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49話

先ほどよりも落ち着いて町並みを眺めながら歩く。

風景は目に入ってくるのに、景色はどこかセピア色で現実味が無い。

昔の映画を見ているようなそんな感じ。

先ほどは、ここはきっと過去なのだと確信を持ったけれど。

私が作った想像の世界である可能性もある。

夢を見ているのか。

この夢は醒めるのだろうか。

わからない。

わからないけど何かに導かれているような、そんな気がしてならない。



親子が古本屋さんの引き戸を開けるのを見つめる。

老紳士少年に姿を見られるかなという不安もありつつ、そっと後に続いた。

幽霊扱いは御免被りたいところではある。

現在の古本屋さんより幾分軽やかにカラカラと音を響かせて、引き戸が開く。

まるであの時のように白百合の君は佇んでいた。そうして店主に声を掛ける。


「ごめんくださいまし」


紙の束に埋もれながら奥まったところで相も変わらず難しい顔をしていた男は、その表情のままに親子を受け入れた。

老紳士少年が、こんにちは!とにこやかに挨拶すると少しだけその相貌を優し気に緩ます。


「昆虫の本を見ていいでしょうか」


少年が問うと男は、あの棚の方だと指をさし答える。

少年が男の指差す方へ振り返ると、バッチリ私と目があってしまった。

あ、の形に開いた口が何かを発する前に、しっと人差し指を口に当ててみせる。

少年は微妙な顔で頷くと少年が軽やかな足音を響かせて店の奥へ進んでいった。

いや流石、老紳士。昔からなかなかどうして出来た少年である。

少年が見えなくなって白百合の君と男と葵の三人になった。

とはいっても、葵は二人には見えてはいないようだけれど。


「御国が戦火の中でも、この町はずっと変わらなかった」


子の姿が見えなくなって女性の顔が皮肉気に歪む。

男の周りにある書物を見渡しながら女性が言う。


「たくさん、あるのですね」


たくさんの紙の束。綺麗なものばかりでなく傷んでいたり、古びているものも多い。

男が、さりげなく書面が見えないように裏返しながら頷く。


「この戦中、行き先を見失ったものたちです」


白百合の君が男の行動に言及するでもなく、そうですかと一つ頷いて店の奥へと視線を流した。


「夏目の名を持つ方は、不思議な力で書物を読み解くと聞きしに及んでおりますもの」


男は少しだけ眉間の皺を深くしたが、黙って女性を見ていた。

老紳士少年がいる方へと目線をやりながら、溜息のように潜めた声で白百合の君が言う。


「主人はかえってくるのかしら」


それは、と男がなにかを言いかける前に白百合の君が男をじっと見据える。


「青磁様。あなたにお願いがあるのです」


青磁。夏目青磁。

思った通り、この男が夏目青磁。

見た目は全く違うけれど、この人は夏目さんのご先祖なのかな。


「私は、主人を待っています。けれど、肉体はいつか朽ちる。霊体とは存在するのかしら。私は主人と出会えるのかしら。天国なんてあるのかしら。無になるのかしら。なにも残らないのかしら」


この気持ちも、感情も。

ずっとそんなことを考えてしまうのです。


「そうしたら、残しておきたくなってしまって、日記にしたためているのです」


私の日記をどうか預かってはいただけないでしょうか。と彼女は締めくくった。

青磁は一つ頷いて、よろしいでしょうと続けた。


「ただし、ここはしがない本屋。何かを期待されても応えかねます。夏目は魔法が使えるわけではないので。そこを誤解なさらぬよう」


青磁の冷たいとも思える言葉に白百合の君は、ええ。と頷いた。


※※※


なんだか重い空気に、ちょっと立ち聞きしてしまった妙な罪悪感も重なって店のなかを移動する。

本当に、店の趣が違うな。

今よりずっと、なんだろう。硬く難しい雰囲気。

そう思いながら本棚を見回していると、唐突に背後から声を掛けられた。


「おねえちゃん」


「うひょ」


変な声を出してしまった。

ちょっと恥ながら振り返ると、老紳士少年が「虫」と書かれた直接的な絵本を持ちながらニコニコとこちらを見ていた。その拍子はなんだ、蜻蛉か?なぜそんなズームアップしてあるんだろう。


「さっきは、黙っててくれてありがとうね」


屈んで少年と目線に合わせながら言う。


「ううん。おねえちゃん、幽霊なの?」


なんと。


「いや、そうではないと願いたいんだけど」


「ちがうの?」


「たぶん」


なんか、純粋な瞳でそんな風に問われると、自信なくなってくる。

もしや死んだんかな。気が付かないうちに。

にしても。


「なんで君には見えるのかな」


「なにかご縁があるのかもしれないね」


「ご縁」


「夏目さんが言ってたんだ。んと。人と人との出会いって、肩がぶつかるようなそんなさりげないことでもご縁なんだよって。いろんなことが繋がってるんだって。なんとなく、うんと、僕の人生に関係する人なのかな、おねえちゃんって」


へえ。

夏目さん、と言われると夏目さんを想像するけど、夏目青磁のことだろう。

あの無骨そうな男がそんなことも言うのか。

でも確かに、老紳士少年とは彼がおじいさんになって、あの漣で出会うのだったな。

丁度夏目さんと白百合の君の関係性を疑っている時に、ヒントをくれるように現れた老人。

まあ、結果私の早合点だったわけだけれど。


「たしかにね。ご縁だね」


おじいさんになった君はすっかり忘れちゃってたみたいだけど。

また会えるんだから、縁に違いない。


「夏目青磁さんってどんな人?」


不意に聞いてみたくなって、そんなことを少年に聞いてみた。


「優しいよ。僕を撫でながら、子どもは本来こうであるべきだっていっつも言っている」


「そっか」


とは答えてみたものの、なんだそれ。

夏目青磁も割と謎だな。

それでも、きっと優しいのには違いない。

こんな堅苦しい店の中に、少年の好むような本が置いてあるのはなんだか好感が持てた。


※※※


親子が帰る頃、青磁は「ちょっと待っていなさい」と二人を待たせてどこかに消えた。

再び戻ってきた時にその手には、白い百合が握られていた。もっていたうちの数本を差し出す。


「裏庭に咲いていたのです。お持ちなさい」


「まあ、綺麗。ありがとうございます」


白百合の君の表情が、少し華やぐ。

愛想はあまりよろしくないが、なかなかいいところあるな青磁。

言葉が少なくて、でも優しい椎名君のことを一瞬思い出す。

青磁には、椎名君みたいに不器用な優しさがきっとある人なんだろうと思った。


二人が帰って、手元に残った百合を花瓶に挿して何処かに向かおうとしていた青磁の元に新たな来客があった。




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