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29話:夢と現実の狭間

触れて離れて、波のように押し寄せる。

溺れあうみたいな行為。

鬩ぎ立てては、熱くなる。

息つく暇が無くて苦しい。目眩がするくらい全身が熱い。

そんな感覚を初めて知った。


初めてのキスは私が知るどの感覚よりも鮮烈で、ひどく甘美だった。





※※※



暗い。闇の中。

夢の中をたゆたうようだ。不思議と不安は無い。

ゆらゆら、とても気持ちが良い。


「・・・おい」


ああ、誰かが呼んでいる。


「あおい」


私の名前。

葵の花はね、まあるい花をたくさんつけて、真っ直ぐ太陽に向かって・・・。


「葵!!」


急に視界が明るくなった。

ばっと急速に意識が覚醒する。


「お前、いつまで寝てる気だ」


見上げた先で、兄が呆れ顔で私を見下ろしていた。

ぱちぱちと瞬く。

え、

なんで。


ぐるりと周りを見渡す。

どう見ても完全に私の部屋だ。

愕然とする。

どうして。

昨日の夜、夏目さんとあの本とピアノの閉鎖された部屋で・・・。


「うそ。夢落ち?」


「お前、寝ぼけすぎだろ」


「どっから夢?ねえ、どっから?」


混乱する私はベットから転げ落ちる勢いで、兄に縋り付いた。

私の迫力に押されてか若干兄の顔が引いている。

しかし、そんなこと気にしてられない。

今の私の心情は、ドラマの重要シーンでチャンネルを変えられた時に酷似している。

ぽっかりと投げ出されてしまったように朝を迎えて、自分でも何が何だか分からないのだ。


ぐるぐるする頭の中で、記憶を反芻してみる。

昨日は有史さんのピアノ聞いて、それから夏目さんに会いたくなって、

そしたら隠し階段が出現。それでそれから夏目さんと、きっ・・・。


「う、うわああ」


「うおっ!?」


兄に縋り付いたまま、ずるずると腰を落とした。

と言うより腰が抜けた。余りの羞恥に。


うそ、あれ夢なの?

な、なんてことだ。

夢にしては生々しすぎる。

私、欲求不満なのか。


何てことだ。

大切な夜だった。

それが何一つとして現実では無いかもしれないなんて。

皺になるのも構わず、兄のズボンをぎゅうっと握ってしまう。

若干腰がひき気味だった兄が気遣わしげに私の頭にぽすっと手を置いた。


「・・・葵?」


ああ、もう最悪。

何が最悪なのか分からないけど、とにかく最悪な気持ちだった。

希望を探すように私は視線を彷徨わす。

視線を落とした先に七色のものが視界に映り込んだ。

それはカチリと光る転がり落ちた金平糖の瓶。

何処までが現実なんだろう?




兄の話によると、昨晩有史さんのピアノを聞いた後テラスで飲んだジュース・・・もといアルコールに酔った私を兄が背負って連れて帰ってくれたらしい。申し訳なさ満載だ。

まさか、あれがお酒だったとは。なるほど確かに、昨夜はやけにフワフワ心地だったな。

そこまではいい。私的にはその後のことが重要だ。

昨晩、夏目さんの店に行ったのかどうか、ということ。

兄の証言によれば、辛うじて意識があったらしい私は、皺になるといかん。と言って律儀にもワンピースを脱いでパジャマでベットに入ったらしい。

めでたし。めでたし。ではなくて問題はそこだ。

昨晩夏目さんに会いに行った時、私の記憶では私は有史さんから貰った服を着ていた。

何故?起きてまた着替えた?やっぱり夢を見ていた?

けれど、と心が反抗する。

そう言ってしまうには昨夜の記憶は余りに鮮明だった。

君も僕が怖い?と尋ねた声。

抱き寄せられた時の腕の強さ。

唇に触れた感触。

今まで知ることの無かった夏目さんが、そこにはいた。

暗く狭い部屋で、彼はとても孤独に見えた。

彼の弱さを垣間見た気がした。


彼の秘密に少し近づけた気がした。


夢だと言ってしまえばそれまでかもしれない。

けれど、好きだと。この人を離してはいけないと思った私の感情まで否定してしまいたくない。

この気持ちを無かったことにはしてしまいたくなかった。


嗚呼、夏目さん・・・。

掴んだと思えば遠ざかる。霧のようで心許ない。

昨日触れた唇の熱さえ、遠い。




※※※



現在空港にて、有史さんたちの見送りに来ている。

昨日の今日でびっくりだが、彼らは早々に日本を発つらしい。

小松親分は店を空けれないということで、兄と私で彼らの見送りに来たのだ。

私が「昨日はお酒に酔っていたようで、不埒な言動をしていたらすいません」と謝ると、有史さんは実に微妙な顔をした。

何やらかした昨日の私。


「それじゃ、短い間でしたけど」


「また会おうネー」


アナウンスが響き、ライアスさんとマローさんが私たちににっこりと別れを告げた。

私もそれに、元気でと応えつつずっと黙りの有史さんを見た。

何処かふて腐れたような顔に、私はかける言葉を探した。


「・・・あっ!愛の夢」


とっさに出た言葉。

私の呟きに有史さんが目を瞠って私を見る。


「昨晩の、私にって弾いてくれた曲、愛の夢って題名なんですね」


確信を持って確かめるように言うと、有史さんは目を泳がせた。

そして、ばらしたなとでも言うようにマローさんを睨む。

マローさんは、ボクじゃあないよ―。とそれを暢気にかわした。


「ふふっばれちゃいましたねユーシ」


「はてさて、ユーシその心ハー?」


「なっべっ別に意味など」


ライアスさんとマローさんがにやにや問いかけて、有史さんは顔を赤くする。 



リストの愛の夢。


それは昨晩の夏目さんがそう言った。

昨晩が夢でないとしたら。

彼の言葉一つ一つの意味とは何だろう。

--牽制されたところで僕は到底かなわない。

「牽制」その意味が分からないほど馬鹿ではない。

だけど、と思う。有史さんが?なぜ夏目さんに?嫌われこそすれ好かれているなんて誰が思う?

確かに最初の出会いよりは、ずっとマシな関係になったと思うけれど。

彼の感情が、いつどう変わったのか分からない。

うーん。と思っているとライアスさんが内緒話のように耳に顔を寄せて来た。


「因みに葵さん。」


「?はい、」


「男が女性に服を送る意味はご存じですか?」


妙に艶めかしい声で耳元で問われ、ぞくっとした。


「あっはっ。ユーシ意味しーん。エロ―い」


「ばっ!!もう行く!」


私が何か答える前に、聞いていたらしいマローさんが爆笑。

エロいって。


有史さんは、にやにや笑う2人を引き連れて「また」と赤い顔で一言告げると去って行った。

何かちっとも別れっぽくならなかったな


別れは嫌いだ。感傷的になるのも。

有史さんは、さよならでは無くまた、と言った。

また会えるなら、その時聞こうか。

愛の夢に乗せた気持ちと牽制の意味を。

ずるいかもしれないけれど、今はまだ見ないふり。

私も夏目さんへの気持ちで一杯一杯だから。

今はただ、この気持ちだけは夢では無いという自信がある。

ただただ、今この時でさえ夏目さんが恋しい。





私は苦笑しながら、隣の兄を仰ぎ見た。

何故かひどく不機嫌そうな顔をしている。人一人殺せそうな殺気だ。

話しかけたくない。だけど一つ。どうしても分からないことが気になる。


「・・・ねえ。男の人が服を送る意味って?」


「・・・・・・俺に聞くな」


「・・・」


兄は苦虫を噛み潰したような顔をして低く唸るように返した。







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