ローガの受難
トールは金髪の美女を小脇に抱え、砦に向かって時速200キロ程で走っていた。
「速い!!速すぎるよぉ!!もう止めてぇ!!!はぅ………」
トールが谷を飛び越えた時、その美女ローガは目を回していた。
それに気付かず彼は暢気に話しかける。
「そんなに喚かなくても、もうすぐ着くさ」
「……あは、あはは……」
「フッ、どうやら観念したようだな」
大人しくなったローガに語り掛けながら、トールは砦での称賛を期待して足を速めた。
砦に戻ったトールを待ち受けていたのは、リームとハシェよる尋問だった。
「おかっしいな……。なんでこうなるんだ……」
リームが胸から光を放ちトールの顔面を照らす。
彼女は姿もベージュのトレンチコートに、くたびれたスーツという物に変えていた。
「トールさんよぉ、敵の捕虜って言うが、この女はどう見ても現地の人間じゃねぇか?いくら未開の惑星でもやって良い事と悪い事があるよなぁ?あっ!?」
「刑事さん、眩しい!止めて下さい!……僕は…僕は無実です!!その人はホントに敵なんです!!」
ハシェは二人の寸劇に呆れながらトールに尋ねた。
「……トール殿、敵とは言うが、貴公が攫ってきた娘は笑うだけで、話もままならんではないか?……貴公、何かおぞましい事をしたのでは無いのか?」
「そんなこと……僕はやっていない!!」
妙に芝居がかったセリフ回しでトールは答えた。
問題になってる女性。
トールが連れ帰ったローガのアバターは、移動の際のショックの為か一時的に正気を失い、現状では涎を垂らしながらヘラヘラと笑うだけになっていた。
「さっきから気になっていたんですが、一体誰の真似です?」
「いや、昔観た映画にこんなシーンがあったなぁと……お前もそれ誰かの真似だろう?」
「えへへ、分かります?一回デカ長ってやってみたかったんですよ」
薄暗い部屋の中、置かれた机にハシェの拳が打ち付けられる。
「……二人とも、真面目にやってもらってよいだろうか?」
「……はい、すみませんでした」
「ごめんなさい。あまりにも刑事ドラマみたいだったので……できればカツ丼のくだりまでやりたかったなぁ……あっ!なんでもありません!」
ハシェに冷たく睨まれ、リームは慌てて手を振った。
「それで、トール殿、一体何があったのだ?」
「狩りにいったらよ、襲われてる現地人の女、そこで笑ってる奴な。そいつを見つけたんだ。様子がおかしかったんで視覚センサーを色々変更して調べてたら、すっげーマイナーな回線でどっかとつながってて、あんまり怪しいから回線焼き切って話を聞こうと連れて来たって寸法だ」
「なるほど、現地人に似せた遠隔操作体ですか……回線を急に切ったから、おかしくなっちゃんたんじゃないですか?」
先生に質問する生徒よろしくハシェが手を上げる。
「少し良いだろうか?先ほどから二人が言っている回線とはなんだ?」
トールはリームに任せたとでも言う様に手を振った。
リームは腰に手を当て頬を膨らませると、ため息をついてハシェに説明を始める。
「この場合の回線というのは電気信号を送る為の物です。……そうですね、ハシェさんに分かりやすく説明するなら部下の方の能力にある意思伝達能力の様な物でしょうか」
「連絡係の使うアレか?」
「はい、あんな感じで離れた相手に様々な情報を送れます。ただその為には見えない糸の様な物が必要なんです」
「ふむ、糸……?」
ハシェはイメージが湧かず首を捻っている。
「なんと言ったらいいか……。そうだ!この砦は連絡に鳥を使ってますよね?」
「ああ、王都までは人の足では時間がかかるからな」
「その鳥をトールは途中で撃ち落としたんです」
「鳥を……なるほど、それでは情報は伝わらんな。……今一つよく分からんが、トール殿がその見えない鳥を殺したのだな?」
「殺したというか……もうそれでいいです。とにかく急に連絡が途絶えた事で、この人は混乱したのではないでしょうか?」
リームの説明を聞いて、今度はトールが手を上げる。
「はい、トール君なんですか?」
「はい!リーム先生、僕はこの女の人が本当のグード人が操っているロボットだと思います!」
「本当のグード人?どういう事だ、グード人とは我々が戦ってきた魔物ではないのか?」
「ああ、多分あいつ等はAI……人が作った考える機械だが、そいつで動くロボット……操り人形だと思うぜ」
ハシェは笑っている女性をまじまじと見た。
「これが人形だというのか……人にしか見えん」
「こいつはお前達に似せて作られた人形だろうな。戦ってる時、たまに動きの良い奴がいたから、あいつ等も誰かが操っていたのかもな」
「……我々は命を懸けて戦っているのに、敵は代えの利く人形で戦っていただと……」
ハシェは腰の剣を抜き、女の前に立った。
「まぁ待てよ」
「何だ!?これは人形なのだろう!?」
「確かにそいつは人形だが、頭の中には情報をたんまり持ってる。戦争で情報は重要だろ?」
トールの言葉で渋々ハシェは剣を納めた。
「だが、こんな状態で何を聞き出すというのだ?」
「そこはそれ、リーム先生にご登場いただいてだな」
リームはトールの視線に頷き、アバターを眼鏡をかけ白衣を着た女医モードに切り替えた。
モードに合わせ、髪もアップスタイルに変えている。
眼鏡をクイッと持ち上げる様子は、クールビューティーといった感じだ。
「フフッ、任せてください。はーい、ちょっと脳みそ覗かせて頂きますね」
「……脳みそ覗くって怖えな」
「まさか、頭蓋を割って……」
ハシェが怯えた顔でリームから離れた。
「そんな事はしません!回線でつながっていたのなら、入り口がある筈……」
リームは胸から光を放ち女性をスキャンした。
トールが遮断した回線を見つけ、解析後、疑似的に模倣する。
「あまり見ない形式ですね。とても古い地球の方式に少し似ています」
「入れそうか?」
「むっ?結構ガードが堅いですね……強引にこじ開けます」
「えへへ……!?アババババ!!」
それまで笑っていた女性が突然奇声を上げたので、トールもハシェも若干引いている。
「……おい、大丈夫なのか?」
「ええ、多分……トールの推測、当たりですね。……この人、凄く上昇志向が強いですね。あっ、なんか美人局的な事をしてハンサムな人を誘拐してますよ」
「うわっ、完全に黒じゃん」
女性の記憶を見ていたリームは、一旦調査を打ち切りトール達に向き直った。
ローガのアバターは無理矢理、記憶をスキャンされた事で白目を剥いている。
「色々、衝撃の事実が判明しました」
「へぇ、どんな?」
「まず初めに、この金髪美人はトールのいう様にグード人の使う操り人形です。次にこの人の中身ですが、地球人の感覚で言うと、ゲーム会社の人です」
「ゲーム会社?だってこいつ等、実際に戦争してるじゃん」
「ええ、だから戦争を疑似体験するコンテンツとして、母星の人たちに売ってるんですよ」
「げぇ……最悪だな。死の商人の方がまだマシだぜ」
二人の話を聞いていたハシェが眉根を寄せた。
「ゲーム会社とは何だ?」
「えーとですね……。さっきからハシェさんへの説明が大変ですね……。トール、基礎知識を彼女の脳にインストールしてもいいですか?」
「それは俺じゃなくてハシェに聞けよ」
「そうですね。ではハシェさん、知識を脳に書き込んでいいですか?」
真顔で気味の悪い事を聞いて来るリームに、ハシェは壁際まで後退した。
「リーム殿……、なんだか怖いのだが……」
「大丈夫……大丈夫ですよ……。ちょっと情報に圧倒されて気分が悪くなるだけですから……ウフフッ」
「悪乗りすんなリーム、ハシェが怯えてるじゃねぇか」
暗い笑みを浮かべたリームをトールがたしなめた。
「ちぇ、せっかくマッドサイエンティストっていうレアな役をやれそうだったのに……ハシェさん、そんなに怯えないで下さい。我々の世界の基本的な知識を知ってもらうだけですから」
「基本的な知識……」
「ええ、それが無いと説明し辛いんですよ。ハシェさんも火の事を全く知らない人がいたとして、ランプの事を説明するのは大変でしょ?」
「……火を知らない……私はそれ程、無知だという事か……」
俯いたハシェにリームはニッコリと笑った。
「そんなに気にする必要は無いですよ。無知は罪ではありません。知ろうとしない事が罪なのです」
「はぁ……、とにかく知識が無いと正しい理解が出来ないという事だな?」
「はい、その通りです」
リームは教え子が正解した時の教師の様に嬉しそうに頷いた。
「……分かったやってくれ」
「ウフフッ、さっきも言いましたが少し気分が悪くなりますよ……」
「だから、止めろって」
「分かりましたよ。……ではハシェさん、始めますね」
リームの胸が輝きハシェの頭に光が当てられる。
情報がハシェの中に流れ込んで来る。
リームは専門的な知識は除きごく一般的な基礎知識に絞っていたが、それでも膨大な情報にハシェは目が回りそうだった。
「ううッ……頭がクラクラする……だが、二人の言う事は理解出来た。この女の本体は遊びを提供する為に我々を殺していたという事だな」
理解が及んだハシェは再度剣を抜いた。
振り上げた腕をトールが掴む。
「殺すのは何時でも出来る。まずは情報だ」
「クッ、分かった。だが情報を取り終えたら公開処刑するからな!」
「ああ、好きにしな」
ハシェはトールの手を振り払い、ローガのアバターを睨みつけると部屋を早足で出て行った。
「良いんですかトール?女の子、余り殺したくないんでしょ?」
「いってもそいつ人形だからな。中身はおっさんかもしれねぇし」
「えっと、ホントに女の子みたいですよ」
「……しゃあねぇ、中身コピーして、船のデータバンクに放り込んどけ。お前の妹たちに監視させときゃ悪さは出来ねぇだろ」
「あの娘たちで大丈夫ですかねぇ……」
ローガが目覚めたのは緑の溢れる幻想的な庭だった。
「ここは……?確か地球のサイボーグに攫われて……」
金髪の現地人にダイブしていた筈だが、気が付けば緑髪の本来の姿に戻っている。
母船に戻ったのだろうか。
「よぉ、起きたみてぇだな」
顔を上げると黒い革の上下を着た、髪をスプレーで立てた女が見下ろしている。
「ここは何処?あなたは?」
「ここはモーリアンのデータバンクさ。俺はアンタのお守り任されたデュオだ」
「モーリアン?デュオ?」
「まぁそんな事は置いといて、挨拶がてら一曲聞いてくれ。姉妹以外の客は久しぶりだぜ!!」
「え?何?一曲?」
困惑しているローガを置いて、デュオはマイクを握りしめた。
何処からともなく爆音が響き、ローガの鼓膜を直撃する。
「何これ!?うるさい!!やだ!!耳を塞いでも聞こえて来る!?」
マイクを握ったデュオはデスヴォイスと高音を使い分け、気持ちよさそうに歌っていた。
「誰か!?誰か助けてぇ!!!」
幻想的な庭にローガの叫びが響き渡った。