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科学と魔法  作者: 田中
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十人のリーム

砦の一室、医務室と言うのも大げさだが、治療を行う部屋でリームがハシェの頭に光を当てている。

ハシェはそれに怯えつつも、動くことは無かった。


「分かりました。どうやら脳に特殊な器官があるようです。これはトールが仕留めた、アッシュバイソンにも存在していました」

「それがこの星の人間が、魔法みたいな力を使える理由って訳か?」

「はい、試しに魔法の使えない兵士の方にも協力してもらったのですが、器官はあるのですが回路が開いていない状態でした」


トールはニヤリと唇をゆがめた。


「んじゃ。その回路ってのを開けば全員、超能力者に出来るって訳だ」

「簡単に言わないで下さい。脳を弄るのは常に危険が伴います」

「んな事言ったって、戦争だぜ。全員使えた方が便利じゃねぇか」


二人のやり取りを聞き、ハシェが口を挟んだ。


「術を兵士全員が使えるように出来るのか!?」

「はい、理論上は可能です。しかし危険ですよ?」

「リーム殿、私の能力も強化できるのだろうか?」


「ハシェさんなら、回線を整理して器官を解放すれば、今の十倍以上の力が出せる筈です」

「十倍以上!?是非やって欲しい!!」


ハシェの言葉を聞いた側近がすかさず止める。


「姫様!なりません!!危険だとこの者も申していたではありませんか!?」

「ディム。民を守る為に力が必要なのだ」


「……どうしてもと仰るなら、まず私が実験台になります。リーム殿、私に施術を!」


リームはディムと呼ばれた側近を見た。

四、五十代の禿げ頭の髯を生やしたおじさんだ。


「大丈夫ですか?奥さんやお子さんも、いらっしゃるのでは?」

「妻も娘も国の為なら分かってくれる!さあやってくれ!」


「いいじゃねぇか、リーム。やってやれよ」

「まったく無責任なんですから。ではディムさんそこのベッドに寝て下さい」


ディムはリームに言われるがままにベッドに仰向けに横たわった。


「施術自体は三十秒もあれば終わります。ただ麻酔が無いですから、たぶん痛いですよ」

「構わん!やってくれ!」

「トール、動かないように押さえて下さい」

「えー。おっさんなんて触りたくねぇぞ」

「トール!」

「ちぇッ、分かったよ」


トールは渋々ディムの頭を両手で挟み固定した。


「では、行きますよ」


リームそう言うと、虚空をタッチした。

トール以外には見えていないが、リームの周りにコンソールが浮かんでいる。


それを操作し、リームはディムの脳内を重力コントロールを使い弄っていく。

施術が始まるとディムは脂汗を流しうめき声を上げ、その体は暴れた。

しかし、トールに固定された頭は微動だにしなかった。


施術はリームが言った通り三十秒かからず終わった。

トールが手を離すと、ディムはベッドから上半身を起こした。


「終わりました。気分はどうですか?」

「あ、ああ。痛みが引いた後は、なんだかスッキリした気がする。なにかこう、頭の中を整理されたような……」

「試しに術を使ってみますか」

「やってみよう」


ハシェがディムの前に立って口を開いた。


「ディムの私にシールドを掛けてくれ」

「分かりました」


ディムはハシェに手を向け、意識を集中させた。

シールドの光が一瞬で展開し、ハシェの体を包む。


「おお、こんなに早く……。それに負担が少ない気がします」


「今まで無駄な場所に流れていた力を、器官に集まるようにしたのです。恐らく術自体の力も上がっている筈です」


「すげえじゃねぇか、リーム。なぁ俺の頭にもその器官ってのを埋め込めないのか?」


トールの言葉にリームは呆れた口調で答えた。


「トール……。あなたはサイボーグですよ。専用に脳も機械化されています。余計な物をいれたらバグりますよ」


「そんな……。全世界の少年の憧れ、呪文による魔法の行使が……」


トールは膝をついて項垂れた。いちいち大げさな男だ。

横目でリームを見て小さく尋ねる。


「ねぇ、絶対無理?」

「無理ですね。大体、ハシェさんも、ディムさんも呪文なんか使っていないじゃないですか」


トールは勢いよく立ち上がり言った。


「そこはそれ、雰囲気でそれっぽい言葉を言えば……。例えばこんな感じで『闇の底、深淵より来たりし地獄の業火よ。我が刃となり敵を撃ち滅ぼせ、ダーク・インフェルノ!!』どうだ!?」


複雑に腕を動かし、最後に左手を突き出しポーズを決め、トールはドヤ顔でリームを見た。


「どうだ?じゃないですよ。そんなセリフ言ってる暇があったら、引き金引いた方が早いじゃないですか」


トールはチッチッチッと舌を鳴らしながら指を振った。


「分かってねぇなリーム。詠唱中は攻撃しちゃいけないんだぜ。それが世界の、いや宇宙のルールだ!」

「ありませんよ。そんなルール」

「男のロマンを分からねぇ女だぜ。なぁおっさん。そう思うだろう?」


トールはディムの肩に腕を回し同意を求めた。


「いや、リーム殿の言う事が正しいと儂は思うが……」

「なんでだよ!同じ牛の肉を食った仲じゃねぇか!そこは同意してくれよぉ!」

「トール殿、ロマンの話はそのぐらいでよいかな?」


ハシェの額には青筋が浮いていた。


「あ、ハイ。すいません」

「リーム殿、次は私に施術してくれ」

「本当にいいんですか?見ていた通り、結構痛いみたいですよ」

「構わん。痛みなど国を守る力の為なら耐えて見せる」


ハシェはそう言うとベッドに横たわった。


「しょうがありません。トール押さえて下さい」

「はいはい」


先程と同じように、トールはハシェの顔を押さえた。


「やっぱ、こういうのはおっさんより、女の子だよな。ハシェは可愛いし」

「トール。ふざけてると死なせますよ」

「ちょっと思ったことが口に出ただけだろ!そんな事で死なすなよ!」


ハシェはトールの言葉に顔を真っ赤にしている。


「ハシェさん、すみません。後でお仕置きしておきますから、許して下さい」

「か、可愛い……」

「ハシェさん?大丈夫ですか?」

「だっ、大丈夫だ!続けてくれ!」


ではと言ってリームは再度コンソールを操作した。

ハシェは苦痛に耐えるように悩ましい声を上げている。


「うぉ、ちょっとエロくねぇ?」

「トール、本当に死にたいようですね」

「……すいません。黙ります。勘弁下さい」


施術が終わるとハシェは少し恥ずかしそうに、トールを見ながら体を起こした。


「ハシェさん、気分は悪くないですか?気持ち悪い男に顔を触られて、さぞかし不快だったでしょう?殴ってもいいんですよ?」

「そこまで言う事ないだろ!」

「……別に不快ではない。……殴ったりもしない…よ」


ハシェの様子にリームは驚愕の表情を浮かべた。


「これはもしや……。フィクションの中にしか存在しない、チョロインという奴では……」

「姫様!そうなのですか!?爺は認めませんぞ!!」


「へへッ、モテる男はつらいぜ」

「トールがモテた所なんて、一度も見た事ありませんが?」


「いいだろ!少しぐらい夢見たって!……ところで城の兵は五千ってたよな?リーム一人じゃ、時間がかかりすぎるな」


トールの言葉にリームは手を打った。


「それじゃ、妹たちを呼びましょう」

「げぇ、あいつ等かぁ…。ホントに呼ぶの?」

「私、一人では手が足りないのは確かです」

「……しょうがねぇか」


トールは渋々同意した。


「ハシェさん、城の兵士に説明して集まる様に言って下さい」

「分かった。ディム、他の者にも説明して、兵を集めるのを手伝ってくれ」

「畏まりました」


ハシェとディムは医務室から出て行った。


リームが呼ぼうとしている妹というのは、厳密には妹ではない。

支援コンピューターのアバターだ。

アバターは、彼女を入れて全部で十体。


それぞれ性格や容姿が異なり、記憶も並列化されるが、各々がバックアップの役割を果たす為、独立して意識や記憶、感情が存在している。

トールも詳しい事は解らないが、揺らぎが必要とか説明を受けた覚えがある。


トールは一番まともなリーム・ユニをいつも呼んでいた。

彼女が一番まともという時点で、他のアバターがどういう者か察しがつくだろう。


「じゃあ、呼びますよ」

「待て!まだ心の準備が!」


リームの周辺に空間のゆがみが複数現れ、小さな人影が飛び出してきた。


「ここが今日のライブ会場か?」

「トールお久ぶりです……私の事忘れたかと思っちゃいました……忘れてないですよね?」

「石の砦……。冒険の始まりか?」

「トール、やっと私に乗り換える気になったのね?」

「ふわぁ。……ユニ、なんで呼んだの?もっと寝ていたかったのに……」

「……なんか、埃っぽいわね。どうせ呼ぶなら海とか観光地に呼んで欲しかったわ」

「トール、ユニ。私が来たからにはもう安心ですよ」

「大きい人が一杯……。うぇぇ、怖いよぉ……」

「クククッ、やはり我の力が必要になったか……」


それぞれが思い思いにしゃべるので、うるさい事この上ない。

ユニが手を叩いて注目を集める。


「はいはい、皆を呼んだのは、この砦の人たちに施術をして欲しいからです」

「施術?……取り敢えず記憶を共有させろ」

「そうですね。では」


リーム達はお互い手を繋ぎ、ユニが経験した事を共有した。

そうこうしているうちに、医務室の外には兵が集まり始めていた。

戻って来たハシェが、目を丸くしている。


「妖精がこんなに……」

「ハシェさん、兵にベッドに寝るよう言ってください。それとさっきトールがしたように、頭を押さえる人を付けて下さい」

「了解だ。……これは皆リーム殿の仲間か?」

「私の妹たちです」

「妹……」


ハシェはトールの周囲にいるリームのアバターを見た。


「事情は分かった。相手はグード人か……。面白れぇ派手に決めてやろうぜ!」


黒い革のジャケットとパンツ姿のデュオが、拳を打ち合わせそう口にする。


「トールぅ、戦争なんてやめて、私と遊びましょうよぉ」

「駄目です……トールは私の物……手を出さないで下さい……私の物ですよね?」


扇情的な衣装を着たクインがトールの肩に乗りそう囁けば、白いロングワンピースを着たトレスが、黒髪の間からジトっとした目を覗かせトールに聞いて来る。


「ノナ、怖いよぉ……」


モコモコとしたジャンプスーツを着たノナは、涙目になりながらトールの頭にしがみついている。


眠いと文句を言っていたパジャマ姿のゼクスは、トールの肩の上で早々と眠りについていた。

ビキニアーマーを来たテトラは、腰の剣を抜いて素振りを始めている。


「トール、この辺にはアクセサリーショップとかは無いの?」


アロハシャツにショートパンツ、ビーチサンダルを履いたセプティがトールに尋ねて来る。


「我が宿敵、今度こそ貴女を滅殺します」

「クククッ、良く言うわ。そんな貧弱な力で我を滅ぼせる訳が無かろう」


白い神々しいローブを着たオクタと、黒く禍々しいローブを着たディケムは、空中で取っ組み合いを始めた。

トールはそれを引き離しながら、ユニに聞いた。


「ホントにこいつ等使うのか?」

「手が足りません。しょうが無いでしょう。皆さん、早速施術を始めて下さい」


「分かったぜ。俺の熱いビートを脳に刻みつけてやる」

「もう、私はトールと愛についてお話したかったのに……」

「敵を倒す準備のためのクエストだな。やはり冒険前には下準備が大切だよな」


デュオ、クイン、テトラはベッドに寝た兵のもとに飛んだ。


「トール……施術をしたら……褒めてくれますか?……くれますよね?」

「おう、特別に頭を撫でてやる」

「本当ですね……もし嘘だったら……」

「本当だから早く行け」


トレスもフラフラと兵のもとに飛んで行った。

ノナがトールの耳を掴み耳元で囁く。


「トール。ノナも頑張るから、頭撫でてほしいな」

「分かったから、お前も行ってこい」

「うん。怖いけど頑張る」


ノナはビクビクしながら、比較的優しそうな兵に寄って行った。


「セプティ、この仕事が終わったら、王女様が報奨金をくれるそうだ。それでなんか買ってやるから、仕事してくれ」

「報奨金……。トール、私、安物じゃ納得しないわよ」

「分かってるよ。ちゃんとしたのを買うから……」

「うふふ。約束よ」


そう言うとセプティは施術に向かった。

トールはローブをつまんだオクタとディケムに言う。


「二人とも競争だ。どちらが多く施術できるか。勝った方の言う事を一つ聞いてやる」

「本当ですか!?」

「クククッ、我が負けるはずが無い」

「ただし、どっちかを廃棄しろとかは無しだ」

「……分かりました」

「クッ、一番の望みはやはり、自らの手で叶えるしかないか……」


二人が飛び去り、トールは最後に肩の上で寝ているゼクスの尻を叩いた。


「痛い。……十分。…いえ、あと五分だけでいいから……」

「終わったら好きなだけ寝ていいから、仕事してくれ」

「……ふわぁ。……分かった」


目をこすりながらゼクスが兵のもとへ向かう。


「……なんで普通の奴が一人もいないんだ」


「トールが面白がって、趣味のままに設定するからです。


デュオはライブビデオに出ていた、女性ロッカーがモデルなんですよね?

トレスはホラー映画を観た恐怖をそのまま形にした、なんてドヤ顔で私に説明してました。

テトラは完全にゲームの影響ですね。どうせ作るならビキニアーマーなんて着せないで下さい。


クインについては話したくもありません。

ゼクスはなんでしたっけ、一緒に寝てくれる女の子が欲しいでしたっけ?

セプティは確か、リゾートにいた女の子を見た時作ったんですよね?


オクタは天使をイメージして作ったとか自慢してましたね。

ノナは泣き虫って可愛くねと言ってましたっけ?

ディケムは天使が居るなら、悪魔もいないとなとか言ってましたよね」


一気にまくしたてリーム・ユニは盛大にため息を吐いた。


「トール、妹たちが普通じゃないのは、ぜ、ん、ぶ、あなたの所為です」

「……すみません。反省してます」

「私は製造された時に設定された基本人格で、本当に良かったです。……さてトール我々も仕事にかかりますよ」


その日、砦には兵士たちが苦痛に耐える声が、夜遅くまで響いていた。

それは施術を受けなかった、侍女や料理人達の様な下働きの人々の間で、闇の邪法ではないかと暫く噂になった。

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