表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/34

新しい生活と突然の出会い


「~♪」


鼻歌を歌いながら、雑草を抜く。色とりどりの花々が咲き乱れる庭園は本日も美しい。土にまみれた手を動かしながら、私はふっと笑った。

老人に小屋を譲ってもらい、住み始めてから今日で五日。

私は学院に来てから今までになく充実した日々を送っていた。

早朝に起き、植物に水をやり、とれたての野菜を調理して弁当を作る。学院の授業が終わるとすぐに小屋に戻って精霊と遊んだり、静かな小屋で勉強したり、新たな花の苗を植えたりする。

庭の面倒を見なければならない分、自由になる時間は以前より少なくなったが、毎日がとても楽しい。ほぼ自給自足の生活が可能になったため、出ていくお金が少なくなったのも大きい。

やはり田舎育ちの私には、こういった生活が向いているのだ。


「こらこら、それは抜いてはダメだよ」


緑の精霊の一人が、出てきたばかりの花の芽まで摘もうとしていたので注意する。庭仕事を手伝おうとしてくれるのはいいが、時折いたずらをしようとしてくる者もいるのだ。しっしっと手を払うと、精霊はしゅんとうなだれる。


「こっちとこっちは、抜いていい草だから。ほら、手伝ってくれたらできたばかりのトマトをあげよう」


そう言うと、俄然やる気を出して草を抜く精霊たち。なんと現金な種族か。


「――さて、そろそろ学院に行くかな」


あらかた朝の仕事が終わったころを見計らって、私は授業の支度をしに小屋に戻った。約束通り、彼らにプチトマトを手渡してやった後に。



健康的な生活を送っているからか、学院を行き来する足取りも軽い。自然の息吹を感じ、恵みをもらって生きる。このような生活が学院内で送れるなんて、思ってもみなかった。あの老人には感謝しても尽くせない。

そう思いながら、私は日当たりのいい中庭のベンチのひとつに腰を下ろした。

昼ごはんは、自分で作った弁当と家で沸かした温かいハーブティーだ。小屋に住む前はカフェテリアに行っていたが、自前で昼食を作れるようになったため、わざわざ人でごった返すあの場所に行くこともなくなった。今は気ままに外を歩き、適当な場所で昼ごはんを食べている。

さらに、日課であった放課後の図書館通いもしなくなった。緑豊かな自分の家に戻り、ひとりで勉強していた方がよほど作業も捗るからだ。

学院に行き、授業を受け、昼食を取り、小屋へ直帰する。

このような生活を続けているおかげで、めっきり他人と会話する機会も減ったわけだが…まあ、元々が口下手な人間である私にとっては、そう大した問題ではない。


「庭で作った野菜は美味しいなあ…」


弁当を広げながら、ぼんやりとつぶやいた。

すると、


「……あ、」

「!!」


目の前に、見知らぬ男子生徒が現れた。

突然のことに驚き心臓が跳ねる。…どころか、びくっと肩も震えてしまった。

男子生徒はベンチに座っている私をしげしげと眺め、ハッと何かに気付いたようなそぶりを見せた。


「君。ちょっといいかな?もしかして…」


言いながら、彼はゆっくりとこちらに近づいてくる。

それを見て、


「…っ」

「え、ちょっと!?」


私は急いで広げていた弁当を戻し、ベンチから立ち上がってその場から逃げ出した。

男子生徒の困惑したような声を背に、振り返らずにダッシュで走る。

走りながら、不思議に思った。何故、私は逃げているのかと。

自分と同じ人間が近寄ってきただけだ。それだけなのに、何故か本能的な恐怖を感じ、その場にいられなくなった。

いつの間にこんなに臆病になってしまったのか。

小屋で生活し始めてから、とんと人と会話しなくなってしまった、その弊害だろうか。

ともかく、自分に何か尋ねたい様子だった生徒から逃げ出してしまい、恥ずかしくなった。男子生徒には何の落ち度もない、いきなり私が走り出して意味不明だっただろう。

ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で何度も謝罪しながら、私はひた走った。


「待ってくれ!!」

「!!?」


と、突然誰かの声がしたと思えば、ごうっと強い風が吹いた。ローブがめくりあがり、立っていられないほどの突風。咄嗟(とっさ)に目をつむり、足を止める。

風が収まり再び目を開けると、複雑な文様が目の前の地面に刻まれ、魔法が展開されるのを見た。

――転移陣!?

私は目を見張った。

空間移動など『時空魔法』に分類される魔法は、緻密な魔力操作が求められる非常に高度な闇属性の魔法だ。しかし、闇属性の魔法を使える魔法使いは非常に少なく、闇魔法など私も教科書の中でしか見たことがなかった。それが、まさか学院内で、目の前で見る事になるとは。

私は驚きにその場で立ち尽くした。


「ま、待ってくれ、…ぜえ、」

「…っ、な!」


魔法が発動し、光る転移陣の中から男子生徒が現れた。

先ほどの人とは違う、もっと長身で暗い髪の男性だ。誰だろうと思う暇もなく、彼は私の方に手を伸ばし右手を掴んできた。


「あのっ、手……!」

「はあ…っ、悪い、ちょっ……」

「………。」


男性は相当急いで走ってきたらしく、完全に息を切らしていた。立ち止まって呼吸を整えている――私の手を掴んだまま。

どうしよう、怖い。なんだろうこの人は。

なんで手を離してくれないんだろう。

私は頑張って手をぶんぶん振りながら、離してもらうよう催促するが、がっちり握られた手はほどけそうもない。混乱しながらも、とりあえず男性が落ち着くのを待った。

しばらくしてようやく人心地ついた彼は、ふうと一息ついた後、掴んでいた手を離してくれた。


「すまない、急に」

「…いえ、あの…私はこれで」

「待って、逃げないでほしい」

「わ!」


男性は、すぐに駆け出そうとする私の行く手をふさいだ。脇を通り抜けようとしたが、門番のように彼は立ちふさがった。むむ、と唸る私である。


「セルマ・レントさん、話があるんだ」

「え、名前…」


と、声をかけられて初めて私は男性を見上げた。見上げるほど高い身長、がっしりした身体。暗い青の髪に黄色がかった榛色の瞳、鼻はすらっと高くて唇がうすい。

――そういえば、この人、見覚えがある。

確か、そうだ。学生証を拾ってもらった人だ、と思った。


「…あの。…貴方は、以前、私の学生証を…」

「そう、学生証を拾った者だ」


そう言うと、彼はホッとしたように笑った。


「…えっと、その節は、ありがとうございました」

「ああ、それはいい。偶然…そう、偶然拾っただけだからな」

「…そう、ですか」


あの時は本当に困っていたから、拾ってもらえて助かったのは事実だ。

しかし私ときたら御礼も言わずに、さっさと去ってしまったのだった。ようやく御礼を言えてよかったと、私もホッとした。


「あの…それで、何、ですか?」

「ああ、そうだな…レントさん、お昼は済ませただろうか」

「え、あ…これからです」


というか、途中でした、とは言いづらい。私は曖昧に返事をした。


「そうか、ならば食べながら話そうか。カフェテリアの特別メニューがあるんだ、ぜひ食べてみてほしい」

「え、いえ、私…」

「少し変な感じがすると思うが、一瞬だから」

「え?」


そう言うが早いか、私はまた男性に腕を掴まれた。

そして身体を引き寄せられ、先ほどはじめて見たばかりの転移陣が周りに展開された、と思えばふっと身体が浮くような感じがし――はじめての転移を体験したのだった。



やっとあらすじに追いつきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ