突撃お宅訪問
「ここがセルマの住居か?」
「…はい」
今度こそ結界を通り抜け、アディントン先輩は私の住む小屋へとたどり着いた。そして見るなり眉を寄せた。
「…こんなところに住んでいるのか、君は」
「………。」
こんなところ、とは失礼な。
少なくとも、私は前の寮の部屋の十倍は快適に過ごせている。
と、心の中でぼやく。
ちなみに名前呼びについては、もう諦めた。相手は上級生で特級の魔法使いだ、下手にツッコまない方がいいと判断した。
「……案内は、終わりました。では、これで」
「ああ、待ってくれ。中を…」
「え?」
と、ひとり小屋に入ろうとした私を先輩が呼び止めた。
「その、内部を見せてもらってもいだろうか。女子学生の住居に入るのは失礼な話だが、一応な」
「………え、と……はい」
私は少し考え、アディントン先輩の要望に応じた。
見られて困るものもないし、特に問題はない。
正直に言うと、用が済んだのなら早く帰ってほしかったが、よくよく考えれば、学生証を拾っていただいた御礼もしていない。
「…どうぞ」
「ああ!」
私は何だか嬉しそうな先輩を、扉を開けて迎え入れた。
「…案外広いのだな、外観は古ぼけていたが中は頑丈そうだ。冷暖房設備もないようだが断熱材が入っているおかげか暖かい。清涼感のある魔力が満ちている、不思議な場所だな」
先輩はぐるりと室内を見まわし、まるで不動産業者のように住居設備をチェックしていった。
本当にここまでする必要があるのか、と甚だ疑問だが、まあそれで気が済むのなら、と私は何も言わないことにした。
そうこうしているうちに、お茶の準備ができた。
シュンシュンと湯気を上げるヤカンからポットにお湯を注ぎ、少しおいてカップに注いだ。
「…どうぞ、先輩」
それを小さなダイニングテーブルにおいて、先輩に椅子を差し出す。
先輩は振り向き、こちらの方にきて椅子に腰かけた。
「ああ、ありがとう。…これは」
「これは…こちらでとれた、ハーブで」
「では、手作りか!?」
「…はあ、…お口に、合うかどうか…」
「ありがたく、いただこう」
アディントン先輩は即座にカップに口をつけ、傾けた。ドキドキとその反応を窺うと、先輩は目を見開いた。
「え、っと…いか、がで」
「ああ、美味い!こんな美味いお茶ははじめてだ!」
「そ、そんな…」
大げさな。私はオーバーな先輩に若干引いていた。
「いや、大げさではない。何だ、これは。これが特別な野草とやらか?透き通った、清廉な液体だ」
「……?」
私は首を傾げた。
確かにここで採れたハーブをブレンドしたお茶だが、特別な薬草など入っていない。水もただの水道水だ。先輩が何に感動しているのか分からなかった。
「セルマ、お前もしや」
「……え?」
ズイ、と先輩が私に近づく。急に彼の顔が目の前に現れ、ドキッとした
もしかして、先輩、何か気づいて――
「料理上手なのか?」
「……。」
――いなかったようだ。
先輩は独り言のように『家庭的な女性とは、素晴らしい』、『しかも栽培から自分ですべて行う自給自足。こんな女子生徒、学院内にいるだろうか?いやいない』などと繰り返し、何だかよく分からない急な称賛を浴びた。
意味不明だ。
「……あの」
「ん、なんだ?」
「えと、もう大丈夫、ですか」
「ああ、悪い。時間をとってすまなかった。確かに、こちらは特に問題のない住居と判断する」
「じゃあ……」
お引き取りを、という言葉をオブラートに包んで告げようとしたら、
「では、改めて昼にしよう」
「え?」
アディントン先輩はパチンと指を鳴らした。
すると転移陣がテーブルの上に浮かび、次の瞬間には料理の皿の山が出現した。
それは、先ほどの、豪華なランチの数々。
「!?」
私は絶句した。先輩はそんな私を見て、いたずらっ子のように笑った。
「ほら、先ほどカフェテリアで食べそこなってしまっただろう?だから持ってきた」
「っ!?」
「心配せずとも保存魔法をかけておいたので、できたてのままだ。さあ、遠慮せず食べていいぞ」
「……。」
冗談じゃない。
先輩は何でもないようにそう言うが、ムチャクチャだ。
私が見ただけで、彼は転移魔法を三回に、物質保存魔法を一回使っている。
そんな大魔法、一日のうちに連発できるようなもんじゃない。私だったら魔力枯渇でとうに倒れている。すべてが規格外すぎて恐ろしさすら感じた。
しかもこんな…言っては悪いが下らない…料理デリバリーに魔法を使う人、初めてみた。
「どうした?食べにくいようだったら取り分けるが」
「~あのっ」
「ん?」
「け、…結構、です。な、なんで、こんな……」
――もう、ちょっと限界すぎる。
こちらは人と関わりを絶って久しい、コミュ障人間だ。こんなに色々と一方的にやられて、そろそろ容量オーバーなので、もう勘弁してほしいという気持ちでいっぱいだった。
私は俯いたまま、先輩に訴えた。
「こんな、とは?」
「あの…ランチとか…もう、結構、ですから」
「気に召さなかったか?すまない、君の好みが分からなかったからな」
「~そ、そう、じゃなくて、」
「しかし昼食は食べていないと言っていたじゃないか、食事を抜くのは健康によくない」
「~~!」
そうじゃなくてっ!
私はぐっと拳を握り、先輩を見上げた。
「だ、だから、わた、私は、自分の、作った…」
「自分の…?おい、待てセルマ」
「へ?」
「手作りの昼食があるのかっ!?」
「ひゃ!?」
突如、ガタッと先輩が立ち上がったので、私は恐怖に体を震わせた。
――こ、ここ今度は何っ!?
震えながらちらりと先輩を覗くと、顔に手をあて、空を仰ぐように上を向いていた。
「…セルマ」
「え。…あ、えと、はい。」
「わかった、こうしよう。その弁当は俺がいただく。セルマは代わりにこれを食べてくれ」
「え!?」