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26話

きらきら

きらきら


スカートの裾が動きに合わせて煌めく。

それだけで、私が私でないような、現実味の無い感覚。


ぽっかりと浮かぶ月の下、綺麗なドレスに身を包んで此処はまるで別世界だった。

私という人間の本質は何一つとして変化していないのに、包む服と整えられた舞台で人間は如何してこうも浮足立ってしまうのだろう。

つまり、この美しくも優美な空間に私はすっかり酔ってしまっていた。



有志さんの演奏が終わって、小松親分が手ずから用意してくれた料理を肴に各自まったりモードの中、私は飲み物片手にテラスに出ていた。


ふわふわとまだ夢が醒めぬ心地で夜空を見上げる。


きらきら

きらきら


心に宿る効果音が消えない。

言葉に表そうとしても、それは掴みどころ無く、まるで疼くような、走り出したくなるようなそんな衝動ばかり掻き立てる。

平凡で秀でたところのない女子高生の私にも何か、何かあるのではないのかと。

作り出せるのではないかと。

手探りで探したくなるような、そんな訳もわからない高揚感。


グラスに入ったジュースで月を透かしながら感情の波に身を委ねていると、コツリと後ろに気配を感じた。

振り返れば、それは有志さんだった。

彼は無言のまま私の横に並ぶ。

彼から近い位置に並ばれたのを不思議に思いつつ、私は夜空へと視線を戻した。

暫く二人で何を見るともなく自然な無言の時を共有していた。


ふと、私は彼に重要なことを告げていないことに気がつく。

そうだ、大切なことを彼に告げていなかった。

慌てて有志さんを見上げると何時の間にか彼も私を見ていたようで、バチリと視線がぶつかった。

瞬間、彼の視線が私から逃げようとする。私は咄嗟の行動で、有志さんの腕を掴んだ。

有志さんは目を見開き、吃驚した様子で私を凝視した。

自分でも突飛な行動にびっくりだ。

有志さんはその表情のままガチリと固まってしまった。

女嫌いの彼には酷だったのか。

なんか申し訳ない。


だけど。

この感情が胸から消えないうちに、私は、この人に伝えたかった。

掴んだ腕を離して、気不味く彷徨う手を胸に当ててギュッと閉じた。


きらきら

きらきら

固まったままの有志さんを見上げながら、私は口を開く。


「あの。ピアノ…。すごくすごく」


感動した?

綺麗でした?

上手い?

素敵?

どれも当てはまるけど、それじゃ正しくはない気がする。


きらきら

きらきら


「落ち着かない気持ちです」


きっぱり告げると、有志さんは見開いた目をぱちりと一つ瞬きさせて「それは、光栄だ」と、零れるように笑った。


空間が、ドレスが、私を浮足立たせる。

だけど、このキラキラと心に宿るものは、彼が奏でた音のせい。

まだ心に響いてやまない。



※※※



「きっと、有志さんの演奏を聴いた女性は、皆夢を見たんですね」


「夢?」


まだ耳に残る甘やかな音を思う。


「凄く甘くて、まるでヒロインになったような気分になるんです。ずっとずっと醒めてほしくないから、きっと何度でも聞きたいって思うんです」


「そう言われたのは、初めてだ」


私の発言に有志さんは素気なく、でも悪く無いという雰囲気で呟いた。


「そうなんですか?私今でも夢見心地ですよ。何だか叫びたいっていうか。うずうずします」


「うず…っっ」


私の表現がおかしかったのか、妙に視線を彷徨わせる有志さん。

何か、顔が赤いですが…。

よく分からず観察していると、顔を背けながら「そう感じてもらえたなら、本望か…」と小さく呟いた。

何やら、彼の中で解決したらしい。

ふむ。自己完結の多い男だ。

一人勝手なことを考えていれば、今日初めて有志さんの方からちゃんと視線を合わせられた。


「少し寄り道をしたが、私は努力という名のレールを敷いて歩いて行くよ。一歩一歩大切に、ね」


「へ?」


ふっきれた顔つきで有志さんは言った。彼を見ると、決意の籠った眼で見返される。


「ドイツに戻ろうと思う。ピアノへの情熱を思い出させてくれたのは夏目さんだが…。ピアノに向き合うこと。もう一度向うで頑張る事を決心させてくれたのは君なんだ」



「え、でも私は何も」


淀みなく告げられて戸惑う私に、彼は緩く首を振った。


「いい。私が分かっていれば…それで。ドレスはそのお礼も兼ねてだったんだ」


はにかむ有志さんの笑顔に、私は夏目さんの言葉を思い出す。


――知らぬ内に、多くは受け取られているものさ


きらきら

きらきら


きっとそれは、私も同じ。

現に今、この湧き立つ感情は有志さんから貰ったもの。

だけど、それは何かと、どんなものなのかと、口にするのは難しく。

きっと言及されても答えられない。

私が分かっていれば。と言う有志さんのように。

さてね。と夏目さんがはぐらかしたように。


それは言葉にせずとも、きっとこのドレスのようにキラキラして、それ以上の価値がある。



私と有志さんの間に、出会った当初の歪な居心地悪さは不思議ともう存在しなかった。

思い返せば、公園で話して二人で夜道を帰った日が切っ掛けだったのだろう。

闇夜が本音を少し溶かして、お互いの許すことの出来る領域がぐっと広くなった。

あの夜、私は有志さんという人を受け入れ、そしてきっと彼もまた私を受け入れた。

それって、何だか凄い奇跡だと思う。

もし、あの日少しでも環境が違っていれば、今こうして向き合う私たちはいないのだろう。

寸分の狂いなく、あの日があの日であったから。

そして今日の日もまた、この時がこの時であるから。


「ありがとうございます」


私は、面映ゆい感情を受けとめながら。

たくさんの気持ちを込めて、そう言って笑った。




※※※


――人は受け入れられないことを知った時、とても絶望すると思わない?


何時か夏目さんに言われた言葉。

あの時、冷え冷えとした暗い瞳に、私は何も言葉を返すことが出来なかった。

けれど今なら返すべき言葉がこんなに近くにある。


ねえ、夏目さん。

だけど、人は受け入れられた時、とても面映ゆく、温かいのです。


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