表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/54

40話:溶けて消えて、夢のつづき

兄が言った言葉に茫然自失とした。

いつか消える存在・・・。

不安を言い当てられたような、見ないふりをしてきたモノを突きつけられたような苦しさが胸に押し寄せた。

幼い私が言ったのだと兄は言う。

悲しむ日が来るなら、夏目さんに余計に会いたいのだと。

恐らくきっと、深く考えず出た言葉なのだろう。

だけど、その無邪気なまでの強さに私は愕然としていた。

今の私に、そんな強さは無かった。

ただ、失う怖さから目を背けることしか出来なかったんだ。



※※※


体育館に真っ黒な集団。

終業式は寒くて長くて嫌いだ。

冬休みの行いについて長々と語る壇上の校長を見ながらそう思う。

ゆっくり沈み込むような毎日の中でも、時間というのは流れていくものらしい。

夜が明けて朝が来て夜になりまた朝を迎える。

その、刻まれる正確さにうんざりする。


――あいつはいずれお前の前から消える存在だから


兄に言われた言葉は、目を背けようとする私を責め立てる。

それは、いったい何時。

もしかしたら、もう時間など残されていないのかもしれない・・。

駄目だ、考えたくない。

視線の先が歪んだ。


「葵!?」


くらりとした、時にはもう遅かった。


※※※


「絶対一人はいるのよねぇ。校長先生の話の途中で倒れる子」


目が覚めたら保健室で、保健の先生に苦笑気味に言われる。


「寝不足に加えて、貧血と。・・・最近、食べられなかったり、眠れなかったりが続いてる?」


健康手帳に症状を書き込まれながら、尋ねられた言葉に起き上がりながら首を傾げた。


「よく、わかりません」


私の答えに保健の先生は、うん?と不思議そうな顔をした。

実際、確実に眠りは浅く、食は細くなった。

眠る事で、食べることで過ぎた時間を認識するのが怖かったから。

だけどそれさえも認める事をしないで、わからないと答える。

私は、ずるい。

臆病だ。


はっきりと答えようとしない私に、保健の先生はちょっと考えるみたいに間を開けて言う。


「今日は、終業式だけだしね。担任の先生には言っておくから、このままお家に帰ってゆっくり休みなさい。保護者の人に連絡は・・・」


それに緩く、首をふると、「じゃあ、彼におねがいしようかしら」と平然と言われて首を傾げる。


「彼、」


って?と尋ねる前に保健室のドアが開いた。

いつもの鉄面皮に色を足したよう、少し焦った面持ちの椎名君が恐らく私のものであろう鞄を抱えて立っていた。

その椎名君に「ご苦労様入って」と保健室に招き入れながら、保健の先生は私ににっこり笑った。


「笹野さんを抱きかかえて此処まで連れてきた“彼”。どうせなら最後まで抱きかかえてもらっちゃいなさい」


いや、それは・・・ご勘弁を・・・。


※※※


保健室の先生の言葉を真に受けて、私を抱えて帰ろうとしてくれた椎名君に必死で抵抗し、荷物を持ってくれるだけに留まった。


「よく、倒れる」


「・・・」


はい、何時も抱えて貰って申し訳ないです。


「前より、減ってた」


「・・・・・・」


減る・・・うん。恐らく体重の事、だよね。


何時もとは逆に、椎名君ばかりがポツリポツリと言葉を落とす帰り道。

私は、申し訳なさに俯きながら無言で椎名君の横をとぼとぼ歩く。


「戸川さんが自分の言葉が葵を追い詰めたのかもしれないと、言っていた。とても、心配している。・・・彼女だけでなく・・・」


俯く私の前に立ち止まり、椎名君が言った。

自然と立ち止まる結果となりゆっくりと顔を上げる。

無表情に私を見つめる、顔。

だけどレンズの向こうの何時もの凪いだような黒目が、今ははっきりと揺れていた。


分かってるんだ。

兄にも、椎名君にも、四季子にも、とても心配されている。

だけどその心配そうな瞳が、私を追い詰める。

一杯一杯に時間をやり過ごそうとする私を揺るがす。

平気でない事を知らしめられる。

自己嫌悪だ。

どうして、浮上できないのだろう。

もっと、ちゃんとしたいのに。


痛い。

痛いの。


瞼を閉じて緩く頭を振った。


「四季子は何にも悪くない。凄く勇気づけられたもん」


夏目さんに好きと告げる勇気をくれた。

だけどまた、打ち砕かれた。

消えてしまう人に、どうして好きだと言えるだろう。


「私が、弱いから」


弱くて。

弱くて。

告げることも出来なければ、真実を聞くのも怖い。

ただ中途半端に恋心を持て余している。

せめて何でも無い振りが出来るくらい大人になれたらいいのに。

今だって、私を好きだと言ってくれた椎名君にこんな事を言うのは間違っているって分かって居るのに・・・。


無意識に噛みしめていた唇に、そっと繊細な指が触れた。

親指が慰めるように往復すると、顎の下をゆっくりと掬われる。

瞼を開いた事で、堪えきれず一つ涙が落ちた。


「言った。揺らいでいるなら、奪うと」


静かな声色で、だけど瞳だけは燃えるほど色を伴って、椎名君が言う。

私は、愚かにも思ってしまったんだ。

奪い去って欲しい。

何もかも全て、委ねてしまいたいと。


近づく瞳を見つめる。

そしてそっと瞼を下ろした


「どうして」


予測していた感触は訪れることなく、困惑したような小さな声に瞼を開くと、眉を寄せ苦しそうな椎名君の表情。


「そんな顔が見たいんじゃない!」


椎名君がいつになく、強い口調でそう言う。

私、どんな顔してる?


「そんな顔をさせたいんじゃない」


今度は弱々しく呟くように落とされた言葉。


ごめんね。

ごめん。

弱くってごめん。

卑怯でごめん。


私だって椎名君にそんな顔をして欲しくないよ。

彼の鉄仮面が崩れるのが好きだった。

だけど、こんな表情、望んでなんかいない。


お願い。

椎名君。

泣かないで。


湖面のような瞳からすうっと涙が落ちるのを見て、私はそっと手を伸ばす。

頬に触れる前にその手を掴まれて、あっという間に抱き込まれる。


いつかのように、私たちは抱き合った。

一度目、椎名君が泣いた日。

二度目、私が泣いた日。


そして三度目は、二人して涙を流した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ