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いつもと違う休日


『指輪』とは。

所謂いわゆる、通信用小型魔法指輪のことだ。指に装着し、微量の魔力を流して特定の相手と交信ができる魔法具。お手軽に離れた場所にいる人と会話できるので、魔法使いであれば必ず1つは持っている代物である。

交信するには、『指輪』の内側に記入されている製造ナンバーの11桁の数字を互いに見せ合い、『指輪』の記録簿メモリに記録する必要がある。このことを、俗に『指輪』の交換という。

登録できるナンバーの上限は『指輪』の精度によるが、精度の高さは値段と比例する。一番安い『指輪』は、登録上限は30件程度。それ以上の登録はできないため、都度いらない番号を消去する必要がある。

実は、何代か前のロデリア魔法学院の生徒が、在学中に発明した代物らしい…まあ、これはどうでもいいことか。

私はそこまで渡された説明文を読んで、紙をバッグの中に突っ込んだ。

さて。

何故私が『指輪』について思いを馳せているかというと。


「ほら、どれがいい?色は、形は?」

「………。」

「この店は女子好みのかわいいデザインのものもたくさんあるな。試しにつける事もできるそうだぞ、どうだ?」

「………。」


――現実逃避だ。

誰が見ても上等な黒のコートをまとい、隣であれこれ話しかけているその人――エヴァルト・アディントン先輩から意識を逸らすためである。

私はガラスケースの前で、嘆息した。


エヴァ先輩に庭仕事を手伝ってもらってから三日。約束の学校休日の日になった。

あれから幾度先輩の誘いに頷いてしまったのを後悔したことか。私は週末がやってくるのが憂鬱で仕方なかった。

ふう、と息をつきハーブティーを一口飲む。

どうせ先輩は『緑の鈴』なしに私の家には来れない。

もういっそ小屋に籠城してやろうか、とも考えた――が。


「セルマ!迎えに来たぞ!」

「……!?な、なんで」


エヴァ先輩は、約束の時間ピッタリに私の家の前に姿を現した。

私は上品なノックの音を聞いて、戦慄した。慌てて机の上を確認したが、『緑の鈴』はそのまま置いてある。

な、何故、入れたんだ!?

茫然と先輩を見上げると、彼はニコリと微笑んだ。


「ああ、この鈴。この間渡された時に、コピーさせてもらった」

「―!」

「コピー魔法で作ったもので機能するか不安だったが…大丈夫だったみたいだ。安心した」

「………。」


チリリ、と顔のそばでそっくりコピーされた『緑の鈴』が揺れている。

――ちょっと、精霊!なんでそんな警備セキュリティがゆるいんだ!?大事な庭なんだし、ちゃんと結界張っておいてくれないと困るのに!!

私はショックに言葉を失った。


「さあ行こう。学園の前に、行きの車を用意してあるんだ」


先輩のわくわくと弾んだ声に、私は観念するしかなかった。


先輩と車に乗ってたどり着いたのは、王都の中でも最も賑わうレティナ区の、魔法器具などを扱う店が立ち並ぶグラスプール通りというところだった。

通りを歩きながら店の中を覗いて行くと、魔法書の本屋、貴重魔法生物のペットショップ、魔法石の量り売りをしている鉱物屋などがあった。

こうしてみると王都には魔法使いが多いのだと改めて思う。私の育った地方の村では魔法の『ま』の字もない、普通の店しかなかったのだから。

お金も余裕もない私が、こうして王都の町中を出歩くのは初めてに近い。興味深々で魔法花のフラワーショップなどに目を奪われていると、


「気になるか?そこはまた後でゆっくり見に行こうか」


先輩の手が頭にポンと乗った。

ふと見上げると、エヴァ先輩が楽しそうに笑っていた。そして流れる動作で右手をつながれ、歩いていく。


「まずは目的の店に行こう」

「…もくてき、って」

「『指輪屋』さ」


言いながら、先輩はやたら大きな店の豪華な金色のドアノブに手をかけ、私はキラキラとした店内に吸い込まれた。

――そして、冒頭に戻る。

目の前のガラスケースには金、銀、銅、真鍮しんちゅう、チタンなど様々な素材と色の指輪が上品に並べられていた。白金やダイヤモンドなど高価な石のついたものもあるし、デザインも凝った意匠のものばかり。何気なくちらっと値段を見ると…いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……!?

ゼロの数を目で追っていた私は、息を飲んだ。

こんな高価なものなのか、指輪って!!と驚愕する。

こんなの易々と買えるわけがない。私は恐る恐る隣の先輩を見上げた。


「…せ、せんぱい」

「ん?どうした、気になるものがあったか?」

「いえ、その……」

「遠慮なく試着させてもらったらいい。はじめて買うのだし、スペアで複数持つのもありだぞ」

「いら、ないです……」

「いや、せっかくだ、君も指輪のひとつくらい持った方がいい。魔法使いならな」

「………。」


そんなことを言われても、そもそも連絡を取るような人がいないのだ。学院に入学してから私信を送ったのは実家のみ。しかも実家の両親たちに魔力はないから、魔力を流して交信をする魔法具など、無用の長物である。何故分からないのだろう、この人は。

無駄なお金を浪費するべきではない、と何度も訴えるがエヴァ先輩は嬉々としてショーケースを覗くばかり。


「いらない、です…」


今度は少し強めに言ってみた。声だけでは聞いてくれないと思ったので、先輩の服の裾を少し引っ張った。そしてジト目で先輩を見上げる。むごんのあつりょく、というやつだ。

いいから早く店を出よう、と彼に訴えてみたのだが。


「……ぐぅ…」


と、先輩は何故か唸った。片手で顔を覆い、崩れ落ちる。

何故だ?と私は首をひねった。


「せん、ぱい…?」

「ああ、セルマやめろお前くそなんでこんなにかわいいんだ天使かいや精霊かお前が本物の精霊なんじゃないか」

「??」


エヴァ先輩は傍の壁に手をつき、ブツブツとよくわからない言葉をつぶやくばかり。何が何だか分からない私は疑問符を浮かべるばかり。そんなことよりも早く出ましょうって。


「せ、せんぱい…」

「ああ、わかっている、ちょっと待ってくれ…」


エヴァ先輩は顔を隠したまま、すうーっと息を吸った。そして思い切り吐く。

と、思えばパンッと自分の両頬を思い切りはたいた。

いきなり大きな音がしたので、私はびくっとした。


「さ!じゃあそろそろ指輪を選ぼうか!」

「え…あ、」


頬を赤くはらした先輩がまたケースの方に視線をやる。

真っ赤にはらした頬は痛そうに見えた。

…結構な勢いだったが、大丈夫なんだろうか。というか、なんでいきなり自分で自分を叩いたの?やっぱりこの人よくわからない…


「セルマ、これはどうだ?」

「はい?」


私の動揺を華麗にスルーし、先輩はショーケースを指さした。

その指先を見ると、輝く緑色の石がはまった華奢な指輪がケースの中に収まっていた。

――綺麗。

私は思わず目を奪われた。


「この石はエメラルドと言って、古くから魔除けの効果がある貴重な宝石だ。ほらセルマの瞳の色とよく似ていてきれいだろう?」

「え、…はあ」

「しかもただの飾り石じゃない。魔力を貯めておけるから、ちょっとした魔法のストックもできる。実用的だろう?」

「……えと、はい、」


指輪を見つめながら、曖昧な相槌をうつ私に何を思ったのだろうか。

先輩はにこやかに微笑み、


「よし、これにしよう」


その指輪を指さしてそう言った。

え。と思わず固まる私。

だが、先輩はさっさと店員を呼び出して購入の手続きの話をし出した。


「…そうだ、これをいただきたい。彼女にだ、採寸してもらえるだろうか」

「え、え?」

「―ああ、包みはいらない今からつけていく。それと、内側にナンバーと一緒に『From E to S』と入れておいてくれ。そう、今すぐだ」

「え……え…!?」


買うとも買わないとも言ってないんですが!?

私は混乱の中、さっさと女性店員に奥に連れていかれた。

女性の店員に指のサイズを測られ、指輪の色やデザインを選んでいる間に、指輪のナンバー登録や各種手続き、支払いはすべて済まされていた。

十数分後、先輩と店を出た私の左手の薬指には、緑の石の指輪がぴたりとはまっていたのだった。


「いいのがあってよかったな」

「………あの、」

「どうした?」

「えと、その…これ、すごく高い…」

「ああ、支払いなら気にしなくていい。俺が買いたかっただけだから」

「い、いや…」


にこにこと口元を緩めて笑顔を見せる先輩に、私は青くなるばかりだ。

金属だけでできたシンプルな指輪と違い、石付きは値段がその倍ほどする。しかもこんな希少な魔法石がついた指輪をぽんと買ってしまうなんて…

こんなの、どうやって返済すればいいんだ。いや私は何度もいらないと言ったのに勝手に買われてしまったんだ、私は悪くない…はず。いやでも、これは私用に登録されてしまったからやはり私の所有物なわけで…

ぐるぐると悩み、私は頭を抱えたくなった。

暗い顔をしている私を見て呆れたのか、エヴァ先輩は嘆息した。


「俺の買い物に付き合わせた御礼だ。気にするな」

「え、それは…」

「ああ、俺も新しいの買ったんだ」


そう言いながら、左手を上げて見せる。


「セルマにならって、自分の瞳の色と同じにした。この石はトパーズと言って光にかざすと色を少し変える珍しい石だそうだ」


先輩の左手の薬指には、ヘーゼル色の石が細く埋め込まれている、あまり華美でないデザインの指輪がはまっていた。

余計な装飾がついてないから、つけたまま剣も握れる、と先輩は嬉しそうに言った。


「で、でも…」

「いいって言ってるだろ。それに、俺の頼みを今から聞いてもらうんだから」

「た、たのみ…?」

「とりあえず、どこかに座ろう」


グラスプール通りを歩いていくと、他の通りと交差する中央広場に差し掛かった。水しぶきを上げる噴水を中心にきちんと整備された植木や街路樹が立ち並ぶ。

先輩は私を連れて、木の下のベンチに腰掛けた。


「じゃ、『指輪』、交換しようか」

「交換?」

「目的を忘れたのか?これは通信手段だから、相手の番号を交換するんだよ」


そういえばそうだった。

人生ではじめてこんな高価なものを持ったから、すぽんと頭から抜け落ちていた。

改めて自分の左手の指輪を見ると、見た目はきれいな細工の装飾品にしか見えない。はめた感じも普通の指輪みたいだ。

これでどうやって通信できるというのだろうか?

『指輪』初心者の私は、どうするんですか、と隣に座る先輩に尋ねた。


「それはな、一回指から指輪を外して」

「はずして…」


言われるがまま、私は指輪を外した。

先輩も大きな手で指輪を外し、手のひらに乗せる。


「指輪の内側に番号が刻まれているだろう?それを見せながら、指輪同士をあてるんだ。その後、少し魔力を流してごらん」


指輪を覗き込むと内側には確かに11桁の番号が入っており、先輩の指輪も同様だった。

これをあてて、どうなるんだ?半信半疑のまま、私はゆっくりと先輩の指輪に自分のものを近づける。すると、


「!」


突然、キンと高い音が鳴り、内側の番号が緑色に光った。

先輩の指輪も明るい黄色に発光し、数字が浮き上がる。そして、光るお互いの数字がふわりと浮き出て、緑色の数字は先輩の指輪へ、黄色の数字は私の方へと入っていった。


「さ、これで交換終了だ。簡単だろ?」

「……すごい」


私は素直に感心し、指輪をまじまじと見た。

指輪に数字を覚えさせる魔法なんて、どういう仕組みなのだろう。魔法科学科の作品だと言っていたが、在学中の学生が開発したとすればすごすぎる。少しの魔力で遠く離れた人と交信できるなんて、確かにこれはとても便利だ。


「連絡したいときは、登録した相手の名前を呼べばいい。俺もセルマもお互いの名前で登録してあるからな」

「そう、なんですか…」

「で、俺の頼みは、それを常につけていてほしいってこと。セルマとの連絡手段がほしかったから、つけてくれると嬉しい」

「………。」


私が先輩を見上げると、秋風そよぐ中、彼は実に爽やかな笑顔を見せた。

――なんでだろう。

こんなハイスペックで、女性に人気で、将来有望な生徒会長様が、貴重な休日をつぶして下級生に指輪を買い与えているのだろう。

私に関わって、この人になにか得があるのだろうか?

わからない。

こんなにわからないのは、生まれてはじめてだ。

こんなに長いこと、親以外の人と一緒にいることなんてなかったから?

精霊の考えていることは分かるのに、この人の考えていることはちっとも読めない。


「……なんで、ですか?」

「え?」


今度は目を逸らさなかった。

私は少し驚いたように目を丸くする先輩をじっと見上げた。


「なんで、そんなに…よく、してくれる…?」

「別に、本当にやりたいからやってるだけだ。恩を売っているつもりもない」


そんなわけないだろう。

そうやって無条件に人に施しを与え続けるとしたら、聖人そのものだ。しかも、知り合ってから私はそれをただ受けるばかりで心苦しく思うほどなのに。

私が黙ったままでいると、先輩は困ったように頬をかき、まあ強いて言うなら、と口を開いた。


「セルマともっと話したいし、仲良くなりたいから」

「…なか、よく?」

「そう。単純だろ?」


だから、本当に気にするな。

エヴァルト先輩は、話は終わりとばかりにそう締めくくった。


「…少し寒くなってきたな、どこか店でも入ろうか」


そう言ってすっと立ち上がると先輩は優雅な動作で私の手をとった。大きな手に包まれ、そのままきゅっと握られる。


「休憩したら、さっきの花屋に行ってみよう」


ひどく楽しそうな声色でそう語るエヴァ先輩に、私は無言を返した。

ただ黒い外套を翻し、ずんずん迷いない足取りで進む彼を見上げるだけ。

ふと握られていない方の手を胸にあてると、心臓がどきどき、していた。


これも、生まれてはじめてだと思った。


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