物と同じくらいの高さの建物が、はるか下方に見える。

 あまりの高さに、思わず意識が遠くなりそう……。


 そんなあたしへ、

 

「この辺で1番高い建物の上に飛び移ったから、鳥でもなければ私達を見つけられないよ」

 

 と、イヴリエースさんは人間にはまず不可能なことを軽い口調で言った。

 しかも、相変わらずイヴリエースさんの頭上には、あの黒猫が超然と鎮座しているではないか。

 なんで振り落とされていないのだろう……?


 さすがにあたしも、彼女達の存在に恐怖せざるを得なかった。

 これでは剣で刺されてもすぐに蘇って来た神父様と、そう大差ないのでは……?

 

「まあ……ともかく、これでどうにか暫くは落ち着いて過ごせる」

 

 と、イヴリエースさんは屋根の上に胡座(あぐら)をかいたので、あたしもそれに倣うように、彼女と向かい合ってちょこんと正座する。

 

「そうですね。

 これでゆっくりとあなたからお話を聞くことができます。

 例えばあなたが何者で、その目的は一体何なのか……とか。

 これからあたしをどうするつもりなのですか?」

 

 あたしの問いに、イヴリエースさんは暫し沈黙した。

 

「うん……話したいのはやまやまなんだけど、今は無理だな」

 

「そんな、当事者のあたしには聞く権利が…………って、アレ?」

 

 あたしが抗議しかけたその時、イヴリエースさんの身体が斜めに傾いていった。

 そして、そのまま重力に逆らえなくなって、パッタリと横倒しになる。

 

「イ、イヴリエースさんっ!?」

 

「ゴメン、ちょっと疲れたから……話は後で……」


 そう言い残してイヴリエースさんは意識を失ってしまった。

 ああ……ここに登る為にも、相当な無理をしていたんだ……。

 

 あたしはイヴリエースさんを、暫くの間ゆっくりと眠らせることにしたけれど、そうなると暇を持て余して仕方がない。

 こんな屋根の上では、何もやることが無いのだから。

 

「……あたしも寝ようかな」


 と、あたしは屋根の上に転がった。

 他にやることがないのなら昼寝──いや、もう夕寝と言うべきか──でもした方がいいかもしれない。

 

 しかし、それから2時間以上が過ぎても、あたしは眠らずに星空を見上げていた。

 眠ろうとしてもなかなか寝付けなかったのだ。


 こんな屋根の上で眠るなんてことは、慣れない人間にはかなり難しい。

 石材で造られた屋根ではとてもじゃないけれど、硬すぎて長時間同じ姿勢で寝ていられないのだ。

 だから頻繁に寝返りを打たなければならないのだが、それでは落ち着いて眠れる訳がなかった。

 

 それに今自分が置かれている状況を少しでも考えると、色々と怖い考えが頭に浮かんでは消え、どうにも眠れそうになかった。

 

 特にトイレに行きたくなったらどうすればいいのだろう……とか、喫緊の問題を考え出すと、自分がいかに深刻な状況に置かれているかが実感できる。


 これはうら若き乙女としては、生きるか死ぬかのレベルと同じくらい重大な問題だった。

 下にいる人達に、「何故、晴れているのに雨が降ってくるのだろう?」という疑問を抱かせるような事態だけは避けたいものだけれど、そうなるのも時間の問題だろう。

 

 ……今、『自害』という言葉が一瞬頭に浮かんだ。


 うう……そんな恥ずかしい真似をするくらいなら、いっそのこと……。

 いや、その時になってから考えよう……。

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