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ライト・ハルトマン


「ああ、成る程。そういうことか!」


魔薬師科の同級生、ライト・ハルトマンは大げさ気に声をあげた。


「セルマの教え方、すごい分かりやすいな!なあ、ついでにもうちょっと聞いてもいいか?」


とグイグイ話しかけてくる。

正直ちょっと微妙な気持ちがしたが、確かに人と一緒に勉強すると理解は深まるし、課題が終わるのも速い。相手があまり成績のよろしくない私でいいのかどうか疑問だが、彼がいいと言っているならいいか、と承諾した。

二人でもくもくと課題をすすめ、詰まったところをお互い質問をする。

集中して勉強しているときはあまり話しかけられたくないのだが、彼はそんな私の性格を理解しているのか、必要最低限しか話しかけてこない。だが、こちらが発言するとちゃんと聞いてくれる。…なんというか、猫の扱いとか上手そうだ、と個人的に思った。


「うし、今日はここまでにするか」


しばらくして、ライトはそう言った。

羽ペンをテーブルに転がし、うーんと伸びをする彼を横目に、私も片づけを始める。

外は暗くなり始めていたので、もう帰ってもいい時刻だろう、と判断した。

なかなか勉強がはかどり、とてもいい気分だ。


「なあ、ちょっと話さねえか?」


ほくほくした気持ちでいると、ライトが呼び止めてきた。


「…なに?」

「雑談だよ、雑談。俺、結構面白い話知ってるぜ?」


ライトはにやっと笑った。


「……まあ、少しくらいなら」

「そうこなくっちゃ」


と再び腰をおろした私相手に、彼は嬉しそうに話し出した。

確かにライトは博識で、いろいろなことを知っていた。彼の実家は商家で、小さい頃から商売人の両親にくっついて旅人の話などを聞いていたからだそうだ。


「ええ!セルマ、海を見た事がないのか?」


ライトは驚きに目を見開いた。


「…実家、山だし…王都の外、出た事ないから」

「なんてもったいない!海はいいよ、青く澄んでいてきれいで、いろんな魚がとれるし。あと海辺の街だと他国からの珍しい品が売ってて面白い!」


ライトは熱く語った。特に『海』の話題はお気に入りらしく、勉強していた時とは比べものにならないくらいの熱量だ。ひとしきり語り終えたライトはふう、と息をつき、私の方を向いた。


「俺さ、卒業したら、実家を継いで海外貿易の仕事しようと思うんだ。ホントは学院に通うんじゃなくて実家で商売見習いをしようと思ってたんだけど…魔力が発現しちゃったから仕方ないよなあ」


そう言って顔をかく。

どうやら彼は最初から魔法使い志望ではなく、魔力が出たため両親により学院に入れさせられた…そうだ。そんなに優秀な素質は持ち合わせてなかったが、薬草の知識などは将来役に立つと思い、魔薬師科に入学したんだとか。

なかなか自分と似通った経緯に、私は共感して頷いた。

するとライトは少し意外そうな顔をした。


「え、マジで?いつもこれ言うと反感買うんだけど」

「私も…両親、普通だけど…魔力が出て、学院に入学したから。たぶん魔力がなかったら…田舎で、両親の手伝いを」

「へえ、そうなのか!なんだか、俺たち似ているな!」


ライトはパッと顔を明るくした。


図書室の閉館時間も近づいてきていたので、私たちは帰宅することにした。

重たい教科書を入れた鞄をかつぎ、ライトは私を見下ろした。


「セルマ、本当に送って行かなくて大丈夫なのか?寮、途中まで道は一緒だろ?」

「い、いい。大丈夫…」


私は首を振った。気持ちは嬉しいが、これ以上私の家を誰かに知らせたくはない。


「ならいいけど…もう暗いんだから気をつけろよ」

「わかった、じゃあ」


手をあげて別れようとしたとき、待って、とライトに呼び止められた。

私が振り返ると、ライトはやけに真剣な顔をしていた。


「…セルマ、『指輪』、交換しないか?」

「え?」

「また、一緒に勉強したいし…今から試験で忙しくなるけど、落ち着いたらまたお茶でもしようぜ」

「……なんで?」


今日会ったばかりの人間と、何故、また交流を持とうと思えるのか。

私は本当によく分からなかったので質問すると、『理由?理由かあ…』とライトは困った顔で首をかしげた。


「うーん、セルマ、いい奴だし…俺がそうしたいから?」

「………。」

「なんか一緒にいて落ち着くんだよな、セルマは」

「なにそれ」


ライトが照れたように笑ったので、私もつられて笑ってしまった。

悪い人ではなさそうだし、魔薬師科でできた初めての同級生の知人だ、私はライトと『指輪』を交換することにした。


「じゃあまた明日!本当に気をつけて帰れよ!」


嫌にうれしそうな彼と今度こそ別れ、私も帰路についた。


先輩と指輪を買って数日で、指輪に刻まれた番号がふたつも増えた。

あの時はいらないと断固拒否したのだが、この学院の魔法使いは皆当たり前に持っている代物らしい。今となっては買ってもらってよかったと思う。

そんなことを考えながら、いつも通り木の扉を押して家に入ろうとすると。


「――っ!?」


突然、背後から現れたものに羽交い絞めにされた。

驚き、ひゅっと呼吸が止まった。

こんな夜に、誰が私の家の前に――


「…セルマ」


と、耳元で聞こえた聞き覚えのある声に、『え?』と思った。

押し殺すような声で私を呼ぶこの人は。


「エヴァ…先輩?」


そう呟くと、先輩は無言で私をぎゅうと抱きしめた。


「どうしてこんなに帰りが遅いんだ!」

「…え、えっと…」

「何回指輪を鳴らしても応答ないし!どこかで襲われたかと思って、心配したぞ!」


エヴァルト・アディントン先輩は、ぎゃんぎゃんと矢継ぎ早に叫んだ。

しかも、私を抱いたまま離してくれない。腕から逃れようともがいたが、より強く抱きしめられる始末。

…近い、やめてほしい。

というか、この人こそなんで私の家の前で待機していたのだ。


「せ、先輩…門限は…」

「は?そんなものはどうでもいい。それより質問に答えろ」

「………。」


生徒の模範となるべき生徒会長が、寮の門限をどうでもいいとは、いかがなものか。

しかし、言わなければ本当に離してくれなさそうなので、私ははあと息をつき、『寒いのでとりあえず中に入りましょう』と声をかけた。


「図書室で勉強?こんなに遅くまでか?」


私が話し終えると、先輩は露骨に顔をしかめた。

ちなみに、家の中に入ってもいまだに先輩と密着したままだ。ソファに座る先輩の膝の上に座らされている。

…約束が違う。


「集中していて…」

「もう冬だぞ、日没も早いしここは学院の建物から遠い。勉強ならこの小屋の中でしてもいいだろう?」

「…えっと…課題に必要な、本が…」

「ふうん…」


先輩は頬杖をついてそっぽを向いた。と、おもむろに大きな手で手を覆われ、びくっと体が跳ねた。


「指輪、なんでつけてないんだ」

「お、音が鳴ってびっくりして…図書室では、鞄に」

「指輪の意味がないだろう…」


はあとため息を吐き、呆れた様子の先輩に、なんだか腹が立ってきた。

私はフェリシアと先輩をふたりきりにさせるために、わざわざ図書室でいたのだ。

それなのに、勝手に私の帰りを待っているなんて、予想外にもほどがある。

――私の気持ちも、知らないで。


「せ、先輩こそ…な、なななんで私の、家に…!」

「え?ああ…セルマの帰りが遅かったから、心配で…」

「べ、別に、関係…ない」

「え?」


急に硬い声を出した私にびっくりしたように、綺麗な榛色の目を瞬かせた。

私はキッと先輩を睨みつけた。


「せ、先輩と、会う約束もしてないのに…め、迷惑…です!」


言った。

私にしては、かなりハッキリと先輩を拒絶した。というか、最初からこうやって面と向かって言った方が早かったのかもしれない。


「せ、セルマ…?」


ショックで呆然とする先輩の隙をつき、腕の中からするりと抜け出す。


「わ、私…ご、ご飯食べないと…!先輩も、もう帰ってください!」


そう捨て台詞を言って、ぱたぱたとキッチンの方に走った。


「(迷惑だって…セルマが、俺を?)」


エヴァルトはソファの上で固まったまま、ぴくりとも動けないでいた。先ほどのセルマの台詞が頭の中を木霊し、離れない。

確かに、今日エヴァルトが訪れることを連絡できなかった…というかセルマが『指輪』に出なかった。仕方なくセルマの家に行くと、フェリシア・ウィンザーと偶然出会い…セルマが帰ってくるまでお茶をしようという話になり、ベンチに座っていろいろと話をしたのだ。

エヴァルトはそれほど鈍い性質ではないので、フェリシア・ウィンザーの自身への好意には気付いていた。彼女の気持ちはまっすぐに自分に向いており、振り向かせようとしていると。

だが、エヴァルトの心は揺らがない。早くセルマが帰ってこないかと、そればかり気になり、悪いがフェリシアの話は半分ほどしか聞いていなかった。そして、フェリシアを寮へと送り届けた後、こっそり転移でまたセルマの家まで戻ってきたのだった。


――そのセルマが、エヴァルトのことを迷惑だと。

いや、確かに急に抱きついたのはやりすぎだった。しかも家に入ってからも、拒まれないのをいいことに小さくて柔らかい体を堪能してしまったのも認める。

だが、本当に心配だったのだ。それだけは疑ってほしくない。

キッチンの方に逃げて行ったが、弁解のために追うべきか。いや、嫌い!なんて言われたらそれこそ確実にショックで寝込む。

ここはセルマの言う通り、いったん帰って日を改めるべきか。


「ん?」


そんなことをぐるぐると考えていると、セルマの鞄が青白く光っているのを見つけた。

チカチカと発信を知らせる灯りを見るに、セルマの『指輪』だろう。

エヴァルトは躊躇なくセルマの鞄を開け、指輪を取り出した。


「…ライト、ハルトマン?」


そして光る指輪に記された名前を見て、表情を無くした。


エヴァルトくんは付き合ってもない彼女のケータイ見るサイテーな男です。

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