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少し困ったこと


「困ったなあ…」


魔薬師科の実験室の中で、薬草に魔法をかける課題を練習しながら、私はぼんやりと呟いた。

何が困ったかと言うと、学生証をなくしたことだ。あれがなければ学生割引が使えない他、図書室や病院、郵便局も使えない。今日は実家に伝書鳩を飛ばす予定だったのに…。

昨夜までは確かに持っていたのだが、その後いつどこで落としてしまったのか、全く見当がつかない。まだ事務局には届いていないようだし。

ぽん、と可愛らしい音を立てて薬草はピンク色に変わった。失敗だ。ああ、考え事ばかりしてるから。

なんだかついていないなと、私はため息をついた。


「なあ、見たか!?精霊科の編入生!」

「見た見た!超可愛かったよなぁ~」

「可愛いっていうか、清楚?もはや、あの子自身が精霊って感じ」

「分かるわ~。魔力高くて、精霊も見れるってすごくね!?何とかして知り合いになれねぇかな、フェリシアちゃんに!」


がやがやと会話をしながら、私のいる実験室の横を通り過ぎる生徒たちの声が聞こえる。

編入生…か。そういえば昨日、ルームメイトが学院に女の編入生が入った、とか何とか言っていたか。

編入生の名前はフェリシアと言うらしい。そして、相当な美人らしい。あと、かなり優秀で才能を持った生徒だということも聞いた。どうもその人は類稀なる才能の持ち主らしく、精霊研究科と白魔法士科を掛け持つらしい。どちらを本専攻とするかは授業をうけてみてから決める…とか。すでに騎士科の男子生徒との交流がある…とか。おしゃべり好きな彼女は、相槌も返さない私にぺらぺらと話してくれた。

この時期に編入生なんて珍しいと思ったが、きっと特待生として入学したのだろう。

いいなあ、と私は思った。特待生であれば、学費だけでなく寮費や生活費まで支給される。仕送りをしてくれる実家の両親にも楽をさせてあげられたかもしれないのに。

まあしかし、あんなド田舎から魔力をもつ子が出てきたというだけでも、すごいというものか。


さわさわ。

風も吹いていないのに、手に持った薬草が揺れる。見ると、薬草の傍にいる精霊が怒り顔でこちらを見つめていた。

おや、すまない。失敗した術を解くのを忘れていた。

慌てて解呪を行い、元の緑の薬草に戻すと、精霊はにっこり笑った。

自然をないがしろにすると、彼らはとても怒る。時々、こうやって出てきて叱ってくる。

自然に生きるものとして、緑を大事にするのは当然のことだ。ごめんね、と私は精霊の頭を撫でた。精霊は、くすぐったそうに笑った。


午前中の授業を終え、いつものようにカフェテリアへ昼食をとりに行った。すると、今日はずいぶんと混雑していることに気付く。

ざわざわ。ざわざわ。

混雑しているだけではなく、なんだか騒がしい。なんだろう、と耳をすませてみれば、『編入生』、『すごい美人』、『お近づきになりてぇ』などの声を拾うことができた。

おそらく件の編入生が、このカフェテリアのどこかにいるのだろう。そして生徒たちが物珍しがって見物しに来ているというわけか。

いい迷惑だなあ、と思いながら首を回して空席を探す。しかし、なかなか空いた席を見つけることができない。私がいつも座る席にも人が座っていた。全くもって迷惑だ。

五分程待って、ようやく真ん中辺りの席が空いたので、急いでトレイを抱えてそこまで行き、席に着いた。中央の席は騒がしくて、あまり好きではない。人の顔もたくさん見えて、気持ち悪い。しかし空いた席が他になかったのだから、そうも言ってはいられない。私はできるだけ早く食べ終えようと、ライ麦のパンにかぶりついた。


「すまない、隣の席、いいだろうか」


すると、すぐに隣から声が聞こえた。いつも通り会釈して着席を促すと、声の主は音もなくトレイを置き、昼食を食べ始めた。

私が空席を見つけて席に着いた時は、隣にまだ人が座っていたはずなのになあ。すぐに空いてラッキーだな、この人。

と、またどうでもいいようなことをぼうっと考えながら、完食した。

昨日と同じく、隣に座った男性は私と同じメニューを頼んでいた。奇妙な縁を感じた。


「そこの人、」


席を立ってカフェテラスを出ようとした、その時、後方から声が聞こえた。

立ち止まろうとしたが、私が呼ばれることなどほとんどない、と思い直し歩を進めた。


「待ってくれ、セルマ・レントさん」


今度こそぴたり、と足を止めた。

呼ばれたのは、確かに私の名前だったからだ。

ゆっくりと振り向き、声をかけてきた男性を見上げる。黒に近い紺色の髪にヘーゼル色の瞳の、長身の男性だった。先程、隣の席に座っていた人だ、と思った。


「……なんですか。」

「この学生証、君のではないか?」

「!!」


なんと。

彼が私の前に突き出していたのは、見紛うことなく私の学生証だった。

降ってわいた幸運に、私は目を見開いた。


「そう、私の…」

「そうか、よかった。偶然拾ったんだ」

「ありがと、ございます…」


もごもごと言葉をぎこちなく発する。

はっきり言って、私は人と接するのが苦手である。ぼそぼそと声がこもるし、目を合わせることがあまりできない。今だって、お礼を言おうとしてもとぎれとぎれになってしまった。

そのうちに、無音の空気と彼からの視線に耐えきれなくなり、奪うように学生証をもらうと、頭をひとつ下げ、校内へ戻った。

男性の顔は、最後まで見られなかった。


……そういえば、名前も聞かなかったな。お礼でもした方がよかっただろうか。

いや。いいや、もう二度と会うこともあるまい。

私はそう思い直し、足取りも軽く部屋まで戻った。


「すまないが、席を譲ってくれないか」

「はあ!?…って、え、あの、」

「席を、譲ってくれないか」

「あの、俺、まだ食べてるし、その…ここは普通席で、」

「ここは、俺の席だ」

「は?」

「ここは、俺の指定席だ。あちらに代わりの席を設けてある。君はそこに座るといい」

「えっ!?……はあ」


「すまない、隣の席、いいだろうか(にっこり)」


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