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45話

すっかり忘れていたが今は一体何時なんだろう。

この場所は時間の止まったような場所ではあるが、それにしたって自分は寝たり夢を見たり起きたような寝たような長い時間を過ごしてしまったような気がする。

夜はきっと越していないと願いたいけれど。


「な、つめさっ」


頭の隅では冷静に時間のことや、仁王立ちの兄のことなど考えている。

一種の現実逃避だ。

彼の髪が触れて少し擽ったい。

お互いに鼻が触れ合いそうな距離。



※※※


夏目さんは、短い告白の返事の後、両の掌で私の頬に触れた。

壊れ物を触れるようにそっと。

妙にどきどきと心臓の煩い私といえば、反射的に目を閉じてしまうしかなかった。

勿論そこに期待があったのは確かで。

だって、告白の返事をもらって一応きっと想いが通じあっているはず、だし。想いが通じ合った男女がほにゃらほにゃらすることは普通のことだ。四季子に借りた本で男女のほにゃらほにゃらくらい知っているんだ。

けれども、こつりと額に触れて期待は裏切られる。

勝手に盛り上がってキスをしてもらえると思った私は、真っ赤になった。

先走った妄想が音もなく霧散して残ったのは羞恥。

触れたのは先程と同じく額の感触。

きっとまた私の体温を測ろうとしてのことだろう。なのに私はっ。私ときたら!なんて邪まなんだろう!羞恥で死ねるならきっと死んでいただろう。

青灰色の瞳はどんな風に私を見ているんだろう。

触れた額は中々離れようとしてくれない。

困った子?恥ずかしい子?やれやれと苦く笑んでいるだろうか。

考え始めると不安になり、私は勇気を出してそろりと目を開いた。

そこにあったのは、予想に反して、静かに閉じられた瞳。

その様子は熱を確かめているというより、深く祈りを捧げているようで。

ただ、ただ、美しかった。



そして、冒頭に戻る。

余りに長い。

長すぎる。

何時まで額を合わせているんだろう。

この距離で生殺しだ。

呼びかけて、そろそろ離れてと言いたくても、近い距離に上手く呼吸が出来ず途切れ途切れになってしまう。溺れかけみたいだ。

なんだこれ。なんの拷問なの。

泣きそうになりながら、視線を彷徨わせる。

視界の端に私のバックと白い何も描かれていない本を捉えた。

椎名君が渡してくれた、冬休みの課題だ。

今が、現実の続きである事実が少し私を冷静にさせた。

目が覚めてからも、本当はずっと夢を見ているようだったから。

急激に現実が戻って来たような感覚と今の甘苦しさとの差異に、もだもだしながらも取りあえずこの心臓に悪い綺麗な人と話をしたいと思った。

会えなかった幾日のこと、これからのことを。


「絵本!」


大きく息を吸い込んで大きな声を出した。

夏目さんの長い睫毛が震えて青灰色が顔を見せる。

甘い色だ。見ていられなくて、視線を落として勢いは何処へやら。

小さな声で呟く。


「かくんです」


「そう。描くんだね」


にこりと邪気のない顔で微笑まれ、両頬の柔らかな拘束がするりと解かる。

くらくらと後倒する私の頭を夏目さんがさっと支えた。



※※※


現在私は、私の定位置の椅子で三角座りをしている。

おそらく私を寝かせるために突如出現した長椅子で二人何時までも密着しているのは居心地が悪く、そそくさと自分の椅子に逃げた。

所謂、拗ねてますポーズ。別に本当に拗ねている訳ではない。気恥ずかしいのだ。

その様子を黙って見ていた夏目さんは、そっと毛布を掴み私の肩にかける。

熱はもうないようだけど、あたたかくしていなさいと優しく添えて。

すいっと立って奥の間の台所に行くかと思えば、湯呑みだけ持って戻ってくる。

夏目さんは、ストーブのヤカンで茶を入れた。加湿目的のヤカンなのかと思ったがそういう使い道もあるらしい。なかなかどうして便利である。しゅんしゅん鳴るヤカンの乗るストーブは今時見ないような古めかしさがある。それにしたって、こんな庶民臭い動作であっても妙に優雅だ。マッチしていないかと言われればそうでもなく。変に似合ってしまうのがこの人の不思議だ。


「お茶を飲んで。あったまる」


「ん」


差し出されれば、断る理由も無いので受け取る。

熱い湯呑みを手まで伸びたカーディガンの袖で防御し、ちまちまとすする。

葛湯だ。しょうがが効いている。

ぼわっと温まり、急に気が抜けた。


「夏目さん」


「ん?」


どうして、祈るように私に触れたのですか?

これから、私たちの関係はどう変わりますか?

わたしと一緒に何時まで…。

何時まで、夏目さんと私、一緒にいられますか?


聞きたい言葉はたくさん浮かんだ。

だけど、それらの言葉は口らか出て来ることなく心の奥に留まった。

夏目さんの姿形を閉じ込めるように目を閉じる。

もしかしたら、彼もそんな気持ちで目を閉じたのだろうか。

なによりも鮮烈に“今”の貴方を焼き付けておきたい。


私はふぅと一息吐きだして目を開いた。

きっと沈黙の間に本に興味をやっているだろうと思った予想は裏切られ、夏目さんは私を見ていた。目映いものを見るようなその視線はいつかの日に感じたそれとよく似ていた。

今は、何も聞かず。どうかこのまま。

せつない気持ちに蓋をするようにひとつ瞬いて、胡乱な目を夏目さんに向ける。


「それにしたって夏目さん。それはどうかと思います」


それ、というのは、夏目さんが羽織っている、半纏のことだ。半纏は冬になれば毎年のことだが、今年の物は柄がいけない。よく今まで笑わずシリアスやれたな自分。


「そうかい?なかなか愛らしいと思うけど」


どこが、全面おかめ柄だ。半笑いのおかめ。


「なんだか、やる気を削がれる顔です」


いろんなやる気をそがれる。現在進行形で。


「おかめの顔は昔の人の美人の代表だよ」


へぇ。としか言いようがない。

だからって、半纏に張り付いていなくてもいいではないかと思う。

ここは敢て皮肉を込めて言ってみる。


「へえ。それはいいですね。美人に囲まれ放題じゃないですか夏目さん」


「うん。大丈夫。葵ちゃんも負けてない。美人だよ」


にっこりいい笑顔で笑う夏目さん。

ちょ、おい。

この変人め。

何が大丈夫だ。


「それじゃぁまるで、私がおかめに嫉妬してるみたいじゃないですか!」


夏目さんは、え?みたいな顔をして、あははを通り越してあははは笑った。


「…っ。おかめ顔だと揶揄されたとは思わないんだ。これはなかなか、予想外の返し。可愛い」


ばか。知るか。

赤い顔で頬を膨らました私は、そりゃさぞおかめのような下膨れでしょうよ!


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