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4話

そう、あの日も金木犀の花が香っていた。

6歳の私は兄が構ってくれないことにやきもきして家を飛び出した。

何においても完璧主義な兄は「うるさい。まだ宿題があるんだ」と、キッパリ遊びの誘いを断ってくれた。

バーカ。お兄のガリ勉!もやし!

などと捨て台詞を残し、ぶらりと出てきたはいいが、寂れた近所に6歳児の遊び場は見つかるはずもなく。

本当は、兄がカリカリ勉強をしているのが羨ましかった。

まだ小学校に上がりたてで、文字の練習も拙い自分は、紙を前にしたってカリカリなんて書けないんだ。

兄に出来て何故自分に出来ないのか。

あの頃は、いつも兄が基準で、何時も其ればかりだった。

何で、お兄の方がお小遣い多いの!?

何で、お兄の方がご飯の量多いの!?

何で、お兄がカギ預けられるの!?

些細なことが不満だった。たった2歳の違いなのに、と。


ふらふら、歩いていたら蟻地獄を見つけて、他人の家の庭にも関わらず潜入した。

幼い子供は時として残酷であり、言わずもがな蟻を落として遊んだわけだが、陰険と言わないでもらえると嬉しい。

無邪気で残酷なのが子供なのだから。

そして、その庭が夏目さんの古本屋さんの庭だったわけで。


「おやぁ」


と後方から覗きこまれてビクッとした。

蟻を貶めている時が出会いなんて今思うと最悪な第一印象だ。


「何をしているの?」


振り返ることもできず硬直した。

てっきり怒られると思ったからだ。悪い事をしている自覚はあった。


「だ、だってお兄が、遊んでくれないんだもん」


子供のだっては脈絡なく、理由にもならない。でもそんなことしか言えなかった。


「そっかぁ。じゃあ僕と遊んでよ。」


まるで、子供みたいに喜々とした声だった。

恐る恐る見上げると異国の王子様みたいな人。


「お、王子様!?」


「え、僕?うーんと“夏目さん”」


「なつめさん?」


「うん。君は?」


「あおい」


「あおいちゃんか。立葵の葵だね」


「ちがうよ。“ささの あおい”だよ」


夏目さんはアハハと快活に笑うと、落ちていた木の棒をひょいと摘みあげた。

そして私の近くに屈み、地面に“葵”と書いて花の絵を描いた。

真っ直ぐな幹まあるい花がたくさん。


「とっても綺麗な花だよ、白やピンクで真っ直ぐ真っ直ぐ太陽に向かって伸びるんだ。」


花の事なのに、自分を褒められてるみたいに思った。


「これ、あおい?」


「うん。ほら、書いてご覧。」


棒を差し渡されて見よう見真似の漢字で“葵”と書いた。ついでに花の絵も。


「うん。上手だ」


そうやって頭を撫でてくれて、それが面映ゆく、くすぐったかった。

なんて綺麗に微笑む人だろう。

綺麗な髪。綺麗な瞳。


それから二人で色んな絵や字を書いて夏目さんは博識に色んな話をしてくれた。

あっという間に時間が過ぎた。

それから慌てたように兄が探しに来て、夏目さんを見るや否や連れ去るように家へ引っ張られた。



※※※



「思えば、なんてことのない出会いだなぁ。大体、兄はあの頃から、夏目さんに恐れを?」


何なのか。外見的に王子だからかなぁ。甚平とのギャップ?ギャップに恐怖?


「さっきから、ブツブツ正直不気味」


「おわっ。椎名君!」


にゅいっと現れたのは、同じクラスの椎名夜彦。

現在、放課後図書室。図書委員の彼は今日が当番らしい。

あんまり喋ったことはないが、なかなかとっつき難い印象の彼。

兄の様なお洒落眼鏡と違い恐らく度が入っているだろうノンフレームの眼鏡に、あまり変化のない表情。

歯に衣着せぬ言葉。何とも言えない圧力感。

正直怖い。


「図書館では静かに。これ基本」


「あ、うん。ごめんね」


「花に興味が?」


私で会話終了となるかと思いきや、思いがけず私の見ていた花図鑑に食いついてきた。

おや、まさかの夏目さんのお仲間発見?


「や、えっと花ことばを…」


そう、カサブランカの花言葉を調べに来ていた。

夏目さんは、あれだけ花に関心があるのだから彼女に贈る花にもそれなりの意味があるに違いない。

それで、立葵のページを見つけてしまい、カサブランカそっちのけで思い出に浸ってしまったわけで。


「…超、おとめ」


あまりの衝撃に、ぐらっとした。

いや、確かに自分もそう思ったよ。今時花ことばなんてって。

いやそれよりも、それよりも!

椎名君が超とか使わないで欲しかった。おとめとか言わないでほしかった。

無表情鉄仮面で。

逆に怖いよ。ギャップが怖い。

嗚呼、これが、まさにギャップに恐怖!


「う、うん」


あまりの恐怖におとめを肯定してしまった。

いいえ私はさそり座の女で、決しておとめ座でもなく…。思考がカオス!


「……」

「……」


ここに来ての沈黙とか辛い。色々痛い。もういっそ立ち去ってほしい。

「あ、もうこんな時間だ。帰らないと。これ借りていい?」

しょうがなく自分が立ち去ることにした。棒読みっぷりが悲しい。


「…駄目」


え、え何で?何故に?どうして?

何か彼の気に障る様な事を私はやらかしてしまったのか。

何の拷問なんだろう、これ。


「図鑑、貸出禁止」


―さいですか…。


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