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稀代の悪女が終活を決めるまで

作者: 一色音斗
掲載日:2020/02/14


「レイツェル・リグナード嬢の処刑を、ここに決行する」


 嗚呼、そんなに悲しい顔をしないで。

 貴方はなにも悪くないのだから。


 最期に見つめた大切な従者の顔は、迷子の子供のようだった。


ーーー


 微睡から意識を浮上させる。


 ゆっくりと重たい目蓋をを開けると、青年が私の前で傅いていた。その瞳は真っ赤で、今までどれだけ泣いたのかを語っている。


 そんな顔を見たかったわけじゃないのに。


「まったく、泣き虫なんだから」

 

 いつものようにその髪に伸ばした腕は、その上をすり抜けてしまう。本当に私は死んでしまったようだ。

 首をギロチンで落とされたのだから死んでいない方がおかしい。それじゃあ、これは一体なんなんだろう。走馬灯というものだろうか。それにしては悪趣味だ。大事な従者がひたすらに泣いて私に傅くなんて。


「お嬢、おれは、」

「呼び捨てでいいわよ、どうせ誰も来やしないんだから。」


 未来の女王を貶めようとした悪女の墓参りなんて、きっと貴方以外はしないわよ。だから、いつものように呼びなさい。そんな言葉は、きっと貴方には届かないのだろうけれど。


「…まさか、死んで一番に浮かぶのが貴方の顔だなんてね。」


 自分のどうしようもなさにため息をつく。何度も何度も自分の運命に逆らった結果がこれか。あんまりの結果だ。

 でも、不思議と悪い気はしなかった。


ーー


 私は、レイツェル・リグナード。とある土地を治める貴族の一人娘だ。

 大きな土地を持つ貴族の男性と婚約していて、将来は安泰。婚約者に愛され、王立学園の成績も優秀。目を見張るような幸せなお嬢様。


 は、表向きの姿だ。


 あれは6歳くらいの時であったか、私は前世の記憶とやらを思い出した。平和な国、ニホンで生まれ育った干物女の記憶である。

 その記憶によれば、レイツェルはとあるゲームの敵キャラだった。最終的には主人公とその恋人に成敗される。勧善懲悪のゲームの登場人物。


 それが私であった。


 そりゃあ何度も否定をした。それでも現実も運命も待ってはくれない。あっという間にストーリーは始まり、突然出てきた平民に婚約者を奪われ、さらにはイチャモンをつけられて殺された。


 私は仲良くしようとしたのだ。彼女と婚約者を応援しようと彼女に声をかけただけなのに、「リグナード様に嫌味を言われてしまいました…」なんて言いふらしやがって、私の苦労は水の泡か?!と前世の自分が叫んでいる。まったく以てその通り。私の努力は水泡に帰した。


 ほとんど私刑である。根拠もなにもないでっちあげで私は処刑された。

 最後までそれに異を唱えていた従者のことだけが心配だったけれど、どうやら大きな怪我や立場の失墜もしてないらしい。杞憂だったみたいだ。良かった。


 従者…ランドルフは私が下町で拾ってきた孤児である。小さい頃は後ろをついて回っていたのに、ある時から急に距離を置くようになった可愛い子。そのくせ私が見えなくなると不安になって、屋敷中を歩き回る子。本人は知らないだろうけど、私を見ると花が咲いたように笑う子だった。 


『お嬢…レイツェル様はそんなことしてない。お…私はずっと付いていましたが、そんな様子は一つも…!』

『お前は私が嘘をついているというのか?お前一人牢に入れること程度、赤子の手をひねるようなものなのだぞ?』

『…ランドルフ、いいのよ。放っておきなさい。私は大丈夫だから。』

『ですが!』

『私を罪人の主人にしないで頂戴。ね?』

『…お嬢、』


 ごめんなさいね。結局、わたしは貴方を罪人の従者にしてしまったわ。


ーーー


 もう一度意識を持ち上げると、少しだけ大きくなったランドルフがしゃがみ込んでいた。どうやら、少し年月が経ったらしい。


「まだ泣いてるのね。」


 仕方のない子。撫でられもしないのに腕を伸ばす。すると、彼が顔を上げた。

 見えてなんていないはずなのに、一瞬目があったような錯覚に陥る。


「お嬢、俺は、」

「…」

「俺は、こわい。なあ、アンタはどう泣いた?どう笑った?…日に日に、忘れてる。忘れるのが、こわい。」


 忘れて頂戴、とはなぜか言えなかった。


「周囲の人間だってそうだ。過ぎたことだと皆が言う。」

「まあ、過ぎたことだものね。」

「あいつらのせいで、アンタは死んだのに!」

「…仕方なかったのよ。」

  

 この声は届かない。

 せっかく見られるなら、貴方と駆け回った領地を見たかったわ、なんてくだらないことばかり考える。風景から考えると今は多分収穫期だ。一面の作物は、きっと美しく光をまとっている。


「だから、次はこんなお墓じゃあなくて…」


そこでまた、意識が途切れる。


ーーー


 目の前に広がるのは、一面の紅である。


「ランドルフ!?」


 思わず声を上げると、名前の主は一人でぽつんと立っていた。

 よかった、彼は無事のようだ。

 そう安心して彼に手を伸ばすと、彼がゆっくりと振り返った。


「お嬢。」

「…え、」

「そこにいるんですよね、お嬢。」


その瞳は、私を見ていた。


「…見えるの?ランドルフ。」

「見えなくとも、貴方がそこに、そこに、」


その腕は空を切る。 


そこで、気付いた。気付いてしまった。


「ランドルフ、何を持っているの…?」


その手には、真っ赤に染まった剣が握られていた。


「褒めてくれ、笑ってくれ、俺がしたことを認めてくれ。」

「ねえ、ランドルフ、」

「アンタを殺した人間を、ちゃんと無かったことにしたんだ。あのクソみたいな王子も、嘘つきな王女も、その間に生まれた間違いだらけのお姫サンも、ぜんぶ、ぜんぶ、おれは、」

「なにを、」


一歩進むと足元の何かに当たった。おかしい、幽霊に感覚なんてないはずなのに。今までだって触れられなかったのに。


足元にあったのは、かつて婚約していた男だったなにかだった。 


「まさか、貴方、」

「なあお嬢、俺は、俺は間違ってないよな?」


その目は私じゃなくて、



その先の、虚空だけを映していた。



ーーー


がばり、と起き上がる。


「お嬢?!やっと起きたンすか?!」

「…ら、ランドルフ…?」


さっきまで真っ赤にそまっていた青年が私の顔を見て安堵の声を上げる。


「…あれ、わたし、わたしは、」

「もー!びっくりしましたよ!明日から学校に行くって言ってるのに急に倒れるンすから!!」


不格好な敬語を使ってわたしを心配する彼に私もほっとする。


なんだ、夢か。

…でも、夢と言うには随分と…


「大丈夫ですか…?やっぱり、明日から行くのはやめた方が…」

「大丈夫よ、心配しなくても。」


それでも尚食い下がろうとするので嗜める。止めたところで入学することは変わらないのだから。


「ねえ、それよりランドルフ。貴方、私が死んだらどうする?」

「は、」

「…単なる確認よ。私が死んだら、貴方はどうするの?」


探るようにその顔を見る。単なる夢だ、きっとそう。


「…それは、事故ですか、病気ですか、それとも他の人の関与があります?」

「そ、そうね…最後のやつかしら。」

「…そうっスね…」


彼の目が宙を泳ぐ。


「犯人ころして俺も死ぬっす。」

「ひぇ」

「ま、そうなる前に主犯から遠ざけますけどね。」


目が笑っていない。笑っていないしどこか遠くを見ている!


「どうしたンです?なにか心当たりでも?」

「いや、違うのだけれども!ちょっと、そう!夢で!夢でちょっと!」

「すごい悪夢じゃないですか!やっぱり医者に!!!」

「たまたまだから気にしないで頂戴!!!!」


 そのあと暫く、医者を呼ぶか否かの言い合いをした。そんな些細なことがとても幸せだったのだけれど。


学校に入り、見覚えのある女生徒と婚約者が懇意にしているのを見て私は決めた。


「よし、終活しよう」と。


お読みいただきありがとうございました!

よろしければ、ブクマ、感想もお待ちしております!


2/17 誤字を訂正いたしました。誤字報告ありがとうございます!

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