暗い井戸の底へ
ハーグ上空の母船の中、ガリュウは会社の直接の上司の他、取締役も含めた十人程の幹部達の前に立っていた。
取締役達と言っても全員、不老不死化している為、見た目はガリュウと変わらず少年少女だ。
また彼らは会議室の椅子に座ってはいるが、本体は母星のそれぞれの家にいて、会議室に映像と音声を投影しているだけだった。
事なかれ主義の取締役の一人がガリュウを値踏みする様な目で見た。
「報告は読んだよ。だがねぇガリュウ君、君の担当エリアだけ武器及び兵器の使用を認めれば、全体のバランス、それに剣と魔法というユーザーを引きつけている魅力が失われてしまう」
「ですが、報告書に書いた様に敵は巨人の様な物を持ち出してきました。歩兵と白兵武器だけではとても対処出来ません。せめてこちらも大型の機動兵器を使わせてもらわないと、このエリアにプレーヤーがダイブしなくなります」
別の取締役が皮肉げに言う。
「僕も映像を見たよ。しかしこの数十年あんな物が出てきたエリアは無かった。他のエリア担当者に対抗する為の自作自演では無いだろうね?君のエリアはプレーヤーの流入も減っているそうじゃないか?」
「そんな!?僕にも提供者としてのプライドがあります!それにやらせが発覚すれば、企画自体が過疎化する事は過去の事例で知っています!」
彼らもかつてはコンピューター上で作られた仮想現実で満足していた。
だが、やはりそれは誰かが作った物でしかない。
リアリティを求めた彼らは他の星や銀河にそれを求めた。
作り物では無い世界、そこで繰り広げらる冒険やロマンスは、安全に楽しめるリアルとして娯楽の王様になった。
過去にはそれに過剰に介入し、提供者が演出を加える事も横行していたが、目の肥えたプレーヤー達は敏感にそれを感じ取った。
噂は一瞬で広がり一つの企画が一日で過疎化した事もある。
未開の惑星にとってそれは喜ばしい事だったのだろうが、提供会社にとっては死活問題だ。
まぁ会社がつぶれても、グード人の社会では唯の一般人に戻るだけだが、富と名誉を追い求める事が生き甲斐の彼らにとっては社会的ステータスを失う事は死と等しいのだろう。
そんな訳で提供会社にとって、やらせ及びやらせ疑惑は一番のタブーとされていた。
「まぁそうだな。自分の成績を上げる為に企画自体を危険にさらす事は流石にないだろう」
「フンッ、それで何を使いたいのかね?」
「はい、前回の宇宙戦争に使った人型兵器。あれを改造して大型のモンスターとして投入すれば、企画の趣旨からも外れないかと」
宇宙戦争と聞いて幹部の何人かが顔を顰める。
彼らにとっては思い出したくない記憶だろう。
「大型のモンスター……。イメージは出来ているのか?」
「ええ、現地人のおとぎ話に登場する物をモチーフにしました」
ガリュウはコンソールを操作し、会議室の中心に3Dモデルを投影させる。
幹部達の手元にもスペックが書かれた資料が表示されている筈だ。
「ふむ、ちょっと強力すぎやしないかね?これでは中世の戦争にガンシップを持ち出す様な物だよ」
「そうだな。火炎放射に火炎弾、重力制御による飛行能力、更に航宙艦に使われる外殻を装甲に使う……。ガリュウ君、人々は虐殺が観たい訳じゃないぞ?」
「部長、問題は巨人だけではありません。砦の現地人の兵士全員が能力者に変わった可能性があります」
「それは私もリアルタイムで見ていました。たしかキールが指揮官でしたね?」
「はい、彼らはキール率いる五万の兵を五千で返り討ちにしたのです。決して過剰戦力とは言えません」
幹部達は一様に黙り込み考えを巡らせた。
あまり強力な兵器は感覚で言えば、無抵抗の魚の群れに爆弾を投げ込む様な物だ。
効率は良いだろうが人々が求めているのはそれでは無い。
やがてガリュウの正面に座っていた少年が口を開いた。
「いいだろう。使用を許可する。ただしユーザー及びプレーヤーの意見に常に留意したまえ、批判的な意見が五パーセントを超えた時点で使用は中止だ」
「分かりました。ありがとうございます」
頭を下げたガリュウに部長が問い掛けた。
「ところでローガ君はどうしている?休暇申請が出ていたが?」
「彼女は医者の話では過労だそうです。ここの所、第二王子の次を狙って色々やってみたいですから、疲れが出たのでしょう」
部長は表面上は気の毒そうな顔をした。
「そうか……、ゆっくり休むよう伝えてくれたまえ」
「はい……」
正面の少年、会長が解散を告げると会議室はガリュウ一人だけになった。
幹部に見せた3Dモデルが、ゆっくりと部屋の中央で回転している。
それは蜥蜴の体に蝙蝠の羽根を生やした、所謂ドラゴンに酷似した姿だった。
砦ではローガのアバターが正気を取り戻していた。
「ねぇ、これは何かの間違いだわ。私はハーグから逃げてきただけよ」
「あー、そういうのいいから。お前の中身はコピー済みだし、ネタは全部上がってんだ」
「……あっそ。それで私をどうする気?」
ローガはしおらしい態度を止め、軽い調子で尋ねた。
「お前にはここの連中の怒りを抑える為に公開処刑されてもらう」
「現在の体に入っている物はコピーして、データバンクの物と並列化しておきますから、安心して首を落とされて下さい」
「フンッ、覚えてなさい。この体が死んでも、回線が切れた段階で本体は行動を開始してるんだから」
「そうなの?俺、回線切る時カウンタープログラム仕込んだから、本体も多分ダメージ受けてんぞ?」
「……かうんたーぷろぐらむ?」
ローガは急激に顔色を変え、妙にカクカクした動きでトールを見た。
「ああ、追跡されるのも面倒だし、大本から壊しとこうと思ってな」
「えへへ、リームちゃん謹製の特注品ですよ。危険すぎるんで増殖機能やネットワーク間の移動は制限してますけど」
「じゃあ、私の本体は……?」
トールはダラダラと汗を流すローガに軽く答えた。
「最悪、脳にダメージ受けてるけど別にいいだろ?意識の外部化が出来んだから、バックアップから復活出来んだろ?」
「いいわけ無いでしょ!?……どうしよう私暫くバックアップ取ってない」
「うわっ……やっちまったなお前。まっ、諦めてやり直すんだな。」
トールが鼓愁傷様といった様子で首を振る。
「どっちにしろ、お前達の遊びは全部潰すつもりだから、さっさと逃げ出すことをお勧めするけどねぇって、お前に言っても意味ねぇのか」
トールの言葉はローガには届いていない様だった。
彼女はバックアップを取っていなかった三ヶ月を失う事に絶望していた。
これまで順調にキャリアアップしてきたローガにとって、それは初めてついた傷だった。
その後兵士に連れられローガのアバターは斬首台に乗せられた。
ハシェはトールの尋問の後、砦の人々に自分たちが戦っている者の正体を教えた。
当初はローガの見た目が現地人と変わらない為、懐疑的だった人々だがリームが見せたローガの記憶の映像で事実だと確信するに至った。
一時間程に編集された解説動画だったが、グード人が何者か知るには十分な内容だった。
魔物や自分たちに似せた人形を傀儡に使い、戦争を娯楽として商売にしている者達。
真実は家族や友人を失った砦の人々の心に怒りを巻き起こした。
彼らは一様に斬首台のローガを睨みつけている。
「……何よ!!未開人なんてどうなろうと知ったこっちゃないわ!!」
「それが最後の言葉か……。つくづく救えんな」
ハシェは剣を振り下ろした。
首を落とされた瞬間、意識は途切れ、次に気付いた時は幻想的な庭だった。
「もう、最悪……まぁいいわ。絶対抜け出して復讐してやるんだから……」
「出られませんよぉ……」
「へ?」
ポンッとローガの肩に青白い手が乗せられた。
振り返ると長い黒髪の間から、血走った眼がこちらを見ていた。
「あなたはずっとここにいるの……」
「ヒッ!?だっ誰!?」
「……」
後退ったローガの背が何かにぶつかる。
首を回して確認すると古い井戸の様だ。
気が付けば幻想的な森は、薄気味の悪い林に姿を変えていた。
目の前の不気味な女は両手を上げてゆっくりと近づいて来る。
「さぁ一緒に行きましょう。……深い井戸のそこへ……」
「嫌……嫌ぁ!!!誰か!!!誰か助けてぇ!!!」
トレスに井戸に引き込まれながら、ローガの声は暗い井戸の底に消えた。