肉は美味い
グード人が支配するハーグの王都。
その城の上に時代を無視した船が浮いていた。
その船の中で、一人の少年がモニターを睨んでいる。
彼の容姿は額から伸びた角と青い髪を除けば、人に近い姿をしていた。
同じく角のある緑の髪の少女が彼に話しかけた。
「ガリュウ、どうしたの不機嫌そうな顔して。もしかしてミスちゃった?」
「ミスってない!」
「だって全滅してるじゃない」
「一気に兵士の反応が消えたんだ」
「理由は分からない訳?」
「…東の国境付近の砦を攻めようとしてたんだけど、相手は五千だし、二万あれば攻城戦を楽しめると思ったんだ」
少女は顎に指をあて、斜め上を見て何かを思い出そうとしている。
しばし考え口を開いた。
「何だっけ、えーと。グレッチじゃなくて、グ…グ…」
「グラッドス」
「そうそれ!そいつが居たんじゃない?」
「グラッドスが居ない事は確認してるさ。あの砦で一番の能力者は第三王女の筈だ。あの娘はそこまで強くない」
「うーん。じゃあグラッドスみたいな奴が、実は配属されてたとか」
「そんな強い奴がいたら、僕らの間でも噂になってるよ。ドーガンとか一番に兵士にダイブして戦いに行きそうだ」
「それもそうね」
ガリュウはコンソールを操作して、画像を表示させた。
表示されているのは兵士の目線で録画された物のようだ。
「僕はダイブがあまり好きじゃないから、大まかなクエストを出して、後はプレイヤーに任せたんだ」
戦闘は現地民の背後からの攻撃から始まっていた。
彼らはガリュウが調べた通り、数は約五千。
砦を放棄して、背後からの奇襲に掛けたのだと、ガリュウはその時思った。
「背後から攻撃を受けた時は、そのまま撃退してもいいし、砦を占拠してこちらの物にしても良いと思ったんだ。どっちにしても砦は手に入りそうだったし。だけど…」
攻撃を受け、こちらが砦側に押された時、それは起こった。
砦の城壁の上で突然、光の柱が立ち上った。
その光が城壁の上から地面に届き、横凪に光が走ったところで映像は終わっていた。
「あんなのは見た事無いわね。新手の能力者が居たっていうのが正解じゃない?」
「何にしても情報が足りないよ。せめて監視衛星でも使えたらもっと楽なのに…」
「しょうがないでしょ。せっかく見つけた良い場所を、簡単に潰す訳にはいかないんだから」
「あんなのが居るんだったら、制限を緩めてくれても良いと思うんだけどなぁ」
「あなたが有望な星を見つければ、上も認めてくれるかもね」
ガリュウは少女の言葉に眉根を寄せた。
「それが出来たら苦労しないよ。剣と魔法の世界なんて、簡単に見つかる訳ないだろ」
「天然の超能力者がこんなに沢山いる星なんて、そうは無いもんね」
「視聴者からはクレームの嵐だよ。皆、銀髪の王女様がどう戦うのか、楽しみにしてたみたいだからね」
「他に映像は無いの?」
「一応何台かドローンも飛ばしていたんだけど、あっ、こいつだ」
画面には一瞬、昆虫の羽根の生えた、小さな人のような物が映っていた。
次の瞬間には映像が途切れている。
「これは?」
「ドローンは全部こいつに落とされた。ラルド人に似ているけど、あいつ等、基本的に自分の縄張りから出る事はないからなぁ」
「これからどうするの?」
「取り敢えず上に報告して、参加したプレイヤーから情報を募ってみる、それと今度はカメラを増やして、正体を見極める」
「ふうん。まあ頑張って」
「ローガ、君の方は上手くいってるのか?」
ローガと呼ばれた少女はにんまりと笑った。
「私の方は、何と!グラバニアの第二王子を捕らえる事に成功しました!会社にはペットにしたいから、言い値で譲ってくれって、申し込みが何件も来てるそうよ」
「へぇ、凄いじゃないか。僕も負けてられないなぁ。それで上はなんて言ってるの?」
「いつも通り、オークションにかけるみたい」
「まぁ、その方が無難だね。こっそり売ったりしたら、炎上しそうだ」
そう言うとガリュウはモニターに向き直った。
「今度は将軍タイプを、一体加えてみようと思うんだ。プレイヤーはキールに頼もうかな」
「過剰戦力すぎない?楽勝過ぎると面白味が無いって言われるよ」
「大丈夫。ヤバそうだったら後ろに下げるよ」
グード人、人類がそう呼んでいるのは、彼らが生産している生体兵器である。
本来の意味でのグード人は、他の種族とは殆ど関わりを持たず、母星で映像や疑似体験を楽しむ事に、ここ数百年熱中していた。
彼らは自身の体を変化させ、不老不死化に成功し、労働は生産された奴隷に任す。
やる事の無くなった人々は、娯楽以外の興味を失っていた。
そんなグード人の中で、多くの星で侵略戦争を仕掛けているのは、ガリュウ達のような提供者と呼ばれる者達だった。
提供者が用意した戦場で、ダイブと呼ばれる装置を使い、意識を兵士等のアバターに転送して戦う者はプレイヤーと呼ばれ、トッププレイヤーは多くの人の称賛と多額の富を得ていた。
またその様子は配信され、視聴者はリアルな戦争体験を楽しめるという訳だ。
無論、様々なコンテンツがあり、神の視点で未開の種族を導いたり、惑星をテラフォーミングして環境を整えたり、はたまた、その星の住民をコピーしたアバターにダイブし、ロマンスを楽しんだりと楽しみ方はそれぞれだが、今現在は戦争物が流行っていた。
そんな時に、まさに剣と魔法の世界ともいうべきこの星は見つかった。
コンテンツが公開されると、人々は熱狂した。
ガリュウが所属する会社は、一つ前の企画、宇宙戦争をテーマにした物が大コケしていた為、この星を見つけた時は、狂喜乱舞したそうだ。
余談だが宇宙戦争の相手は人類だった。多額の費用を掛けた艦隊や社員を一瞬で失い、存続の危機だったらしい。
会社は味がしなくなるまで、この星をしゃぶり尽くすつもりのようだ。
つまり、生かさず殺さず、戦争状態を長引かせる事が一番の目的となっていた。
この事を人類は知らない、トールがハシェに語ったのは人類が出した推測だ。
まさか、戦争行為を本当に娯楽にしているとは、人類の誰も考え付かなかった。
リームが掃討の終わった戦場でトールに何かの残骸を差し出した。
「トール。これを見て下さい」
「なんだこれ?」
「ドローンの一種だと思われます。何機かステルス状態で飛んでいたので、全て撃墜しました」
「ドローン?グード人が偵察に使っていたのか?」
「そうではない様です。主に戦場全体を定点で撮影していたようです」
「撮影?なんでまたそんな事を?」
「目的は分かりませんが、船の修理を急いだほうが良さそうです」
そう言うとリームはトールから残骸を受け取り、地面に落とした。
落とされた残骸は地面に辿り着く前に、出現した空間の歪みに消えた。
「戦闘で残ったグード人の武器や亡骸も全て回収し、資材やエネルギーに回しました。それにより外装の修繕は終了しました、それと私のアバター用のオプションが使用可能です」
「ちょっと待てよ。お前のアバターオプションって服や髪形の事だろう?」
「そうですが、なにか?」
「今、マストで必要なのは、それじゃねぇだろうが!?」
「知らないんですか?女の子はお洒落しないと、死んじゃうんですよ」
「なんだそれ!うさぎが寂しくて死んじまう方が、まだ納得できるわ!!」
「古いドラマを知っていますね……」
トールがリームと話していると、残党狩りを終えたハシェがトールに馬を寄せてきた。
「トール殿、リーム殿。貴公らのお蔭で、今回は被害を抑えて砦を守り抜くことが出来た。感謝する」
「感謝は良いからよ。美味いもん、食わせてくれよな」
「そんなに美味しいものが食べたければ、自分で獲ってくればいいじゃないですか?」
遠慮のないトールにリームが間髪入れず言う。
「……そうするか。ハシェ、この辺りで食える動物って何処にいる?」
「すこし行った森には、うさぎや鹿がいたと思うが……」
「リーム、地図」
「はいはい」
リームの胸元が光、3Dマップを表示する。
「どの森だ?」
「以前、偵察した時、たしかこの森で鹿を見たと思う。その時は任務を優先したから追わなかったが…」
「三キロってとこか。よっしゃ、んじゃ、一走り行って来るぜ!リーム、次は補助機関を直せよ」
「分かりました」
トールは森に向かって駆け出した。
「あっトール殿!……馬を使えば良いのに」
「トールは馬に乗るより、走ったほうが早いです。それより砦に帰りましょう」
「あ、ああ。しかし、リーム殿が使った武器は凄いな」
「ああ、あれはトールがレトロゲームで見て、どうしても欲しいって言うから買った玩具です」
「あれが玩具……」
「私が改造したので、出力は上がっていますが、もっと効率のいい武器は沢山あります」
「そうなのか……」
ハシェはこの小さな羽根の生えた少女の事が、少し恐ろしくなった。
彼らの気が変われば、自分たちなど一瞬で滅びるのではないか。
「なんですか、怖い顔して?」
「いや、何でも無い」
「心配しなくても、グード人を追っ払うまでは、トールはこの星にいるはずです」
「この星?この世界という事か?……あいつ等を地上から駆逐することが可能なのか!?」
「我々二人が本来の力を取り戻せば、星の一つや二つ消すぐらい朝飯前です」
リームはそう言うと、力こぶを出すように腕を曲げた。
その腕は全く盛り上がっていなかったが、言う事が物騒すぎる。
「出来れば星は消さないで欲しいんだが……」
「そのぐらいの力があるって事です。特殊航宙艦「モーリアン」復活の暁には、この地上に存在するグード人を、全て消し去って差し上げます。だから今はお芋を下さい」
「仕事と対価の落差が大きすぎる気がするが……。リーム殿は茹で芋が気に入ったのか?」
リームは頬を染め、手をその頬に当てながら恥ずかしそうに言う。
「はしたないのですが、ホクホクとして、とても美味しかったです。後はバターがあれば、言う事はないのですが……」
「バターか。しばらく食べていないな。近くの農場を当たってみよう。兵も労わねば」
「本当ですか!?楽しみです!!」
ハシェは砦に戻り、部下に指示して農場に向かわせた。
購入資金は、持ってきていた自身の宝石等を支払いに当てたようだ。
農場に向かった部下が帰ってくるより早く、大きな牛のような生き物を担いだトールが砦に帰ってきた。
兵達はその様子にどよめいている。
「おかえりなさい。トール」
「おう、リーム、見ろよ。食いでがありそうだろ」
異常を感じたハシェの側近の一人が駆け付ける。
「何事だ!これは……、アッシュバイソンではないか!?」
「なんだおっさん?こいつ珍しいのか?」
「……アッシュバイソンは、術を使う所謂魔獣だ」
側近は驚愕の目で魔獣とトールを見た。
「術って、ハシェとかおっさんが使ってる奴だろう?そういえば、こいつも氷の塊をぶつけてきたな」
「どうやって倒したのだ!?光の剣か!?」
「普通に近づいて殴っただけだぜ。で、こいつ美味いのか?」
「味など知らん!普通は術士数人がかりで倒すのだ!ボロボロになるから、食べた者などおらん!」
「そうか。じゃあ美味いかも知れないんだな?リーム吊り下げろ」
「まったく、私は繊細な支援専用ユニットなんですよ」
トールはフォトンブレードを最小出力にして、リームが持ち上げたバイソンの解体を始めた。
「食いきれねぇから、皆で食おうぜ」
丁度解体が終わった頃、農場に言っていた兵士がバターや玉子、野菜を持って帰って来た。
バイソンの肉も加わり、砦では久しぶりに満足出来る食事がふるまわれた。
ちなみにバイソンの肉はとても美味かった。