表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/54

39話

四季子が帰ってしまってから、ぼんやり金平糖を眺めた。

七色の星の欠片が瓶の中でざらりざらりと揺れる。


―――形に残るモノより、溶けてなくなった方がいいだろう。だけど


「だけど、覚えて居て欲しい」


夏目さん。

英語の単語はちっとも入ってこないのに、貴方の言葉ばかり耳に残ります。

時々、突拍子もなく脈絡無いことを言う夏目さん。

だけどその意味をいつも考えてしまう。

いつも、心に響いて消えない。

四季子、言えるのかな私。

会うのだって怖いのに。


覚えている。ずっと覚えて居るから、どうか溶けて無くなったりしないで。

滑らかな瓶を両手でぎゅうっと握った時、玄関の引き戸が開く音。

急いで、玄関まで下りると予想通り兄で。

レジ袋を両手に抱えて脱ぎづらそうに靴を脱いでいた。


ごめん。

一瞬出かけた言葉を喉でとめて「おかえり」と声をかけると、兄は吃驚したみたいに私を見て、すぐに神妙な顔で「ああ」と答えた。

近寄って、一つレジ袋を受け取ると、開いたその手で頭をぽんってされる。


「今日は鍋だ。おまえ、ずっと飯食ってないだろ。しっかり食え」


レジ袋いっぱいのお鍋の具。

ごめんね、お兄って掠れた声で呟いたら、頭をぐりぐりって撫でられた。

ごめんね。

ありがとう。


※※※


お鍋がふつふつ湯気を立てる。

兄が、せっせと小分け皿に具材を盛ってくれる。

のは、いいんだけど・・・。


「ちょ、もう充分・・・」


「食え」


このやりとり5回目。

いい加減胃がはちきれそうですが・・・。

しかし、何だか断れないのは兄の優しさだと分かってるから。

ふう。とお腹を一さすりして、箸を伸ばしたところで「なあ」と声をかけられた。


「うん?」


見上げた先に兄の真剣な顔。


「お前、ようか・・・本屋が好きか」


妖怪と言いかけて、本屋と訂正する兄。考えるまでもなく夏目さんのことだ。

からかう風でないその眼差しから、私は視線を一回彷徨かせて一つ頷いた。

途端に、兄が大きな溜息を付く。


「恋愛の意味でか」


また頷く。


「引きこもったのアイツが原因か」


一瞬考えて、曖昧に頷く。


すると、兄は低い声でぐぅぅと唸った。

そして、暫く考えるように下を向く。

いったい何だと言うんだ。


「お前、あの夜、行ったよアイツの所に」


思い切ったように顔を上げて言う兄。

しかし、何のことか分からない。


「あの夜?」


「有志の演奏を聞きに行った日だ。お前背負って家帰って、そのまま寝かせた。お前、夜中急に家飛び出して・・・。明け方、お前本屋に抱えられて戻って来た。速やかに引き取って、何にもしてないだろうなって睨みきかしたら、あいつ・・・くそっ曖昧に言葉を濁して去って行きやがって。ま、その後二三度頬を叩いたらお前起きて、自分で皺になったらいかんってパジャマに着替えて」


ちょっと!

だって!


「兄さん肝心なところ教えてくれてない!」


酷いじゃないか!

現実だった!

やっぱり夢なんかじゃなかったのに!


「言えるか!」


と急に兄が声を張るものだから、勢いを削がれて口を閉ざす。


「お前が傷物になったかもしれないのに!」


な!


「余計大事なことじゃんか!!」


馬鹿!と言ったら、急に兄がへにょりと眉をさげた。

あの兄が。


「・・・あの夜、お前が俺の背中で泣くから」


「泣いてなんか・・・」


「泣いた。何も変わって欲しくないって言って泣いたんだよ。お前」


「・・・」


ふつふつと鍋が、煮える音がする。

入れたうどんがふにょふにょになっている。

兄が、カチリとコンロを止めた。


「本屋と以外で恋をしてくれた方がいいと思った」


椎名でもいい。有志は・・・まぁアイツはどうかと思うが・・・。と兄が言う。


「何で、そんな風に思うの」


そう聞くと、兄はまた、襟足を掻く。

あ、もしかしてこれ癖なのかもしれないと、どうでも良いことを考えた。


「お前、俺が言ったこと覚えてるか?」


そうして兄は言う。

前と同じ事を聞いてくる。

あの時は、なに?って聞いたら何でも無い、とはぐらかされたのだっけ。


「何て言ったの?」


じっと兄を見る。

兄は、躊躇うみたいに口を開いては閉じを1.2回くりかえしてやっと振り切るように言った。


「あいつはお前の王子様なんかじゃない。あいつはいずれお前の前から消える存在だから、お前の王子にはなれないんだ」


「――――」


心臓が、痛いぐらい早くなってる。

消える?

何を言って・・・。


「葵、きっと悲しむ時がくる」


何を言ってるんだろう。


「お前が忘れたならいいと思ってた。人の気持ちはどうしたって変わる。だけど変わったらいけねぇことだってある。・・・結局お前はアイツに恋をした」


こんなこと、言いたかないが。と兄はがしがしと襟足をかく。


「お前、あの時言ったんだよ」


どうして。

そんなの、ちっとも覚えてないよ。


「悲しむときが来るなら、よけいに会っておくんだと」


兄の言った言葉が理解できなくて、ううん。そんな記憶ちっともなくて、混乱する。


兄はいったい何を。


「何を知ってるの?夏目さんの何を知ってるって言うの!」


詰め寄った瞬間、がたりと机が揺れて、盛ってくれた小皿からお鍋のスープが僅かに溢れた。

それを見て、兄がすかさず布巾で拭き取る。

私は焦れる思いで兄を見た。

拭き取る手を止め、兄は低い声を出した。


「何も。ただ、本人がそう言ったんだ」


ああ、暗転。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ