24話
「ところで夏目さん。どちらに?」
夏目さんが意味不明なことを言うのは常だし、不可解ではあるが放っておく事にした。
本を購入するために出掛けることは良くあるようだが、今日の様子は手ぶらだし、若しかしてこれから向かうところなのだろうか。
「漣に行った帰りなんだよ。僕もすっかり、あそこの珈琲に魅かれてしまってね。ああ、そうそう」
夏目さんは、はい、と懐から何かを取り出し私に差し出した。
手紙のようなそれ。
金の縁取りが施され、やたら煌びやかだった。
不審に思いながら、恐る恐る受け取る。
「何ですか。これ」
「有志君から君と秀君に、だそうだよ」
有志…さん?
思い出すのは、女嫌いの垂れ目の男。
何でまた。
不審に思いながら封を開き、中からカードのような物を取り出す。
「招待状…今宵7時に漣にて演奏会を行います。是非、御兄妹で御出で下さい…?何でしょうこれ」
「読んで字の如く、招待状だね。」
そう言えば何時だったか、演奏を聞いて欲しい的な事を言われたような気もする。
殆ど社交辞令として受け取ってたのだけど…。
招待状まで作るとは、何ともマメというか律儀な男だ…。
しかし、今夜とは些か急な御誘いだ。
「夏目さんも誘われました?」
「ああ、うん。折角のお誘いだったのだけど、どうにも今夜は…ね」
夏目さんは語尾を濁すように言うと、困った風に眉尻を下げた。
その様子だと断ったのだろう。
どうやら、何か用事があるらしい。
夏目さんの事だから、本関係の事かな?
何の用事か聞きたいが、私が言及すべきことでもないだろう。
「…そう、ですか。急なお誘いですもんね…」
ピアノへの情熱を取り戻せたのは、夏目さんのおかげだと言っていた彼。
さぞ、がっかりしたのではないだろうか。
若干行くの面倒とか思ってしまったけれど、せめて私は招待されようではないか。
もちろん兄は強制同伴で。
「わかりました。夏目さんの分までしっかり聞いてきますね!」
何かよくわからない気合いを込めてそう言うと、夏目さんはくすりと笑って、うん、頼んだよ。と私の頭を撫でた。
※※※
「ただいまー。兄さん有志さんから、招待じょ…」
「葵。お前に荷物が届いている」
「え?」
出迎えもそこそこに、兄が白くて大きな箱を私に渡して来た。
なんだこれ。
通販した記憶ないけど…。
覗きこめば確かに、宛名は笹野葵様となっていた。
次いで、依頼主の覧を見て私は一気に開ける気をなくしてしまった。
「足長おじさん…?」
そう書かれていたのだ。
……不審すぎる。
「……兄さん。普通にこわい」
「案ずるな。有志だ。照れているんだろう」
「はい?」
荷物を押し返そうとする私に、兄は呆れた風に言った。
いやいや。ばりばり案じますが。
箱に不審な視線を送る私。
兄はやれやれと後ろ首をかいた。
「女に贈り物などしたことが無い男だからな」
い、意味わからん。
有志さんに贈り物をされる事自体も意味わかんないけど。
何を照れる?
何故、足長おじさん?
しかも、それなら何故招待状は郵送じゃないんだ?
ばれる事を懸念して?
いやいや、ばっちし兄にばれてますけど。
そして、何故兄は彼の心情をそんなに汲み取れているんだ?
兄よ、立派な心理学者になれるぞ。
「…お前。また馬鹿なことを考えているだろう」
「は!考えてないよ。心理マスターとか思ってないし!」
「……馬鹿か。いいから。開けてみろ」
何時もは、もっと乗って来るか鋭い突っ込みが炸裂するのに、兄は何処か疲れた様子だった。
はて。彼女にでも振られたか?
ドンマイ。
テンション低めの兄を気にかけつつ、言われた通り箱を開いた。
「う、わぁ」
出て来たのは、深い藍色のワンピースドレス。
思いもよらない出現に驚きながら、そっとそれを持ち上げ、広げてみる。
可愛らしいデザインだが、しっとりとつやのある藍色が何処か大人っぽい。
裾に葵の花の刺繍があり、所々にライトストーンがあしらわれていた。
すごくかわいい。
「けど、これをどうしろと?」
深意を図りかねて、心理マスターの兄を見れば、物凄く渋い顔をしていてぎょっとする。
「それを、着て演奏会に来いということだろう」
「え、兄さんにも招待状きてたの?」
「…招待状?さっき電話が来たぞ」
「え」
ならばこの招待状何だ!
要らなくない?
先ほど受け取った無駄に煌びやかなそれを取り出し兄に見せる。
「…今宵、とか気障だなアイツ」
何処かさえない表情の兄は、やはりさえない突っ込みを入れた。
まあ、それは確かに思ったけど。
「兄さん。きっと彼女も何か理由があって…」
「お前何を言って…いや、いい何も言うな。もういいから。それ、着替えて来い」
折角、傷心中…かもしれない兄を励ましてやろうとしたのに。
背中を押され、服共々部屋に押し込められる。
襖が閉まる直前、あいつ…とか、予感はしていたが…とか言う兄の低い呟きが聞こえた。
相当傷心らしい。
※※※
それは肌にしっとりと馴染んだ。
柔らかなシフォンのスカートは歩く度にさらりと揺れ、動きに合わせライトストーンを煌めかせる。
「わぁ…」
何で有志さんがこのドレスを送ってくれたのかは謎だが、私も一応女なので、ときめかない訳無い。
素直にうれしい。こんな綺麗な服着たの生まれて初めてだ。
「おい。準備できたか?」
等身鏡でドレスの素晴らしさに見惚れていたら、スーツの兄が襖を開けて入って来た。
兄の方も既に準備が整ったらしい。
ネクタイを調整している様子は、我が兄ながら格好良い。
いつもがひよこエプロンだから尚更だ。
「見て裾、きらきら!」
「…ああ」
兄は、はしゃぐ私を見て頬を緩めたが、すぐ思案顔になって、有志…あいつめ…と苦々しく呟いた。
「…やっぱり、行くのやめるか」
「? 何言ってるの今更。さ!行こう」
今更渋りだした兄の腕を引いて、家を出た。
いざ出陣!




