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心臓がおかしい

突如、凄まじい轟音が室内に響き渡った。


「ぐあ!?」


ガタアン!と大きな音を立て、キースとヘンリックはそろって地に伏せる。

ミシミシと体中の骨が悲鳴を上げる。体全体を押さえつけられるような重圧の正体にいち早く気づいたヘンリックは目を見開いた。


「じゅ、重力操作…!?会長、またこんな、高度な時空魔法を…っ」


そして研究者の血が騒ぐのか、地面に伏せながらも魔法の解析を始めるヘンリック。同じく魔法を食らっているキースはおい!と声をあげた。


「んなことしてる場合か!…ちょっと、会長!話せばわかるからっ!」

「…なにがだ?」


生徒会長、エヴァルトは冴え冴えとした声で静かに答えた。

瞬間、空気が凍る。


「どういう了見で、お前はセルマを…連れてきた?」


同じ生徒会の仲間を見ているとは思えない、凍てつくような視線。

とてつもない怒りを肌で感じ、キースはゴクリと唾を飲み込んだ。

――あれ、もしかして俺、今日命日…?

そんな考えも浮かんできた最中。


「エヴァ…せんぱい」


と渦中の人物が控えめに声を上げた。

おい、頼むから余計なこと話さないでくれ!というキースの心の声は残念ながら聞こえず。セルマ・レントは扉の前で立ち尽くすエヴァルトに声をかけた。


「…あの、グローヴァー先輩は、悪くなくて…服、借りただけで…」


おずおずと一歩前に出たセルマ。


「せ、セルマちゃんまずいって!」

「やばいよ、殺されるよ…」


重力に逆らえず無様に体を伏せる男たちの声を無視し、セルマはエヴァルトの前に立つ。

エヴァルトが完全にセルマを視界に入れた結果。


「……ぐはっっ!!」


――エヴァルトは崩れ落ちた。しかも口から大量に血を出して。


「「血、吐いた!!?」」


生徒会書記&会計は、そろってそう口に出したという。



「…なるほど、キースの魔法のせいで服が濡れたから、生徒会室に来て着替えたと」


口元に付着した血をぬぐいながら、エヴァルト先輩はそう呟いた。

先輩はようやく落ち着いたようで、今は生徒会室の中央にどどんと置かれた大きなソファにグローヴァー先輩、ドレムラーさんとともに座っている。


「………。」


ちなみに、私はエヴァルト先輩の膝の上だ。

…いや、何故。

こんなに大きなソファで、スペースも十分余っているのに、何故。

と問いただしたかったが、グローヴァー先輩に動かないで!と悲痛な声で頼まれたので、仕方なくそのままでいた。

ちらっと非難をこめて頭上の先輩を見上げると、目があった瞬間ゴフッと鮮血が口からあふれ出した。

…何故、吐血する。『可愛いで人は殺せる』なんてよく分からないことをブツブツと言っていたが、結局私には意味が理解できなかった。

しょうがないので視線を前に戻すと、


「だから言ってんじゃん、無理矢理連れてきたわけじゃないって」

「…僕は完全にとばっちりだし」


とふたりがエヴァルト先輩を恨めしそうに睨んでいた。

それはそうだ、急に魔法の大技をかけられてはたまったものではない。だが、対してエヴァルト先輩は『すまん』とさらっと答えた。


「どうも専攻変えが上手くいかず、気が立っていたんだ」

「絶対違うね?それ」

「いずれにしろとばっちり」


両名は即座に言い返したが、私はひとり首を傾げた。


「専攻…変え?」

「そう、そのことだが…セルマ」

「はあ」


先輩ははあーと深いため息を吐いた。


「副専攻で魔薬師科をとろうとしたんだ。だが、指導担当に止められて無理だった」

「はあ…」

「ならばと、俺は騎士科をやめて魔薬師科に入り直すと言ったんだが、それもすごい勢いで阻止されてな…」

「「当たり前でしょ、何言ってんの?」」


とグローヴァー先輩とドレムラーさんは今度は口をそろえて言った。

この二人はかなり仲がよいらしい。

…って、そうではなくて、


「なんで…魔薬師科に?」


騎士科に在籍して四年目ともなる人が、どうして魔法薬学など学ぼうとするのか。確かに副専攻を取る生徒はいるものの、大体は関連のある学科をとるのが普通だ。先輩が全くの専門外である魔薬師科で学ぶことは、まずないと思うのだが。

本気に疑問に思い、私はじいっと頭上の先輩を見つめた。


「…興味があるからだ、学院にいるからには色々と学習の幅を広げたいと思ってな」

「それで…魔薬師科に?」

「あ、ああ」


言いながら私から若干目を逸らす先輩。どことなく余所余所しい様子だ。

――なんか怪しいけど……まあ、せっかく興味持ってもらえているなら。

私はふう、と息を吐き、また先輩に話しかけた。


「あの、私…成績、よくないし」

「うん?」

「うまくできるか…分からないですが、興味があるなら…勉強、教え…」

「本当か!!?」


言い終わる前にエヴァ先輩は叫んだ。私の腰辺りをつかみ、くるりと向きを変えてエヴァ先輩に向き合うように座らされる。


「し、試験が終わった、後なら…」

「ぜひ!頼むっ!!」


何故そんなに力が入っているのかは分からないが、エヴァルト先輩はすごい勢いで頼み込んできた。

驚いた私は、ひえ、と声を上げかけたがなんとか飲み込み、こくりと頷いた。

途端に、先輩はぱあっと顔を明るくし、


「そうか!はは、ありがとう!」

「(……あ)」

「試験後が楽しみだ!」


顔をくしゃっと崩して満面の笑みを浮かべた。

その瞬間、ドキンと大きく鼓動が高鳴った。無邪気な表情が何故だかすごく胸を打った。


「(…太陽、だ)」


きらきら輝いていて、見る者を安心させるような、陽だまりのような温かさ。


「っ」


私は思わずぱっと顔を伏せた。


「ん?どうした、セルマ」

「…な、なんでも、ない」


先輩の顔が見れない。ドキドキと高鳴る鼓動はおさまる様子がない。

――なにこれ。一体何なの?

今まで起きたことのない胸の痛みに、私は困惑するばかりだった。


「まあ、結果オーライじゃない?」

「マジ命つながったわ~」


だから、私と先輩の様子を眺めながら、そう言って脱力した二人にはまったく気付くことはなかった。


**


そのコマの授業は結局出席できなかったが、その次の授業の教室まで、エヴァルト先輩が送ってくれた。一瞬で教室の前に降り立ち、転移魔法とはやはり便利なものだと思った。


「あ、ありがとう、ございます…」

「礼はいい。ウチのキースが面倒をかけてしまってすまなかった」

「いえ…」

「それに、俺はセルマに会えてうれしかった」

「!」


柔らかい声で話しかけられ、またドキッとする。

さっきから、やはり心臓がおかしい。前ライトと顔を突き合わせた時、こんなことにはなっていなかったのに…なんで、今回はこんなに落ち着かないのだろう。

私はぎゅうとローブの上から心臓付近を握った。


「えと、また…服とローブ…返します」

「いや、キースも言っていたが、返さなくていい。それと、授業中そのローブは脱ぐな、絶対に」

「……?」


薄い生地のドレスでは寒いだろうと、生徒会室から出る際に、先輩から大き目のローブを被らされた。確かに廊下は冷えるのでその心遣いは嬉しかったが…室内は空調もちゃんと効いているのに?


「え、でも」

「脱ぐな」


だが、口を開こうとすると笑顔で制された。なんだかよく分からない迫力に負け結局『は、はい…』と承諾させられた。納得はイマイチできなかったが。


予鈴のチャイムが鳴り、そろそろ教室に入る時間となった。

ドアに手にかける前に、私はふと先輩を振り向いた。


「あの、これから、試験勉強なので…」

「ああそうだな。学生は勉強が本分だ、次に会うのは試験後だな」


その返答にはホッとした。てっきりまた勝手に家で待っていられるかと思ったのだ。成績が常にギリギリな私にとって、試験勉強は必須だ。これからの一週間、きちんと勉強ができることに安堵した。


「じゃあ、またな。セルマ」


エヴァルト先輩は最後にそう言って、手を振った。

またあの、きらきらした笑顔で私を真っすぐに見つめていた。


「…はい」


私は小さく呟き、すぐにドアを開けて教室に入った。

ざわざわと生徒の詰まった教室内。空いている席に腰を下ろし、ひとつ息をついた。


「(………?)」


――が、胸に手をあてると、心臓がまたドクドクと跳ねていた。

ふわふわとした、浮足立つような不思議な気分。

私はただ、自分の専攻である魔法薬学を学びたいと言われたことが嬉しくて…自分なんかでもよければ力になりたいとそう思っただけ。

でもきっと、そう…わくわくしていた。

試験の後、先輩と一緒に勉強ができるのが、楽しみに思えたのだ。


「なんでだろ…」


独り言は誰にも聞かれず、雑踏に消えていった。



***


「はあああああ……」


エヴァルトはセルマを教室まで送り、再び生徒会室に戻った。

そして自身の席に着くなり、机に顔を突っ伏して呻き声をあげた。


「…会長、キモイんだけど」

「ああセルマ…天使かと思った…羽が生えているかと心配になって何度も背中を確認してしまった」

「重篤だな。自分につける薬、習えば?」


辛辣なヘンリックの台詞もスルーし、エヴァルトはただひたすら、先程のセルマの姿を思い描いてはため息を吐く。大柄な男子生徒が乙女のごとく顔を赤らめているのは、なかなかに嫌な画だ。ヘンリックはもう付き合ってられない、と肩を落とした。


「なあ、よかっただろ!あのドレス、俺が選んだんだ!俺の見立て、完璧だったじゃん!?」

「そうだな、最高だった。今度はドレスを贈って…ダンスパーティに誘うのもいいな」

「じゃあここから出してって!」


キースは悲鳴を上げた。

生徒会長の机の傍で、キース・グローヴァーは磔にされていた。両手両足をぴんと伸ばし、重力操作によって壁にめり込んでいたのだ。


「だがキース、それはそれだ。お前がセルマにわざと水を浴びせて寒い思いをさせたのに変わりない。しばらくそうしてろ」

「なんでえええ!?」


ギシギシと全身をきしませながら、キースは悲痛な声で嘆いていた。

それをちらりと見…ヘンリックは静かにエヴァルトに質問した。


「…会長、ところでその重力魔法。確か時空魔法の六年の先輩が卒業研究のテーマにしてたやつだと思うんだけど」

「ん、そうか?」

「もしかして研究資料盗んだ?」

「いや、別に。基礎魔法組み合わせて、最近創作した」

「いっそ盗んだって言ってほしかった!!」


ヘンリックはガン!と拳を机に叩きつけた。急な激昂に、生徒会長は少し意外そうに眉をあげた。


「どうしたヘンリック。声荒げたりして」

「マジでなんなの、アンタ。『これは世紀の大発見だ!』とか叫んでた六年の先輩が可哀想だと思わないの?もうこの後どんな術式出しても二番煎じになるよ?」

「そう言われても」

「はあ…なんでこんな変態に天才的な魔法センスが宿っちゃったんだろ」


あーあ、とヘンリックは諦めたようにため息をつき、椅子に深く腰掛けた。

定石がまるで通じないなんて、デタラメな男だ…相変わらず。しかもそれがセルマ・レントという一人の女子生徒関係でしか発揮されないというのが何とも恐ろしい。

ヘンリックが、今も卒業研究に精を出している最上級生を憐れんでいると、


「…どうしたんですか?」


正面の扉が開き、鈴の鳴るような可憐な声がした。

ヘンリックが視線を向けるとそこにいたのは、


「あ、フェリシア。遅かったね」


最近生徒会に加入してきた編入生、フェリシア・ウィンザーだった。

こぼれそうな大きな瞳を見開き、きょとんと首を傾げた。


「ああ、授業があったので…えっと、キース先輩、どうかしたんですか?」

「大丈夫、単なる罰だから」

「罰?何をしたんですか?」

「まあ、気にしないで」


ヘンリックは、あっさりといなした。


「エヴァルト先輩も…少し様子が」

「フェリシアは気にしなくていいよ」


そう言って、ヘンリックはまた分厚い書物を広げ始めた。


「………。」


フェリシアはなんだか様子の変な生徒会のメンバーに、違和感を感じた。

キースは壁に張り付いて呻いているし、ヘンリックは傷心な様子だし、エヴァルトに至っては、自分が室内に入ってきたというのに気にする事なく、上の空だ。


――なにが、あったっていうの。

稀代の白魔法使い、フェリシア・ウィンザーは唇を噛みしめた。


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