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新たな訪問者

ようやく正ヒロイン登場。


***


エヴァ先輩と街に出た日から数日経った。

あれから一度も先輩には会っておらず、平穏な日々が戻ってきた――なんてことはなく。

リリリリリン♪


「………。」


鈴を鳴らしたような音が、左手につけた金属から聞こえてくる。

『指輪』の呼び出し音だ。

またか、と思いながら私はぼんやりと光る指輪に答えた。


「はい…レントですが」

『セルマ、エヴァルトだ、元気にしているか?』

「先輩、元気って…昨日会ったばかりで」

『いや、最近は日中の寒暖差も激しい。1日で風邪をひくこともあり得る。もう冬も近いのに、そんな粗末な小屋でいて不自由はないか?なにか買ってこようか?』

「だから大丈夫ですって…」

『心配だから授業が終わったらそっちに向かう。手土産はなにがいい?この間言っていたハニートーストがいいか?それとも季節限定のベリータルトにしようか?』

「いりません」


指輪に向かって話しながら、私は深いため息を吐いた。

こんな調子で、エヴァ先輩は毎日指輪で連絡してきては三日と空けず小屋を訪れ、一緒にご飯を食べたりしている。しかも、私の住む管理小屋の中の家具類を見つけては「古い」だの「こんなもの使えない」だのダメ出しし、勝手に買い替えていってしまう。

おかげでこの小屋には最新式の魔力稼働式暖炉と高級なソファ、ベッドなどが置かれるようになった。

…いらないって言っているのに。

先輩は親切でやっているのだろうが、正直困るし、返せる宛てはない。

そう何度も言っているのだが、彼は例のごとく「俺がやりたいだけだから」と押し切ってしまう。

本当に、あの押しの強さは何なのだろう、ひょっとして前世は濁流だったのだろうか。


『わかった、とりあえず両方用意することにしよう。じゃあ、放課後に』


と一方的な展開のまま、通話は切れた。

私はまたため息をついて、お湯を沸かしにキッチンに立った。


「仲良くなりたい…か」


シュンシュンと湯気をあげるやかんを前に、私はぽつりと呟いた。

あの時、先輩が私に言った言葉。

誰かと仲良くなりたいなんて、今まで考えたことがなかった。自分自身の生活をするので精いっぱいで、他のことに頭を回す余裕なんてなかったからかもしれない。

でも、エヴァ先輩はその言葉どおり私を気にかけ、連絡をしてきてくれている。なので私の方も、もう少し先輩のことを考えて、仲良くなる努力をしなければと思う。

それがきっと、彼への正しい誠意の示し方なのだ。


コンコン。

「え?」


と突然、玄関のドアがノックされた。私は目を瞬かせる。

エヴァ先輩だろうか?と一瞬思ったが4年生は未だ授業中のはずだ。


「誰かいますか?」


ノックの後、声もかけられた。

女性の声だ。ということは先輩でも、元管理人の老人でもない。

――『緑の鈴』なしに、精霊の結界を超えてくる人がいるなんて。

私は少し迷ったが、扉を開けることにした。


「あ、本当に人がいた」

「あ…」


うすく扉を開いたそこには、制服を着た女子生徒がいた。


「ごめんなさい、突然」


立派なブロンドの髪と明るいスカイブルーの瞳をした女子生徒は、そう言ってきれいに笑った。


「私、フェリシア・ウィンザー。聞いているかもしれないけど、編入で入った白魔法士科兼精霊研究科の2年生よ。あなたは?」


私は家に女子生徒を招き入れた。特に相手に敵意はなかったし、どうしてこの小屋に入れたのか気になった。

…あと、ちょうどお茶を沸かしたところだったからだ。

私特製のハーブティーを一口飲んだ彼女は自己紹介をした。


「セルマ・レント。魔薬師科、2年…」

「同級生か、じゃあ敬語いらないね」


最初から敬語ではなかった気がするが、ウィンザーさんはそう言ってふふっと笑った。

フェリシア・ウィンザーさん。生徒会にも属しているエリート編入生。噂は度々聞いていたが、同級生とはいえ科も授業も違うので、本人を目にしたのは初めてだった。

だが、彼女の入っている特級の寮からここまでだいぶ距離がある。わざわざこんなところまで何の用だというのか。


「それで…なんの御用でしょうか」

「敬語はいいって言ってるのに…まあ、いいや。この辺り、精霊の気配がするのね」

「!」


彼女の台詞に、カップを持つ手が若干震えた。


「私、精霊が見えるの。契約しているのは火の精霊だけど、どの属性の精霊も見えるわ。ちらっと見たけど、庭の中に数人いたわね」


と続いた説明に、私はハッとした。

そうだ。ウィンザーさんは、精霊を使役することができる十年に1人と謳われた逸材。精霊の結界を通り抜けることができるのは、当然だろう、と。

私はぐっとカップを握りしめ、どうこたえるべきか思案した。

そして、


「精霊…って?」

「あら、知らないの?」

「…わ、私、庭師のおじいさんに、ただ、貴重な薬草、保護するようにって…」


――悩んだ結果、エヴァルト先輩の時と同じ言い訳を使う事にした。

精霊については慎重に話した方がいい。

私の一番の目的は、ここにいる精霊たちを守ること。そのために、知っていることを吹聴するのはよくないと直感で思った。


「ふうん、庭師のおじいさんねえ…。精霊の生息地と知っていて黙っていたのかしら。まあ何も知らない子の方が危険も少なくていいのかもしれないけど」

「………。」


ウィンザーさんは怪訝そうに眉をひそめ、またお茶を一口飲んだ。

私は慎重にその様子を窺った。

彼女は、緑の精霊たちをどうするつもりなのだろう。

私の時と同じように、精霊の気配をたどってきたというのなら、その目的は。

――いや、目的など明らかだろう。


「精霊がいる…なら、どうするつもり…ですか?」


ウィンザーさんは精霊研究科だ、研究のためにここにいる精霊たちを調査するのだろう。

彼女だけならまだいいが、何人もの研究生がここを荒らしにきてしまったら。調査という名目で精霊たちに乱暴をしたらどうしよう。

そんな不安でいっぱいになった。


「え、精霊?どうもしないってば。そんなことより、エヴァルト先輩、こっちに来ているんでしょう?」

「へ?」


だが、ウィンザーさんはさらりと予想外の発言をした。


「先輩、ですか?」

「そう、エヴァルト・アディントン先輩。4年生の生徒会長、あなたも知ってるでしょ?」

「あ、はい…」

「最近、放課後になるとすぐどっか行っちゃって…生徒会室にも現れないの。で、ちょっと気になって後をつけたらここに来たってわけ」

「そ、そうですか…」


饒舌にエヴァ先輩について語る彼女の言葉に嘘はなさそうだ。

とりあえず精霊目当てでないとわかり、ホッと胸をなでおろした。

…それにしても、先輩。いつも「時間がある」だの、「途中寄っただけ」だの言う癖に、生徒会長としての仕事を放棄しているのではないか?

忙しいのならこちらに来る必要はないのに、と私は内心口をとがらせた。


「で、どうなの、先輩はここにきてるの?」

「あ、はい…」

「…何の用で?」

「え?」

「というか、セルマは先輩とどういう関係?」

「……。」


ウィンザーさんはじとっと私を見て、詰め寄ってきた。

先程と打って変わって、詰問のようだ。急に名前を呼び捨てにされたし。


「えっと、その…」

「なに、言えない関係なの?なんで先輩はここに毎回来ているの?」


整った顔をゆがめ、凄みをきかせてくる。

…そんなことを言われても、あっちが勝手に訪問してくるのだ。こちらは何も悪いことはしていないというのに、なんだか犯罪人のような気持ちになり、私は言葉に詰まった。


「わ、私は別に…」

「セルマ、ただいま!授業が早く終わったので飛んできたぞ!」


と、バターン!と扉を豪快に開けて、男性が現れた。

見るまでもなく、エヴァルト・アディントン先輩ご本人だ。

「タイミング悪い…というかただいまって何」と思いながら背後を振り返ると、


「エヴァルト先輩!」


その前に、これまた勢いよくウィンザーさんが男性に飛びついた。

先輩は突然目の前に現れた女子を見て目を丸くした。


「…ウィンザー?どうしてここに」

「エヴァルト先輩こそ!ここ最近、生徒会に来ずに何やってるんですか!」

「あ、いや…セルマに会いにだな、」


先輩は珍しく言い淀んでいた。どうやら生徒会の仕事をさぼっていたのは事実らしい。

ウィンザーさんは先輩の目が私の方に向いたのを見て、またムッと口を尖らせた。


「…先輩、彼女は誰なんです?魔薬師科の2年生と聞きましたけど」

「友人だ。寮を出てからここにひとりで住んでいると聞いて、時々様子を見に来てるんだ」

「へえ~」


友人、ねえ。とウィンザーさんは呟いた。

その視線になんだか背筋が寒くなり、私は身体を震わせる。

…室内なのに、なんで寒気?


「セルマ、じゃあ私ともお友達になりましょ」

「え?」

「これから何か支援が必要だったら、先輩の代わりに私が届けます。わざわざ先輩が来なくもいいように」

「え!」


とエヴァ先輩は声をあげた。


「いや、その必要はない。これからも俺が来る」

「ただでさえエヴァルト先輩は人気なんですから、変な噂が立っちゃいますよ。女子同士の方が何かと気軽ですし。ねえセルマ?」

「え!あ…」


急に話を振られ、びくっと体が跳ねる。完全に部外者のつもりだったのに。


「いいでしょ?セルマ」

「あ、ハイ…」


…笑顔なのに、なんかコワイ。

私はおびえながらコクコクと首を上下に振り、彼女の意見に承諾した。

そして、二人目となる指輪の交換をしたのだった。



「厄介だな…ウィンザーに見つかるとは」


ウィンザーさんがいなくなった後、私の家に残ったエヴァルト・アディントン先輩はそう言って難しい顔をした。ちなみに、ウィンザーさんは先輩と一緒に寮に帰りたがったが、あっさり拒否した先輩は我が物顔でソファに座ったままである。

そのまま帰ってくれてよかったのに。


「先輩…あの」

「ああ、気にするな。セルマのせいじゃない、俺の詰めが甘かったんだ」

「詰め…」

「目くらましの魔法をかけてから転移するべきだった。しかし俺の高速移動についてこれるとはやはり優秀だな、ウィンザー」


ブツブツと呟きながら、次はああしよう、こうしようと対策を練り始めた。

そこまでしてこっちに来る必要はあるのだろうか。というか、やはりこの小屋に度々来るのはよくないことなのでは。


「心配するな、これからもちゃんと来るよ」


心配はしていないが。


「…なあ、セルマ」


先輩が持参してきたタルトを切り分けていると、ふとこちらに声をかけてきた。


「何度も言っているが、寮に戻るつもりはないのか?最低限の家具や家電はそろえたが、これから冬になったら何かと不便だろう?」

「(最低限…?)寮費、払えないので…」

「俺の家に来るのはどうだ。いや、変な意味じゃない、使っていない部屋がたくさんあるから、そのうちの一室を貸すよ」

「結構、です」


私はため息をついた。

何度も、と彼の言うようにこの話が出たのは一度や二度じゃない。

先輩はしきりにこの小屋から出て寮に移り住むように諭してくるし、お金がないならと先輩の立派な家――敷地内に建てられた一軒家だそうだ、特級魔法使いはやはり格が違う――を案内される。

だが、こちらも庭師より庭園の管理を任された身。この小屋を離れるつもりは今のところなかった。

私が首を振ると、先輩は肩を落とした。


「…いっそ、転移陣を引いてゲートを作ってしまうか」

「は?」

「いや、こっちの話だ」


と笑ってごまかされたが、一抹の不安を感じた私だった。

ただお茶をして菓子をいただくだけの時間を過ごし、とりとめのない会話をして、エヴァ先輩は帰寮することになった。

何の用で来たのかは、最後までよくわからなかった。


「あの」

「ん?どうした?」


玄関で外套を羽織った先輩の後ろから声をかける。

先輩はくるりと振り向いた。


「ええと……その、」


榛色の透き通った瞳で見られ、口ごもる。

誠意、誠意だ、セルマ。と心の中で唱え


「お、お土産、ありがとうございました。…おいしかった、です」


ちら、と先輩の顔を見上げてそれだけ言った。


ズダダダ!


途端、派手な音を立てて目の前の男子生徒が視界から消えた。

玄関のステップを派手に踏み外したのだ、と気付いたときには彼は地面に倒れ伏していた。


「っ!だ、大丈夫、ですか?」


なんでそんな高くもない段差で!?と驚き、慌てて先輩に駆け寄ると、彼は胸の部分を押さえ、荒く呼吸を繰り返していた。


「………いや、心臓に」

「え?」

「心臓に、きた」

「ええ⁉」


――心臓とは、重病ではないか!そんな打ち所が悪かったのか!

あおむけになり、ぼうっと虚空を見つめる先輩に、慌てふためいた。


「だい、じょうぶだ…」


と言いながら、先輩はヨロリと立ち上がった。


「で、でも…」

「また来る」

「そんな怪我…なら、来なくて」

「また絶対に来るから!」


と何故か強い口調で遮られ、私は反射的に頷いた。

私の顔を見てよし、と呟いた先輩は、よろめきながらも転移魔法を使い帰って行った。


「だ、大丈夫…かな…」


彼の去った後、私はぽつりと呟いた。

わざわざ私のところへ土産をもってきてくれたお礼を言ってみたのだが、失敗だっただろうか。

先輩もものすごい表情をしていたし…コミュニケーションというのはやはり難しい。

誠意、誠意…。誠意とはなんだろう…とうんうん唸りながら、私は扉を閉めた。

翌朝、生徒会室。

「キース」

「ん、ああ会長おはよう…って何その顔?」

「お前、どうせ女子に人気のスイーツ店とか知っているだろう、教えろ」

「どうせって…というか何でそんな目充血してるの、寝不足?」

「いいから教えろ!そして人気店の菓子、端から端まで買って来い!」

「はああ?何で俺がっ?」

「うるさい!ようやく活路を見出したところなんだ、協力しろ!」

「だから何の?…おい、ちょっと待って魔法はやめろ!わかった!わかったからああ!」

「朝っぱらから元気だね、二人とも…」


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