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水難のち生徒会室

***


冷気がむき出しの頬に突き刺さり、ほうと吐いた息が白い。

移動教室の折、冬空を見上げるとちらちらと雪が降ってきていた。

――通りで、寒いわけだ。

私はかじかむ手を擦り合わせながら、急ぎ次の教室へ歩き出した。

渡り廊下を歩いていると幾人もの生徒とすれ違う。中には歩きながら参考書を開き、暗記作業をしている者もいた。

学期末の試験範囲が提示され、来週からは試験期間に入る。

冬の期末試験は、成績の良し悪しが左右される大事な試験だ。学院中の生徒が単位取得のために勉強に勤しんでいた。


「えっと…ここを右」


私も早めに教室に行って予習をしようと思い、早足で目的地を目指す。

しかし遠い。学院に通い始めて約1年と半年経つが、未だにこの広さには慣れないし、回廊も迷路のように張り巡らされていてわかりにくい。

入学当初は半泣きになりながら、地図とにらめっこしてたっけ…

そう思い出しながら、次の角を曲がった瞬間。


ばしゃんっ!

「っ!!?」


突然、大量の液体が襲いかかってきた。何の前触れもなく降りかかってきたそれをかわせるはずもなく、思い切り頭からかぶってしまった。


「な、なに……?」


髪もローブも学生服も、靴や靴下までびしょぬれになった私はポタポタと水滴を垂らしながら呆然とした。

液体は無色無臭だったので水をかぶってしまったのだろうとは思ったが、なにが起こったのかまるで分からなかった。


「あ、ごめん!」

「へ…?」


と、頭上から声が降ってきた。

髪を掻き分けて見上げると、階段の上にひとりの男子生徒がいた。


「水魔法の練習してたんだけど…思い切りかかっちゃったよね?」

「………。」


どうやらこれは階上の男子生徒の仕業だったらしい。確かに試験前で皆バタバタとしているが――それにしたって何故、廊下で魔法練習なんかやった。

私はじろっと男性に非難のまなざしを向けた。

男性は階段を下りて私の前に来ると改めて謝罪した。


「ほんとごめんね、俺が不注意で…とにかく風邪ひいちゃうから、こっち来て」


銀髪に紫色の瞳の男性は、そう言うや、私の手を引いてどこかに連れて行こうとする。

私はぎょっとし、反射的に手を払った。


「ん?どうしたの?」


どうしたもこうしたもあるか。

こっちの了解も得ず、連れて行こうとするなんてまるで誘拐犯の手口だ。

私は完全に不審な男に敵意をむき出しにし、少し距離を取ろうとした。


「あ、もしかして疑ってる?なんもしないって、ただタオルとか渡すだけ」

「………。」

「だーいじょうぶだって。ほら、こっち」

「…あの、…じゅ、授業…!」

「そんなずぶぬれで受けられるわけないでしょ。俺から先生には言っとくから」


男性はそう言ってまた私の手を取った。

なんだか既視感のある台詞だし、この強引さ…誰かさんを彷彿とさせる。

しかし、確かに真冬にこの状態はまずい。私に服を乾燥させる魔法など使えないし、ここはお言葉に甘えるか、と諦めて男子生徒についていくことにした。



「緑髪なら暖色系より寒色の方がしまって見えるよな。サイズはこれくらいかな?セルマちゃん、どれにするー?」


――結論から言えば、ついてこなきゃよかったと思った。

カーテンの向こう側でうきうきと弾んだ声を出す男性に、私は盛大なため息を吐いた。

てっきりタオルを渡してもらい、乾燥魔法をぱっとかけてもらうだけと思っていたのだ。それが、

『ついでだからシャワー浴びてきなよ』

『真水とはいえ、乾燥魔法だけだと服が悪くなるからクリーニング出すよ。シャワーしてる間に代わりの服、用意するからさ』

――なんて、詐欺もいいところだ。

しかも連れてかれた部屋があの生徒会室で、水魔法をぶっかけてきた男性が生徒会の一人、キース・グローヴァー先輩だったとは…知っていたら絶対ついてこなかった!!


「セルマちゃん、もう出た?大丈夫―?」

「はい…」


しかしながら、いつまでもここに居る訳にはいかない。早く服を借りて授業に戻らなければ。

頭から大きいタオルをかぶり、シャワールームに置いてあったバスローブを着た私は、観念してカーテンを引いた。


「さっぱりした?すごいっしょ、生徒会室ってキッチンもシャワールームもあるんだよ」

「はあ…」


グローヴァー先輩がにこやかに私を出迎え、そのままぎっしりと服のかけてあるクローゼットに案内してくれた。


「さ、そんじゃどれにする?どれも貴族御用達の高級ブランドだよ、気に入ったのあったらいくつでも持ってっていいし。あ、返さなくていいからね」

「…あの、学生服は……」

「濡れた服は全部まとめて学内のクリーニングに出したよ。今週中には仕上がって戻ってくるからね」

「そ、そうじゃなくて……」


色とりどりの衣装を前に、私はうろたえた。

何だこの人話が通じない。…というか、あえて分からない振りをしているところが性質悪い。


「…いらない、ので、ローブ返して…」

「だから全部クリーニング出したってば。遠慮なんかいらないよー?」

「………。」


なんて男だ、と私は言葉を失い、むっつりと黙り込んだ。


「ん?選ばないの?じゃ、俺がいくつか見立てるから、着てきてよ」


と見かねたグローヴァー先輩はさっさと何着かハンガーにかかったドレスを選び、私に突き出してきた。そして、こちらが何か訴える前に、ぽいっと私と服をさっきまでいたシャワールームに投げ込み、


「はい、じゃ、着替えるまで出ちゃダメだよ~」


なんて台詞を吐いて、ドアを閉じた。


「ええ~…」


扉の内側に残された私は怒ればいいのか、呆れればいいのか。

複雑な気持ちで肩を落とし…ハンガーにかかった繊細な意匠のドレスに目を落とした。

グローヴァー先輩は四、五着ほど手渡してきたが、どれもつるつるとしたシルクの、かなり高級そうな服だった。これが一着いくらするかなど…正直考えたくない。

私はまた深いため息を吐き…中でも一番地味で装飾の少ないものに袖を通した。



「あれ、キース先輩もう来てたんだ」

「お、ヘンリック。まあね」


ガチャ、とドアを開けて生徒会室に入ってきたヘンリックにキースはにこやかに声をかけた。ヘンリックはふうんと特に興味なさそうにキースから目を逸らし、自分の机に向かう。椅子をひいて座り、大きな書物を鞄から取り出したところで、声がかけられた。


「なんで、とか聞かないの?」

「別に興味ないから」

「相変わらずクールだねえ、天才魔法使い様は」

「何それ、嫌味?」


ヘンリックはジロリとキースを睨みつけた。

確かに、魔法学院に入るなり特級魔法使いに認定され、生徒会入りしたヘンリックはかなり優秀な部類だろう。だが天才と言っても、ヘンリックは術式の発明や時空魔法に精通しているだけで、魔力量はさほどでもない。それよりも、自分の得意属性をもたず、ほぼ全ての黒魔法を習得しているキースこそ、〝天才〟ではないか。

まあもっと化け物じみた人がこの生徒会にはいるわけだが…


「さーて、そろそろ着替え終わるころかなあ」


とキースが独り言のように呟いた。

そのひとことにヘンリックはハッと我に返り、ソファでのんびりと伸びをする男に目を向けた。


「何、奥に誰かいるの?」

「そう、女の子。今バスルームで着替えてるとこ」

「へえ」


ヘンリックはすっと目を細めた。またキースの女狂いが発症したか、と呆れたのだ。


「女連れ込むのやめろって、会長に言われたんじゃなかったの」

「えー違うって、その子は別!」

「何が違うの?」


もはや完全に興味を無くし、ヘンリックはインク壺を開けた。


「ふふふ、ヘンリックは知らないかもしれないけど、会長の想い人だよ!セルマ・レント……」

ガシャーーン!


瞬間、盛大にインク壺をひっくり返し、書物の上にぶちまけた。

机の上が黒く染まり、ヘンリックの顔も手も大事な書類もすべて汚れてしまう。ポタポタと黒い液体を垂らすヘンリックに、流石のキースも驚き固まった。


「だ、大丈夫?ヘンリック…」

「聞き間違えだと思うけど…今、何て言った?」

「え?だから、大丈夫かって」

「違う!今、あの奥にいるのって…」

「セルマ・レントちゃんのこと?」

ガタァンッ!


今度はヘンリックの椅子が後ろに倒れた。その拍子に天井まである後ろの本棚が揺れ、何冊かヘンリックめがけて振ってきた!――のを、風魔法で受け止め、ヘンリックは本を床にぞんざいに放った。


「へ、ヘンリック!?ちょ、本当に大丈夫!?」

「…何が」

「いや、お前がだよ!」

「というかこっちの台詞なんだけど。なにしてんの、この色狂いの馬鹿がっ!」


むくりと体を起こし、顔や手についたインクを清潔魔法できれいにしたヘンリックは、キースに食って掛かった。


「その子に手出したなんて、正気?ひょっとして自殺志願者だったの?へー、知らなかったな僕は!」

「え、ちょ、何でそんなに怒ってんの?」


いつになく饒舌に詰め寄ってくるヘンリックに、キースは驚きを隠せなかった。

あのいつも冷静沈着なヘンリックがここまで取り乱すなんて、と思っているとヘンリックは深いため息を吐いた。


「僕が怒っている理由も分からないから馬鹿だって言ってんの。会長の大事な子って知ってたんでしょ」

「え…てかヘンリックも知ってんの?セルマちゃんのこと」

「会長が勝手に話してた。燃費悪い転移魔法駆使してストーカーしちゃうくらいキモ…ごほん、ご執心なんだよ?その子を無理やり連れてきたなんて会長に知られたら…」

「え、そんな!?そんななの!?」


と、その時


「…あ、あの……」

「!」


奥のドアが遠慮がちに薄く開き、女子生徒が室内に入ってきた。

ふわりとしたレースが美しい、濃紺に近い色のドレスをまとった緑色の髪の女子は、慣れない衣装に戸惑いながら、おずおずと歩いてくる。濃い色のドレスが髪色に映え、良く似合っていた。

――会話の中心人物、セルマ・レントだ。

これがあの会長の片思いの…とヘンリックは思った。


「グローヴァー先輩…これ、」

「あ、あーよく似合ってるね、セルマちゃん!ね、ヘンリックもそう思うでしょ!」


セルマがキースに話しかけると、キースはペラペラとうっすい世辞を並べながらヘンリックの方をぐるんと向いた。


「僕を巻き込むな!もういいからさっさと…」

「何を騒いでるんだ」


と言葉と共に、背後の生徒会室のドアがガチャリと開かれ、キースとヘンリックの呼吸が止まる。

――タイミング、最悪すぎ…!

とふたりの心がひとつになった時。


「……セルマ?」


生徒会会長にして、最凶天才魔法使い、エヴァルト・アディントンが現れた。

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