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17話

モクモク…

モクモク…


「……」


モクモク…

「…おい?」


モクモクモクモク…

「おい!葵!」


大声で呼ばれて、口いっぱいにご飯を頬張ったまま顔を上げた。

そこには、今日の夕飯であるブリ大根と、不審気な兄の顔があった。


「お前、さっきから白いご飯ばっか食べて…ッ。俺のブリ大根に不満があるならあると、はっきり言えばいいじゃないかっっ!」


嫌がらせみたいに白米ばっか食うな!と何故か涙目の兄が私に詰め寄ってきた。

すっかり物思いに耽り、おかずの存在を忘れて無心で米を咀嚼していただけだったんだけど、兄にはそうは見えなかったらしい。

慌てて、ブリ大根に箸を伸ばす。


「べ、別に嫌いなわけじゃないんだからね!」


ツンデレサービス付きだ。

うん。最高に美味だぞ。自信を持て兄よ!

G☆Jとグッと親指を立ててみせる。


「……おまえ」


な、何故憐憫の眼差しで私を見る。

何時もの冴え渡る突っ込みはどうした!


「お前、今日は何時もに増して可笑しいぞ」


大体、ツンデレはそうじゃなくてもっとこう……。とツンデレに妙な拘りを見せつつ、私に“どうした?”と視線で問いかけてくる兄。

私は、箸を一旦御膳に戻して、膝に手を置いた。


「ん。よく分かんない」


ションボリと呟いた私に、兄も箸を置いてフーと大きな溜息を付く。


「どうせ、また妖怪のことだろ。今日も古本屋に寄って来たんだろ?何かされたか?」


確かに、夏目さんのこともあるけど、それだけじゃなくって…。うーん。

ホントに良く分からないんだ自分でも。


中センに言われた言葉とか、有志さんに言われた言葉とか。

―――視野が狭い。お前らはまだ若い。

―――君はまだ若いし、視野は広く持てってね。

何か二人ともに限りなく近い事を言われてるんだよなぁ。


若いとか、視野とか何だ。意味わからん。

具体的な考察と対策を教えろって話だよね!こんちくしょうめ!


「ん〜や。今日は夏目さんの所には行ってないよ」


「え゛?」


「あ、有志さんが向こうに戻る前にピアノを聞かせてくれるって。それで兄さんも一緒に是非って言っていたよ」


「は?おまっ」


何故か、世にも恐ろしげな顔で指差される。

指、わなわなしてるけど…大丈夫?


「妖怪の所に行かず、有志といたのか!?」


「うん」


「それで、有志にピアノを聞いて欲しいと言われたと!?」


「うん」


何故か鬼気迫る様子で両肩を掴まれ問われる。

ちょ…近い近い。

若干引いていると今度は、いやまさか…。とか、あの有志に限って…。

とか訳のわからない事をブツブツ言いだした。


「お前は、変なのばかり引っかけおって…」


「はい?」


本当に意味分からないんですけど?

おって、って何だ。おってって…。


「お前、有志に会ったから、あいつの所に行けなかった訳じゃないだろ」


兄が襟足の所をかきながら、やれやれといった様子で言った。

暗に、夏目さんの所には行かなかった理由があるんだろ?と聞いている。

悪い事をした訳じゃないのに、何故か責められているような心地になった。

思わず、小さくなって答える。


「何か、良く分からない」


私は、何度この台詞を言ったのだろう。

言うたびに暗示にでもかけられるように、どんどん心の霧が濃くなっていく気がする。

兄がまた、大きく溜息をついた。


「お前も何か思う処があるんだろうし、俺もとやかく言う気はない。」


だがなあ、と兄は続けた。


「人の気持ちは変わる。だが変わったらいけねぇこともあるだろ。お前はあいつのことを何か特別な物のように慕っているが、あいつも一人の心を持った男だってことを忘れたらいかんだろ」


兄の言葉は、忠告のような暗示のような響きで私の心に問いかけて来たけど、やっぱり私はその言葉たちを上手く飲み込むことが出来なくて、消化不良にでもなったかのようだった。



※※※


布団の中、歯に良くないなと思いながら一粒だけ、と桃色の星の欠片を口に入れて転がす。


夏目さんが、一人の男?

その言葉は生々しく私の頭の中に残った。

考れば、あの飄々とした人は私のことをどう思っているのだろうか。

毎日古本屋に行っている訳では無いけれど、行かない日は、少しは気にしてくれているのかな?


金平糖の甘さが溶け行って、泣きたくなるような切なさが胸を襲う。

一杯一杯の心は何処に逃がせばいい。

良く分からない、そうじゃなくて。

私は、考えたくないだけなのかな。

今まで通りを覆すのは、とても勇気がいることだから。

ごろり、と寝返りを打った。

返せないままの椎名君の小説。

明日は、彼は学校に来るだろうか。

その事を考えたら、少し心が楽になってくる。

学校であったら、おはようってあいさつして、休んで心配だったよって言って、それから、小説の感想を言おう。


無表情な彼はどんな反応を返すだろうか。

やっぱり、鉄仮面のままかな?

それとも、何時かみたいにちょっとだけ笑ってくれるだろうか。


そんな事を思ううちに、私の瞼は重みを増して、眠りの世界へと誘われていった。


※※※


―葵、駄目だ。あいつに近づくなよ。


どうして?とってもきれいなのよ。葵の王子様なの。


―王子様なんかじゃないよ。あいつは―――…だから葵の王子様にはなれないよ。な?だからもう行っちゃ駄目だよ?


どうして?どうしてお兄はいじわる言うの?葵もっとたくさん会いにいきたいの。


―…葵、きっと何時か悲しむ時がくるよ。


いつかなんてわかんないもん。

だったら悲しくないようにたくさんみておくの。


―……馬鹿だな、葵。

そんなのお前が辛くなるだけなのに…。馬鹿だな…。



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