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34話

私は、何も答えることが出来なかった。

椎名君もまた、何も言わなかった。


「・・・」


「・・・」


二人の間に訪れる沈黙の中で今が一番苦しい。

声を出すどころか、顔を見ることも出来ない。

俯いて自分の足下ばかり見続けて、静かに気配が動いた時になってやっと顔を上げた。

ピンと伸びた背中は既に静かな夜闇へと歩を進めていた。


もう、引き留める言葉は出ない。

ぎゅっと椎名君のノートを両手で抱え込む。

ツキリツキリと冷たい冬の外気が私を静かに責めた。



※※※


ズルズルと重い足取りで家まで戻り扉を引くと、出て行った時と同じ場所に兄が佇んでいた。

何だこの人、ずっと此処にいたのか。

突っ込みの言葉が頭を過ぎるが、気持ちが鬱々してたのでスルーして通り過ぎようとしたら、声を掛けられた。


「お前さ、前俺が言ったこと覚えてるか?」


「え」


意味が分からなくて兄をジッと見る。

俺が言ったこと?何時の話しだ。

私の訝し気な顔を見た兄は、アーと低く唸り首の後ろをかく。

しかしすぐに苦笑して、首を横に振った。


「いや、いい。なんでもない」


気にするな。とぽすぽす頭を撫でられるが、そこまでためたなら言って欲しかった。逆に気になる。

でも、言及する元気も無くて「そう」とだけ残して自分の部屋に引きこもった。


なぜ、こんなにやるせない。

告白されるってもっとドキドキしたりあるじゃないか。


ベットに顔からダイブする。

ゴロリと仰向けになって、椎名君のノートを天井にかざした。


見落とし続けた彼の“特別”を何故今になって聞いてしまったのだろう。

なぜ、引き留めてしまったのだろう。

なぜ、好きな人がいるからとすぐに断らなかったのか。

拒絶される怖さを知っているから?

違うそうじゃない。そんな綺麗な理由じゃない。

ノートを持つ手がボスっとベットに沈んだ。


私は、手放したくないと、そう思ったんだ。

断ればもう、彼は私に話しかけてくれなくなるかも知れない。

そんなの無理だ。だけど恋愛対象として椎名君を受け入れることは出来ない。

どんなに心揺さぶられようと。


私は。

受け入れることも断ることもしない最低の方法で、椎名君を繋いでいようとした。


最低だ。

私、最低の女だ。



※※※


「来週から冬休みなわけだが、今回冬休みの課題として絵本制作をしてもらう」


中センが気怠げに喋る言葉にボンヤリ耳を傾ける。

因みに中センは現国の先生だ。

うちのクラスが受け持ちの担任だからなのか何時もやる気ない。

そのくせテストの平均点が他のクラスより低いとキレる。

ふざけた教師だ。こんなんでいいのか。まずその無精髭剃れ。

その無精髭がワイルドセクシーとか言う女子の気持ちが全く分からん。

なんて何時もなら思うのだろうけど、今日はボンヤリしすぎてそんなことも感じない。

生徒のブーイングも聞こえるが、全て左から右へ流れていく。


一夜明けて今日の学校。今朝、椎名君は普通に「おはよう」と声を掛けて来た。

何時もの感情の覗えない声と無表情に怯んでしまった私は、あろう事か彼を無視してしまったのだ。

そして授業中ずっと自己嫌悪。

避けられるのが怖いから告白を黙殺したくせして自分から避けるとかマジ私何者。

痛すぎる。自分痛すぎる。


ボーっとしながら斜め前の綺麗に伸びた繊細な背中を見る。

傷ついただろうか。

それとも怒っただろうか。


「ストーリーは自分で考えろ。色とかも塗れ。とにかく素敵な世界に一つの作品作れ。手抜きでもしたらシメっぞ。煩せえ。文句言うな。おい!今ヒゲつったの誰だ!ちっ。仕方ねぇだろ。教育委員会が生徒の個性を伸ばす授業をしろとかうるせんだから。こちとらめんどいんだよ。・・・ははっなんてな!じゃあ早速今から絵本の原本を配るぞー」


最後だけ無駄に爽やかにまとめようとしても本音だだ漏れすぎて取り返しついてないよ中セン。

みんな引き過ぎて静かになってしまっている。

・・・本当に何でこんなのが教師なんだろう。

ちなみにヒゲって言ったのは私の前の席のお調子者岡崎です。


心の内で突っ込みを入れつつ、視線だけは器用に椎名君の背中を据え続ける。

しかし、前から順に配布物が配られるということはつまり、自然と渡されたものを回す時後ろを振り返るわけで。


「!」


後ろの席の人に配布物を渡そうとした椎名君の目と、斜め後ろの席で椎名君を見続けていた私の目がかち合う。


やば。ずっと見てたの気付かれた?

咄嗟に逸らして、また後悔する。

ああ、これじゃ徹底的に避けてるみたいじゃん!

ああああ。と頭を抱えて唸っていると、前の席から岡崎の呟く声が聞こえた。


「笹野。早く受け取れよ。つまってんだよお前で」


・・・・・・ごめんなさい。



※※※


お昼休み、四季子と他数名の女子とお昼ご飯を食べてる時、ねえねえと四季子が興味深そうに話しかけてきた。


「葵。椎名君とどうしたわけ?付き合ったばっかなのに全然ぎこちなくない?」


「は?」


まだその誤解解けてなかったのか。

びっくりしすぎてヒジキが口から飛び出しそうになった。

他の子たちも「確かにー」とか乗って来て何か逃れられない空気になっている。


「だから、その前提から違」


「ていうか葵。今日椎名君避けてない?」


「は、べっ別に避けてないし!」


思いがけず行動を見破られ、どこのツンデレキャラだという具合に焦る。

端から見てもそんなにあからさまだったのか、私。


「恥ずかしいんだよな。笹野は!」


何処からとも無く話しに乱入してきた岡崎が、何故か分かるぜ☆みたいなノリで話しかけてきた。


「好きすぎて逆に意識しちゃったんだろ」


「ああ、なるほど」


「恥ずかしがりやさん」


「はにかみやさん」


岡崎の言葉に皆一様に納得した様子で、によによと含み笑顔で頷いてくる。

ちょ、ほんとあなた方なに・・・。


そのタイミングで、ガラリと教室の後ろのドアが開く。

間の悪いことに、椎名君だった。

どうやら今日は食堂組だったらしく数名の男子と教室に入ってくる。


最悪なことに何を思ったか岡崎は、椎名君に近づいて、このこのって肘で突きだした。

お・か・ざ・きぃ~。


「ヒューヒュー椎名!」


「?」


ヒューヒューとか岡崎お前・・・。

椎名君はキョトンとしてる。いや傍目からは無表情だけど。

温度差激しいなこの二人。


若干怒りを通り越して呆れ混じりに見ていたが、次の岡崎の一言で私は一気に血が上った。


「笹野がさー。椎名君のこと意識しまくっちゃうみたいよー。愛されてんね」


見当違いでずれまくった台詞なのに、意識してるのは本当で。

だけどそうじゃなくて。


椎名君の眼鏡越しの静かな双眸が私を捉えた時、ついに絶えられなくなってしまった。

バンっと大きな音を立てて立ち上がる。


「ど、どうしたのあお」


「だからそうじゃないって言ってる!」


こんなことにムキになる方が可笑しいのに、何もかもが絶えられなくなって四季子の心配気な声を遮って叫んだ。

シンとしてしまった教室。

こんな風になる私が初めてだからだろうか、皆息を飲んでいる。


ただの楽しいネタなだけなのに。

こんなの何時もみたいに流せばいいのに。


急に自分だけ本気になって叫んで、どうしようも無く居たたまれない。

私は、みんなの視線を避けるように教室を飛び出した。


こんなことで感情的になるなんてどうかしてる。

だけど、あのままそこにいたら泣いてしまいそうだった。

何故か無性に悔しくて悔しくてたまらなかった。


廊下を走って走って。

私は、何時ものように心の支えであるあの人の名前を繰り返した。


夏目さん。

夏目さん。

夏目さん。


夏目さん会いたい。

夏目さんに会いたい。

あいたい!


のろのろと、スピードを落とす。

立ち入り禁止のテープを跨いで、人気の無い屋上への階段に座り込んだ。


会えない。

会わないと決めたばかりじゃないか。

心の中で自分に言い聞かす。


何処にも気持ちを持って行けない。

項垂れるように膝を抱え込んだ。


蘇るのはいつもあの人の声。


--立葵の君が訪れた時からしょんぼりして、分からないはずがないだろう?

夏目さん。

夏目さん。


大丈夫だよって、頭を撫でて。



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