『ようこそ、ロデリア魔法学院へ』
序・ロデリア魔法学院:
かつては「魔法」が生活の中心となり、一般人でも魔法を使うことが可能でした。
しかしここ数十年のうちに人間が生来もっているはずの魔力は薄れ、魔法を扱える人口が激減しました。そのため、貴重な魔力を宿した子どもは国によって保護され、専門機関にて教育されるようになりました。
その専門機関のうちのひとつが、16歳から最大6年間通うことのできるここ、ロデリア魔法学院です。魔力を有した方であればどなたでも入学でき、学費についても、国からの奨学金を受けられるため、ほぼ無償で通学することが可能です。広大な土地面積を有するロデリア魔法学院は、校内に病院や店、公共施設などを備えており、大学がまるでひとつの街のようになっています。在校生のほとんどは校内の寮に入り、快適な生活を送ります。
魔力について:
「魔力」とひとくちにいっても様々な形があり、得意とする魔法も人によって異なります。内にある魔力を治癒魔法に変換するのが得意な人もいれば、攻撃魔法に特化している人もいます。要は、個人個人で魔法の適性が違うということです。当学院では、入学時に学院の講師がひとりひとり最適な学科を選び、配属いたします。
普通、学生が入学する科はひとつですが、魔力を様々な方向に変換できる人も中にはいます。その場合、本専攻とは別に他の科を副専攻としてもち、授業を受けることが可能です。
学科紹介:
当学院の学科は、全部で7つあります。
すなわち、騎士科・黒魔法士科・白魔法士科・魔法科学科・魔薬師科・精霊研究科・時空魔法研究科です。
騎士科は、その名の通り、未来の騎士を養成する学科です。将来、国を支える騎士――魔法を扱う魔法戦士――を育成するために、座学よりも実践を重視したコースとなっています。一時的に敏捷性をあげるなどの肉体強化魔法や攻撃魔法に特化した学生に向いていますが、対人体術や弓術、馬術などの訓練もあり、高い身体能力が要求されるため、入学時の体力試験に合格する必要があります。
黒魔法士科は、主に日常~戦闘用の魔法を習得することを目的とした学科です。火・水・土・風など自然の力を借り、それを具現化することで火を起こしたり、風を吹かせたりと様々な魔法を習得します。将来的には、魔法士となり法士省に勤めることが期待されます。現在、最も生徒の在籍数が多い科でもあります。
白魔法士科は、主に治癒系の魔法を習得することを目的とした学科です。光の魔法を扱い、傷や病気を治療することができます。将来的には、医療施設に勤め、医師補助等を行うことが期待されます。しかし、白魔法である光属性の魔法を習得できる者は限られており、適性が合わなければこの学科への入学は困難とも言えます。
魔法科学科は、魔法を使用した器具の開発を主とした学科です。当学院の魔法科学科では、これまでに魔力を効率よく回復する装置や、魔力を流し込むことで通信できる装置などを開発しました。学院卒業後は、一般企業に就職するか学院の研究機関に進む学生が多いです。一定の魔力を様々な形に変えられる、柔軟性の高い方に向いています。そのほか、緻密な計算を得意とする、または奇抜なアイデアを打ち出せる方などが入学対象となります。
魔薬師科は、魔法薬の研究・開発を行う学科です。既存の薬草に魔法をかけ効能をあげる方法や、不治の病に対抗する新しい魔法薬の開発などをしています。卒業後、魔薬師資格試験を受験することができます。薬師になること・医薬機関で働くことを志す人、風、水、土魔法などを扱え、自然に興味のある人が入学対象者です。
精霊研究科は、主に精霊の研究を行う科です。精霊については未だ詳しい研究がなされていませんが、人間の魔力を強化するのに密接な関わりを持つと言われています。彼らの生態や生活について研究するのがこの科の特徴です。入学条件はただひとつ、『精霊を見ることができるか否か』です。魔力を持つ人すべてが精霊を感知できるわけではないので、精霊を見ることができる学生は必ずこの科に配属されます。そのため、このコースは副専攻を持つ学生が多くいます。
時空魔法研究科は、闇属性の魔法を駆使し、時間と空間を操作する魔法の研究を行う科です。空間同士をつなげて遠距離の移動を可能にしたり、時間を遡り過去に戻ったりする魔法を習得できます。しかし、そもそも闇属性の魔法を扱える魔法使いは非常に少なく、当学院でも生徒の在籍数が最も少ない科です。白魔法士科同様、この科に入学するのは困難と言えます。
「………。」
そこまで読んで、私はパンフレットを閉じた。クリーム色の表紙には『ようこそ、ロデリア魔法学院へ』という文字が中央に書いてある。廊下に大量に置いてあった、今年の入学生向きに発行されたこの学院のパンフレットであった。特に何の感情もなく、冊子をゴミ箱に投げた。
――そろそろ、昼食の時間だ。
私はローブを身につけると、部屋の扉を開けて、カフェテリアへと足を運んだ。
昼時のカフェテリアは混む。数十席はある椅子があっという間に生徒で埋め尽くされ、空席を見つけるのは困難だ。
しかし、堂内でも購入口から遠く離れた席は人気が無いのか、いつも空いている。私はそのうちのひとつを自分の定位置と決めている。今日も、メニューの中でも一番安価なサンドイッチを購入した後、そこに腰を落ち着けた。
途端に耳に飛び込んでくる、人の話し声、笑う声、食べ物を咀嚼する音。
初めは騒がしさに目を回し気分が悪くなったものだが、入学から一年も経つとさすがに慣れた。画期的なシャットアウト方法を思いついたのだ。
話し声は獣の咆哮、咀嚼音は木々のざわめきと同じと考えればいい、と。そうすれば周囲の雑音はたちまちに自然に飲み込まれ、聞こえなくなる。雑然としたカフェテリアの中でも快適に過ごせる、いい方法であると私は思う。
風景の一部となった周りを見回し、一度目を閉じてから食事を開始した。学院で出される食べ物は美味しいとは思うが、野菜の新鮮味はイマイチな気がする。故郷では、畑から取ってきてなまかじりしていたから…
「すまない、隣の席、いいだろうか」
ふと、隣から声が降ってきた。
私はもぐもぐと口を動かしながら、軽く会釈をして促した。声の主はトレイを静かに隣に置き、食事を始めた。私も、特に気にせずサンドイッチにかじりつく。
しばらくして昼食をすべて食べ終えたので飲みかけの牛乳パックを持ちつつ、席を立った。客足はまだ途絶えない。後に来る生徒のためにも早く席を空けた方がいいだろう、と思って。
立ち上がる瞬間、ちらりと隣の席とそこに置いてあるものが見えた。サンドイッチに、牛乳。私と同じメニューだった。大柄な男性のようだったが、あれだけで足りるのだろうか。
そんなどうでもいいようなことを思いながら、返却口にトレイを放った。
午後の授業は薬草園で行われる。あらかじめ個人に割り当てられている花壇から薬草を摘んでから出席しなければならないため、少し早めに外に出た。
『魔薬師科は講義室に籠って勉強ばかりしている』とルームメイトに笑われたことがあるが、実際はフィールドワークや実習が多く、座学以外の部分も結構あるのだ。
暑気残る風がローブをはためかせる。
今日もいい天気だ。私は風にとばされないよう、鞄を両手でしっかりと持って歩いた。
「すまない、そこの人」
と、後方から声がした。そこの人、とは私のことだろうか。
立ち止まって声のした方を振り向いた。背の高い男性が私を呼んで――
「はいっ!なんでしょうか!?」
「私でお役にたてることならば、何でも!」
――いなかったようだ。どこから現れたのか、何人かの女生徒が即座に男性の周りを囲んだ。きっと、道に迷ったか何かだろう、この学院は広いから。
男性も、女生徒たちが案内してくれるのなら安心だろう。私は踵を返し、予定通り薬草を採りに行った。
授業が終わった後は図書室に行き、今日の復習か出されている課題をやるというのが私の日課である。無駄に広い学院には大小合わせて十二もの図書室があるが、私が利用するのはその中でも一番小さく、一番目立たない位置にある第九番目の図書室である。日差しの届かない地下にあり、少し湿っぽいためあまり人は寄りつかない。しかし、私はこの古臭いにおいと、誰もいない静かなところが気に入っている。薬草関係の書物が多いため、時間がある時は何冊か借りて読んだりもする。
「…さて、やるか」
今日もテーブルの一端に腰を下ろし、誰に言うでもなくつぶやくと、私は教科書と羊皮紙を広げて書き物を始めた。
ガタン、
「!」
どのくらい時間が経っただろう。随分と課題に集中していたようだ。
突然、小さな物音が聞こえ、私はびくりと肩を震わせた。
どうやら人が来たみたいだ。手元を見ると課題は八割がた終わっていたので、今日はこのまま中断して部屋に帰ることにする。
そそくさと机中に散らかした本を拾い集め、席を立った。
不思議なことに、図書室の入り口まで行っても音を立てた主とは出くわさなかった。
部屋に戻り、荷物を下ろした後はシャワールームへ行って汗を流した。その後、明日の時間割を確認し、必要な教科書と羊皮紙の束を用意しておく。
鞄に本を詰めながらちらりと隣を見ると、今朝から人の戻った様子のないベッドが目に入った。ルームメイトが戻ってくるのはきっと深夜だろう。あんなに夜遅くに帰ってきて、彼女はちゃんと朝に起きられるのだろうか、といつも不思議に思う。
都会の人はやはり生活のサイクルが私とは違うのだろう。私は就寝・起床時間が変わると体調を崩すので、多分一生かかっても慣れないだろうな、と思った。
そしてごく微量な魔力を卓上目覚まし時計に流し、私は早々に眠りについた。
*
「おい、なにやってんだよ、お前。こんな暗い図書室の前で」
「……また、逃げられた」
「はあ?」
*