飯がまずい
砦とハシェ達が呼んでいる建物は草原にあり、背後は湖に守られていた。
石造りの洗練とは程遠い戦いの為だけに作られた様な代物だった。
ハシェの話では、防御に特化した術士が、砦を船のシールドの様な物で包んでいるのでグード人の武器にも耐えられるという話だ。
砦に着くとハシェは召使に命じ、トールの為の食事を食堂に用意させた。
メニューは肉は干し肉、後は芋とパン。以上だった。
干し肉は塩辛く、芋は茹でただけ、パンはパサつき硬かった。
「タンパク質と炭水化物だけじゃねぇか。味は塩味オンリーだしよ」
「トール。出された物に不満を言うもんじゃありません。大体、我々は何を食べても、エネルギーに変換するだけじゃないですか」
リームもトールと話しながら芋を抱えて口に運んでいた。
「うるせぇ。気分の問題なんだよ」
二人の会話を聞いて、ハシェが申し訳なさそうに謝罪した。
「すまない。この砦は前線で補給が滞っていてな、今用意出来る物はそれが精いっぱいなのだ」
「ハシェさん、謝ることないですよ。どうせ何を食べても同じなんですから」
「同じじゃねーし、満足度が違うんだよ。まあねぇ物はしょうがねぇ。で、ハシェさんよぉ、戦況はどうなってんだ?」
トールは干し肉を歯で噛み千切りながら、ハシェに尋ねる。
その態度に後ろにつき従っていた数名の側近が、青筋を立て歯ぎしりした。
「この地図を見てくれ。ここが今いる砦だ。魔物は西のハーグから国境を超えて攻めてくる。ハーグは我が国ドートンの同盟国だったが、魔物が現れ始めて周辺では一番最初に攻め滅ぼされた国だ」
テーブルに地図を広げハシェが指さしながらトールに説明する。
「リーム、上から解析画像を重ねろ」
「了解」
リームは芋を皿に置いてテーブルの上に飛んだ。
彼女の胸元が光り、不時着時に撮影した各種データから作成した、3Dモデルの地図をテーブルの上に投影される。
突然現れた立体的な地図に、ハシェも側近も息をのんで見入っていた。
「これは、砦周辺の地図か?だが地形まで再現されている……」
「ハーグってとこのグード人の動きをシミュレート」
「はい、あくまで、上空から観測したデータによる予測です」
「分かってる。参考にするだけだ」
リームが出した予測によると、グード人はハーグ内、国境近くの砦に大規模な部隊を集結させているようだ。
トールが倒したのはその先遣部隊だったらしい。
「攻めてくると思うか?」
「ほぼ間違いないでしょう。それと不時着時の観測では、観測範囲の中に同様の反応が複数見られます。この状況は世界規模で起こっていると考えられます」
「あいつ等、支配が目的だけど、戦争を楽しんじゃうタイプだもんな」
グード人は戦闘行為そのものに、娯楽を見出す種族だという事が過去の人類との戦争で分かっていた。
彼らを人類が撃退できたのも、人類が彼らに対して力を出し惜しみする事が無かったからだ。
技術の差もあるが向こうがこちらの戦力を図るような、散発的な攻撃を仕掛けている間に、大規模戦力を投入し一気に畳みかけた事が勝利に大きく貢献した。
「おそらく、白兵戦で戦闘行為を楽しみながら支配するつもりが、原住民の力が予想以上に大きく戦力が拮抗したのでしょう」
「めんどくさい連中だよな。俺ならさっさと母艦を使って仕事を終わらせるね」
「たぶん、楽しくなっちゃったんじゃないですか?」
二人の会話にハシェが声を上げた。
「二人は魔物が何者か知っているのか!?」
「あいつらはグード人、なんて言うかな。アンタらの感覚で言えば天界の住人だよ」
「天界の住人!?ではトール殿と同じく天から来たと!?」
「俺とは種族が違うけどな。あいつ等、戦闘大好きっ子だから、敵に合わせて武装を変えるのさ。いわゆる、舐めプ?」
「どちらかというと縛りプレイではないでしょうか?」
「舐めプ?縛りプレイ?二人とも何を言っている?」
ハシェが困惑した表情で二人を見た。
側近たちも、理解不能な様子だ。
「分かるように言うとだな。奴らはすぐにでもアンタらを全滅させられる。指先一つでな。でもそれじゃ面白くないだろ?」
「面白い!?戦争は娯楽などではない!!人が死んでいるんだぞ!!」
「分かってるよ。まぁ聞けって。さっきも言ったけどグード人は、戦闘行為そのものが好きなんだ。例えば、ハシェは剣を持ってるよな」
ハシェはトールに言われ腰の剣に目を落とした。
「お前がその剣で、鎧も来てない丸腰の奴に切りかかったらどうなる?」
「そんな事はせん!!」
「例えばだよ。多分、丸腰の奴は抵抗も出来ず斬り殺されるだろ?」
「……おそらくな」
「あいつ等はそれがつまらんと考えるんだ。だからいい勝負が出来るように、武器のレベルを落とすのさ。戦術も近代的な物から同じぐらいのレベルまでな」
トールの言葉がハシェの中に浸透するまでしばらくかかった。
理解に及んだ時、彼女の中に怒りが沸き上がった。
「遊びだというのか!?世界中で何十万人死んだと思っている!?」
「俺にキレんなよ。グード人ってのはそういう奴らだってことさ。さて、グード人がどんな奴らか分かった所で、奴らを殺る方法だが。リーム、今使える武装は?」
「転送可能な物は、トールの私物のレーザーミニガンが一丁、弾は六千発、他にはコクピットに有ったプラズマグレネードが四つ、アサルトライフル一丁、弾は千発、ハンドガン、弾は三百発。以上です」
3Dモデルのハーグの砦には推定二万程のグード人が集まっている。
「二万か…。火力が足りねぇな。リーム、フォトンブレードは、いつ使えるようになるんだ?」
「実は先ほどの戦闘で倒したグード人を装備ごと回収しました。彼らの武器のエネルギーを船に回したので、一回はフルパワーで使えます」
「でかした!一回か……、密集させて一気に倒さねぇと難しいな」
ハシェ達は話について行けず、困惑しているようだ。
「二人はさっきから何を話している?」
「何って、ハーグってところの砦に敵が二万ぐらい集まっているから、潰そうって話だろ?ちゃんと聞いてたか?」
「二万ッ!?そんな事は不可能だ!!世界に数十人しかいないトップクラスの術士でさえ、数千倒せればいい所だ!!」
過去には二万以上倒した術士もいたが、能力を使いきりその後、数か月は起き上がる事も出来なかった。
しかもその時は軍勢で包囲し、逃げ道を塞いだ上で、力を行使した。
相手を二万倒したが、こちらも数千人規模で犠牲を出した。
この砦の兵力は五千。王都に増援を打診しているが、戦場はここだけでは無い。
増援は三千送られれば御の字と言ったところだ。
「さっき使ったフォトンブレードは覚えてるな?」
「フォトン?光の剣か?」
「もうそれでいいや。あれをフルパワーで使えば二万ぐらいは軽くいける。ただし相手が密集していないと無理だ。だから誘い込む」
「誘い込むだと?一体どこに?」
「ここだよ」
トールは3Dモデルを指差した。
「ここは砦ではないか!?」
「そうだ、この砦は西は平坦な草原、東は湖だ。グード人はこの時代の戦術に則って、砦の西の草原に布陣するだろう」
「……今までの戦いを鑑みれば、おそらくそうなるだろうな」
「森に隠れた伏兵で敵の後ろから砦側へ押し込み、砦と湖でせき止める。そこを俺が薙ぎ払うって寸法だ」
「……馬鹿なのか?」
トールの作戦を聞いたハシェは空いた口が塞がらない気分だった。
「ハシェさん、トールは馬鹿ですが、フォトン……もとい、光の剣を使えば全く勝算がない作戦ではありません」
「馬鹿って言うな!大体、お前が本調子ならこんな面倒な事しなくても、もっと楽出来たんだよ!」
「それは連帯責任でしょう?大体トールがカジノに行きたいなんて言うから、張ってた軍に見つかったんです」
「お前も反対しなかったじゃねぇか!?」
「黙れ!!」
叫びと共に拳がテーブルに叩き付けられた。
トールとリームはハシェを見た。額には青筋が浮いている。
折角の美人が台無しだ。
「……伏兵と言ってもこの砦には五千しかいない、力を持った術者となればその十分の一、五百名程だ。二万を押し込むのは難しいと思うが?」
「私がミニガンで援護します。それで押し込めるはずです」
「リーム殿が?失礼だが貴公が戦いに向いているとは思えんのだが?」
「姫さんよぉ。リームを舐めちゃいけないぜ。こう見えても俺と同じ、いや俺以上の馬鹿力なんだぜ」
トールの頬にリームの拳が突き刺さった。
トールは椅子から吹き飛ばされ食堂の壁にぶち当たり壁が崩れた。
「てめぇ何しやがる!?」
すぐさまトールは起き上がり叫ぶ。
「チッ、生きてたか」
「聞こえてんぞ!!」
三十センチ程のリームが大柄な、しかも鎧を着たトールを殴り飛ばしたので、ハシェ達は目を丸くした。
「私はもっと上品な方とペアを組みたかったのですが、一度交わされた契約は守らなければなりません。残念な事です」
「なにが上品な方だ。そんな奴はお前と一緒に、自由に宇宙を飛んでなんぞくれねぇよ」
トールは体についた埃を払いながら、テーブルに戻り別の椅子に腰かけた。
「……リーム殿が強いのは分かったが、いつ仕掛けるのだ」
「見張りを立てとけ、多分二、三日中には攻めてくる。それまで俺は寝る。という訳で寝床に案内してくれ」
「あ、ああ」
トールの読み通り、二日後には砦の前面にグード人の大群が陣を敷いていた。
見張りからの連絡を受けて砦はもぬけの殻だ。
兵以外は船で湖の対岸に避難し、五千の兵は全て伏兵として草原に点在する森に潜んでいる。
トールだけが砦の城壁の上で二万の軍勢を見下ろしていた。
「ばっちり寝たから体調がいいぜ」
“別にサイボーグであるトールの体調に、睡眠は関係ないと思いますが?”
「気分だよ。気分。スッキリ爽やかって感じがするのさ」
“……そうですか。作戦を開始しますか?”
「おう、やってくれ」
攻撃の口火は、文字通りハシェの炎が切った。
リームが飛び回り、ミニガンで囲みを破ろうとする敵を掃討している。
押し寄せた伏兵は、敵を包囲し砦側に押し込もうと奮戦していた。
「よーし、いい感じだ」
トールは、少しずつ押されて砦にせまるグード人達を、フォトンブレードを握って待ち構えた。
押し返そうと突出したグード人の部隊を、リームがプラズマグレネードを投下して押し返す。
「よっしゃ!!」
トールはフルパワーでフォトンブレードを起動した。
光は砦の遥か上まで立ち昇った。
グード人たちは突然出現した光の柱を見上げた。
それを合図に、押し込もうとしていた伏兵は一斉に引き始める。
「行くぞオラ!!」
トールは砦から飛び降り、フォトンブレードを真横に薙ぎ払う。
一瞬の出来事だった。
二万のグード人達はその九割以上が光に飲まれこの世界から消えた。
ハシェが兜の面頬を上げ、思わずつぶやく。
「あの男は、グラッドスの再来か…」
※グラッドス 前述の二万の敵を一撃で屠った偉大な術師。現在は少しボケてきたので、静かで安全な辺境で療養と言う名の軟禁中(大きな音がすると敵と勘違いして術を使おうとするため)
「完璧な作戦だぜ」
“それ程、完璧では無いです。格好つけてないで、手伝ってください。撃ち洩らしが結構いるんですから”
「へいへい、うるさい女だぜ」
“私がこうなったのはトールの普段の素行が悪いからです”
トールはフォトンブレードに自身のエネルギーを流し、光を生じさせながら、戦場を駆け抜けた。




