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14話

月に行きたいだなんて馬鹿みたいだと思うかい?

そう、僕は夜にしか輝けないこの月が酷く愛おしいよ。

だけどさ、そんなこと叶わないから言えることさ。

馬鹿みたいで、叶わない。だから言えるんだよ。



※※※


何度読み返しても、それは不思議な終わり方だと思う。

私は人の気配の薄い図書室で椎名君のノートを開いたり閉じたりを繰り返した。

いつもに増して肌寒さが身にこたえるのは何故だろうか。

私にとっての当たり前が、するりと指先を通り過ぎていく。

足元がぐらついて不明瞭な不安が押し寄せる。

私の常識は私以外に通用しない。それって当り前で、すごく怖い事だと思った。

夏目さん中心の生活。夏目さんを軸にぐるぐる回る私。

太陽を失った地球はいったいどうなるのか。

答えは容易く、暗く沈む私の心に滑り込んで来る。

ぱらり、ぱらりとページを捲る一方で、私の頭はすっかり中センの言葉に囚われてしまっていた。


「おい、下校時刻だ」


人の気配が少ないとは思っていたが、もうすっかり下校時刻になってしまっていたらしい。

ハッとノートから顔を上げると、下校時刻を知らせる音楽と気怠気にドアに手をかけている中センが意識に滑り込んできた。


「何で中センが?司書さんか図書委員の人は?」


「押しつけられた。」


迷惑そうな顔をして手に持った鍵を見せつけてくる。

そんな、ぶっきら棒な仕草が中センらしかった。


「いつもは、椎名が大体最後までしてくれるんだが」


「委員じゃない日もですか?」


確かに彼は図書委員だが、担当の日は決まっていて毎日図書室を管理する必要はないはず。

自然と浮かぶ疑問に首を傾げると中センも何も言わず首を傾けて、私の使用している机に座ると腕を組んで見下ろしてきた。

何と教師らしからぬ行動か。


「お前、今日俺が言ったこと気にしてるだろ」


覗きこまれるように見られてハッと息を飲んだ。

如何やら、粗野な言動に似合わず彼は本当に良く生徒を見ている。

先生の鏡だよ…あんた。

私は、無言で苦笑して見せた。

こうやって自分の心理に介入されることに慣れていないし苦手なのだ。


「お前と椎名は全く逆だな」


「え?」


「だけど、似ている所もある」


一々引っかかる言い方をするのに、私の疑問の声には応えてくれる気は無いらしい。

俺様教師め。

仕方がないので黙って聞いていることにした。

ただ、視線が胡乱になってしまうのはご了承…。


「お前、クラスでは飄々とうまくやってるけど、本当はすごい人見知りだ」


中センの観察力に半ば肌寒い物を感じた。それと同時に酷く驚いた。

客観的に見たクラスでの私が、飄々としている?それでいて人を引き寄せない…。

私の脳裏には飄々としたあの人が浮かんだ。


「ただ、本当に大事にしたい場所はちゃんとあって、それを壊されないか恐れている」


中センは、まるで占い師のように私に言葉を突きつけた。

私はそれを黙して聞くより術がない。

とても真剣に、とても大切なことを言われていると思う。

身動き一つしてしまえば何か聞き落としてしまいそうなピリピリした緊張が体を駆け巡った。


「だがな。視野が狭い。お前らはまだ若い。」


どんな事を言われるかと思ったら……。思わず肩透しをくらった気分だ。


「……ま。中センよりは若いでしょう」


私が言うと、中センはフンと鼻で笑った。

私の直接的な嫌味も彼には痛くも痒くもないという様子である。


「一つのモノを追い求めるのもいいが、もっと沢山選択肢はある。一つに拘る必要はない。特別なモノが一つなんて誰が決めた?」


中センは何処か遠くを見つめるように言葉を漏らした。

下校時刻を知らせる物悲しいメロディーと相まって、気怠い苦味がそこにあった。


「唯ひとつを決めるのは、もっと人生の最後でいい。アイデンティティも確立してないお前らが人生保守に回ってどうする。もっと手当たり次第がむしゃらに生きろ。自分の生きやすい場所を沢山作れ。」


生きやすい場所…?


「宝箱はいくらあったっていいだろ?」


にやりと笑う中センはどう見ても悪人面の無精髭なのに、その口から紡がれる言葉はまるで無邪気に輝いていた。




※※※


「変態には気を付けて帰れよ」


「“先生が送っていこう” とか言ってよ。」


「甘えんな。俺の愛車に乗れるのは20からって決まってんだよ」


「20禁!?」


すっかり元のテンションで会話をしながら、私と中センは図書室を出た。

はっきり言ってこんな信用に欠ける担任願い下げだ。

だけど、悔しいけど。本当に認めたくないけど。

今日話しをして中センもやっぱり先生なんだなって思った。


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