仕組まれた再会
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もう二度と会いたくない。
なんて、私のささやかな希望は早々に打ち砕かれた。
「セルマ」
「………。」
聞き覚えのある声に、私はぴたっと足を止めた。
振り向くと、昨日会ったばかりの人物が笑みを浮かべて立っている。
「……なんで、」
ここにいるんですか、と言外に訴える。
私の家の前…庭園の入り口に、彼、エヴァルト・アディントンは立っていた。
先輩はにこやかに微笑んだ。
「ここにいれば必ず会えると思って」
「…まさか、ずっと」
「いや?先ほど来たばかりだ」
待ち合わせをした覚えはない。
繰り返すが、私は二度と会いたくないとまで思っていたのだ。それが、何故この人は待ち伏せのようにここいたのだろうか。
何食わぬ顔でこちらに近づいてくる先輩が、怖すぎる。
私は後ずさった。
「…今度は、なんの…用…ですか?まだ、何か…」
「用か。そう、今日はお茶の誘いにきたんだ」
「いえ…結構です」
「まあ、そう言わないでくれ」
「結構です」
私にしては相当頑張り、強い口調で断った。お茶の誘いなんて、受けたくない。
今日はコスモスの面倒を見ようと思っていた。肥料の調合のために、触媒も買ってきたのだ。邪魔されたくはない。
私がじっと先輩を睨みつけていると、彼は少し考え、すぐに何か思いついたように声をあげた。
「悪い。邪魔をしたな」
「…え?」
「骨粕に蜘蛛の粉末、リン、ツバメの羽。肥料の調合か。今日はここで庭の世話をするのだろう」
「………。」
驚いた。土いじりの“つ”の字も知らなさそうな人なのに、手に持っている物だけで肥料と分かるなんて。しかもかなり詳しい部類だ。
何故、騎士科の人なのに、魔薬師科で習う素材を知っているのだろう。
私は心の中で感嘆しながら、小さく頷いた。
「そうか、では、俺も手伝う」
「え…」
「あの広さだ、一人では大変だろう。力仕事があれば引き受ける」
「え…いや、」
「その後、少しだけ休憩してお茶でもどうだろう。君の邪魔はしないから」
「………。」
エヴァ…先輩は、すらすらと提案を繰り出した。なんてスマートに交渉をするのだろう、その話術を1%でもいいから分けてもらいたい。
…っと、いや、そうじゃなくて。
今度は私の手伝いをするなんて、一体何のつもりだろう?
珍しい薬草があると言ってしまったので、それをこっそり盗るつもりか。それとも、もしかして精霊の存在に気づいたのか。
大切な精霊の住む庭園に、これ以上入らせる訳にはいかない。それに私は庭師からこの庭園をまかされた、庭師代理。庭を他人に預けるなんて、絶対したくない。
ーーまあ確かに、力仕事といえば…
先週の強風で倒れた倒木とかの処理が相当大変だ、と思っていたけど。
私の身長より高い柵が一部壊れてて、修復が必要だ、と思っていたけど。
重い土袋を持って小屋と庭園を何往復もするのは厳しい、と思っていたけど。
「………。」
心の中の天秤は、カタンと音を立てて先輩の方に倒れた。
悩んだ私は結局、彼に『緑の鈴』を手渡したのだった。
エヴァ先輩は小屋につくと、私に断って上着を脱いでハンガーにかけた。
そして
「わ!」
一度腕を横に振ったと思えば、一瞬で彼の服装が変わった。制服のシャツとスラックスから、動きやすそうな軽装になった。作業用の手袋や運動靴もちゃんと持っている。
確かにシワひとつないキレイな制服のまま土仕事をさせるのは申し訳ないと思っていたが…こんな便利な魔法もあるのか、と目を瞬かせた。
「それじゃ、やろうか。俺は何をすればいい?」
「…あ、えっと、…こっちです」
振り向いた先輩に話しかけられ、私は慌てて外にある作業部屋を案内したのだった。
結論から言えば、先輩は私の想像をはるかに上回る活躍をしてくれた。
倒れた木や植物は魔法で重力を操り、浮かせ、すべてどかしてくれた。
柵の修復も、長身のエヴァ先輩は易々と先端に手を伸ばして釘を打ったり、木材を修繕したりできた。…というか、魔法を使わなくても全然器用だった。意外だ。
仕上がりは以前よりもずっときれいになったし、ちょっとやそっとじゃ壊れないくらい頑丈になった。
物置の中に入りっぱなしで動かせなかった土袋もすべて軽々移動させ、私の指示通りにそれをまいたり耕したりしてくれた。
今は、花壇に入って草むしりを手伝ってもらっている。
私と並んで、鼻歌混じりに草を引く先輩を見て、私は罪悪感に胸がつぶれそうになっていた。
…いやいや、本当にこんなこと、やらせてしまっていいのだろうか。
先輩が文句ひとつ言わないのをいいことに、働かせすぎだ。
これだけ仕事をおしつければ、すぐ音を上げて帰るだろうと思って、あれこれと言いつけてしまったが…まさかすべてやってくれるとは。
確かに、こちらはすごく助かったが…何の対価もなしにこんなにさせてしまって…
自分は、もしかして、ものすごく酷い人間なのではないか。
私は青ざめた。
「あ、あの、先輩」
「ん?どうした?」
「…え、っと…、その、もう……いいです」
「ああ、あまり雑草も抜きすぎると良くないらしいな。すまない」
「そ、そうじゃ、…なくて」
私は俯き、頭を振った
違う、違うのだ。
先輩はこんな、汚い庭仕事なんてしなくてよかった。そもそも、私みたいな下級の庶民なんて手伝う必要なんてない。でも、私は、親切に手伝ってくれているこの人を、追い返そうなんて思って、なんてことを。
そう言いたいのに、言葉がつかえて上手く出てこない。
私はどこまでも口下手な自分を呪った。
「セルマっ!?」
「………っ」
と、エヴァ先輩が両腕をがばっと掴んできた。
強引に顔を上げさせられ、目と目が合う。私はびっくりして目のふちにたまっていた雫が引っ込んだ。
「な、泣いてるのか!?すまない、俺が何かしたか?もしかして草じゃないものを抜いたか?」
「え。…ち、ちが…」
「悪いな、庭仕事はてんで素人だから、手間取ってばかりで…今度は役に立つような魔法をたくさん持ってくるからな」
「ち、ちが…違うんですっ」
明後日の方向に全力疾走する先輩に、声をあげた。
目の前のエヴァ先輩は、大きな声をだした私に驚いたようで、目を丸くした。
「なにが違うんだ?」
「……すみません、…こ、こんな、仕事…て、手伝って、もらって、」
「…?なんで謝るんだ?」
「だ、だって…」
「もしかして、庭の手入れを手伝わせてしまっているのが心苦しいと思っているのか?」
と、エヴァ先輩は私の心をズバリ言い当てた。
すごい、なんでもわかるんだろうか先輩は!まさかこれも魔法だろうか。
そう、それ!と私はブンブンと首を縦に振った。
すると、先輩はため息交じりに苦笑した。
「言っただろう、手伝うって。俺が好きでやっていることだから、君が気負うことはない」
「え…」
「少しでもセルマの力になれていたら嬉しい」
そう言って、彼は笑った。
――やはり、こんなに親切でいい人を敬遠するなんて、私はダメな人間だ。
初対面の時とは違う意味で、その場から逃げ出したくなり、先輩の腕から逃れようともがく。
だが、先輩は笑顔を崩さないまま、手に力を入れて拘束を外してくれない。
…な、なんで?
「さ、そろそろ休憩しようか。お茶に付き合ってくれるだろう?」
「!?」
言いながら、先輩はすくっと立ち上がり、同時に私を抱き上げた。
目線がぐんっと高くなり、地面から足が離れる。
「~!?っ!!」
「暴れるな。家まで運ぶだけだ」
私はといえば、もうパニックのようになり、声にならない声で呻き先輩の肩を叩く。
だが、先輩は全く効いていないようで、抱っこされたまま運ばれる。
しかも上機嫌に、足取りが軽やかだ。人ひとり持っているとは思えないほどに。
――いや、持ち上げる必要はどこに!?
やっぱり、この人、変!
私には、エヴァルト・アディントンという人が何を考えているか、さっぱり分からなかった。