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協力と妥協と

***


「こんにちは、セルマ」


授業終わり、日課の庭園の草むしりをしていると、ひょこっと姿を現した人物がひとり。

また、彼女だ。


「…こんにちは」


私は中腰のまま顔だけ向け、一応挨拶を返した。


「草むしりしているの?まだかかる?」

「…まだ、かかる」

「ああ、そう」


彼女はそう言って、家の近くのベンチに座った。鞄から本を取り出し読み始めているところを見るに、草むしりが終わるまで待つということなんだろう。

彼女――フェリシア・ウィンザーは、あれから頻繁に管理小屋に現れる。最初の方は『指輪』で訪問前に連絡があったが、何回目かで面倒くさくなったのか、最近では急に訪問してくる。

季節は秋から冬に変わろうとしており、だんだんと寒くなってきた。わざわざ風の吹きすさぶ中、来なくてもいいのにと思うのだが…先輩と同じく彼女もあえて空気を読まない性質なのか、こちらの『来ないでほしいオーラ』をスルーしてくるので困りものだ。


「………。」


私は嘆息し、また作業に戻った。


草むしりがあらかた終わった後、私はフェリシアを家に招いた。

ちなみに私は彼女のことをフェリシアと呼ぶようにしている。同級生とはいえ呼び捨てには抵抗があったのだが、彼女に下の名前を呼ぶように強制されたので、しぶしぶ了承した。

…何故呼び名などにこだわるのだろう。特級魔法使い様は、みんな押しが強いんだろうか。

そう不思議に思いながら、今日は牛乳たっぷりのミルクティーを淹れた。


「ありがとう、セルマのお茶は美味しいわね」

「…どうも」


フェリシアはお茶をひと口飲むと、美しい顔をほころばせ、笑った。


「今日もエヴァルト先輩は来てないわね」

「はあ、そう、みたい」


といつものように、同じ会話を繰り返す。

彼女は気まぐれに現れてはこうしてお茶を飲み、数刻待機し…やがて帰宅していく。エヴァルト先輩の代わりをする…というよりは、単に監視にきているようだった。

『またハズレか…』と、フェリシアはブロンドの綺麗な髪をくるくると弄んだ。


「ねえ、セルマ。単刀直入に言うけど」

「はあ」

「私、エヴァルト先輩が好きなの」

「………。」


でしょうね、と心の中で呟いた。

人の機微に疎い私でも、流石に分かる。フェリシアはエヴァルト先輩を追いかけ、何故か出現率の高い私の小屋で彼を待っているのだ。

その根性たるや、すごいものだと私は感心する。


「でも、先輩は寮を出たセルマばっかり気にかけていて…なかなか会えない。せっかく同じ生徒会に入ったのに…」


フェリシアはふうとため息をついた。

明るいスカイブルーの瞳はうるみ、憂いを帯びている。世の男性が見れば放っておかないだろう、儚げな表情。

その熱量が、すごいなと素直に思った。

――だって、私にはその感情がよくわからない。

私の世界には、好きも嫌いもない。

この人感じがいいな、とか、ちょっと苦手だな、と思う事はあるが、基本的に変わらない。

人に対してそんなに強い感情を持つことがない私に、彼女の思いはすさまじく熱く、重く感じて。


「だからね、協力してほしいの、エヴァルト先輩と両想いになれるように。いいでしょう?セルマ」


フェリシアはそう言って私の手を握ってきた。

熱のこもった瞳、真剣な表情。私にはない、熱く燃えるような強い感情。

それを持っている彼女を、優先するべきなんだろうと思った。きっと、それが普通で正しいことなんだとも思う。


「…わかっ、た」


私は頷いた。

ちくりと心に痛みが走った気がするのは、気のせいに違いない。


***


「よい…しょっと」


分厚い書物をドサとテーブルに置くと、細かいほこりが舞った。ハードカバーに草の絵が描かれているそれは、今回の課題のレポートに使う薬草の採取方法や簡単な調合の仕方に関する書物だ。

さて、課題をやるか、と私は羊皮紙とインク壺を並べ始めた。


エヴァルト先輩との接点を増やしたいというフェリシアの望みをかなえるため、私はまた放課後に第九番目の図書室に通うことにした。

家主が家に帰れないとはひどいものだが、エヴァルト先輩は何故か私の小屋に来てしまうので仕方がない。しばらくは先輩を避け、暗くなってから家に帰ることにした。

庭園については、冬になると作物や花が育たないので、そんなに面倒を見なくてもいい。精霊たちも寒いのは苦手なのか、みんなどこかに引っ込んでしまうので気にしなくていい。

そんなこんなで再び始めた図書室通いだが、寮を出る前は日課にしていたので、まあ、そんなに苦ではなかった。

むしろ最近は、先輩やフェリシアの相手をしていてなかなか勉強がはかどらなかったのだ。静かな空間で勉強に集中する時間ができ、これはこれでよかった、と思った。


リリリリリン♪

「!!」


と、突然鳴った音に、心臓が飛び出るかと思った。

慌てて鞄を探ると、緑色の宝石の埋まった指輪がチカチカ光り、発信を告げていた。

発信者は――エヴァルト先輩。私は出るべきか出ないべきか躊躇した。


「切っておけよ」

「え」


すると、背後から声がした。振り向くと、短い赤毛の男子生徒が立っていた。


「『指輪』の音、切っとかないと怒られんぞ」

「え、あっ、す、すみ、ませ…」


男子生徒の言う通りだ。静かな図書室で、音など鳴らしてはいけない。

私は慌てて指輪を掴んだが、応答せずに音を消す方法が分からず狼狽する。その間も音は高らかになり続け、どうしよう、と泣きそうになった。


「なに、音を消すやり方わかんねーの?ほら貸しな」


見かねた赤毛の男子が、指輪を横から取り上げ、側面を二度トントンと叩いた。

すると、指輪の音は止まり、チカチカと光るだけになる。


「ん。音が出るようにしたかったら、また側面を二回たたけばいい」


と言って、彼は無音になった指輪を返してくれた。呼び出しの合図はやがて途切れ、不在通知で点滅するだけになった。


「あ、ありがと…こざいます」


私は心底ホッとして御礼を言った。


「いーよ、別に。てか指輪初心者って珍しいな。入学したて?」


言いながら、男子生徒は私のいるテーブルの上に目を向ける。すると意外そうに目を丸くした。


「その本…あんた、もしかしてやく?」

「あ…えと、はい」

「俺も魔薬師科なんだ。学年は?」

「2年…」

「2年ってことは同級生か。悪ぃ、入学したてとか言って」

「……いえ」

「俺、ライト。ライト・ハルトマン。あんたは?」

「セルマ・レント…」

「セルマか、俺のことはライトでいいよ。よろしくな」

「はあ…」


例によって人見知りを発動させているので、私は俯きながらボソボソと消え入るように呟く。

だが、彼は意に介していないようで、にかっと笑い、握手を求めてきた。

私もよろしく…と手を差し出しながら、思った。

――この人もまた、陽属性の人間だ、と。


ライト・ハルトマンは中級の魔法使いだという。

普段は図書室などあまり来ないのだが、課題に必要な書物を借りに来たそうだ。第九番目って、すごく分かりにくい所にあるのな、と彼は言った。


「セルマはいつもここで勉強してるのか?」

「今日は…たまたま」

「そっか、で、今課題やってる?」

「えっと、うん…魔法薬理学」

「あ!それ俺もとってるやつ!なんだ、セルマもいたのか、気付かなかったよ」

「………。」


それは、私が存在感を消してるからだろう。特にライトのような陽属性の人とは関わらないようにしているからに他ならない。

今も、早くどこかに行ってくれないかと思っているのだが…

彼に私の念は通じないのか、隣の席に座り、自分の鞄からレポートや筆記具を取り出してきた。


「あのさあ…もしよかったら、一緒に課題やんね?俺、あんまり授業理解できてなくて…」

「………。」

「迷惑だったらいいけど、どう?試験も近いしさ。代わりに俺も得意な科目だったら教えるよ。魔法陣基礎、生物属性学、呪文と薬効関係学とか」

「……わかった」


最終的に、私は頷いた。

同じ課題なのだし、確かに同級生と一緒にやった方が手っ取り早いと思ったからだ。

彼の言った得意科目が、ことごとく私の苦手科目だったから…とかではない、断じてない。


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