表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/54

23話

「おめでとー葵!!」


椎名君とお昼ごはんを滞りなく済ませ、教室の扉を開けた瞬間言われた一言。


「は!?何事?何が起きた?」


私、誕生日過ぎてますけど。

不審顔で周りを見渡すと、生温かな微笑が返ってくる。

これはいったい…。

私の横に立っていた椎名君に視線を遣ると、彼も少し首を傾げて私をジッと見返した。

どうやら彼にもこの周りのテンションに心当たりは無いらしい。


「んもーう。さっそく見つめあっちゃって。ラブラブなんだから」


にこにこ笑いながら四季子が寄って来る。


「は!?」


ちょっ!?

ええええ。

このこのって、肘で小突くなぁあああ。


「なっ。らぶっ!?」


「葵がさ、振られた腹癒せに椎名君殴るんじゃないかって、心配した私たちはクラス代表で岡崎を裏庭へ送り込みましたー。現場の岡崎さーん」


「振られたって前提から違っ」


何でそんな話になってるんだ!!


「はいはーい。現場の岡崎でーす」

焦って否定する私を遮り、クラスのお調子者岡崎が呑気な声を出した。


「な~んと。椎名夜彦君と笹野葵さんは、あっつ~い抱擁を交わしておりまーす。」


岡崎が大げさなジェスチャーで言うと、クラス中がヒューヒューやらなんやら盛り上がる。

お・か・ざ・き~。殺!!

岡崎を睨むと、悪びれもせずヘラリとした笑顔が返ってきた。

こいつ!


「椎名君は~。何か敷居高いって感じで~寡黙二枚目って感じで正直悔しいけどー。まぁ、純朴和風系葵なら似合わんこともないよー」


そうそう!イケメンってか二枚目とかハンサムって感じだよねー。

わかるー。だよねー。

女子は女子で、勝手に盛り上がってる。

何だそれ。


恐る恐る椎名君を見れば、色んな男子になんやかんやと絡まれていた。

依然として無表情な椎名君。

ああああ。このこのってやられてるし。

椎名君は決して絡まれキャラでは無かったのに!

一目置かれた委員長キャラだったのに……。図書委員だけど。

ごめん。椎名君。

決して私だけが悪い訳では無いけど、どうしようもなく申し訳ない。

発端は私だし…。


誤解が解けることはなく、始業のベルが鳴った。

ざわめく教室内に入って来た中センは、騒ぎの中心でワタ付く私を見てニヤリと笑った。


くうう。何か不本意だー。



※※※


「ごめんね。椎名君」


放課後、押し出されるようにクラスメイトたちに促され、椎名君と帰路についている。

何と無く、椎名君は騒がれるのが好きじゃない気がするし、何だか申し訳なくて謝る。


「なんで」


「え」


「笹野さんは、悪くない」


思ったより柔らかな口調に顔を上げると、しっかりと椎名君と目があった。

その目線だとか、口調だとか、いつもより柔らかく届くのは私の気のせい?


「そっか」


「ん」


ジッと見つめられていると、昼間抱きしめられたこととか、首にかかる柔らかな髪とか、まざまざと甦って。

思わず赤くなった顔をごまかすように俯けた。

寒さに乗じて手を温める振りをして顔を隠す。

何、この湧き上がる恥ずかしさ。


「それに」


「あ」


椎名君の手が私の手に伸びて、しっかりと捕まえた。

行き成りで予想外の行動に、逸らした顔を再び彼に向けてしまう。


「存外、愉快だ」


何時かのようなセリフで、何時かよりもずっと柔らかに笑う椎名君。

私は、何も言うことができなくて、ただ唖然と椎名君を見ていた。

あの時とは決定的に何かが変わった。

それは何によって?

彼を変えたのは何?

私を動揺させるのは何?


私の頭の中はパニックを起こして、たくさんの疑問が渦巻いた。

触れた手の熱さに、私はどんどん平静さを失っていく。

動揺した顔を見られたくないのに、合わせた視線を自分から逸らすことが出来ない。




「おや?葵ちゃん?」



聞き馴染んだ、良く知る声が私を思考の渦から救い出した。

そうか。ここはもう、並木茶屋通りだった。

この人に出会っても、何らおかしくはない。


「な、つめさ、ん」


ぱっと視線を声の方に向けると予想通りの姿。

だけど。

その瞳が。

美しい青灰色の瞳が。

暗い無機質なガラス見たいに冷たくて、私は声を詰まらせた。


「君は…椎名、夜彦君、かな?」


夏目さんが笑み湛えて優雅な動作で近づく。

だけど、その瞳がとても冷たくて。

私は、怖いというより悲しくなった。

以前も夏目さんの瞳が、ガラスみたいに冷たくなることはあった。

けれど、それとは違って今は笑顔を作るから。

不安定な薄いガラスが今にも壊れてしまいそうな、言いようの無い不安。

そう、ちょっとした刺激で意図も簡単に崩れ去ってしまいそうな、そんな心許無さ。


そんな顔しないで。

そんな眼で笑わないで。


未だに椎名君に繋がれた手にギュッと力が籠る。

はっとして、椎名君を見れば何処か緊張した面持ちで夏目さんを見ていた。

ピリッとした空気を肌で感じる。


やばい、やばい、やばい。

どうする?

否、どうにかしないと。


「そうです!そうなんです。彼、椎名君。クラスメイト、寡黙!!」


私は、どうにかこの空気を脱しようと、何故か片言で言った。

最後にバディーっっとばかりに繋がった手を振り上げる。

そして、素早く夏目さんの手を、空いたもう片方の手で捕まえる。


「彼、夏目さん。近所の古本屋さん、年齢不詳!!」


勢いに任せた意味不明な紹介を終えて、同様に夏目さんの手も振り上げた。


「……」

「……」

「……」


私は、長身の彼らの手を必死に上げながら、ダラダラと汗を流した。

冷や汗という名の。


何をしてるんだ私。不審過ぎる。

ああ。両側からの視線が痛い…。


「…ふ…あはははっ」


急に、夏目さんの方から快活な笑いが響いた。

繋がれていない方の掌を額に当てるようにして、そっれはもう爆笑してらっしゃる。

私は、ハハハ…。と乾いた笑いを漏らした。

そっと振り上げたままの二人の手を下ろして離す。

兄さん……。人間やばい時は幾らでも捨て身になれるのですね。

けれど、私何か失った気持で一杯です。

大人になるってこういうことなのでしょうか。


「ははっ…。年齢不詳は酷いな。葵ちゃん」


「…だって。そうじゃないですか」


やっと笑いが収まったのか、そう言って私の頭を撫でる夏目さん。

先ほど纏っていた空気は何処にもなく、心の中でホッと息を着く。


「あ!あの、夏目さん椎名君の書いた話読みたいって言ってましたよね」


仕切り直しとばかりに尋ねると、うん?そうだね。と返って来る。

よし。

今度は、先ほどから黙ったままの椎名君を振り返る。


「あのね。椎名君の作品すごく良かったから、是非夏目さんにも読んで欲しいんだけど、どうかな?」


「……」


椎名君はこくりと頷いた。しかし、無表情ながらいつもに増して表情が堅い、気がする。

やはり、気が進まないのだろうか。


「…やっぱり嫌?嫌なら…」


「クラスメイト」


「え?」


急に言葉を遮られて、キョトンとしてしまう。

無表情の様で、何処かしらムッとした椎名君。


「特別」


ああ、うん。

その一言でやっと納得。

彼は、さっきの私の紹介フレーズが気に食わなかったらしい。

そういうところに拘る椎名君は少し可愛らしい。


「うん。そうだね。ごめん。椎名君はともだち」


「…」


にっこり笑ってそう告げたら、椎名君はぴくりと固まった。

そして、小さく私に頷くと、夏目さんにゆっくりお辞儀して去って行った。

去っていく彼の背中に何故か哀愁を感じる…。


仲良くなったと思ったけど、まだまだ謎だ。椎名君。

うーんと首を捻っていたら、横から声が落とされた。


「牽制するまでも無く、か。無意識とはまた酷な…」


意味深で不可思議な夏目さんの言葉に更に首を傾げたら、苦笑して両肩をひょいとあげられる。

結局、教えてはくれないということか。

少し眉を顰めて見上げると、ちょっと溜息つかれてしまった。


「やれやれ。困ったものだね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ