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31話

掬い上げて欲しい。

私の気持ちをどうか掬い上げて。

欲しい欲しいと望む私は結局ただの我が儘な子供。

自分からは変化を怖がり、何時も何時でも他人任せ。

現状を自分からはぶち壊せない。

いざという場面で尻尾を巻いて逃げ出す名も無い脇役B。


「はぁぁ〜」


どんどん思考がネガティブになって行くのを止められず、大きく息をついた。

出て行け、幸せではなくてネガティブ思考!


古本やを飛び出して帰るに帰れなくなった私は、公園で暇を持て余していた。

ブランコの鎖をギュッと握って地面を蹴る。

キイキイと揺れながら私は公園を見渡した。

だんだんと日が短くなっていく季節、あたりは薄く暮れがかっていた。

もう帰ろうと、迎えにくる母親。

今日のご飯は何と尋ねる子供。

じゃあね、またね、また明日。そんな温かな掛け合い。


昼間見た光景のように心がじんわりするような、そんな光景だった。

けれど今の私には、それさえひどく辛かった。


キイキイと一人ブランコを漕いで、私一人が取り残されていく。

いったい、私は何をやってるんだろう。


有史さんと缶ジュースを飲んだこの公園。彼はあの時とても輝いて見えた。

目標に向かって真っ直ぐまっすぐ立っていた。


私といえば、何処にも行けずこんなところで時間を持て余していて。

ひどく自分が情けない。

中途半端だ、何もかも。

核たるものがない。

揺るぎないものがない。

欲しい。欲しいと思うばかりで手を伸ばすことも出来ない。

傷つくのは怖い。怖いのは、きっと自分に自信がないから。

私には何もない。

そんな私に夏目さんの隣に立つ資格なんてあるのだろうかと思う。

好きでいることでさえ、ひどく烏滸がましいことのように感じてしまう。


駄目だ、また卑屈になってる。

緩く首を振って思考を振り払い、ざざっと地面に足をつけて止まった。

そのままボンヤリと公園を見つめる。

犬の散歩をしていた最後の一人が公園からいなくなって、公園は不気味なほど静かになった。

ギ・・・と握った鎖が鳴る。

不意に、じわりと視界がぼやけた。自分でもぎょっとする。

今日の私、情緒不安定すぎる。

私の中に眠る小さな闇が、ムクムクと膨れあがっていくのを感じる。


変わろう。変わりたい。そう決意した。


だけど、どうしたって私は変化を恐れる。

私には欠陥がある。それはずっと、ずっと目をそらし続けてきた小さな棘。


人は変わる。どう足掻いても。

だけど、その変化が絶対的に良い変化とは限らない。

たとえば、別れ。


ああ、もう目を逸らせない。


知らないふりをしていれば、平気だった。

だけどやっぱり、見ないふりも、もう限界。


別れは嫌いだ。感傷的になる。

私は、変わることを恐れる。

それは夏目さんとの関係においてだけでなく、もっと根本的で深く私に根付いているもの。

昔から、ずっと心の奥に燻っていた黒く悲しい感情。



両親は、もうずっと、ずっと不仲だ。

兄が夕飯作りを始めるもうずっと前から。


昔は喧嘩が絶えなかったけど、今では冷戦状態が続いている。

二人ともお互いを避けるように仕事に出て、家に帰って来るのも夜遅く。

帰って来ない日も多い。

親子仲は別に悪くない。

どちらかが帰っている時は、話をしたりもする。

最近はどう?とか、お金は足りてるか?とか、それぞれで心配してくれる。

だけど、4人全員がそろう食卓なんてもうずっと無いに等しい。

二人はお互いを避けるだけでなく、私と兄までも置き去りにしてしまった事に気付いていないのだろうか。


幼いとき私は、二人は離婚してしまうのではないかと何時も危惧していた。

そしたら、兄とも離れ離れになってしまうかもしれない。

それなら、最悪今のまま変わらないままでいい。変わらない方が良い。

4人仲良くなくても離れ離れになるよりは、歪でも家族でいられたらそれでいい。

年を追う毎に、私はそう思うようになった。

変化は嫌い。別れは怖い。


分かってる。子供なのだ私は。

兄も同じに辛いはずなのに、彼は私の親代わりをしてくれている。

兄はいつの日にか夕食の神になった。

兄は4人分の夕食を必ず作る。

いつ帰るとも知れない2人の分の夕食。

兄は、何時も茶色いおかずを作る。

和食は両親の好みだから。

もう記憶に遠いずっと昔、4人で囲んだのは何時も和食だった。


兄はずっと、家族を取り戻そうと一生懸命だったのだ。

私がずっと、見えないふりをしていた間、ずっと。

ぼたり、ぼたりと涙が溢れた。


幼い頃、兄は今のように私を気遣ってはくれなかった。

どちらかと言えば、邪険にされることも多かった。

当たり前だ、彼もまた子供だったのだから。


―――うるさい。まだ宿題があるんだ。

―――バーカ。お兄のガリ勉!もやし!


そうだ。

兄が私に対して変わり始めたのは、あの日だ。

夏目さんと出会ったあの日。

兄に構ってもらえず、癇癪を起こして家を飛び出した。

何でも出来る兄に劣等感を覚えたなんて建前だ。

本当は、ほんとうはずっと迎えに来て欲しかった。


ねえ

お母さん。

お父さん。

葵を見て。

葵に気づいて。

葵のことを探して。迎えに来てよ。

本当はそんな単純な、でも大切なシグナルを伴った家出。


そこで、夏目さんに出会った。

―――おやぁ。何をしているの?


あの日、彼は、神のように美しく見えた。

私の唯一変わらない宝もの。

あおいの王子様。


ぼとっと膝に水滴が落ちる。

ああ、もう大洪水だ。


ぐじぐじと鼻を啜りながら、子供みたいに泣く。



迎えにきて。

誰か。



だれか。

私を救い上げて。







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