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16話

「実はさ、私は半ば自棄になって日本に帰って来たんだ」


ガコンと、

空になった空き缶が、綺麗な曲線を描いてゴミカゴに入る。

私も狙いを定めて投げたが、見事に外して有志さんに鼻で笑われる。

くっ。

横目で睨んだら彼の姿はそこになく、いつの間にか外れてゴミカゴの横に転がった空き缶を綺麗な動作で拾って捨ててくれていた。

まさかそんな優しさを見せられるとは…。意外過ぎてついそっけなく、どうもと言ったら、10円の借りは返したと言われた。

意外と律儀な人…なのか?


「どうしても越えられない壁とか、他人を妬んだりして、腐って、弾くのが嫌になった。半ばやけくそで日本に帰った。そしたら漣からすごい曲が聞こえてきた」


示し合わせた訳でもなく、自然と二人で公園を後にし、家路を歩いていると、隣から脈絡もなく言葉が流れてきた。少し高い位置にある彼を見上げれば、その横顔は真っ直ぐ前を見つめている。


「ああ、すごい才能だと思う、小窓から覗くと私より数段ルックスも優れていて人間離れした美貌だ。こんな人も居るものかと思った。どだい自分にはこんな才能はない。いや、だけどまて。彼の弾き方はどうだろうか?彼の演奏は空っぽだ。私ならそこでクレッシェント…て、何時の間にかまた、純粋に弾きたい気持ちが芽生えた。」


話して聞かせるというより、自問自答のように紡がれる言葉は、とても耳障り良く暮れかかる通りに馴染んだ。

相槌さえいらないことを空気で読み取り、私はただ彼の言葉に耳を傾ける。

不思議に闇の暗さは、人の心を何時もより研ぎ澄まさせ、人をいくらか素直にさせる。

まるで遠かった隣の男が、久々に会った友に話して聞かせるように柔らかに話す。

私は少しだけ頬を緩ませた。


「言わば、彼のお陰で私はピアノへの情熱を取り戻したわけだ」


丁度街頭の明かりの下にたどり着いたとき、ライトアップされた有志さんが、喜劇役者のように肩を竦ませ両掌を掲げておどけて見せる。

照れ隠しのような其の仕草に私は微笑を深めた。

今、初めて有志さんに会った気がした。

何故か少しだけ目を細めて私をじっと見た後、有志さんも口の端を釣り上げて見せた。



※※※



「夏目さんは、魔法使いなんです」


打ち解けた空気がそうさせたのか、私は自然に言葉を零した。

今度は、有志さんが私の話に黙って耳を傾ける。


「不貞腐れてるとヒョイって、何でもないよ、大丈夫だよって。私の心を軽くしてくれるんです」


―――立ち葵の葵だね。太陽に向かって真っすぐ真っ直ぐ伸びるんだ。

初めて会った時からそう。


「だから、誰にも渡したくなかったし、触れられたくなかった。変わらないものであって欲しかったし、事実変わらないものだった」


聖域みたいに侵されたくはない場所だった。


「だけど、最近私おかしくて。」


夏目さんが、居なくなるような、そんな不安から始まった。

「永遠」というものの不確かさ。

椎名君の存在が、私の中で大きくなる。その事の漠然とした心許なさ。

夏目さんに対する、依存と執着の異常さ。

夏目さんが、こうして私以外の人に与える影響。誇らしいと思う反面、私だけの魔法使いでいて欲しいと思う。


何故か焦る様な口調で話してしまう。

有志さんに話す意味だとか、何でこんな話しているのかとか、考える余裕もなかった。

私はモヤモヤとした感情を吐き出すように闇に溶かした。


「夏目さんは、変だし格好もおかしいし正直わけわかんないし、兄さんは妖怪呼ばわりだし、そんな訳の分かんない人に私の生活の大半は…」


「ふん……そうか。君は彼を愛しているわけか」


………。


「は!?あっあい?」


ぎょっとして見上げると、顎に手をあて思案するような気障ったらしいポーズで、私を見下ろしている眼とかち合った。


「だってそうじゃないか。彼のことが分からない。独占したい。彼のことを考えるとっ…てやつだ。」


何故か不満気に言う有志さんに私は酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。


「くっ。面白い顔」


人の顔を指差しちゃいけませんっっ!


「って。そうじゃなくて!違くて」


確かに初恋の相手だけど。

そうじゃなくて!

何か、もう何か!そんな艶っぽい話じゃなくって。

そうじゃなくてを繰り返す私を横目に有志さんは「私はこっちの道だ」と勝手に話を切り上げてしまった。


「君には色々話せてスッキリした。」


「〜〜〜。」


清々しく言われても、こっちはモヤモヤしっ放しですけど。

自分だけすっきりするなんてズルイ!

恨めしく睨みつけると、今まで見せたことも無いような笑顔を返された。


な、何だ。


「私は時機に向こうへ戻ることになるだろうが。その前に君には是非ピアノを聞いて欲しい」


「…それは、是非」


思いがけず友好的に言われて、睨みつけるのを辞め、気の抜けたような返事を返す。

何が可笑しいのか私を見ながら笑みを深める有志さん。


「私の演奏を聴いたら惚れてしまうかもね」


「はぁ?」


ニンマリと言われても意味わからん。

惚れるなと言ったのは何処のどいつだ。

態と耳の遠いお年寄りのようなジェスチャーで聞き返す。


「ま、君はまだ若いし、視野は広く持てってね。じゃ。その時は是非、秀と夏目さんも一緒に」


そう言うと彼は軽い足取りで去って行った。


私は唖然と彼の背中を見送りながら思う…。


……い、意味わからん。



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