獣の咢
モーリアンが衛星軌道に上るのと、ドーガンが旗艦を掌握するのはほぼ同時だった。
何故かというと、どっちが早くてもお話が終わってしまうからだ。
「それは言わなくていいんじゃないですか?」
ほら、言っとかないと誠実じゃない感じがするからさぁ。
「はぁ、そうですか……」
とにかくうまい具合に両者は軌道上で対峙した。
モーリアンを見たドーガン達はその大きさを見て鼻で笑った。
旗艦は都市を丸々一つ飲み込める程の大きさだ。
一方モーリアンは前話でも書いた様に輸送船より小さい。
兵装を使わずとも体当たりするだけで押し潰せるだろう。
しかし、ドーガンは前回の戦いを思い出し最初から全力で叩き潰す事に決めた。
「全砲門開け、あれは塵一つ残さずこの宇宙から消す」
「了解、確かにあの地球人は消しておかないと不味いな」
ブリッジにいるのは姿は違っても全員ドーガンだ。
やがて差異は生まれるとしても、現状では思考パターンと記憶は同一と言っていい。
「ターゲットロック、いつでも消せるぜ」
ファイアーコントロールを担当しているローガが少女の声で乱暴に答える。
「よし、やれ」
「了解!」
旗艦の館長席に腰かけたドーガンは笑みを浮かべ命令を下した。
それを受けてローガの姿をしたドーガンが、同様の笑みを浮かべ親指で実行キーを押した。
旗艦の全ての砲門からモーリアン一隻に向けて閃光が放たれる。
主砲は勿論、副砲であっても小さな都市なら一発で灰に出来る威力だ。
収束したエネルギーは小型船を一瞬で蒸発させる、ブリッジの誰もがそう考えていた。
だが、小型船はその舳先をまるで猛獣の咢の様に変化させ、全ての閃光を飲み込んだ。
「……馬鹿な、弾くでも躱すでもなく飲み込むだと……あんな小さな船にそんなキャパシティがある訳が……」
「リーダー……通信が入ってるぜ」
通信担当のロゼが館長席のドーガンにいう。
通信……亜空間通信を遮断している今、本社からの連絡はあり得ない。
侵略船はドーガンの物以外、全て反応は途絶えている。
「……つなげ」
モニターに表示されたのは、黒髪の男と羽根の生えた少女だった。
少女の方はやけに派手なベルトが目立つ、ボディアーマーの様な物を着て妙なポーズを決めていた。
『よぉ、ドーガン』
「その声はこの前の地球人だな。……用を聞く前に後ろの羽根の生えた女は何をしている?」
『私ですか?これは大昔、地球のある地域で大人気だったヒーローのポーズです!』
「……用件を聞こうか?」
意味の分からないリームを無視して、ドーガンはトールに話を振った。
『無視しないで下さいよ!これは仮面もがっ!?』
トールは説明しようとするリームの口を塞ぎ、ドーガンに向き直った。
『こいつのコスプレは無視していいから。えっと、簡単にいうと降伏しねぇ?って事なんだけど……』
「降伏?ハッ、一回攻撃を防いだぐらいで調子に乗るなよ。この船にはまだ使っていない兵器が山ほど搭載されているんだ」
『ぶはっ、山ほど!?止めて下さい!!これ以上倉庫の在庫が増えると管理が面倒に……』
リームがトールの手から抜け出し慌ててドーガンを止める。
「フフフッ、後半部分はよく分からんが、その奇妙な女は攻撃されたくないようだな?」
ニヤリと笑ったドーガンにリームは必死で訴えた。
『駄目です!!せっかく減らした素材が……』
「ありったけの攻撃艦を発進させろ。機動兵器もだ。オールレンジ攻撃で相手を押し込む!」
「了解!」
AI制御の小型攻撃艦の他、人型兵器、単距離用の戦闘艦が次々と旗艦から吐き出される。
その数は三万を超え、更に増え続けていた。
「いやぁ……あんなにあったら何でも作り放題じゃないですか……」
「もう諦めろよリーム。さっさと食っちまおうぜ」
「トール!約束は覚えていますね!?」
「えーと、コレクションを半分に減らすだったか?」
「三分の一です!!いいですか、どんなに素材が増えてもあなたのコレクションは増やしませんからね!!」
「分かってるよぉ」
トールは完全に分かっていないニタっとした笑みを浮かべた。
頭の中ではきっとこれから作れる様々な物を想像しているのだろう。
「絶対させませんからぁ!!」
リームはヤケクソでコンソールを操作した。
それに合わせてトールも意識をモーリアン操縦に移行する。
先程同様、船の舳先が牙を剥く。
最初はそれを笑って見ていたドーガン達だったが、徐々に笑いは消えて行った。
まるで猛獣の口の様なそれは、留まる事無く広がり続け、ついには旗艦を飲み込む程の大きさになった。
口の中には宇宙空間よりも暗い闇が渦を巻いている。
「何だ……あの船は……」
「全速後退だ!!」
ガリュウの姿のドーガンが操舵を担当していたブランに声を上げる。
旗艦の核パルスエンジンが連続した煌めきを放ち、核融合に周囲の艦船を巻き込みながら急速に後退を始める。
それに合わせる様に獣の口が閉じ始めた。
飲み込まれた小型機は咀嚼される事無く一瞬で闇の中に消えていく。
「ふぇぇぇ……徹夜して素材を減らしたのに五倍以上に増えちゃったよぉ……」
リームは悲しそうに亜空間倉庫に貯まっていく兵器の数を見ていた。
「ご馳走様でした。やったなリーム!暫くは材料に困る事は無いよ!!」
満面の笑みでリームに親指を立てるトールを、彼女は今すぐ殴り飛ばしたい衝動に駆られた。
「グヌヌッ、あのグード人がさっさと白旗を上げないから……」
リームのトールへの憤りはドーガンに向かう事になった。
その怒りを向けられた旗艦のドーガン達は余りの事に言葉を失くしていた。
やがて誰かがぼそりと呟く。
「……地球人に喧嘩を売ったのが間違いだったんじゃあ……」
「何を言い出すんだ!?旗艦の力はこんな物じゃない!!」
「でも何をしても多分食われちまうぜ?」
「そもそもリーダーの計画が杜撰すぎるんだよ」
「何だとだったら最初にそう提案しろよ!!」
「起き抜けに提案とか無理だろ?」
元は同じ人間でも、意識が別れればそれはやはり別の人間なのだろう。
ドーガン達は互いに責任を押し付け合い、罵り合いを始めてしまった。
「……トール、さっさとあの船を沈黙させますよ」
「えー、多分様子見してたら第二弾を繰り出してくるぜ。もうちょっと素材を貯めようぜ」
「トール……」
「あっ、そうすっね。早くしないと夕飯に遅れちゃいますもんね」
血走った眼を向けたリームに、トールは一瞬で迎合した。
「あれを使います」
「ええ、よくってよ」
色っぽく言ったトールをスルーして、リームがコンソールを操作するとモーリアンの前面に亜空間が展開する。
それは船の舳先から後退した旗艦に向けて並ぶように口を開き、一瞬で数百メートルの筒状のパーツを組み上げた。
「エネルギーは先ほどの攻撃を転用します」
「おう」
「狙う場所は分かっていますね?」
「解析済みだ。任せろ」
「ではどうぞ」
「当たれぇ!!!」
別に叫ばなくてもAI補助された攻撃は大体当たるんですけど……。
リームは以前からそうは思っていたが、口にするのは止めていた。
一回、何故叫ぶのかトールに尋ねた所、嬉々として大昔のアニメの説明を始めたからだ。
そんな事を思っている間に、エネルギーを帯びた弾丸は作り出した砲身の中で加速され、旗艦のシールドを突き破り中枢を撃ち抜いた。
それと並行して、弾頭から散布されたナノマシンが旗艦を管理しているメインシステムを侵食する。
程なく旗艦はモーリアンの管理下に置かれた。
「システム、掌握しました。会話しやすい様にモニターに旗艦の疑似人格を投影します。……なんか怯えてますね?」
「大口開けたのが怖かったのかな?」
モニターに映し出されたナノマシンが掌握したシステムは、捨てられた子犬の様に震える角の生えた白髪の女の子として写し出されていた。
「どうしたんですか?怖くないですよ?」
『……本当?』
「ああ、本当だぜ。何がそんなに怖いんだ?」
『あのね。私の中にいる人達、殺し合いを始めちゃったの……』
「マジか……」
リームはつながった旗艦のデータバンクを攫い、船内の様子を確認した。
旗艦に乗っているのは、ブリッジにいた二十二名だけのようだ。
彼らは言い合いを始め、やがてシステムが沈黙すると今度は直接的な暴力にシフトしていった。
『おかしいんだよ。理性的な人もいた筈なのに、みんな同じ様な考え方で……』
「確かに変ですね。砦にいる筈のガリュウさんの姿も見えます。……クローンってやつでしょうか」
『え?大怪我とかしない限り、クローンは基本的に作っちゃ駄目なんだよ。そういう風に法律で決まってるの』
「そうなの?あいつクローン作ってたよな?」
「そうですね」
「生き残ったのはドーガン一人か……リーム乗り込むぜ」
「了解です」
トールはモーリアンに作り出した砲身を食わせながら、船を旗艦へと進めた。




