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12話

何処か虚ろな椎名君の表情。きっと今彼はここにいてここにはいないのだろう。

花を眺める瞳がどこか曇って見えた。彼は今何処を見ている?

人の暗い感情は何となく空気で分かる。

その人が本当に触れて欲しくない事ならば本当に慎重に扱わなければならない。

いや、本来は触れるべきでもないのだろう。

だけど、触れたいと思った。椎名君のことが知りたい。

私たちは今まで近くにいながらも平行線のように生きてきたけれど。

一度交わった糸を容易く解きたくはないと思う。

ねえ。椎名君。私はもっと貴方のことが知りたいよ。


「……何?」


訝しげな椎名君の声でハッとした。どうやら私は長い間椎名君に熱い視線を送ってしまっていたらしい。


「は、いいや…あの、」


君のことが知りたい。だなんて告白めいた思考が今更気恥ずかしく、しどろもどろになる。

私の青くなったり赤くなったりの顔が面白いのか、椎名君もじっと私を見つめていた。

眼鏡の奥の瞳にもう曇りはなく、ただ私の困惑顔がそこに映っていた。


「椎名君と仲良くなりたいです」


混乱の最中、私が紡ぎ出した言葉は小学生でも到底言わないであろう言葉だった。

ああ、もう。痛い。自分が痛い。


「……いいよ?」


軽く自己嫌悪で俯いていた私の旋毛に声が落とされる。

はたと顔を上げると今まで見た事のない椎名君の表情がそこにあった。

か、かわ…!!

何だこのハニカミ笑顔!

笑顔らしきモノは一度見た事があったけど、こんな風にはっきり見るのは初めてだ。

日頃無表情の人の笑顔って…破壊力ありすぎ。

反則だよ、それは。キラースマイルだよ。


「そ、そっか。じゃあ、仲良しだ」


「うん」


「メルアド交換する?」


「…」


黙られた。仲良し違うんかい!若干もう、どうしたらいいのか分からないです。


「機械、苦手」


「え、携帯持ってなかった?」


「ある。でも、電話だけ」


お、お年寄りですか椎名君。ラクラクフォン買いなよ…。

じゃぁ、電話番号だけでも、と言いかけた私に、電話も苦手と椎名君。

お互い言葉もなくじっと見つめ合うだけで暫く黙った。

私は既に前途多難なこの仲良し計画をどうしたものかと考えていた訳だけど、

椎名君はそうではかったようで、私から視線を外すとカウンターの端に置いてあったカバンから1冊のノートを取り出し私に差し出した。


「これは…?」


おそるおそる、差し出されたノートに手を伸ばす。

まさか、交換日記から始めましょう的なそんなアレですか?


「仲良しだから」


そう言った椎名君のノートを持つ指が私の手に触れた。


「特別」


淡々とした言い方はそのままなのに、今までより声が柔らかく聞こえるのは、私の気のせいだろうか。



※※※



帰って開いて見てほしいとの椎名君の言葉に、何なのか未だ良く分からないノートを鞄の中に納めて学校を出た。


は〜。思わず溜息が洩れる。

何だってこんな展開になってしまったのか。自分が何をしたいのかよく分からない。

夏目さんのことを考えていたのに。何故、急に椎名君に興味が湧いてしまったのか。


肌寒い秋口の風が頬を掠める。

私の中で何かが変わっていくのかもしれない。先ほど触れた指先にそんな予感がした。


早く、夏目さんに会いたい。今日はそのまま夏目さんの所に行こう。

帰路を行く足を速めて良く分からない思考を遮断した。



ガラガラと引き戸を開け、何時ものように本棚の森の向こうにいるであろう夏目さんのもとへ急ぐ。

ふと、本棚の影から覗いた夏目さんに思わず足を止めた。

どう表現したらいいのだろう。

何時ものように、何時もの席で頬杖をつきながら本を読む夏目さん。

綺麗な蜂蜜色の髪が出窓から漏れる微かな光にきらきら輝いて、伏せられた同色の睫毛に本を見つめる青灰色の瞳。

長い指先が本をパラリと捲る。

ああ、なんて綺麗な…。

本当にこのまま額に納めてしまえそうだった。だけど、何かが凄く悲しい。

何が、なんて上手く説明できない。

しかし私の胸は締め付けられるように切なくなり、その場から動けなくなってしまった。

思わずカーディガンの胸元をギュッと握る。


「葵ちゃん?」


呼びかけられて、はっとする。夏目さんが本から目を上げ、私を少し訝しげに見ていた。


「あ、こんにちは。夏目さん」


何処かぎこちなく挨拶をして、縫い付けられていた足を夏目さんの方へと動かす。

そのまま私が夏目さんの斜め前のアンティークの椅子に腰掛けるまで、夏目さんの視線は私を追っていた。

自分でも不自然だし、ぎこちないのが分かるから余計に目を合わせ辛い。

でも、何を言ったらいいのか分からない。


「あ、の」


でも、このままの雰囲気もまずい気がして、とりあえず声を出して失敗した。

何も言うべきことが見つからず視線を下に彷徨わせる。


「今日、学校からそのまま来て、お土産ないんです」


結局出てきたのはそんな言葉だった。


「それは、丁度良かった。葵ちゃんにと思ってたくさん買ってしまってね」


声と共に掌サイズの白い袋が差し出される。

夏目さんを見ると少し笑って頷かれたので、その袋を受け取り、そっと開いた。


「あ、金平糖」


白にピンクに緑に黄色…。カラフルで可愛らしく懐かしいお菓子が、白い袋にたくさん詰まっていた。


「私に、ですか?」


「そうだよ。お星様見たいで可愛らしいよね」


「夏目さんが買ったんですか?」


「そうだね」


一つ黄の金平糖を取り出して口に入れる。優しい甘みが口の中で溶けた。

嬉しい。

夏目さんが私のいない間、私の事を考えて、私のために物を買ってくれた。

こんな綺麗なお菓子を選んでくれた。


「夏目さん」


「ん?」


「ありがとうございます」


宝物だ。金平糖は1年持つというから、乾燥材と綺麗な瓶を用意しよう。

思わず頬が緩んだ。


「カタチに残るモノより、溶けてなくなった方がいいのだろう」


夏目さんの言葉に緩んだ頬が一瞬にして強張り、意味を図りかねて彼の瞳をじっと見た。


「だけど、覚えていて欲しい。と言うのは傲慢かな…」


私を映した青灰色の瞳が揺らいだ。

紡がれた言葉は私に聞かせる言葉と言うよりも、彼の独白のようであった。

何を、とも誰を、とも言わない。だけど、それはまるで……。


「夏目さん」


何でそんな事を言うのですか?

続く言葉は空気に溶けて、私は彼の名前を呼んだだけだった。



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