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科学と魔法  作者: 田中
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落ちてきた男

星の海を一隻の小型航宙艦が飛翔してる。

船体は傷つき、メインノズルは最早、その役目をはたしていない。


計器に囲まれたコクピットに一人の男が座っている。

年の頃は二十代前半、黒髪で割と整った容貌をしている。

その体は黒いボディアーマーを着ているように見えた。


彼は計器に目をやりながら声を張り上げる。


「おいリーム!!奴らとの距離は!!」


何処からか船内に無機質な声が響く。


「4072、彼我の航行速度なら後15分で捕捉されます」

「捕まりたかねぇなぁ。お前もだろ?」

「捕縛された場合のその後の予測。貴方も私も解体後、研究施設送り95%。政府の暗部として利用2.7%。凍結後、エリア51にて永久保管2.3%」


「どれもご遠慮したいねぇ」

「このままでは99%捕捉されます」

「よし!逃げるか!」


「現在の船の能力では、振り切る事は不可能です」

「んな事は解ってるよ」

「ではどうするのですか?」


男はコンソールを操作する。


「……本気ですか?」

「だってそれ以外、逃げる方法ないだろ?」

「……了解しました。座標未設定、距離無制限でランダムジャンプを慣行します。最悪、恒星やブラックホールと、出現座標が重なる可能性もあります。貴方の運に掛けましょう」

「おう!任せとけ!」


その後方では、彼らを捕縛せんと十隻の船が全速力で迫っていた。

ブリッジでは政府から派遣された一人の男がニヒルな笑みを浮かべている。


「お前の悪運もこれまでだ。今日こそは捕らえてみせる。砲門を開け、狙いは推進装置だ」

「了解」


男の命令で、全ての船から攻撃が放たれる。

人工知能により制御された砲撃は、小型船のシールドを破壊し、サブスラスターを撃ち抜いた。


「目標にジャンプドライブ反応!」

「悪あがきを……。座標を割り出せ!絶対に逃がすな!」

「出現座標不明!!目標はランダムジャンプを慣行するようです!!」

「何だと!?……血迷ったか」


彼らの目の前で小型船はジャンプドライブを起動して、微かな光を残し虚空に消えた。

その日、星の海を飛び回り銀河中を騒がせた、一人のサイボーグと一隻の小型航宙艦がこの銀河から姿を消した。





夢を見ていた。遠い過去の夢だ。

その頃、トールは最下級市民として、下層区域で暮らしていた。


人の手は星系を飛び出し、今は銀河全体にまで届いている。

家族というシステムは崩れ、人は保管された精子と卵子からランダムでマッチングされ、生産されていた。


遺伝子操作による優秀な個体を作る試みも、過去に行われた事はあるが、デザインされた物では似通った個体しか生産されず、揺らぎを失った社会は、たった一種の病原体で人口の50%以上を失う事になった。


事態を重く見た政府は揺らぎを得る為、昔ながらのランダムマッチングによる方法で人を生産するようになった。


生みだされた時のパラメーターにより、ランクが決定され下級市民が上級市民になる事は決してなかった。


その日もトールは下層区の工場での仕事を終え、家に帰る支度をしていた。

いつもと同じ日常だった。違っていたのは訪ねて来た黒いスーツを着た男が、トールに名刺を差し出した事だ。

名刺には特殊戦機研究所と浮かび上がっていた。


男はトールにこの生活から抜け出したくないかと尋ねた。

トールは勿論、抜け出したいと答えた。


あの答えが正しかったのか、今でもよく分からない。




「……ル。トール。起きて下さい」


リームの声で目覚めたトールが見たのは、目の前に浮かぶ惑星の姿だった。

どうやら賭けには勝ったようだ。


「リーム、ここはどこだ?」

「目を覚ましたのですね。…大変申し上げにくいのですが、座標の特定ができません。さらに言いますと、通常推進の殆どが使用不能です。惑星の引力を振り切る事は現状では不可能です」

「あの星に落ちるのか!?ここがどこかも分からないのに冗談だろ!?」


話している間にも、惑星の姿はどんどん大きくなっていく。


「スキャンした結果、大気と海の存在は確認できました。生存可能な惑星のようです」

「生存出来た所で、宇宙に上がれないんじゃ意味ないぜ」


「不時着後、本船は地中で修理の為の素材を集めます。その間トールは独力で生き抜いて下さい」

「何でだ?船に残ってコールドスリープすりゃいいじゃねぇか?」

「こちらをご覧ください」


メインディスプレイに船の現状が表示される。

居住区画は殆ど吹き飛び、残っているのはコクピット周辺だけだ。


「ジャンプ前に受けた攻撃でサブスラスターが爆発し、かなりのダメージを受けました。その後のジャンプで船体の殆どは、別の場所にバラバラに飛ばされたようです」


「……こんな状態で不時着できるのか?」

「そちらは問題ありません。ですが現在のこの船では、トールの生命維持を支える事は出来ません」


「了解した。まあ手持ちの武器で何とかなるだろ」

「そろそろ、大気圏に突入します。衝撃に備えてください」

「分かった」




見上げた空に赤い星が一つ見えた。


「姫様、敵の集団がこちらに迫っております。お早く」


姫と呼ばれた娘は馬上から敵を睨んだ。

鎧を身につけ剣を腰に佩いた姿は、姫というより騎士と言ったほうが近いだろう。


「汚らわしい魔物どもが」


魔物と呼ばれる異形の怪物が世界にあらわる様になって、数十年が過ぎていた。

彼らがどこから来たのか、誰も知らないが目的だけはハッキリしていた。


人類を抹殺しこの世界を乗っ取る事だ。

実際いくつもの小国が彼らに蹂躙され、今では魔物の国になっている。


「姫様!」


従者の声でハッとしたように顔を上げた娘の目に、魔物の姿が飛び込んだ。

斥候か暗殺者か、接近を許してしまったようだ。

魔物の持った杖から閃光がほとばしり、従者の一人の上半身が消えた。


「おのれ!!」


娘は手を前に突き出し、意識を集中するように眉間に皺を寄せた。

娘の手から炎が噴き出し、魔物を焼き払った。


「退却して体勢を立て直す!!我々が殿を務める!!負傷兵の脱出を優先させろ!!」

「姫様も負傷兵と一緒に逃げて下され!!」

「お前達だけで支えきれるものか!!王族の力みせてくれよう!!」


言葉は通じず、見た事もない武器を使う彼らに対抗できたのは、一部の人間の持つ魔法とも呼べる力の存在が大きい。

爆発や稲妻、負傷の治癒など個人によって使う力は違うが、一度に二万匹以上の魔物を殺した者も存在する。

その存在を知った魔物側も、彼らを優先的に狙う様になっていた。


「敵の指揮官だけでも潰す!!我に続け!!」


娘の声に周囲の兵が雄たけびを上げた。




「下でなんかやってるぞ。リーム拡大できるか?」

「モニターに表示します。片方は原住民のようです。もう一方はグード人のようですね」

「マジか!?なんでそんな厄介な連中がこんなトコに居るんだよ……」


グード人。人が宇宙に進出してから四番目に遭遇した異星人だ。

その姿はファンタジーに登場するオーガという怪物に良く似ている。


彼らは非常に好戦的で、惑星に未開の先住民族がいても絶滅させて自分たちの物にしてきた。

無論、人類も攻撃を受けたが技術レベルの差により撃退する事が出来た。


それ以来、人類の支配星域で彼らを見る事は殆ど無かったのだが、こんな場所で出会うとは……。


「このまま行くと、丁度、戦場のど真ん中に落ちるんじゃないのか!?」

「そうですね」

「そうですね、じゃねぇよ!なんとかしろよ!」


「先ほど説明しましたが、殆どの推進機能は使えません。着地の衝撃を和らげるだけで精一杯です」

「クソッ!ツイてんのか、ツイてねぇのか、分かんねぇ日だぜ」


娘の率いた軍勢と魔物の距離が二百メートルまで迫った時、その真ん中に星が落ちた。

爆風が土を巻き上げ視界を塞ぐ。

土埃が収まった後には、黒い鎧をきた男が独り立っていた。

男の傍には羽根の生えた小さな少女が浮かんでいる。


「なんだアレは?」


人と魔物どちらも事態が把握できず立ち止まり、茫然と男と少女を見る中、男が腰から短い棒を抜いた。

男が棒を両手で掲げると、その先から光が天高く伸びる。


「光の剣……」


娘の呟きをかき消すように、男は魔物に光を振るう。

その瞬間、光が通過した魔物の群れが全て消し飛んだ。


「どうよ、リーム。これで殆ど倒しただろ」

「残りは40程。逃走を始めています」

「原住民に恩を売る作戦は成功ってとこか」


「トール、彼らは確かに人に似ていますが、精神構造まで似ているとは限りませんよ?」

「そりゃ、そうだが。グード人よりはマシだろ?」


二人が話していると、巨大なダチョウの様な生き物に乗った原住民が二十名程近寄ってきた。

中央の甲冑を着た人物が何か話しかけて来る。

声の高さから察するに女性のようだ。


「リーム、翻訳」

「言語パターンを解析中。もうしばらくお待ち下さい」

「……………………は何者だ。なぜ何もしゃべらん。言葉が分からんのか?」

「アンタがこの集団のボスかい?」


突然言葉を返され、甲冑の女性は黙り込んだ。


「姫様に向かってなんと言う口の利き方だ!!」

「へぇ、この世界じゃ王族が先頭に立って戦うのか。気の利いた星だぜ」


いきり立つ周囲の兵を抑えて、姫がトールに問い掛ける。


「言葉は通じる様だな。では改めて問う。貴様は何者だ?」

「俺はトール。何者って言われると説明しづらいが、上から落っこちた男だよ」


姫は空を見上げた。

確かに何かが落ちてきて、それからこの男が現れた。


「上、天界から落ちただと?では貴公は神なのか?」

「そんな御大層なもんになった事はねぇよ。ただの人さ」


「ただの人があれほど容易く魔物を打ち払える筈がない!」

「武器とこの体のお蔭だ」

「その光の剣か……」


姫は馬から降り、トールの前に立って兜を外した。

兜からは美しい銀髪が流れ落ちた。

瞳はアイスブルー。その蒼い瞳がトールを真っすぐに見た。


「私はハシェ・メルハース。この国の第三王女だ。トール殿、その力、魔物を打ち払うために貸してもらえないだろうか?」


「姫様!!そのような得体のしれない男を引き入れるおつもりですか!?」

「そなたもこの者の力は見たであろう。あの力があれば、魔物を撃ち滅ぼす事も出来よう」


側近らしき男はハシェの言葉に押し黙った。


「別にいいぜ。食い物と寝るとこを提供してくれるならな」

「勿論だ。報奨金も用意しよう」


トールが小さくガッツポーズをしていると、リームが耳元で囁いた。


「良いのですか?フォトンブレードはもう使えませんよ」

「何!?何でだ!?こいつは船から亜空間送信でエネルギーを供給……」


「気付きましたか?供給元が修理中なんですから、ブレードのエネルギーを使いきれば使用不能になるのは当然です」

「何とか出来ないのかよ?」


「トールのエネルギーを流用すれば、火力を限定しての使用は可能ですが、先ほどの様な攻撃は無理ですね」


リームとトールがコソコソと話していると、ハシェがおずおずと尋ねてきた。


「トール殿、先ほどから気になっていたのだが、その横に飛んでいる者はもしや、妖精ではないのか?」

「妖精?」

「物語等で登場する架空の生物です。私のアバターは、それを模して作られています」


トールの疑問にリームが答えた。


「伝説では妖精を見た者には、幸運が訪れると言うが……」

「こいつはそんなラッキーな奴じゃないよ。名前はリーム、唯の口うるさい小娘さ」

「トールがだらしないから、私が口うるさく成らざるを得ないのです」


ハシェは二人を交互に見て、少し笑った。


「確かに妖精というには、少し所帯じみているな。取り敢えずここでの戦闘は終わった。砦に戻ろう。ついて来てくれ」

「おう、なんだかんだで腹ペコだ。砦とやらに着いたらなんか食わせてくれ」

「分かった。戦地ゆえ大した物は用意出来んが、量はある。それで我慢してくれ」


ハシェはトールを部下の操る馬に騎乗させ、残った兵を集めながら砦に向かった。

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